いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作:彩白 莱灯

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第3話

 男の肩に捕まりながら、足を細やかに回し、一歩進むにも時間をかける。

 傘で日を遮って、同時に周囲からの関心を誘う。

「どんなに綺麗な花魁だろうか」と思っているのがわかる好奇の目。

 それはあればあるほどに良いもので、花魁にとっても、迎えられる客にとっても優越感を得られるものだろう。

 

 

 現在二階からの見物。

 もちろん顔は見えない。

 姿形も、厚手の服でよくわからない。

 

 

 この国の服は特徴的だ。

 シュウが好んできている服に似ているが、もっと煌びやかでけたたましい柄をしている。

 しかも重ね着しているのだから、なんかの訓練かと思ってしまう。

 シュウが「着やすい・脱ぎやすい」というのだから、もしかしたらそういう意図があるのだろうか。

 

 

 傘が一瞬傾いた。

 その時、花魁の横顔がちらりと見えた。

 

 

 

「金の髪」

「キツネ……?」

「おや、随分目敏いね、オタクら」

 

 

 思わずシュウを見た。

 一瞬でしかなかったが、狐の特徴などなかった。

 あいつはエルフと関係があると聞いている。

 どっちが本当なんだ……?

 

 

 そんな俺の気も知らず、カン、カン、と煙管の灰を落としながら感心された。

 ただ歩くだけのショーから、キビキビ動く婆に興味を戻す。

 ちょうど吸い終わった煙管を懐に入れていたところだ。

 

 

「こうして外歩くくらいだ、隠してないんだがね。ウチの魅狐花魁は獣人さね」

「それが狐と」

「ああ、そうさ。そこの娘を買うと言った理由がわかるだろ?」

 

 

 なるほど。

 人間でない存在が、人間社会でトップを張っている。

 それはつまり『実力至上主義』ということ。

 種族による差は重要でない。

 結局は結果が全てで、それこそがこの国で権力となる。

 シュウのような怪我、紫の瞳でも好感触だったのは、それらを差し引いても『見た目が良い』としてくれたから。

 それならば髪を染めなくてもよかったかもしれないと多少思うところはあるが、この際いたし方ない。

 

 

「この子も、器量が揃えば上に立てると思われますか?」

 

 

 あえて聞いてみた。

 それを目指してこそのこの遊郭の世界。

 適当なところで燻っている奴は長続きはしない。

 

 

 婆は俺を鋭く睨んだ。

 その意図はわかっている。

 これを聞いたのは婆を煽っているからではない。

 焚きつけるためだ。

 

 

「上に立てるようやってもらわなきゃ困るんだよ、こっちは。腑抜けたヤツならとっとと帰んな」

「ねー、おばぁちゃん」

「おば……?」

 

 

 この場で初めて口を開いた。

 すぐさま婆の毒気を抜いてしまった。

 呆気にとられた婆は目も口も開き気味に、シュウ、もといユウのことを見据える。

 

 

「頑張って上に登ったら、ごほーびある?」

「ごほ……ああ、褒美かい。そうだね、花魁になったやつにはね。お客さんらもお祝いにって贈り物してくれるよ」

「そっかぁ。じゃあ、頑張ろうかな」

 

 

 両手と背筋をぐっと伸ばし、まるで準備体操をしているかのよう。

 婆は少しばかりの間を置いて、「気張んな」と言い残して去って行った。

 再び、窓の外の花魁道中を見る。

 まだくっきりと花魁の背中が見える。

 夕日に照らされた衣装が輝いていて、どこか儚さもある。

 ひと目でわかる、高級な衣装。

 それを払えるだけの蓄えがあるのか、稼がせるための押しつけか借金か。

 花魁の身の上にそこまでの興味はない。

 だが、彼女が俺の客《・》である以上、どちらにしろ『吸血鬼』分の代金は貰わなければならない。

 

 

 

 ―― ♦︎

 

 

 

 次の日。

 シュウ、改めてユウのお披露目をしなければならない。

 どうして注目を集めようか。

 注目されつつ、興味を持ってもらわなければならない。

 男としてユウに興味を持ってもらうならば、と考えた結果。

 やはり見た目で売り始めようという結果になった。

 

 

「シュウ、行くぞ」

「はーい」

 

 

 女物の服に着替え、染めた髪を結い上げた。

 色眼鏡は外し、本来の紫の瞳をさらけ出す。

 借りた化粧品で少しだけ顔を彩った。

 引くほど違和感がなくて顔が引きつった。

 

 

 まだ昼過ぎ。

 宿を出ても通りを歩く人は少ない。

 いても、前日に飲みすぎて酔いつぶれたヤツがほとんどだ。

 だがそれでいい。

 今日はこの時間でいい。

 

 

「じゃ、ほれ」

 

 

 女装姿のシュウに手を差し出した。

 その手を取って、グッと押し込まれる。

 女物の服なのに軽やかに、そして肩に乗った衝撃も軽い。

 脇に置いていた赤い傘を取って、シュウ……ユウに渡した。

 開いて日差しを遮り、歩き出せば視線を集める。

 そして闊歩する。

 ただそれだけ。

 

 

 ユウは背が高くないから、厚底の履物をしてもそんな目立たない。

 花魁道中のように、人が自ら道を開けるわけがない。

 室内にいては来た人にしか知れ渡らない。

 ならばどうするか。

 目立つ工夫をするしかない。

 チラシを作る時間も労力もいらない。

 ただ必要なのは体力。

 そして――

 

 

「あれ食べたい!」

 

 

 ご機嫌とりの金銭のみ。

 

 

 正直痛い出費だ。

 だが、食べ歩きならばそう大量に買い込むことはない。

 そして『吸血鬼』さえ売れれば元は取れる。

 だからこそ取れる手だ。

 

 

 そして効果は覿面(てきめん)だった。

 

 

 ユウは美味しそうに食べる。

 これ以上ない幸せそうな顔をして、遠慮なく頬張る。

 俺からは見えないが、頬いっぱいに詰めて、口周りに欠片をつけていることだろう。

 注意はしたが大口開けているに違いない。

 見えていないし目を瞑ろう。

 ユウに目線が向いていることを確認して、そう思った。

 

 

「あれもー!」

「一日一品!」

「けち!」

 

 

 

 ―― ♦

 

 

 

「何やらやかましい思たら、男女の戯れか」

「あちきたちの新人予定の子でありんす。自分の顔を売り出すための小細工のようでござりんす」

「ほぉん。最近はそないな工夫をしとるんか。結構結構」

 

 

 伯楽楼の上層階から、皺の刻まれた目元がキョウカたちを眺める。

 このもう耄碌した様相の爺は、前日の花魁道中で迎えられたその人である。

 見た目に反しまだまだ認知は衰えておらず、種族の一角を務めあげている。

 

 

「話を戻すとしよう」

 

 

 窓に向いていた体と視線を、魅狐(ミコ)花魁へ移す。

 魅狐(ミコ)は柔らかな表情を崩すことなく佇み続ける。

 見据えた爺はのっそりと立ち上がり、彼女の膝元に片膝を下ろす。

 

 

「最近はえらい仕入れが貧相とちがうか? えらい腑抜けとんな?」

 

 

 腹よりも深い所から出ていそうな沈んだ声色が、魅狐(ミコ)の顔の目の前から発せられる。

 それでも魅狐(ミコ)は表情を一変させることもなく、瞳だけを見つめている。

 

 

「申し訳ございんせん。最近は魔物の異変があり、店としても簡単に女子を買うことができねえのでありんす。いざという時のために蓄えをとっておかねえと、という方針のようでござんす」

 

 

 魅狐(ミコ)は嘘はついていなかった。

 伯楽楼だけではなく、別の店でも同様の対応だと、自信をもって伝えた。

 爺は服も皮膚も、心すらも暴きそうな眼光で魅狐(ミコ)を射抜こうとする。

 動じない様と、種族特有の根拠から、爺は腰を下ろした。

 

 

「そう言うことにしといたろか」

「ありがとうござりんす」

 

 

 三つ指をついてお辞儀する。

 爺は肘沖のある座椅子へ座り直し、片手の盃を傾けた。

 そしてすぐさま魅狐(ミコ)が寄り、酒を注ぐ。

 

 

「あの新人はどないな魂胆や?」

「珍しい瞳を持っているそうでありんす。そして何より見目が良いと。遣り手婆の判断でありんすわ」

「ふん」

 

 

 不満げに盃を煽る。

 そして放り投げた。

 部屋中には空き瓶が数十本、そして盃も、百はあるかに思えるほどに積み重なっていた。

 

 

「今回は引いたろう。次の時はもう少し仕入れとけ。入用やねん」

「承知いたしんした」

 

 

 確かな足取りで立ちあがり、障子を開いた。

 魅狐(ミコ)もその後を追い、部屋を出る。

 店を出る直前、爺が振り返る。

 

 

「そうや、忘れるとこやった」

 

 

 爺の指が宙に円を描く。

 するとそこから一本の酒瓶が落ちてきた。

 鷲掴んだまま、彼女に差し出す。

 

 

「土産や」

「あら、ありがとうござりんす。頂きんす」

「失礼する」

「またのお越しをお待ちしておりんす」

 

 

 両手で丁寧に受け取った魅狐(ミコ)は、深々と頭を下げる。

 その様に満足したように鼻を鳴らし、爺は普段の喧騒の通りへでた。

 

 

「次に会うのんは、お互いに死んでからやろうな」

 

 

 

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