いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作:彩白 莱灯

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第5話

 三階は花魁の部屋と、遣り手婆の部屋や重要な管理のための部屋がある。

 花魁は接客の予約は入っていなかった。

 急な来客があればもちろん出るのだろう。

 あわよくば今日、話も出来ればという欲はある。

 だが焦ってはいけない。

 そう言い聞かせながら、屋根まで登って身を潜める。

 通り側と川側に部屋がある。

 川の方に確証の得られる部屋はなかった。

 通りの方にもなければやり直し。

 出来れば通りの方はあまり動きたくない。

 人通りがあるから、川側よりも慎重に身を隠しつつ探らなければならないからだ。

 なるべく身を出さず、極力耳に意識を集中させ、気配を探る。

 

 

「……喋ってる」

 

 

 一人の声しかしない。

 けれど、たしかに何かを喋っている。

 魔力は感じない。

 俺の知らない通信手段があるかもしれないが、だとしても違和感しかない。

 だが、少なくとも誰かいるのなら、確認する必要がある。

 

 

 川側の屋根に身を潜めたまま、片手を胸の前で握る。

 微かに魔力を込め、唱える。

 

 

「≪招来≫」

 

 

 握った手の中で光が灯る。

 解放すれば浮かび上がる光。

 

 

 ―― 蛍火・転瞬炎(てんしゅんえん)

 

 

 意図を持っているように俺の周りを三周した。

 俺が目を閉じると、まるで浮いているかのような視界が瞼の裏に広がる。

 屋根を越えて通り側へ渡り、開いている窓へ吸い寄せられていく。

 枠をうろうろとして視界が定まらないが、何かがいるのは確かだ。

 中から煙が出てくる。

 転瞬炎は避けて別の方へ移動した。

 その方にも煙は流れてくる。

 まるで追っているかのよう。

 

 

「バレてる」

 

 

 確信した。

 煙が操られ、マークを描く。

 並んだ半円と、尖った窪み。

 舐められていることは当然。

 さらには好意的とも、罠ともとれる。

 どちらにしろもう隠れている必要はなくなった。

 瞼を開けて、川側の屋根から上半身を下ろす。

 中から鍵を開けた音がして、窓を引くことができた。

 

 

「ご苦労」

 

 

 暗闇の中で浮いていた転瞬炎は燃え尽きた。

 窓を閉め、唯一の明りが灯っている部屋を見据える。

 蝋燭の日が揺らめいて、室内にいる存在を主張している。

 定まらないシルエットだが、明らかな獣人の耳。

 

 

 ―― そうなれば期待通りだが。

 

 

 下に響かないよう足音を消して、部屋の前に立った。

 

 

「お待ちしておりんした。(あん)さん」

 

 

 

 開いた窓と屏風を背に、足を崩して座る狐の獣人。

 間違いようのないその風貌はまさしく魅狐花魁その人だった。

 

 

 まるで俺がいることも、俺が来ることもわかっていたかのような構え。

 たおやかに揺れる扇子は果たして涼しいのか定かではなく、けれど狐の耳はそよ風に吹かれているように靡いている。

 

 

「飛び込み可能?」

「ええ、特別に」

 

 

 許可を貰って入室すると、何となくわかっていた、一枚の座布団。

 やはりそうだ。

 俺が来ることをわかっていた。

 

 

 どういうカラクリなのか。

 実は囲まれていたりするのだろうか。

 気配は感じなかった。

 会話していたであろう痕跡もない。

 ()を待っていたとしか考えられない。

 

 

「要件は?」

 

 

 まさか俺から問うことになるとは思わなかった。

 煙の出処である煙管を一口加え、天に向かって吹く。

 

 

「それはもちろん、『吸血鬼』でありんすわ」

「ちゃんと持ってきてるが、払えんのか?」

「花魁なめんといてくれんす? 兄さんごと買ってあげんしょうか?」

「そんだけあるならなんで花魁続けてんだ?」

 

 

 そこで、ミコの動きが一瞬止まる。

 

 

「踏み込んだ話題を、ようようそんな躊躇もせず聞いてくるやありんせんの」

「どうせ今日限りの縁だ。それに、安心して受け取れる根拠がないと渡せねーからな」

 

 

 払っといて後から回収しに来るやつとかいるんじゃないのかと疑っていた。

 花魁、引いては遊郭とはそういうのがあっても不思議ではない。

 表のようでいて裏に近い世界。

 そんな場所に居座るコイツを、まずはどうやって信用しようかというところ。

 

 

 オババの紹介といのは信用出来なくはない。

 だがオババ自身も騙されている可能性は捨てきれない。

 俺が俺の目で見極めて、嗅ぎ分ける。

 そうして条件を提示し、お互いが受け入れる。

 商売だし、なによりシュウが関わっているのだから。

 中途半端なことはしたくなかった。

 

 

 再び煙管を加える。

 先端が火照り、噛み締めながら細く吹いた。

 

 

「あちきの借金はもう払い終わってやす。ここに居るのは稼げるから。そして、この世界しか知らねえから。この世界で生きてくしか出来ねえから」

「金があるなら他でも何とかなるだろ」

「まあ、他の国に行っても働かずに生活はできるんじゃありんせんかと思いんす。……一人ならの話でありんすが」

「家族か?」

「ええ、母がね」

 

 

 切れ長の目から伸びる、長いまつ毛。

 半分隠れた金色の瞳。

 月明かりと蝋燭に照らされる金と橙の髪。

 

 

 その美貌で、ここじゃなくても選択肢はあったろう。

 けれど選んだのか、選ばされたのか、ここに来た。

 ほかの世界を知る前に。

 母を支えたいと、自らここに足を繋いでいる。

 

 

「珍しい話じゃありんせん。家族のために自分が売られんした。あちきの場合は自ら売りんした。売上は母の治療代と、治った時の二人の生活費でありんす。それらを差し引いても、『吸血鬼』を購入するだけのブツはご用意できんす」

 

 

 白く、細く、長い足がしまわれる。

 姿勢を正したミコは、袖と裾を直し、俺に向けて三指を立てる。

 

 

「お願いいたしんす。あちきに売っておくんなんしまし」

 

 

 深々と下げられた頭。

 床に付きそうなほどに下げられ、綺麗に結われた髪が垂れた。

 

 

 こんなにも丁寧な頼み方をされるとは思わなかった。

 ババアの言いぶりから、少し癖のあるやつだと思っていた。

 なんてことはない。

 ただの家族思いの女だ。

 大事な人を守ろうとしている。

 

 

「一つ、聞いていいか?」

「なんなりと」

「『吸血鬼』を使って何がしたい?」

 

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