いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作:彩白 莱灯

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第6話

 伏せられていた頭はそのまま。

 考え込んでいるのか、どう答えるのが正解か、探っているのか。

 理由もなく欲しいなんてことはないだろう。

『吸血鬼』の売値は2000ユキチだ。

 富豪でないとぽんと出せるものではないし、富豪であっても意味もなく出す額ではない。

 オババの融通とはいえ、元から欲していたんだろう。

 理由を聞いたところで売るのを辞める気は無いが、それを明かす理由もない。

 ただ、気になっただけ。

 気まぐれでしかない。

 それに対し、ようやく上がった頭、そして顔は、妓女の最高峰である花魁にしては随分とつまらなそうなそれだった。

 

 

「あちきが花魁として生き続けるためでありんす」

 

 

 そう言って、耳の上半分にかかった髪を捲り上げる。

 

 

「! その耳」

「一目瞭然でありんしょう。でありんすが、あちきには半分しかありんせん」

 

 

 ミコ……魅狐はエルフと狐の獣人のミックス。

 エルフのように尖った耳をしているが、先端は動物の用に毛が生え揃っている。

 それはシュウのような白ではなく、グレーがかったシルバー。

 エルフと銀色の狐のミックスである花魁。

 

 

「この店は随分な趣味をしているな」

 

 

 さすが、シュウのような異質な奴を買う店だ。

 

 

 髪を直し、正しく鎮座する。

 膝の上に置かれた細長い指は重ねられる。

 

 

「あちきの母エルフどす。エルフは長命どす。あちきは半分でしかあらへん。母生きてるあいさに死ぬかもしれへん。そうなったら、母を置いていくことになる」

 

 

 死んだあとのことなんか気にするのか、というのは思うだけで留めた。

 やりたいことがあるのは結構。

 俺にその被害がこなければご自由にしたらいい。

 魅狐が長生きしたいから買うと言うなら、俺は売るだけ。

 

 

「つまり、お前は知ってるのか」

「……それは、『吸血鬼』の体質についてのお話でありんすか?」

「ああ。俺はそれが知りたい。その為にこいつを売る。情報と引替えに」

 

 

 魅狐は自分の懐に手が差しこんだ。

 澄まし顔で取り出したのは厚みのある箱。

 慣れた的で開封し、中身を持って、ばらまいた。

 

 

「カード?」

 

 

 細長いものだ。

 一瞬にして違和感を悟った。

 全部裏向きになっている。

 魅狐の手元にあるカードが捲られる。

 

 

「一枚目。親しい人。大事な人」

 

 

 反応するな。

 何を考えているか、わからない。

 

 

「二枚目。変容」

 

 

 ……。

 

 

「三枚目。争い。恐怖」

「……何が言いたい」

 

 

 掌に爪が食い込む。

 歯が軋む。

 額が冷たく、締め付けられる。

 反して魅狐は涼しげだ。

 狐のように細い瞳孔が俺を覗き見ている。

 

 

「変わること自体が怖うござりんすか? 変わっちまってからが怖うござりんすか? どちらにせよ、あちきと同じようでありんすね」

 

 

 息を吐いた。

 いつの間にか止めていたようで、苦しくなってから気付いた。

 

 

 魅狐は占ったんだ。

 俺を。俺の内を。

 恐ろしい的中率。

 

 

「勝手なことをしやがって」

「普段は有料。人気でござんすよ、あちきのこれ」

 

 

 手に持った三枚目のカード。

「恐怖」と言った。

 変化を怖がる。

 俺の予想通りにいくかいかないか、そう(・・)なってしまうのが怖い。

 知らない未来は、怖い。

 

 

「目の前のカード」

 

 

 投げかけられた言葉を理解して、膝の先のカードを見た。

 一枚だけ、不自然に俺の目の前にある。

 心の臓がドクンと跳ねる。

 

 

 ミコを見た。

 何も言わなかった。

 ただ微笑んでいた。

 何を言いたいのか、わからないはずもない。

 

 

 カードを捲った。

 

 

「『未来』。先に続いていきんす。まだまだ戦いは長いようでありんすね」

 

 

 

 安心できないようでいて、猶予を与えられたようで胸を撫で下ろした。

 いつの間にか信じ込んでいることを自覚して、さらに恐怖を感じた。

 この的中率と空気へ飲み込んでいく魅惑。

 これこそが魅狐花魁の持ち味。

 

 

「あーちゃんから聞いてんすえ。『吸血鬼』を売ることの条件が、『情報提供』であること」

「あー、ちゃん?」

「あらやだ。おばあちゃんよ。おばぁちゃん、だからあーちゃん。あちきの大好きな皺くちゃ(しおうちゃ)あーちゃん」

 

 

 そんなあだ名をつけられるやつかよ、あの化け物ババアが……。

 

 

「その条件を知ってて、お前に売ったら情報は貰えるのか?」

「あちきの全てに誓って」

「母親も含め?」

「ええ、もちろん」

 

 

 どこまで本当のことを言っているのか、何も根拠はない。

 大事にしているであろう母すらも担保にというが、存在する母なのかも怪しい。

 正直信用ならない。

 遊郭なんて嘘と息が吐き散らかされている場所なんだ。

 花魁となれば得意も得意だろう。

 さっきの自分の空気への取り込み方を考えても、油断ならない。

 せめて、前払いを貰う必要がある。

 

 

 荷物の中のひょうたんから、氷漬けの『吸血鬼』を出す。

 目の色が変わった。

 瞳孔が、獲物をとろいとする獣になった。

 所有者を示すべく、上から鷲掴む。

 

 

「取りんせんよ」と言わんばかりに、扇子で口元を隠し、目元を細めた。

 

 

「こいつを売る条件、追加」

「なんでありんすのかい?」

「エルフの情報をくれ。それも聞いてるんだろ?」

 

 

 存命の母がエルフで本人もミックス。

 これはある種の賭けだ。

 エルフの情報を集めているということで密告されるかもしれない。

 情報を提供するからと居場所を晒されるかもしれない。

 魅狐が完全に味方ではない以上、リスクは発生し続ける。

 唯一の保証はババアぐらい。

 追加で、シュウは今身なりを変えてる。

 俺も今の様相を変えることに抵抗は無い。

 保険とするならこの国を出たら変えてもいい。

 だからこそ、賭ける。

 二人の親しさと、俺たちのババアへの信頼の証として、打って出る。

 

 

 扇子の裏で、微かに息をついた。

 そして景気のいい音をたてて閉じた。

 

 

「承知しんした。何を企んでいるのか存じ上げんせんが、お話しんしょう」

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