後ろに手をついて、腰を逸らした。
天井を見上げても格子状の木目しかなく、行き止まりを悟るだけ。
世界は残酷だと誰かが言った。
努力をしたところで大して変わらない。
物事には損得が関わるからだ。
もし変わるとしたら、それは意思が関わったからだ。
不確定なものならば、未来は如何様にも変わる。
「『愛』」
天井から視線を戻せば、魅狐はまた、一枚のカードを捲っていた。
安っぽいカードだと素直に思う。
ありがちで、見つけにくい。
軽くも重くもあって、求めるものは多いが、手に入りにくいもの。
「『道』」
また一枚。
法則があるのかないのか、バラバラに散らばったカードを、適当に見据えて選んでいるよう。
「『試練』」
伸びていた手が膝元へ収まった。
瞳孔は俺を見つめ、小さな唇が音を奏でる。
「旅をされているのでありんすね」
「ああ」
「大事な人と」
「……まあ、そうだ」
「険しい道のりでありんす」
「知ってる」
「その人がお好きでありんすか?」
皿になった。目が。
何かがポロッと落ちそうなほど開いた。
瞼が裂けるか吊るかと思った。
何言ってんだと、文句を言いかけて、辞めた。
月のようなエルフ特有の金色の目が、俺を射抜く。
嘘も誤魔化しも効かないと言っている。
……多少の照れくささはどうしようもない。
「俺、優柔不断なんだよ」
「そうでありんすか」
「確信がないと動けない。確信があるまで、ずっとずっと調べてる。いつまでも。故郷の島を出る時も、ここよりも危険だったら、って思ったら出れなくて、十年以上足踏みしてた」
「それは……随分忍耐力のありんすね」
「よく言えばな。だが、今思うのは、毎日死にそうな思いをしてる環境なら、さっさと逃げればよかったなってこと。動いた先で死んだら「やっぱダメだったか」だが、動かずに死ねば「動けばよかった」ってなるだろうから。結果論でしかないが、俺は思い切りがない。自分だけのこととなると、永遠に悩んでる。迷惑被るのが俺だけだから、悩みたいだけ悩むんだ」
後悔の仕方論争はよくある。
やらない後悔は、やってみた結果を知らないことから生まれる。
どうせやらなければ死ぬならやって死ね、と、昔の自分に言ってやりたい。
結果生きてるぞとは教えてやらない。
結果を知って動くのはまた違うから。
限りなく確定に近い推測が丁度いい。
俺が責任をもって、道を選べるから。
「アイツに関して、好きも嫌いも、普通も気にしたことはは無い。ただ思うのは、俺は優柔不断だが、裏を返せば慎重だ。いざ悩んだ時、それを長所で持っていたい。だから好きは作らない。そこに損得や利害を作りたくないから。感情で動きたくないから。俺は俺らしく、その時の最善のために動けるように。結果的に俺のために、選択できるようにいたい。……まあでも、多少の縛りがないと、逆に迷うんだよな。だから、シュウがハッキリした性格で、シュウがそう言うから、俺もそうする努力をする、っていうのはあるかもな。優柔不断にはちょうどいい単純さだよ」
アホみたいな笑顔を思い出して、頬が緩んだ。
単純すぎてもう少し考えろとおもう。
だがその単純さのおかげで、俺は沢山のことを知ろうと思う。
「楽しいやつだよ。アイツは。だから失いたくない。たくさん、一緒に旅をしたい」
そう言うと、ミコは貼りつけていた眉を解いた。
目尻が下がって、心做しか肩も少し下りた。
―― ♦︎
「角とった!」
「はっは! ユウは強いなぁ」
同じ建物の別室にて、シュウは女装姿で好々爺と盤上遊戯に勤しんでいた。
傍らには手土産の菓子と酒。
シュウは白と黒のコマをひっくり返し、その度に小袋から取り出した歌詞を口に放り込んでいた。
好々爺の後ろの酒は開けられる様子はなく、寂しそうにゲームを見つめている。
「そやけどほれ、ここを見落としたな」
「あっ、いや、気付いてたし!」
「ほれほれほれ」
「ああああぁぁぁぁあ……」
白と黒の枚数が入れ替わる。
空いた枠はあと三つ。
どんな置き方をしても、シュウが取れるのは精々数枚。
好々爺は二桁近くとれそうだ。
つまり、勝敗は明らかになりつつある。
「ぬ……、くっ」
「ほれ、はよぅ置かんかい」
「ぃ……やだぁ」
「負けず嫌い。往生際悪いのう。そやけどそれもよし」
「悔しいいいいいい」
見た目よりも幼く、シュウは胡座のまま体を左右に揺らす。
それを見て飄々と笑う。
自身でついだ酒を運ぶ。
これにて酒瓶三本を開けきった。
だが、好々爺の顔はまるでそうとは思わせず、たたらほんの少しだけ、耳の先端を赤らめている。
「新人にしては度胸据わってるな。ほんまに新人か?」
「うん。お仕事は色々したけど、こうして遊ぶのは初めてだよ」
「ほっほ、遊ぶか。金を捲りあげてるいうのに。正直すぎるのも考えものぞ」
「僕はただ楽しく遊んでるだけだからね。お金なんて欲しいって言ってないし。そっちが勝手に詰んだんでしょ」
「憎たらしい。そやけど――」
「それがいい、でしょ?」
「ほっほっほっ」
事実、シュウが相手をした男たちは、いい思いはしていない。
そもそも、数日の間は一線を超えた営業というのはなしという契約。
それは抽選の時点で知らされていた。
だがそれでも、いい思いをしようと強行しようとした輩はいた。
最初の二日間、天井に潜んだキョウカが、毒を塗った細い枝を曲に投げていた。
その毒は即効性の毒で、すぐに気を失っては数十分しか効果を持たない。
しかしそれで、契約の時間は終わってしまう。
輩はほとんど記憶のないまま退出することになる。
寝ていた、覚えていないと主張したところで、酒を飲んでいたのだろうと片付けられる。
また、輩もまさか「一線を越えようとした」などと言えるはずもなく。
また数十日後の予約を取るか、もとの客に戻るかしかない。
その様を見ていたシュウは学んだ。
覆いかぶさろうとして来る輩の意識を一瞬で奪い、その間は歌詞を貪り食っていた。
だから、時間いっぱいまでゆっくり遊ぶ客は、このエルフの好々爺が初めてだった。
「おじいちゃん、本当にこれでいいの?」
「なんや? 何気になる?」
「遊んだだけだしー。他の人みたいに襲ってこないから。ていうかおじいちゃん」
―― 抽選会場にいなかったでしょ?