いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作:彩白 莱灯

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1-1 ♥ 悪食
第1話


「また(オーガ)が出たぞ」

 

 

 村人の誰かが囁いている。

 俺に向けられたものではない、潜めた声。

 どこの誰が、誰とそんな話をしているのかは問題ではなかった。

 

 

 この村はそれなりに人通りがあり、活気もある。見るからに平和だ。多少貧富の差はあれど、陰の路地に人気はない。ゴミも決められたところに集まっている。

 

 

 ここに来て3日目。初日から『鬼』の噂を何度も耳にした。

 老若男女問わずに連れ去り、食らってしまうと言う。

 

 

 最初は、ある晩のこと。

 夕飯と酒を共にしていた数人のグループが、話し足りないからと村の外で地べたに座って話していた。

 離れた茂みから物音がして、一人が野生動物かと見に行ったらしい。

 

 

 ――そうして、茂みに喰われた。

 

 

 血飛沫が上がった。声はなかった。頭から喰われたのだろうと推測する。痙攣のごとく身体を震わしたそれからは、異様な匂いと、耳障りの悪い骨と肉の音を空気に漂わせる。演奏の最後は、軽快に喉を鳴らした。

 

 

 残された奴らは、固まった身体を動かす寸前に見たと、口を揃えた。

 

 

「月を刺すほどの鋭い角だった」

 

 

 その日に限らず、不定期で同様の現象が起こったのだ。

 村の外。夜。茂み。……角。

 大抵の人間は、それらの条件を避けて生活することにした。けれども怖いもの知らずというか、肝試しというか、命知らずというか、阿呆なことをする輩はどうしてもいる。それらが犠牲になっているというのにだ。

 

 

 正体不明が気になるのはわかる。だが、だとしたらもう少し賢く動けないものか。

 ……どうせ動くなら、タイミングさえわかれば……。

 

 

「キョウカ!」

 

 

 思考の海から引き戻したのは、よく知る中性的な声で俺の名を呼ぶ少年。

 顔周りを日除けとして布で覆って、走って駆け寄って来る。掲げられた手には黄色い何か。

 

 

「出店のおっちゃんがオマケくれた!」

「なんで?」

「『嬢ちゃん』と間違えて悪かったって」

 

 

 間違えるのも無理はない。

 肩まである髪は布で隠れてほぼ見えないし、その代わりに見える顔は白い肌にはっきりとした目鼻立ちで、血色のいい唇は一際目を引く。

 首から下はワンピースのような、一枚の布。袖の部分は隔たれているものの、腰から下は布をまきつけているだけに過ぎない。その腰に太めの紐を結ぶのが、この少年――シュウのこだわりなのだそう。

 

 

「そんな格好してるから」

「この世界の服装嫌なんだもんー。鎧は重いし。上着て下着てより、一枚バサっと着るって楽だよ?」

「聞いてる分には楽そうだけどね」

 

 

 投げられた黄色いソレを、両手で受け取った。見ればそれは果物で、ちょうど今の時期が旬のもの。

 街の中央の噴水の縁。俺の隣に座ったシュウに返した。食べないのかと問う視線に対し、顎を上げて答えた。

 

 

 この街、【シューキュ】は商人の出入りが多いらしい。

 食材も衣類も多種多様に置いている。俺たちは食材さえ揃えばいいのだが、多すぎて目移りしてしまいそうだ。

 

 

 貰った果物を頬張りながら、シュウは尋ねてくる。

 

 

「買い物は終わりだね。あとはどうするの?」

「この街が、この国の中央地なんだ。だからお前のお目当ての『主』もいる」

 

 

 ごくり、と喉が鳴った。

 手首を伝って滴り落ちる果汁を吸い舐め上げる。

 シュウは、前髪の隙間から覗く瞳を輝かせ、上瞼だけを伏せて何かを見据えている。

 

 

「オーサマ、どんな人かなぁ」

「さぁな。俺もそこまでは知らん」

「ふふ、楽しみ」

 

 

 そもそも、王様と会うこと自体が普通に考えて難しいのだが、シュウはそんなことはわかっていないだろう。

 

 

「まずはお家に行って挨拶だね。お土産いるかな? さくっとオーサマの役、変わってくれるといいなー」

 

 

 ――バカだから。

 

 

「……そうだな、お土産、買うか」

「うん! この果物美味しかったからいいかも!」

「いや……それはいっぱい食ってるんじゃないか……それももっと上等な奴」

「えー? そうなのー?」

 

 

 庶民が見た目庶民にお詫びに渡す果物を、王様にお土産とか、喧嘩売ってるのか。

 いやまあそれも、あながち間違いではないのだが。

 

 

「討伐隊が通るぞ! 道を開けろー!」

 

 

 真横の道の奥から張り上げた声が、俺たちの耳に突き刺さる。

 物々しい雰囲気を醸し出した騎馬隊が、鎧を陽の光に反射させながら堂々と街中を闊歩する。

 周辺の庶民は脇に身を寄せ、それぞれが溌溂と鼓舞を振りまいている。

 

 

「お願いします! この街を守ってください!」

(オーガ)なんて一捻りだ!」

 

「キョウカ、おぉが(・・・)って何?」

「頭に複数の角を生やした人型の魔物だ。群れて行動する習性があるから、討伐となったらそれなりの人数が必要。力は強いがそれだけ。近寄らないで、魔法で遠隔攻撃すればいい」

「ふーん……」

 

 

 対して珍しくもない魔物の討伐だ。

 討伐隊を組むのも、まあ対処法としては妥当。群れがどれほどの規模かわかっているのか定かではないが、そう少ない人数ではないし、まあそんなもんなんだろう。

 

 

 俺たちは旅の者。この街が一つどうなったところで、少なくとも俺にはどうでもいいことだ。

 オーガについて聞いたくせに興味なさそうにしていたシュウは、というと。

 

 

「これだけ大人数の相手が必要な”おぉが”がこの街を潰したら、早くオーサマになれるかなぁ」

 

 

 ……まあ、そうだよな。お前はそういう奴だよ。

 

 

 おおよその飽きれと、多少の納得。それらを腹の底の空気とともに出して、頬杖をついた。隣を通る騎馬隊は、威風堂々と通り過ぎる。

 その中に、一人。一際勇ましく、一際厳重な鎧を身に纏った者たちに囲われた、一際偉そうな初老の人間がいる。白馬に乗ったそれは、お揃いの白いひげを携えていて、その人は庶民に対して優雅に手を振っている。庶民たちも、熱を帯びる。

 

 

「王様ーーー!!! この街を! よろしくお願いしますーーー!!!」

「えっ、オーサマ!?」

 

 

 いかにも(・・・・)な風体だ。だがまさか、ただのオーガの討伐に、一国の主が出向くとはこれ如何(いか)に。

 庶民からの信頼は厚そうだ。嫌そうな顔をした庶民は誰一人としていない。商売が繁盛して、治安が良くて、満足が高いのならば、統治者の評判がいいのも当たり前だが。

 

 

「オーサマー!!」

「ちょっと待てバカ」

「ぐっ」

 

 

 駆けだしたシュウの服の襟を引っかけた。反動で首が閉まり、足が前方へ振り出されたが、まあこいつにはそんなことはどうでもいいだろう。一国の主に突撃して何をしようとしたのか察するに、止めるのが最善だ。

 

 

「なんだよー!」

「なんだよじゃない。いきなり走り出すな」

「善は急げって言葉知らないの?」

「知っているが、時と場所を選べバカ」

「何回バカって言うんだよー! バカって言う方がバカなんだぞ!」

「うるさいバカ。黙れバカ」

「なーーー!! キョウカのバカ!! 投げてやる!!」

「は?」

 

 

 襟を掴んでいた腕を、掴まれた。

 そして気付いたときには、俺の身体はとてもとても軽く、打ち上げられていた。俺の視界には街の全貌が見える。塀に囲まれたこの国。塀の外には、空間(・・)。そしてその奥に平野と森が広がっている。

 

 

 ――なんだ、あの、変なスペース……?

 

 

 答えが出るよりも先に、視界が一直線に歪む。自由落下を始めた身体。俺には支える力もなければ、慌てるだけの時間もない。

 

 

「よっ」

 

 

 呆気に取られて落ちていく途中、軽やかな一言とともに重さを感じた。一体どの高さまで飛んでいたのか、抱えられて、着地してからももう一度、数秒間は浮遊感があった。

 そうしてようやく、下から突き上げる風がなくなったと思うと、いつの間にか閉じていた視界を開いた。

 

 

「ねえオーサマ! 僕たちも連れてって!」

 

 

 目の前には、仰々しいまでの白馬と主。そして槍や剣、杖を構えた騎士たちがいた。

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