いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作:彩白 莱灯

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第11話

 その強気な瞳に気圧された。

 覚悟を決めた猛獣の目。

 後ろを見ない、目の前の首を噛み切ろうとする狐。

 実際にいるのは俺だが、きっと見据えているのは俺ではない。

 

 

 さて。

 内容は聞いていないものの、俺に依頼を受ける必要はあるのか。

 義理はない。

『吸血鬼』と情報提供の責さえかってくれればそれでよかった。

 魅狐にとって、それどころではなくなってしまった。

 俺もさっさとシュウのもとに行きたい。

 けれど、ここで断れば俺の望みは叶わないだろう。

 正直、他の客に売ることもできる。

 コイツの財産をかけるほどの依頼。

 二人分の人生+αの額だ。

 相応のリスクがあるのだろう。

 ……。

 

 

「要件は?」

 

 

 考えた時間は数秒。

 言い出した魅狐は目を丸くし、狐というより猫のような顔をする。

 

 

「なんだよ」

「いえ……優柔不断という割に、決断が早うござりんしたなと思いんした」

「ああ、そんなことか」

 

 

 文を魅狐に押し付けた。

 開けっぱなしの窓枠に腰掛ける。

 風が背中を撫でる。

 少し焦げ臭い。

 転瞬炎(てんしゅんえん)のような細かい光が吹き込んでくる。

 

 

「これからシュウと旅をするんだから、軍資金はあればあるだけいい。それだけ」

 

 

 俺一人だけならまだ悩んでいただろう。

 欲か、堅実か。

 だが一人じゃない。

 シュウもいる。

 バカ舌だが大食漢のアイツが一緒なんだから、金はいくらあっても足りない。

 俺が決断するのは、シュウのことを考えてからだ。

 

 

「さあ、早く話せよ。時間がない」

 

 

 吹き込んでくる光は火花。

 遊郭は今や火の海だ。

 なぜこんなことになっているのか今はまだわからない。

 逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる。

 魔法ではなく魔物が関わっているのは察した。

 シュウのお守りは生きているが動きがない。

 焦る必要はないにしても早く向かいたい。

 

 

 魅狐の顔が引き締まる。

 結い上げていた細長い髪留めを外し、癖のついた長い髪が落ちた。

 

 

「あちきを、遊郭の国から連れ出しておくんなんし」

 

 

 

 ―― ♦

 

 

 

 特に燃え方がひどい場所で、シュウは床に突っ伏していた。

 見つけた瞬間は肝が冷えた。

 俺の魔法に異常が起こったのかと思って、炎を視界にいれていたのにお構いなしに駆け寄った。

 近づいてわかったのは、水の魔法で守られていた事。

 俺がかけた魔法は風属性。

 

 

「誰だよ」

 

 

 俺の魔法を必要としない守護。

 俺の代わりにシュウを守った奴がいる。

 火の災いに対して有効な水の魔法。

 単なる偶然か?

 外に張り合うほど腹の底が燃えているかのような錯覚。

 当たり散らすように、乱暴にシュウの身体を揺らした。

 

 

「シュウ! 起きろ!」

「んんー、なぁにぃ?」

 

 

 まるで気持ちよさそうに寝ていたかのような声に、さらに苛立ちが募る。

 安眠を貪れるほど、快適を提供できる魔法。

 それだけ水の魔法が強かったということ。

 ああ、むかつく。

 

 

「ここを離れるぞ」

「うん? あれ? 何で燃えてるの?」

「話しは後だ。とりあえず外に出る」

「はーい」

 

 

 燃えていることすら知らなかったということは、その前から眠っていたのか?

 燃え盛る炎の中でのんびり背を伸ばす。

 欠伸を一つ吐き出して、窓から屋根へ軽々と上った。

 煙が辺りを満たしている。

 そこら中から人々の叫び声が聞こえる。

 悲鳴も、怒声も、どこからともなく聞こえて緊急性なんてつけようがない。

 

 

 屋根の陰に隠れ、俺とシュウは一息ついた。

 

 

「なんで寝てたんだ。怪我は?」

 

 

 俺が気になるのはまずそこだ。

 ただ普通に客の相手をしていたはずなのに。

 シュウが簡単に眠らされるなんて。

 ぱっと四肢を見た感じでは争った様子はない。

 以前の様に気分が悪そうでもない。

 ただ眠らされただけ。

 

 

「なんでだろー。おじいちゃんとゲームして話してただけなんだけどなー」

「変なことされたんじゃないのか?」

「怪しい動きはなかったけどなー」

「じゃあ、直前の動きは?」

「手を洗ってくれた」

「手を、『洗う』」

 

 

 シュウの両手を奪った。

 見た目は何の変哲もないその手に、微かに魔力を感じる。

 そこで初めて気付いた、シュウの口元へ続く魔力の痕跡。

 この水は魔法で出されたものだ。

 そして、シュウはその水を飲んだんだ。

 

 

「その、『おじいちゃん』ってどんなやつだ……?」

 

 

 血の気が引く。

 背筋が凍る。

 未だかつてないほどに鼓動が強い。

 そうでないと言ってくれと誰かに祈った。

 そんな気も知らず、シュウはいつも通りの綺麗な顔で言い放った。

 

 

「エルフだった!」

 

 

 ……。

 体の水分が一気に持っていかれたようだ。

 喉は乾くし、眼も痛い。

 

 

 異変を感じ取ったシュウが、俯いた俺を覗き込んでくる。

 紫色の瞳を見た瞬間、抱きしめた。

 

 

「キョウカ? どしたの?」

 

 

 コイツは本当に、何も知らない。

 ただ自分のやりたいことに精一杯で、やりたい放題で、それ以外のことは何も知らない。

 俺がお前を守るためにいろんなことをやっていることなんか知らないだろう。

 でも、それでもよかった。

 コイツも強いから、ある程度自由にしたうえで、安全のために知識を蓄えた。

 ……今回はそれが裏目に出た。

 放置している間に接触するなんて。

 エルフが来ているなんて、思いもしなかった。

 

 

「無事でよかった」

 

 

 俺が離れている間にどこかへ連れていかれていたら、狂っていたかもしれない。

 自責の念で死ぬか、復讐するか、八つ当たるか。

 どれにしてもまともではいられなかった。

 シュウが無事でいてくれたからこそ、俺の『未来』がまだある。

 

 

 自分ですら痛みを感じるのに、シュウはなにも言わない。

 それどころか頭に触れてきた。

 

 

「僕は死なないよ――魔王になるんだから」

 

 

 そうだ。

 そうだった。

 俺の見た『未来』があった。

 あったのに、忘れていた。

 それだけ恐ろしい存在だった。

 ――エルフ。

 

 

 こんな思いは、もう二度としたくない。

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