土間というのか、ほぼ地面もお構い無しにへたり込んだ。
腕だけでなく足腰も力が抜けていったから。
片方だけ立てた膝に、肘を乗せる。
天井を向いた手は空を掻き、足掻いて、藁のような髪を掴んた。
その腕を守るように、反対の腕で膝ごと抱え込んだ。
守るように。
隠れるように。
……見ないように。
俺もババァも喋らない。
もちろんシュウも、声をかけてこない。
誰かが無音を裂くのを待っている。
制限はない。
焦る必要は無い。
自問自答の時間。
内で考えていても纏まらない。
ならば、と、とりあえず思いつく
「友達の夢を、応援したい」
第一の優先順位。
素直な気持ち。
堰を切ったように、次の言葉が湧き上がった。
「けどそれはつまり、いずれ敵対するってことだ。殺したくない。俺が死ぬのはまだいいが、俺はそれよりもアイツと一緒にいたい。話したいし、遊びたいし、生きたい。だからどうしたらいいかわからない。だから、考える時間が欲しくて、一緒に旅をしてる。
一緒に旅をして、アイツの自我が無くなるというか、アイツがアイツじゃなくなる時は……俺が引き戻してやるんだと今は思ってる。アイツはアイツのまま魔王になりたいだろうし。それを叶えてやれるのは俺の役目だ。それに、俺がアイツから離れて、誰かに退治されるとか、そういうのも嫌だった。
まだ誰も……いや、殆どのやつは、アイツが
アイツの、ただ「将来なりたい職業は魔王!」という、無邪気な夢を叶えてやりたいだけ。
ただそれだけなのに、その職業になるには妨害も多々ある。
世間一般では大量殺害予備軍みたいな扱いだからしょうがないが。
じゃあ世間一般を優先するのかといったら、俺はそうではない。
世間よりシュウが大事だった。
それだけだ。
世界中の全員がシュウの敵だとしても、俺だけはシュウの味方――で、いたい。
「なんで……俺が勇者なんだろうな……」
俺にとっては、なりたくてなったものじゃない。
誰かにとっては、なりたくてなれるものでもない。
交換できたらいいのに。
そうすれば、俺は回りくどいことをせずとも、シュウを守れたのに。
膝を抱える力がいっそう強くなる。
腕の中に顔を埋め、視界は真っ暗になった。
煙管の煙が鼻を掠める。
頭の中は、直近の通りかかった国。
『勇者になりたいヤツ』
『大事な相手同士、協力して商売をしてるヤツら』
『相手を思いやって自分の全てを投げ出すヤツ』
表向きにいいことをしているとは言えなかった。
だが、それでも、羨ましかった。
表立って堂々としている様が、眩しかった。
「あの子はあんたの事は?」
「言ってない。気づいてもないだろうし」
「もし、あの子が殺しにかかってきたら、どうする」
ババァはどこまで気付いているのだろうか。
「殺す」という単語を出してくるぐらいだから、危険なヤツだという認識はあるんだろう。
あんなに懐いているのに、その気配を察するのはさすが年の功。
いや、逆にその気配を察していながら、ガミガミとキレ散らかしているのか。
さすがババァ。
「アイツとの喧嘩なんて、今に始まったことじゃない」
シュウとの喧嘩はもはや殺し合いだ。
女装させようとしたときでさえ殺気を感じていた。
寝首を掻かれそうになったこともあった。
どこまで本気だったかと聞かれれば、8割は本気だっただろう。
シュウにとって、俺はその程度。
……それでも。
俺はシュウのことを、大切な友達だと思ってる。
「そう、友達だ」
ババァは「あの子をどうしたい」と聞いた。
俺は「友達の夢を応援したい」と思っている。
それが答えだ。
暗闇に光が差し込んできた。
浮かせた顔にさす、くすんだ光。
明暗で視界がチラつくが、慣れてしまえば晴れた世界。
「シュウが夢を叶えたいのなら、それを手伝う。アイツが
そうだ。
勇者の出番は魔王が誕生してから。
魔王が誕生するまでは、勇者といえどただの冒険者。
普通の依頼と魔物退治をしていればいい。
そして魔王が誕生した瞬間、必要なのは勇者。
――なんだ、わかってたことじゃないか。
「『
頭の中がクリアになった。
胸のつかえが取れた。
呼吸がしやすくなった。
冷えた尻を上げ、両の足で立ち上がる。
冷めた目を向けてくるババァに、たぶん今までで一番の笑みを見せる。
「サンキュー、ババァ。ようやく決まったよ」
「はっ。こっちを巻き込んで自己完結して、結構なこったね」
「悪かったって。だが、ミコの依頼は俺も巻き込まれたんだぞ」
「女のわがままを叶えるのが男の甲斐性だよ」
「子どもだからわかんねぇわ」
「クソガキ」
軽口が心地よい。
迷いが晴れたあとの意味がない会話の、なんと楽しいことか。
俺の悩みが減ったとて、ミコの願いはまた問題だ。
「んで、ミコの願いはどうすんだ?」
薬はない。
買うこともできない。
母親の元のストックも限られる。
そんな中で薬を届けろという、一見無茶な願い。
だが、ババァに焦る様子はない。
「問題ないよ」
「なんで?」
「アタシを誰だと思ってんだい」
「ババァ」
煙管が飛んできた。
眉間を狙ってきやがった。
「ババァ!!」
「口を慎みな。こちとら『眠らずの美女』だよ」
足元に横になっていた杖で、強く床を叩いた。
天井が開き、ボトっと重そうな音を立てて落ちてくる包み。
「まさか……」
「ミコの母親の薬さ。売りに出された瞬間から限度一杯買ってたんだよ」
「準備のいいことで……」
「『占い』とはそういうもんさ」
ミコの占いのことを言っているのだと思った。
ミコが道を選ぶ。
選ばなければいけないような事態になる。
ババァはその結果から、自分ができる対策を打ったのだろう。
最悪を想定して。
ミコが母を見捨てるとは思ってなかったろうが、もし薬を使わないとなっても売ればいい。
親しい間柄ならではの、気の遣い合い。
「ほんと、アンタらの関係ってなんなの?」
引き出しから新しく取った煙管を吸って、煙を長く吹いた。
「なに、『眠らずの美女』同士な友達さね」