血の気が引いた。
口の中の水分がどっか行った。
頭の頂点から足の先まで力が籠った。
逃げ場のない視界と、後光が射す圧巻の姿。
鎧の反射で一層大きく見えるそのガタイに、俺だけが体を震わせた。
心を震わせているだろうシュウ、もといこのバカは、光で爛々と瞳を輝かせ、可愛らしいもちのような頬を紅く染めている。
「怪しい者どもめ! 動くんじゃない!!」
「ねーいいでしょーオーサマー。僕強いよー?」
「黙れ!!」
背筋に雷が落ちた。
「やめろ!」
「うるさい」
シュウの手が、剣を握る護衛の兵士の手首を蹴り上げた。
手首こそ無事だが、手背と前腕の鎧は砕けた。
少量の血も飛び散っている。
切ったかと思いきや、俺の頬に張り付いた爪の欠片で察した。
気持ち悪いのに払い落とせない。
顔も体も動かなくて、けれど眼球だけが動いた。
シュウの可愛らしい笑顔から一転。
笑いすぎて、上がりすぎている口角。
それは下瞼さえも押し上げ、『愉悦』を描いているように思える。
――それを見て、冷静になる俺がいた。
――驚嘆と、苦痛と、悲鳴。
――俺とは逆の反応をする人間は、何十倍。
「捕らえろ!!」
怒声のような掛け声が耳を刺した。
直後には地面を揺らす叫び。
四方八方から向かってくる刃と、捕縛する魔法。
これを切り抜けるには――
「止まれ」
……。
空気が止まったかのような、静かに重く、通る声。
周辺の悲鳴でさえも忘れさせてしまうほど、強制力を持った一言。
その
「なぜ、一緒に行きたいと?」
俺ではない。
俺を抱えるシュウに向けられた疑問。
兵士は誰一人として異を唱えず。疑を表せず。
不自然なほどに止まり続ける。
周りを気にしないシュウは、素っ頓狂な顔で考えを巡らせる。
これが、さっき人の爪を蹴飛ばした。
「んっとねぇ。僕のが強いから! 佐吉にだって負けなかったんだから!」
「サキチ?」
「僕の生まれ故郷で一番大きい友達!
少し驚いた。
質問の答えとしてはずれているかと思いきや、自分のアピールポイントまでつなげていた。
そのサキチという人物は全く知らないが、ともかくそれなりに喧嘩はできると。
エピソードに加え、先程の兵士への危害。
それを指摘しないことは気にすべき点だが、これはもしかすると、もしかするのか?
顎に蓄えた髭を撫で、考え込んでいる様子の
爪を剥がされた兵士を一瞥し、シュウを見る。
「よかろう。共に」
兵たちは驚いていた。もちろん俺も。
まさか了承されるなんて思ってもみなかった。
俺たちを他所に、王様は爪の剥がされた兵を見つめ、 そして言い放つ。
「その者は
――キョウカイ? 教会? いや、協会か?
その言葉を聞いた瞬間、爪を剥がされた兵士に加え、周りの兵士たちの顔も一気に青ざめていった。
良いことを言ったわけではないというのかまさに一目瞭然。
慌てふためき、剥がされた爪などお構いなしに暴れ始めた。
一部の兵士は気を取り直し、取り乱し、血を巻き散らす同胞を両脇で抱えた。
それでも大きく喚き散らし、街の奥へ消えて行った。
一体なぜそうなったのか、俺にはわからない。
もちろんシュウもわからないが、シュウの奥に見える庶民たちは、未だ一様に青ざめた顔をしていた。
相当ひどいことを言ったようだが、王様を見ればつまらなそうな顔で、その叫びを見つめていた。
見飽きたのか、シュウに、そして俺に視線を向けて手を差し出した。
「君たちは、私と共に馬車に乗ろう。君たちの話を聞かせてくれ」
王様が手を叩き、誰かの何を言っているかよくわからない声がした。
力が込められた声の次、王様の背後に突如として現れた馬車。
『よくわからない声』というのが魔法だということを理解した瞬間だった。
王様は兵の手を支えに馬車の内部へ入る。
そして俺たちにも乗るよう視線を送り、シュウは呑気な声とともに軽やかに飛び乗った。
乗りたくない理由を頭の中にいくつも浮かべながら、けれど兵士に促される形で中に入る。
王様の正面に俺たちが座ったところを見計らい、馬車はゆっくり動き出す。
一定の速度で動き、ちらりと外を見れば、先程までの青はどこかへ行ったようだった。
王様の姿が見えないにもかかわらず、庶民は大きく手を振りながら声援を送っている。
「君たちは何者だ?」
王様が問いかけてきた。瞬間、俺は肩肘が強張る。
決して鋭くはない、けれど剣呑な視線が、俺の眉間を突き刺す。
そう難しくない質問だ。
普通に答えればいい。
そればかりを考えてしまって、発するべき答えが音にならない。
この閉鎖された空間と緊張感で思ったように言葉が出てこない。
「僕たちは、旅をしているんだよ」