剣鬼が弟子に人生をそのまま奪われるお話 作:@abc
どうしてこうなってしまったんだ
指先に残る、愛刀が砕け散った時の鈍い震動。
かつて数多の戦場を潜り抜け、どんな盾すら削り取った自慢の剛剣。それが今、無残な鉄の破片となって土に突き刺さっている。
視界が揺れる。
喉元を焼くような敗北感よりも、理解不能な事態への困惑が勝っていた。
――折れるはずがない。
――俺が、負けるはずがない。
「......殺せ」
絞り出すような声で、俺は言った。
敗北の先にあるものは、俺にとっていつも一つだった。
死。それ以外に、結末は存在しない。
だから俺は、当然のように目を閉じた。
だが――
喉を貫く感触は、いつまで経っても訪れなかった。
「――いいえ、殺しません。絶対に」
次の瞬間、何かが覆い被さる気配がした。
冷たいはずの戦場の空気が、柔らかく歪む。
俺の頬に、細い指が触れた。
血と泥に塗れた顔を、壊れ物でも扱うように、ゆっくりと撫でてくる。
「あなたはもう、戦わなくていいんです」
その声には、躊躇がなかった。
救済を装った言葉ですらない。
ただ、そうあるべきだと信じ切った断定。
「誰かのために血を流す必要も、死の淵で笑う必要も、もうありません」
俺は、反射的に手を伸ばした。
そこにあるはずの剣を求めて、空を掴む。
指は、何も掴めなかった。
少女の瞳が、俺を見下ろしていた。
澄んでいて、濁りがなく――
それゆえに、戦場で見てきたどんな狂気よりも、底が知れない。
そこに宿っているのは、憎しみでも怒りでもない。
ただ一つ、原始的で、逃げ場のない「欲」。
「私のものになってください、師匠」
その呼び方に、胸の奥が微かに軋んだ。
「あなたが私を拾ってくれた時みたいに……今度は、私があなたを拾う番です」
抱き寄せられる。
拒もうとして力を込めたはずの身体が、思うように動かない。
彼女の身体は細い。
折れそうなほど脆いはずなのに、そこから放たれる圧は、剣よりも重かった。
「……逃げないで」
ほんの一瞬、声が揺れた。
縋るような響きが混じった、その一言で、俺は悟る。
――ああ。
この少女は、俺が手に入らない未来を、一度も想像していない。
「驚いていますね」
すぐに、微笑みが戻る。
俺の反応すら、愛おしいものとして飲み込むような笑み。
「ふふ……いい顔です。初めて、私を一人の女として見てくれました」
唇が、耳元に近づく。
甘く、静かで、それでいて逃げ場のない囁き。
「もう二度と、剣なんて持たせない」
宣告だった。
「さぁ……帰りましょう? 私達のお家に」
立ち上がろうとした。
だが、膝が言うことを聞かない。
彼女の感情が、空気そのものを圧縮しているかのようだった。
恐怖ではない。
愛を疑わないという、歪んだ確信の重さ。
その中で、俺は理解した。
剣鬼として俺を突き動かしてきた、生という名の剣。
それは、この少女の愛という名の生の前では、あまりにも脆く、優しすぎた。
意識が遠のく。
脳裏に、遠い記憶が浮かぶ。
初めて剣を握った日の震え。
師の背中。
血の匂いに満ちた戦場。
死を嘲笑いながら、戦い続けた日々。
それらすべてが、音もなく洗い流されていく。
最後に浮かんだのは――
かつて、彼女と二人で登った山の頂から見た、穏やかな景色。
「……ああ」
漏れた呟きは、彼女の胸に吸い込まれ、消えた。
この瞬間を境に、俺の人生は別の物語へと変質したのだ。
剣鬼は死んだ。
残されたのは、少女の愛の檻に囚われた、名もなき所有物。
そしてその所有物は、初めて――
戦いのない場所へと、連れて行かれようとしていた。
剣鬼くんは、学園時代に名を馳せた生粋のバトルジャンキーです。
とても強い。強すぎる。
人生の問題をだいたい剣で解決してきた結果、剣以外が壊滅的に不器用な男になりました。
そんな彼が、うっかり弟子を取ったのが一巻の終わりです。
はい、ここが運命の分岐点でした。
弟子ちゃんは、剣鬼くんに拾われた孤児です。
才能は圧倒的。
そしてその才能を、剣ではなく「師匠への愛」に全振りしてしまった結果、
剣鬼くんを正面から超えてきたキチガイです。
孤児だった彼女の心に、
剣鬼くんのぶきっちょで無自覚で、それでも本物だった情が、
サーッと音もなく溶け込んだ結果が、あのラストです。
剣鬼くんは強すぎました。
弟子ちゃんは、それ以上におかしかった。
これは、
「剣で生きてきた男が、剣より厄介な存在に捕まる話」であり、
「戦いが終わってから始まる地獄(※本人基準では平和)」の物語です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
もしよければ、感想をください。
好評であれば続きを考えています。