剣鬼が弟子に人生をそのまま奪われるお話   作:@abc

3 / 10
剣鬼の記憶

俺の記憶の底にあるのは、ひび割れた渇望と、喉を焼くような血の味だ。

名もなき農民の子として生まれた俺には、文字通り何もなかった。空を仰げば、そこにあるのは希望じゃなく、ただただ広がる虚無と飢えだけだ。明日を繋ぐ米の一粒もなく、泥を啜ってでも生き延びる理由すら見当たらない。

そんな折、村を訪れた一人の剣士が、夕闇の中で振るった一閃。それが俺の世界を裂く唯一の光に見えた。

「あれが欲しい」

理屈じゃねぇ、生存本能に近い渇望が全身を駆け巡った。俺はボロ布のような身なりも構わず、その剣士の足元に縋り付いた。額を地面に擦り付け、泥にまみれて弟子入りを請うた。農民が刀を持つなんて、本来なら笑い話にもならねぇ。だが、俺にはそれしか、この地獄のような日常から抜け出す道がなかったんだ。

だが、弟子入りしてからも俺の内の飢えは収まらなかった。師から教わる一挙手一投足、そのすべてを飲み込んでも足りない。いつしか俺は、剣を極めることそのものに憑りつかれていた。

そして俺は、自分を拾い育て、親代わりでもあったはずの師を――その剣の極致を奪い取るために、背後から斬り伏せた。

――倒れ伏す師の背中を見た瞬間、心臓を凍り付かせるような後悔が喉元までせり上がってきたのを覚えている。

世話になった恩。教えてもらった技。それらすべてを裏切り、踏みにじったという冷たい感覚。だが、その指先の震えを、俺は「最強への代償」だと思い込むことで無理やり押し殺した。後悔をかき消すには、師を殺してまで手に入れたこの刀で、誰も辿り着けねぇ極地へ至るしかなかったんだ。

「最強でなきゃならない。そうでなきゃ、俺はただの恩知らずの人殺しになっちまう」

その強迫観念に追い詰められ、そんな「斬る機械」になり果てた俺を救い上げたのは、大陸中の精鋭が集う巨大な学園だった。

そこは諸国の王族や名家、戦場の荒くれ共が己の牙を研ぐ場所。剣以外が壊滅的に不器用な俺は、そこで初めて「剣を交えない友」を得た。

「お前、そんなに怖い顔して刀を振るなよ。ほら、飯行こうぜ」

血を啜り、師を斬って生きてきた俺に、同級生たちは屈託なく笑いかけた。俺の内に潜む狂いを知りながら、それでも一人の人間として、厳しくも温かく導いてくれた先生。彼らとの日々が、俺の強張った心を少しずつ溶かしていった。

極めるための剣は、いつしか「仲間を守るための剣」へと姿を変えていた。

初めて、刀の重みが心地よいと感じた。人間性を取り戻しつつあった俺は、あの日、人攫いの現場に踏み込み、まさに絶望に沈もうとしていたあの子を助け出した。

降りかかる返り血も構わず、あの子の手を引いた。かつての自分を見ているようで、どうしても放っておけなかった。俺が学園で「人」になれたように、この子も救ってやりたい。それが俺の犯した罪への、せめてもの罪滅ぼしだと信じていたんだ。

……だが、現実は残酷だった。

 

卒業と同時に、大陸を揺るがす大戦が勃発した。学園で共に机を並べ、同じ釜の飯を食った仲間たちは、それぞれの国の徴兵という抗えぬ濁流に飲み込まれていった。

昨日までの友が、今日からは斬るべき敵になる。

大陸全土から才媛が集まる学園だったからこそ、その再会は最悪の形で訪れた。

「……なぁ、なんでお前がそこにいるんだよ」

戦場で再会したかつての友は、敵国の軍服を纏い、俺に向かって剣を構えていた。

最強の「鬼」として最前線に立たされた俺に、拒否権などない。俺は、俺を人間にしてくれたはずの友を、この手で、俺が極めた剣で、一人残らず斬り伏せていった。

肉を断つ感触があるたびに、俺の心は死んでいった。仲間を殺させ、自分だけが生き残る。俺の力があまりにも突出していたせいで、俺は「死ぬこと」さえ許されなかった。

ようやく辿り着いた戦場の終わり。生存者の捜索に来た先生の、絶望に染まった瞳を前にして、俺は耐えきれなかった。

 

「……あんたの力さえあれば、あんたが言葉を尽くせば、この戦争だって、アイツらが殺し合うのだってなんとか、止められたはずだろ! なんで……なんで、ただ見てたんだよ!」

 

叫びたくもない罵倒を、最も傷ついている恩師にぶつけた。先生は武人じゃない。だが、誰からも慕われるあの人の言葉なら、この狂った時代の濁流さえも堰き止められたのではないか。そんな子供じみた幻想を押し付け、救いようのない現実をすべて先生のせいにした。

自分の無力を認めるのが怖くて、俺は八つ当たりという最低の逃げ道を選んだんだ。あの時の先生の、今にも泣きそうな、申し訳なさそうに歪んだ顔が、今もまぶたの裏に焼き付いて離れない。合わせる顔なんて、もう一生どこにもねぇ。

 

守れなかった後悔、そして恩師を傷つけた醜い自分。俺を繋ぎ止めていた「人間らしさ」は、その日、仲間たちの死体と共に灰となって消えた。

俺は再び、あの強迫観念という名の泥沼へと堕ちていった。

強くならなきゃ。極めなきゃ。死んだ(殺した)アイツらの無念を晴らすために、俺は鬼としてすべてを切り刻むしかねぇ。

 

けれど、俺の隣にいたあの子だけは違った。俺が戦場へ赴くたびに、あの子は俺を傷つける世界を憎み、死地に飛び込もうとする俺を、やり場のない苛立ちと共に睨みつけていた。

……そして、俺が絶望に打ちのめされ、その心に、その身体に、決して埋まらない「隙」が生まれるその瞬間を、熱に浮かされたような瞳で、じっと、じっと待っていたんだ。

 

「師匠、もういいんですよ。もう、頑張らなくていいんです」

最期の戦いの終わり。折れた愛刀を前に膝を突き、心が死んだ俺に、あの子が触れる。

その瞳を覗き込んだ瞬間、俺は戦慄した。

そこにあったのは、かつて俺が師を斬った時と同じ、剥き出しの「渇望」だった。

俺が師を殺して剣を奪ったように。

今度はこの子が、俺から刀を奪い、過去を奪い、生き残ってしまった先生への罪悪感さえも――そのすべてを奪い取りやがった。

守るべきものをすべて失い、極めるべき刀さえ折られた今の俺には、もう何も残っちゃいない。

刀を持てないこの手。歩くこともままならないこの足。

ただ、俺を完全に「飼い慣らす」ことに成功した少女の、甘い吐息だけが耳元で響いている。

皮肉なもんだな。

農民から這い上がり、師を斬ってまで手に入れた俺の自由は(理想は)

俺が救ったはずの少女が作り上げた、温かくて、逃げ場のない狭い檻の中で終わりを迎えた。

あぁ……

でもな、これで良かったのかもしれない。

先生への合わせる顔も、仲間への償いも、最強であれという強迫観念からも。

俺は今、ようやく解放されたんだ。

あの子が差し出す愛は、驚くほどに甘い。

それが毒だと分かっていても、俺はもう、それを拒む力すら持ち合わせていなかった。




剣鬼くん
農民の子
自分の渇望を叶えるために、とある剣士に弟子入りをした。しかし、自身の渇望が抑えきれず師匠を後ろから切ってしまった
以降、自身を許せなくなり彼は剣を極める道以外すべて捨てた
学園時代に一度は捨てたものを取り戻しかけたが、戦争が再び彼を過去へと引き寄せた

第三話までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
本作では、ひとまず描きたかったことを、このお話をもって一通り書き切ることができました。
書きたい衝動のままに筆を走らせた結果、拙い部分も多く、お目汚しをしてしまった点については申し訳ありません。

ひとまずはここで完結、ということで筆を置きますが、もしまた、その後やifストーリーが書きたくなったら、ひょっこり戻ってくるかもしれません。その時はまた、生温かく見守ってやってください。
ここまでのご愛読、誠にありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。