剣鬼が弟子に人生をそのまま奪われるお話 作:@abc
扉が閉まる乾いた音が、静まり返った部屋に響いた。
先生の姿が見えなくなると、それまで張り詰めていた空気がわずかに弛緩する。護衛ちゃんは、行儀悪く机に足を投げ出すと、空になった酒瓶を弄びながら低く笑った。
「……なぁ、令嬢。本当に性格悪いな、あんた。あんな熱い顔させた男を、無駄足になるかもしれない囮に仕立て上げるとはよ」
令嬢は、窓の外に広がる夜の帳を見つめたまま、優雅に紅茶のカップを口に運んだ。
「心外ですわね。私はただ、あらゆる可能性を考慮しているだけですわ。……それにしても」
令嬢はカップを置き、傍らに立つ護衛ちゃんを、改めて品定めするように見上げた。
「……貴女、あんなに有名だったのですね。『絶拳』。敵国の英雄であり、我が国の精鋭部隊をたった一人で完膚なきまでに叩き潰した災厄。あの生真面目な先生が、恐怖で膝を震わせるほどの名声をお持ちだったとは」
「……はっ、今更何を言ってやがる。あんたこそ、それを承知で俺を雇ったんだろ?」
「ええ、もちろん。だからこそ、一つお聞きしたいことがありますの。貴女ほどの御方が、なぜそこまであの男……『剣鬼』との戦いに執着するのです? 国家の命令でも、報酬でもない。そこまで貴女を突き動かす理由は、一体どこにあるのかしら」
護衛ちゃんは少しの間、天井を仰いで黙り込んだ。やがて、その唇の端がニィと吊り上がり、金色の瞳が怪しく光る。
「……さてな。それは秘密だ。あんたの悪だくみに協力する以上のことは、教える義理はねえよ」
彼女は鼻で笑い、話を打ち切るように首の骨を鳴らした。令嬢はそれ以上追及せず、ただ静かに微笑みを深める。
「ええ、構いませんわ。……ですが、あの子が来なければ、先生の覚悟がすべて、空振りに終わりますわね」
「……あんた、本音じゃあの子は来ないと思ってるんだろ?」
「ええ。だってあの子にとって、一番失いたくないのはあくまで剣鬼。たとえ先生を見殺しにしたことで剣鬼に失望され、嫌われることになったとしても……彼女は、その軽蔑を背負ってでも、剣鬼を手放すよりはマシだと判断する。自身の愛する者に失望されても、愛する者を手放す恐怖には勝てないでしょう」
令嬢は扇子を閉じ、静かに立ち上がった。
「ええ。彼女にとって先生は、剣鬼が認めたからこそ価値があるだけの『付随物』。先生があの子達を救おうとどれほど身を焦がしても、彼女が見つめているのは常に、自分の師匠である剣鬼だけ。ですから、あの子が先生を見捨てて、最優先事項である『剣鬼の確保』を優先する可能性の方が、はるかに高いでしょう」
令嬢は、護衛の視線を真っ向から受け止めた。
「……ですが、それならそれで、私の勝機が増すだけですわ。それに、もし不測の事態が起きても、貴女なら勝てるでしょう? あの剣鬼と互角に渡り合った貴女なら」
その言葉に、護衛ちゃんは初めて笑みを消した。ひどく真剣な、そして武人として本能的な警告を孕んだ表情で、彼女は低く、地を這うような声で呟いた。
「……おい、令嬢。一つだけ勘違いするな。あの男……『剣鬼』は、そんな生易しいもんじゃねえ。北伐の時、俺と奴は担当した戦区が違って、直接刃を交える機会はついぞ無かった。だが、遠く離れた陣営にいても肌で感じたぜ。奴が動くたびに、戦場の空気が塗り替えられていくのをな」
令嬢は少しだけ眉を上げ、意外そうに聞き返した。
「あら……。あの方、そこまでのものでしたの? 確かに敵国の軍を退かせた英雄とは聞いておりましたけれど、貴女にそこまで言わせるほどとは」
「そこまで、だと?」
護衛ちゃんは自嘲気味に鼻で笑った。
「奴はたった一振りで、城壁ごと重装甲の騎士団を塵に変えた。国が何年かけても突破出来なかった防衛線を、ただの散歩道のように踏み越えていったんだ。戦略も、兵数も、兵器の優劣も、あいつの前では紙切れほどの意味も持たねえ。遠くから奴の太刀筋を見ただけで分かったさ……あいつは俺と同格か、あるいはそれ以上の、戦場における『鬼』そのものだ。正直、同じ時代に生まれてなきゃ、おとぎ話だと笑い飛ばしてたぐらいだ」
彼女の金色の瞳が、冷や汗を拭うような鋭い光を帯びる。
「もし、あの子が……あの弟子とやらが、あいつを搦手じゃなく正面から力で破って連れ去ったってんなら、それはマジでやばいぜ。この世の全てを切り裂く剣鬼を、真正面から叩き伏せるなんて芸当、私でも難しいかもな」
護衛ちゃんは窓枠を蹴って立ち上がった。闇に溶け込む直前、彼女は重い溜息混じりに、しかしどこか弾んだ声で言い放った。
「……ったく。化け物候補に魅入られた男と、それを見捨てられないお人好しの先生、そして全てを盤上で転がしているつもりのあんたか。どいつもこいつも狂ってやがる。俺もその片棒を担ぐからには、例えあいつの弟子とやらが来ても全部俺が片付けてやるよ」
彼女は鋭い視線を令嬢に投げ、不敵に笑う。
「あんたの計算通りあの子が来ないか、それとも師匠に嫌われない為に来るのか……。どっちに転んでも、血の匂いが漂う最高の見世物になるのは間違いないねぇ。……俺は、俺の獲物を手に入れるために動く。じゃあな、令嬢」
静寂が戻った部屋で、令嬢はただ一人、窓の外の暗闇をじっと見つめていた。
あの子が来るか、来ないか。先生が死ぬか、生きるか。
そんなことは彼女にとって、それらはもはやどうでもいい些事に過ぎない。
どのような結末を辿ろうとも、最後には自分の手の中に「剣鬼」が収まらせてみせる。
「どのような結末を辿ろうとも、最後には自分の手の中に『剣鬼』を収めてみせる。その一点のためだけに、私はあの日からすべてを積み上げてきたのですから」
令嬢ちゃん
性格の悪い女
剣鬼くんを手に入れる為にある日から準備をしていたそう
弟子ちゃんの思っている事は大体わかるらしい、なんでだろうね
護衛ちゃん
剣鬼くんとは知り合いとかではなくて、他人だけどなぜか剣鬼くんに執着している女
ステゴロでの対決なら剣鬼くんに勝てるかもしれない
剣鬼くん
最初の話以外出番があまりないのに今回戦争での活躍で強さを盛られた男
とても強かったけど、彼弟子にコテンパンに負けてるんだよな