剣鬼が弟子に人生をそのまま奪われるお話 作:@abc
公爵家という名の壮麗な檻の中で、彼女は常に「異物」だった。
獣人の母を持つ、妾の子。その出自だけで、彼女の未来は誰かに都合よく消費されるだけの「駒」として決めつけられていた。
だが、彼女は折れなかった。
兄弟たちが権力に胡坐をかき、家臣を甘言で抱き込もうとする中、彼女だけは血を吐くような努力で「実力」を積み上げた。法律、経済、社交術――そして周囲を真に黙らせたのは、彼女の冷徹なまでに洗練された魔導の才だった。公爵家の正統な血筋に由来する強大な魔力。彼女はそれを獣の如き荒々しさではなく、一分の狂いもない緻密な数式のように制御し、若くして軍の宮廷魔導師すら驚愕する高位魔法の同時複数展開を成し遂げてみせた。
かつて自分を家畜のように見下していた教官たちが、やがてその知略と魔力に震え、一族の長老たちが、そのあまりに非の打ち所がない成果の前に、渋々ながら彼女を「次期当主候補」として認めざるを得なくなるまで、彼女は一度も立ち止まらなかった。
しかし、家の中は未だ敵だらけだった。そこで彼女が選んだ次の一手が、学園への入学だった。
「腐りきったこの家の中には、私の手足となる者はいない。ならば、外で手に入れればいいだけのこと」
彼女にとって学園は学びの場ではなく、将来の自分の派閥を形作るための「草刈り場」だった。有力貴族の令息令嬢を籠絡し、才能ある平民を青田買いする。その鋭い観察眼が、学園という盤面を冷徹に走査していた時、真っ先に噂に上がったのが、よく教師の世話になっているとの噂の特待生少年だった。
一年生の夏。
蝉時雨が降り注ぐ中庭で、令嬢は絶対的な優越感に浸っていた。
当時の彼女は、学園四強の一角に並ぶとされる影響力を持っていたが、背後に控える上級生たちは、彼女の知略と「魔力」には従うものの、心の底ではまだ彼女を「女」や「妾の子」だと侮っている。そんな不完全な王国を完成させるために、彼女には自身に従う「武の象徴」が必要だった。
「……ん?ああ、あいつか。やめとけって、あいつ化物級に強いぞ」
他の派閥の同級生からの忠告を、彼女は鼻で笑った。
「化け物? 結構じゃない。まだ一年生、言わば牙の生え揃っていない子供だわ。今この時期に私への忠誠を骨の髄まで叩き込めば、私を支える従順な僕になる。……ああ、どんな風に躾けてあげようかしら」
彼女にとって、彼はまだ他の有象無象と対象に過ぎなかった。
今はまだ、素行の悪い粗削りな原石。自分という「将来を約束された者」からの庇護を与え、背後に控える上級生たちの「武」を見せつければ、世間知らずの一年生などすぐに私の前に屈服させることが出来る。そう信じて疑わなかった。
あの日、彼女があえて多人数の上級生を連れてきたのは、彼を制圧するためだけではない。「一年生の特待生が、自分に従う上級生たちに完敗する」という光景を見せつけ、同級生が私に屈服させるための、残酷な「教育」の始まり。そして、自分に従わない上級生たちへの牽制として、彼を屈服させるための祝賀の儀式だった。
「貴方が噂の特待生ね。……その若すぎる才を、私という『正しい飼い主』に預けてみない? 貴方を最高の英雄に仕立ててあげるわ」
勝利を確信した、余裕に満ちた微笑み。
だが、木陰で地面に座り込んでいた少年は、顔を上げることすらなく、不快そうに舌打ちをした。
「お前らもかよ、いい加減鬱陶しいんだよ。誰が誰を飼うって?」
その言葉と共に、少年が立ち上がる。その瞬間、空気が一変した。
「……ふん、この無礼者に礼儀を教えてやりなさい!」
令嬢の鋭い下知と共に、背後に控えていた十名の精鋭が一斉に動いた。
学園でも指折りの武官候補生たち。重装歩兵、槍使い、遊撃の剣士――それらを、彼女は自らの知略と魔力で「指揮下に置いた部隊」として完成させていた。数の暴力と洗練された連携。それが一年生一人に負けるはずがない。
だが、その精鋭たちが彼の間合いに足を踏み入れた瞬間、戦場は一方的な殺戮場へと変貌した。
少年が突っ立った姿勢のまま、爆ぜるような加速で先頭の騎士の懐を奪う。
抜刀しようとした騎士の腕を掌打で弾き飛ばすと、間髪入れずに低く鋭い回し蹴りを放つ。
「あがっ……!?」
少年の足の踵が騎士の腹部に深くめり込み、内臓を揺さぶる。大男の巨体がくの字に折れ曲がり、背後の地面と衝突をした。
「ほらほら、もっと来いよ!」
少年は止まらない。左右から同時に突き出された四本の槍を、最小限の半身で回避。すれ違いざまに槍の柄をまとめて掴み上げると、それを力で強引に引き込み、槍使い同士の頭を正面から激突させた。
「ひるむな! 囲め!」
令嬢の怒号。しかし、包囲網が完成するより先に、少年が動く。
重厚な盾を構えて突進してきた三人の重装騎士に対し、彼は避けるどころか真っ向から踏み込んだ。一瞬、少年の姿が消えたかと思うほどの速さ。次の瞬間には、重い鋼鉄の盾がひしゃげ、騎士たちがまとめて後方へと吹き飛んでいた。
わずか十数秒。
彼女が自慢の知略を巡らせ、次の一手を指示する暇すらなく、彼女が壁として積み上げた十人の精鋭たちは、物言わぬ肉の塊となって地面に累々と横たわっていた。
「……うそ。ありえないわ。魔力も使わず、ただの体術だけで私の精鋭たちが……!」
令嬢は戦慄しながらも、咄嗟に杖を突き出した。
彼女の脳内では、瞬時に魔導式が組み上がる。高位の魔法使いにしか使えぬ絶技、高位魔法の同時複数展開。
「【アイシクル・ジェイル】【エリアル・ギロチン】――」
少年の足元から巨大な氷柱が突き出し、頭上からは不可視の魔力の刃が降り注ぐ。一分の狂いもない、完璧なまでの殺傷圏の構築。
だが。
「……そんな小細工、本気で効くと思ってんのか?」
少年は、下から迫りくる氷柱を、ただの「拳」による一撃で粉砕した。
魔力によって生み出された絶対零度の氷が、彼の単純な力に耐えきれず、キラキラと輝く塵となって舞う。降り注ぐ魔力の刃すら、彼は避けることもなく、身に纏う気迫だけで霧散させてみせた。
「ひ……っ!?」
驚愕に目を見開く彼女の視界に、少年の拳が迫る。
彼女の誇る、完璧なはずの多重魔導障壁が、衝突の瞬間、ガラスのように甲高い音を立てて粉々に砕け散った。
そして少年は、その辺に落ちていた折れた木の枝を、無造作に彼女の喉元へ突きつける。
「強引な勧誘のつもりなら、次はせめてこの『剣の足し』くらいにはなるマシな奴を連れてこいよな。……でもな、そんなカカシを何人並べたところで、俺の暇つぶしにもなりゃしないけどな。なぁ――お嬢ちゃん?」
少年が興味を失ったように背を向け、去っていく。
風が揺れる静寂の中、中庭には気絶した上級生たちが転がる無様な光景と、一人立ち尽くす令嬢、そして震えながら彼女を案じる一人の使用人だけが残されていた。
「お、お嬢様……! お怪我はございませんか。今すぐ救護班と、あの不遜な特待生を捕らえるための追手を――」
駆け寄った使用人が、彼女の青ざめた横顔を見て言葉を失った。
屈辱に震えていると思っていた主人は、その唇を吊り上げ、喉の奥からせり上がるような笑い声を漏らしていたからだ。
「ふ、ふふ……ふふふふ……っ!」
「お嬢様……? なぜ、笑っておいでなのですか。あのような無礼な男に、貴女様の積み上げてきたものを、あれほどまでに汚されたというのに……」
使用人の困惑を余所に、彼女の瞳にはドス黒く、そしてうっとりとするような光が宿っていた。
これまで彼女の周りにいたのは、家柄に跪く腰抜けか、知略に怯える凡夫だけだった。だが、今目の前で自分を「未熟な子ども」と断じ、完璧だったはずの令嬢の力を力ずくで粉砕したあの少年は、彼女がこれまで渇望してやまなかった「理屈を無価値にする圧倒的な暴力の化身」そのものだった。
「汚された? ――いいえ、違うわ」
彼女は、彼が木の枝を突きつけた自分の喉元に、愛おしげに指を這わせた。
ーーそう、家柄に跪く腰抜けでもなく、知略に怯える凡夫でもない。知略も、魔力も、理屈もすべて力ずくで粉砕する。これこそが、彼女の求めた物。
「見つけたのよ。私がずっと、この泥のような公爵家の中で探し求めていたものを。……あんなにも純粋で、凶暴で、すべて壊してくれる存在が、この世にいたなんて……」
「な……何を仰っているのですか。あんな一年生のガキ、すぐにでも叩き潰して……」
「黙りなさい、痴れ者が」
冷徹な一喝に使用人が凍りつく。令嬢は、彼が消えていった校舎の角を見つめたまま、断固たる決意を口にした。
「あれは叩き潰そうとして、叩き潰せる物ではないわ。……あれこそが、私に欠けていた最後のピース。……彼を、私のだけの物にする。……ふふ、その為なら、私は公爵家のすべてを、この国のすべてを投げ打っても構わない」
彼女は使用人の肩を掴み、狂気すら感じるほど明るい声で命じた。
「手配を。あの子の経歴、交友関係、弱点……すべてを洗い出しなさい。卒業までに、あの子が私の檻から逃げられなくなるほど強固な『檻』を造るわ。……私を未熟な子どもと言ってくれたお礼を、たっぷりと、一生かけて返してあげなくてはね」
令嬢ちゃん(学園時代)
努力により公爵家の次期当主候補まで登り詰めた女傑
学園には自身の手足になる者をスカウトする為に来ていた
剣鬼くんと対峙する前までに、学園でも自身の派閥を作れるほど優秀であったし学園生活も上手くいっていたが、剣鬼くんに敗北してから上級生や同級生から舐められるようになった。でも、彼を見つけたので彼女的にはこの出来事をプラスに思っている。
剣鬼くん(学生時代)
上級生も決して弱いわけではなかったが、相手が悪すぎた。
自身の刀を使わずとも身体能力だけで上級生を圧倒した。
また、先生の教育のおかげか先輩たちはこの程度の怪我で済んでいる。