ハリー・ポッターの呪われた双子   作:フォンテ

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入学前
第1話 運命の双子


 

 その夜、ゴドリックの谷は、ひどく静まり返っていた。

 

 風は止まり、木々は葉擦れの音さえ立てず、まるで世界そのものが、起こってしまったできごとをどう受け止めていいのか分からず、息を止めているかのようだった。

 

 破壊された家の跡地には、一人の老人が歩く。

 その男、アルバス・ダンブルドアは、夜露に濡れた外套の裾を気にも留めず、腕に抱いた二人の赤ん坊を見下ろしていた。長い白髭の奥で、老いた唇がわずかに引き結ばれる。

 

 片方は男の子だった。

 額には稲妻の形をした、生々しい傷が刻まれている。

 

 ハリー・ポッターは穏やかに眠っている。小さな胸が規則正しく上下し、何も知らぬ顔で、ただ生きているという事実だけを示していた。

 

「……ふむ」

 

 ダンブルドアは、低く、深い声で喉を鳴らした。

 

「まったく、つくづく……世の中とは、容赦のないものじゃの」

 

 老人の視線は、自然と男の子へ向かう。

 

「ハリー、キミが背負ったものは、実にわかりやすい。わかりやすいからこそ危険じゃ」

 

 死の呪文を正面から受けてなお生き延びた代償。その傷には、砕け散ったはずの何かが、影のように残っている。完全ではない。だが、確かに存在している。

 

「魂の欠片……いや、影のようなものじゃの。あやつはどのような禁術を研究していたのやら」

 

 ダンブルドアは、あえて言葉を濁した。

 この時点で、それを正確に理解する術はない。ただ、放置すれば運命に押し潰されるであろうことだけは、確信できた。今後確実に影響し、最悪の場合、トムと同じ運命を辿っていくだろう。

 

 ハリーの母であるリリーは、ハリーたち双子を守ろうとした。彼女は死ぬ前の一瞬、愛による『護りの魔法』を無意識にハリーに残した。これによりハリーはヴォルデモートの呪いを跳ね返し、死なずに済んだようだ。

 

 以後、この護りの魔法はハリーの血の中で生きることとなるだろう。この魔法の仕組みに気づけるのはダンブルドアだからこそである。

 そこで、彼はこの護りに細工を加え、『ハリーが、リリーと同じ血が流れる者の家で暮らせば、この保護は継続する』状態とする。

 

 よって赤子のハリーを預けるのは、リリーの姉が住むダーズリー家とするが。

 

 ダンブルドアは悩む。

 もう1人の赤子についてだ。

 

 女の子だった。

 泣いていない。声も上げず、ただ静かに、老人を見つめ返している。

 

 右目は、兄と同じ緑。

 左目は、ほのかに赤を帯びていた。

 

 瞳が宝石のように輝いているが、それは血の色のようで、深く沈んだ赤だった。

 

「……こちらは難しく、そして厄介じゃの」

 

 ダンブルドアは、半月眼鏡の奥で目を細める。

 

「生まれつきのように見えて……これは一種の呪いじゃ」

 

 ヴォルデモートの死に際に放たれた、強い執着と憎悪。

 その繋がりは1本ではなかった。世界のあちこちに散った残滓が、細い糸のように、この子へと繋がっている。

 

「数が多すぎるの」

 

 老人は、苦々しく呟いた。

 

「完全な浄化は不可能じゃ。無理に手を出せば、この小さき魂は耐えられん」

 

 赤ん坊は瞬きをした。

 緑色の右目は穏やかに、赤色の左目もまた、今は穏やかだったが。

 

「キミは、これを背負って生きることになる」

 

 哀れみだけではない。覚悟と、わずかな希望が、その声には混じっていた。

 

「アイラ」

 

 名を呼ぶと、女の子は、ほんのわずかに唇を動かした。

 

「アイラ・ポッター。キミの運命は、兄とは異なるじゃろう」

 

 ハリーは、否応なく世界の中心へ引きずり出されるだろう。英雄として、象徴として、選択の余地なく。

 

 しかし、この子は違う。

 

「キミは、選ぶ側じゃ」

 

 ダンブルドアは、二人の赤ん坊を抱き直した。

 

「立ち向かうことも、背を向けることもできる。どの道を選ぶかは……キミ次第じゃ」

 

 まだ赤子の2人は、言葉を理解できない。もう少し大きくなってからだ。

 そう、ホグワーツに入学してから、2人は運命と大きく関わっていくことになるだろう。この妹もまた、常に兄と共に過ごせば、『護りの魔法』の加護を受け続けるだろうが、それは恐らく不可能なことだ。

 

 ハリーも、アイラも、きっと別々の道を歩いていく。

 

 老人の青い瞳が、遠くを見つめる。

 

「願わくば、憎しみに呑まれぬことを」

 

 その祈りは、夜に溶けた。

 

 

 

 

 そしてプリベット通り四番地。

 整いすぎた住宅街の一角で、その家だけが、異質な夜を迎えることになる。

 

 ダンブルドアは、玄関先に二つの籠を静かに置く。

 籠の中には、眠る双子の赤子と、一通の手紙。

 

「……頼みますぞ」

 

 誰に聞かせるでもなく、低く呟いた。

 

「この子らを、魔法界から遠ざけよう。少なくとも、今は」

 

 そして、老人は闇へと姿を消した。

 

 しばらくして。

 

 玄関の内側で、物音がした。

 

 ペチュニア・ダーズリーは、最初、その音を気のせいだと思った。だが何かに導かれるように、外の様子を確認する。

 そろそろ夜明けであるが、彼女の息子のダドリーは寝息を立てている。起きる理由はないはずだった。

 

 確かに聞こえた。

 嫌な予感を抱きながら、ペチュニアはローブを羽織り、玄関へ向かった。

 

 扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできた籠を見て、息を呑む。

 

「……なに、これ」

 

 2つの籠。

 中には、赤ん坊。

 

 しかも、2人。

 片方は泣いて誰かを呼び、片方はジッと見つめてくる。

 

 ペチュニアは、その場に立ち尽くした。

 胸の奥が、きりりと痛む。

 

 あからさまに、捨てられた双子であった。

 

 そして手紙に気づき、彼女は震える指でそれを開く。

 文字を追うごとに、怒り、困惑、拒絶が、次々と込み上げてくる。

 

「ふざけないで……」

 

 声が、かすれた。

 

 妹の名前だった。

 魔法界のことだった。かつて自分も望み、素質がなく、諦めた場所だ。

 

 護るためだという、勝手な理屈。

 それは愛による魔法であり、ハリーが『リリーと同じ血が流れる者の家で暮らせば、この保護は継続する』という身勝手な魔法だ。まるで亡き妹から、愛する双子を託されているかのように感じた。

 

 そして、妹が愛した夫は、妹を護れなかった。

 

 すべてが、彼女の神経を逆なでした。

 しかし。

 

 籠の中の赤子を見下ろした瞬間、胸の奥に、どうしようもない思いが残る。

 

 小さな手。

 小さな顔。

 

 リリーの、幼い頃の笑顔が、どうしても重なる。

 

「……ペチュニア?」

 

 背後から声がした。

 

 バーノン・ダーズリーだった。寝間着のまま、怪訝そうな顔で立っている。

 

「どうしたんだ、こんな時間に」

 

 ペチュニアは、振り返らずに言った。

 

「……赤ちゃんよ」

 

「は?」

 

 そう聞き返すバーノンは、足元の籠の中の赤子を見て顔色を変える。

 

「赤ちゃんが2人、置いていかれたの! どっかで妹がくたばってね!」

 

「冗談じゃない! うちには、もうダドリーがいるんだぞ!」

 

 バーノンの声が、荒くなる。

 それはペチュニアのことを心配しているからだ。もちろん自分も手伝うが、彼は会社のこともある。

 

「赤子が、一気に3人だぞ? 他人の双子だぞ? こんなの……普通じゃない」

 

 そう言われるも、ペチュニアは、愛する夫にゆっくりと振り返った。

 

「分かってるわ。でも妹の子たちよ」

 

 その声は、疲れていた。

 

「育てる…しかないじゃない……」

 

 魔法について理解できないことだらけだが、手紙を本当に信じるならば、特にハリーはこの家で護られていなければならない。そして兄の側で護られなければならず、アイラだけを孤児院に行かせることなどもできない。

 

 彼女は、家の中を振り返る。

 その温かい我が家では、ダドリーが眠っている。

 

 

「3人よ、バーノン」

 

 ペチュニアは、静かに、己に確かめるように言った。

 すでにバーノンは理解しているが、黙ったままペチュニアの両肩に手を添える。

 

「3人の赤ちゃんを育てるの。想像できる?」

 

 夜泣き。

 ミルク。

 おむつ。

 

 それが、3倍だ。

 眠れない夜がほとんどだろう。

 

「正直に言うわ。地獄でしょうよ」

 

 それでも、と彼女は続けた。

 

「でも、この子たちは、何も知らない。何も悪くない。ただ、この家で生きなければならない。せめて……大人になって旅立つまでは」

 

「魔法だの、呪いだの……そんなものを、うちに持ち込む気か」

 

 家族と平和に暮らすバーノンにとって、明らかな厄介事である。

 

 ペチュニアは2人の双子が入った籠を持ち上げようとする。

 今の大きさでとても重く、ペチュニアの細腕では運ぶことができない。慌ててバーノンが力強い腕で支えた。

 

「だからこそよ」

 

 ペチュニアは、強く言った。

 

「魔法界から遠ざけるの。普通の家で、普通に育てる。できるのなら、ずっとね」

 

 妹のように魔法界に関わってほしくない。

 ペチュニアは妹を奪った魔法界を許さない。

 

 心の底から魔法界を嫌うようになっている。

 だが妹と血の繋がった双子だ。

 

「私たちで預かりましょう、バーノン」

 

 しばしの沈黙。

 やがて、バーノンは深く息を吐いた。

 

「……キミは、ずるいぞ」

 

 バーノンもまた、頷くしかなかった。

 

 こうして。

 アイラ・ポッターと、ハリー・ポッターは、ダーズリー家に迎え入れられる。

 

 それは優しさからではない。

 拒絶と、諦めと、わずかな情が混ざり合った結果だったが。

 

 ここに確かに愛はあった。慈悲によるものではあった。きっと最も愛情を受けて育てられるのは、ダドリーだろう。

 

 それでもだ。

 

 アイラは、小さな愛を感じ取るかのように、目を閉じて穏やかに眠り始める。今日からはここが『家』になると、本能的に感じ取った。

 ハリーは、両親の愛を信じ続け、両親を求めるように泣き続ける。本能的にここが『家』ではないと拒絶しているようだった。

 

 

 こうして、3人の赤子が過ごす家は、平和に今日も夜明けを迎える。

 

 

 

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