ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
アイラとルークが入ったのは、車両の端に近い、2人用の小さな個室だった。
向かい合う形に座席が固定されて、通路側には引き戸があるだけだ。6人席のような広さはないが、だからこそ落ち着いていた。
「ここでいいか。残念ながらトランクの分は狭くなるぞ。それと、これで貸し借りも白紙だな」
「構いません」
素直にそう答えたアイラは、自分の席の隣にトランクを置いた。棚に上げる必要はなく、足元も余裕がある。これでも自分にとっては広いくらいだと思えた。
向かいの座席に腰を下ろしたルークは、背もたれに軽く身体を預け、外の景色を一瞥しただけで、すぐに視線を室内に戻した。どうやら彼にも保護者は来ていないらしい。他の生徒は窓から顔を出して、出発ギリギリまで話している最中だろうか。
アイラは、ルークを観察するように見てしまう。
ハリーやダドリー以外の男子と、こうして向かい合って座るのは初めてのことだ。
気まずさはない。
不思議と照れもなかった。
代わりに落ち着かないような、でもイヤではない感覚が胸の奥に残る。
紫がかった黒髪は短く、活発さがあり、駅で見たときよりも色合いがはっきりしている。光の当たり方で、わずかに冷たい色を帯びるのが印象的だった。
表情は穏やかで、視線は鋭すぎない。けれど、ぼんやりしているわけでもない。
同い年のはずなのに、どこか大人びて見える理由を、アイラは言葉にできずにいた。
「さて、改めて自己紹介とでもいくか。どうやらまだ、完全に打ち解けられてはいないようでな」
「……そういうものなんですね」
汽車の周りの喧騒より、目の前の会話に集中することにした。
「ルーク・モーンヴィークだ。ルークと呼んでくれていいし、入学前に2度会ったことも何かの縁、敬語はなしだ」
ほどよく距離を詰めてくる感じもイヤじゃなくて、アイラは姿勢を正して心の準備をする。たぶんハリーと接するかのようでいいのに、でもなんだか言いだしづらかった。
「アイラ・ポッター……えっと…アイラでいい」
「よろしくな、アイラ」
ルークは満足そうで、アイラはほっとした。
ルークの視線が一瞬だけ、彼女の前髪に向いた気がした。
だが、何も言わず、ただ頷くだけだ。
「それにしても、噂のポッター家のレディだったとはな」
―――生き残った双子
そう伝えられた言葉は、どこか重さを持っていた。
噂話のような軽さではなく、調べたことを確認しているかのようだ。
アイラは、すぐには返事ができなかった。
まるで英雄扱いされているというような話で、杖選びの時に話を聞いていたハリーならともかく、自分がその枠に含まれているという実感はない。
その間にも汽笛が鳴り、汽車がゆっくりと動き出すと、足元から伝わってくる振動が一定のリズムに変わっていった。
ホームの喧騒は、ガラス越しに遠ざかり、やがて白い蒸気の向こうに溶けていく。
「この1ヶ月、ダイアゴン横丁をうろついてて、そんな話を耳にしてな。あまり知らないようだから教えておこうか? だいぶ長くなるぞ?」
目立ちたいとは思ってないが、知らないまま悪目立ちもしたくない。
アイラは真剣に頷くと、ルークは淡々と続ける。
「まず真実から言おうか。ハリーとアイラは象徴だな」
「象徴?」
魔法界にやっと入ったと思ったら、すでにそんな肩書きまで用意されているらしい。だがそれは誇りでもなく、本人たちも知らない身勝手な話のように感じた。
「まだ俺たちが赤ん坊だった頃、闇の時代は終わりを告げた。その時のラスボスみたいなやつだ。まさかまさかのそいつは、赤ん坊相手に敗北した」
語りは愉快だが、いきなり話が飛んでいて、だいぶ物騒だと、アイラは思う。
「まあ魔法界においては常識だな。『例のあの人』だとか、そのラスボスの名前を呼ぶこと自体が、震えあがるやつも多いから注意だぞ。面倒なやつとの交渉で、脅す時には便利だが」
アイラを怖がらせないようにしてくれているらしく、愉快な声色を崩していなかったが。
「……っ」
アイラが前髪で隠している左目に、チクりと痛みを感じて、思わず手のひらで抑える。一瞬だけ、目の前にいる少年が、もっとおぞましい何かに見えてしまった。
「生き残った双子は、特に兄が有名だな。額に稲妻のような傷がある男の子、これで浸透……英雄かのように広まっているが」
赤ちゃんで英雄、さすがに拡大解釈のように感じるが。
「……それが、ハリー?」
気づいた時から、ハリーの額にはそれがあった。古傷にしてはいつまでも跡が残っている。もしもあれが、そのラスボスとやらによって付けられた傷ならば。
「どうやらアイラの場合は、古傷で済まないかもしれないな」
「……生まれつきのオッドアイだと…」
知るわけがないし、いい迷惑だった。
これからやっと進み始めたと思ったのに、見覚えのない過去により、鎖のように縛られているかのようだ。これがどういう感情なのかはわからない。でもやり場のない気持ちが、唇を震わせる。
「多少は、闇や呪いの対抗魔法に心得があるんだが、診てもいいか?」
「……お願いします」
頼れる男の子だとは思っていたが、そんなことまでできるらしい。
ペチュニアに言われて隠し続けた前髪に、アイラは自分で細い指をかける。ゆっくりと持ち上げて、赤い瞳で、どこか懐かしさを覚える少年を見つめる。
ルークの表情は険しく、赤いほうに吸い寄せられる。
「目を閉じて」
反射的に従う。
次の瞬間、温度のある手のひらが左目に触れた。驚くよりも先に、優しくて包み込むような感覚がした。杖もなしに、魔法を使っているらしい。
せせらぎのような、静かな流れだ。
耳ではなく、心で聞いている感覚。
冷たくもなく、温かすぎもしない。
心地いい。
胸の奥に溜まっていた、言葉にならない緊張が、ゆっくりとほどけていく。
ルークは、ポーチカバンの中から顔を出した精霊の力を借りる。
そんな水の精霊は、怯えた様子を見せる。
「常に発動し続けるような強いものではないが、これは誰かが残した魔力と呪いだ。この繋がりは複数の細い線であり、数が多いのが厄介そうだな」
そう言って、ゆっくりとアイラから手を離す。
「……あー、痛みは」
「…ない…かな……」
アイラは、期待してしまいそうになる。
さっきの魔法で完治していればいいのだが。
「すまない。俺ではお手上げだ」
「……気にしないで」
アイラはどうしても俯いてしまいそうになるが、それよりもルークに迷惑をかけたくない。呪いなんて、万が一に移ってしまえば、彼まで不幸にしてしまうだろう。
「さっきのは、主に闇や呪いに対する浄化魔法、うちの義理の母のようなエルフ族が使う精霊魔法だな」
ひょこっと、ポーチカバンから水色の精霊が顔を見せている。
きっとあの子が協力してくれたんだろう。
「エルフって、あの?」
すごく神秘そうで、すごく空想の種族っぽくて、思わず彼の耳を見てしまう。普通の人間っぽかった。
「俺は捨て子だからな。というわけで、あの人ならもっと本格的な治療ができるだろう。まずは来年の夏休みにでも顔を出そう」
ルークも似たような境遇なんだ、とアイラは思った。
喜んじゃいけないことだけど、なんだか親近感が湧く。
ルークが取り出して手渡してくるのは、かわいらしい包みのキャンディで、アイラも真似するように口に入れる。ほどよい甘さが、疲れを癒してくれるかのようだ。
食べたことがない味だけれど、みずみずしい果物のようだ。
「……ありがとう」
「そのキャンディはサービスとしておこう。旅立ちの前、義理の母に持たされたものだ」
ルークに出会えて、彼の縁はすごくて、だいぶ希望が持てた。
「それに、俺のへっぽこ精霊魔法も捨てたものではないぞ。呪いの繋がりは複数の細い線である。つまりそんな雑魚敵を1匹1匹、潰していけばいい」
本当に雑魚敵だといいが。
アイラには、物語の魔王が率いるような幹部たちの姿が、なんとなく脳裏に思い浮かんでしまう。
「たとえ何匹か残っても、それならあの人はなんとかできるだろう。住んでたとこのエルフ族の中でも、その頂点に立つ実力だ」
「……そうなんだ」
アイラは、戦う魔法も身に着けなきゃと思った。
もしいつか世界を旅をするのなら、あったら何かと便利だろうし。
「乗り掛かった舟という言葉もある。今なら友人価格として、無料で手伝おう」
「……本当にありがとう」
手伝ってくれることも、友人と言ってくれたことも。
今日はたくさん感謝する日だと思った。
「どこまで話したか? ラスボスの名前は、言う必要もないな」
「……じゃあ、ハリーや私は、ホグワーツだと注目される?」
アイラとしては、知らない話で英雄扱いされるのは避けたいと思う。たぶんハリーも、ホグワーツに通っていたらしい両親の話を聞くことのほうが、大喜びしそうだ。
「いい質問だな。生き残った双子として認識されるだろう。たとえハリーのような古傷がなくとも、ポッターという名字も広まっているらしい」
アイラは思わず、ガクッと肩が下がってしまう。
どうあがいても1年目は誇張表現や過大評価を避けられないだろう。魔法界の常識すら知らず、魔法だってどれほど上手く扱えるかもわからないのに。
「さて、まだまだ時間はたっぷりある。どんどん聞いていいし、友人からは情報量だって取らないぞ」
アイラは、物知りな友人に、何を聞こうか迷う。
まだまだ魔法界の知らないことはたくさんあるけど。
ルークのことも、なんだか知りたくなってきていた。