ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
汽車は速度を上げ、揺れが安定する。
窓の外には、すでに緑が増えていた。
「……ルークは、エルフと暮らしてたの?」
「今度の質問は、俺のことか」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、満足そうに頷いた。
「この国、最北端の魔法界で、もはや海に面している。ヴァルドラス諸島って場所だ」
聞いたことのない地名で、アイラは気になる。
魔法界があちこちに点在しているイメージを持っていた。
「魔法省などからは、ほとんど切り離されている。エルフ族や様々な幻獣が暮らす島がまず1つだ」
淡々とした説明なのに、その内容は現実離れしている。
アイラは静かに驚いていた。
「……もしかして、ユニコーンも?」
「当然」
アイラの杖に使われている素材なら、存在はしているとは思っていた。それも含めて、ルークの故郷に行くことは楽しみになってきている。
「もう1つの島は、商人や開拓者が多く住む島、ここもほとんど森なんだが、魔獣なんかが多い。あと1つの島は、岩山だがマグルの科学を研究する施設がある」
「マグル?」
アイラはきょとんとする。
なんとなく雰囲気はわかるが、魔法界では、そういう言葉でペチュニアたちは呼ばれているのだろうか。
「失礼、非魔法族と言うべきか。あくまでさっきのは、魔法界以外の社会という意味合いだぞ?」
「ん」
マグルという言葉は、魔法界でも常識らしい。
アイラは、やっぱりまだまだ知らないことが多いと思った。
「俺も気をつけてはいるんだがな。マグル生まれ、これを差別的な意味合いとして受け取る人もいる」
「……気をつける」
アイラは更に姿勢を正して、授業を受けるかのように聞く。真面目だなと思いつつ、ルークは逆に姿勢を崩す。
「ただの血筋や才能の話でな。魔法使いがいない家系から、魔法使いが生まれることがある。逆に魔法使いから、魔法を使えない者が生まれることがある」
それだけだ、と伝えてくれる。
ルークの性格がわかってきて、アイラは表情を少し柔らかくする。
「まあ魔法界には、純血至上主義者もいるんだ。特に金持ちや魔法省の役人に、これは多いようだ。伝統を重んじると言えば、聞こえはいいが、少々やりすぎることもある」
まさしく触らぬ神に祟りなし、なんて言うが。
アイラはなんとなくの雰囲気でそれを理解する。
「というわけでアイラは、魔法界でよく使う言葉で表せば、マグル育ちの……半純血くらいか?」
「知らない」
本当に知らなかったし。
お互いあまり楽しく話せる内容でもなかった。
「なら話題を変えるか。他に聞きたいことは?」
「……なら…その…荷物は?」
これもアイラが気になっていたことだ。ルークには、荷物らしいものがほとんどない。腰に下げた、小さなポーチカバンが2つで、それだけだ。
自分の隣にはトランクがあって、カートがいっぱいになるまで運んできた。その差が、妙に印象に残った。
「そこに気づくとは、お客さん、いい目をしてる」
そう言って指差して、腰に2つ並んだポーチは、見た目以上に重そうには見えない。
「必要なものは、だいたいここに入ってる。俺の故郷の街だと、たまに流通してる」
「すごく便利そう」
それがあれば、物の持ち運びだってすごく楽になるだろう。値段次第ではあるが、アイラもすぐにでも購入を検討したいほどだ。
「これはホグワーツ卒業レベルだと思うが、拡大呪文だな。空間認識のような話で、このバッグそれぞれに部屋があるものと思っていい。ただし術者練度次第で、効果が続く時間が変わるらしい」
「ちなみに、おいくらで?」
ルークは遠い目をした。
「メンテナンス込みで、毎年ぼったくられてる」
手持ちの金貨では足りなさそうだと、今はアイラは諦めることにした。
ふと窓を見れば、ずいぶん話し込んでしまっていて、景色を見る余裕もないほどだった。赤い左目に受けた呪いの話を、この時間だけは忘れられていたほどだ。
ルークと話しているのは、楽しいと思えた。
物知りで、知らないことを教えてくれることもだし、暗くなりそうな話も愉快に話してくれる。
アイラは、自分から話すのは得意じゃないと思っている。考える癖がある。でも、こちらの反応や返事を待ってくれる。
ホグワーツには、新入生であっても頼れる人がたくさんいそうだと。
自分も助けてもらいながら、少しずつ恩を返せるようになっていこうと思った。今は離れて汽車に乗っているハリーもきっとそうだ。
そんなとき、個室の引き戸が、遠慮なく開いた。
それはだいぶ強引だった。
アイラやルークの許可すら得ていなくて、傍若無人という言葉がよく似合う。とはいえ、先頭に立っているのは、ハリー以上、ルーク未満な身長の金髪の少年だ。
アイラはおそらく同じ新入生だと思ったが、それこそダドリー級の2人が後ろに付いてきている。ダドリーも小学校でやっていたが、まるでリーダーと取り巻きである。
取り巻きの2人はお菓子を食べ続けていて、以前のダドリーが2人に分裂したかのようだった。
「前髪が長い黒髪の女子、やっと見つかった」
金髪の少年がはふんぞり返るように立っている。
たとえ生き残った双子であっても、ルークによれば、アイラの特徴を知っている者はいないはず。ならばハリーが、口が滑ってしまったのか、それか強引に言わされたことになる。
それを問いたださないと、とアイラは思ったが。
「ルーク・モーンヴィークだ。英国紳士殿、そららは?」
「僕はドラコ・マルフォイだ」
マルフォイということを強調するような言い方だった。それに、ルークは無視して、アイラに名乗ってきているまである。
「モーンヴィーク……聞いたことがないな。マッドブラッドか?」
「うわ……ごほん、いや、捨て子だからわからなくてな?」
でもさっき、英国紳士だというヒントをくれた。
今もあからさまにルークの顔が引きつっているし、純血至上主義な人たちなんだと思えた。
「ふむ、なら出身は?」
「ヴァルドラス諸島、田舎だろ?」
今はルークが、マルフォイと会話してくれているけど。
彼が来た目的は、アイラなんだろう。
「―――それで、その島の素材で作っていてな?」
「いや、確かに僕も、そのブランドの羽ペンは気に入っているがな?」
いつのまにか、なんだか意気投合しているようにも見えるが、マルフォイは早くアイラと会話したがっているようにチラチラ見てくる。
ここは相手の機嫌を取ろうと、アイラは揺れる汽車でなんとか立ち上がって、礼儀正しく頭を下げる。
「アイラ・ポッターです。はじめまして」
「ふん、兄貴のほうより、ずっとマシなようだ」
軽く鼻で笑うような態度だった。
内心思わず、ムッとなってしまう。
「あっちのポッターは、赤毛とつるんでたがな」
そう言って、軽く鼻で笑う。
「君たちは、誰と友達になるべきか分かってるだろ? この僕が手を貸してあげてもいいぞ?」
「はい、もし困ったことがあれば、頼らせていただきますね」
そうアイラは素直に伝える。
マルフォイは一瞬、言葉に詰まったようだったが、すぐに表情を整えた。
「なら、俺も手を貸してもらうし、手を貸そう」
「……ふん、田舎の魔法使いに、そこまでは期待していないがな」
マルフォイは鼻を鳴らす。
とはいえ、ニヤニヤしてる表情は止められていない。
ルークもアイラも、態度はともかく、身内には優しい少年だと感じた。それこそクラップとゴイルが会話中どれだけお菓子を食べていても、注意しないほどだ。
「スリザリンに選ばれたとすれば、キミたちは歓迎しよう。ポッター兄よりは期待できそうだ」
そう言い残して、マルフォイは帰っていく。
クラッブとゴイルが続き、引き戸は空いたままだ。
何事もなかったように、ルークがさっさと閉めて、アイラも座って、個室には再び静けさが戻る。
「……思ったよりは」
「話せるやつだったな」
そんな感想が合い、アイラとルークは不思議とほっこりした。
「とはいえスリザリンに選ばれるとも限らないけどな」
「……選ばれる?」
スリザリンという単語も、選ばれるということも知らなかった。それもたぶん魔法界では常識なことで、わざわざ事前に説明することでもないのだろう。
「ホグワーツには4つの寮があるらしい。入学後に帽子被って組み分けされてな」
スリザリン。
優秀だが、距離を置かれやすい。
グリフィンドール。
頼もしいが、隣にいると疲れる。
レイブンクロー。
賢いが、話が合わないこともある。
ハッフルパフ。
真面目だが、目立たない。
「というわけだ」
「ルークもあまり知らないことがあるんだ」
アイラは思わず呟いてしまったが、ルークは気にした様子を見せない。それに、イメージで決めつけるものもでない。世間だとグリフィンドールに英雄が多く、スリザリンの闇の魔法使いは多いとされるが、結局はその人次第だろう。
「生まれつきの資質だとか、価値観だとか、そういうのを見られるらしいがな」
「ルークは、もう決めてる?」
思わずそう言ってしまって、ルークは楽しそうに笑った。
「それはもちろん、1番面白くなりそうな寮を選んでいる」
やはりルークはすでに決めているようだ。
どんな道に進もうと、自分なりに突き進んでいく強さを感じる。
「まあどこだろうと魔法は学べるし、俺たちが友人であることに変わりはない」
「……だね」
さっきの簡潔な話だと、自分はハッフルパフなんだろうかとも思っていた。でもそれは消去法で、杖選びの時と同じだ。選ばれることを待っているだけだ。
生まれつきの素質だとか、それならば選べない運命かもしれないけど。
この杖のように、1番合う相棒を選べた時のように、自分で選んでみたい。
「残された時間で、じっくり悩むといい」
「……決まってる人は気楽だね」
外を見れば汽車は、さらに奥地へと進んでいく。
外の景色は、いつの間にか見慣れない色合いに変わっていた。
汽車の走りが、わずかに変わる。
速度が落ちたわけではないが、床下から伝わる振動が、規則正しくなっていく。
「さあ、そろそろ着替えたほうがいい時間なようだな」
「……ん」
アイラは、特に深く考えずに立ち上がった。
トランクの留め金を外し、制服一式を取り出す。
そして、シャツの裾に手をかけようとした瞬間だった。
「待て、まだだ」
即座に制止の声がかかる。
額に手を当てたルークがこちらを見ている。
ほんの一瞬、言葉を探すような間があったが。
「……アイラは女の子なんだ」
アイラは、きょとんとした。
周りをキョロキョロとする。
「ここ、個室です」
「そういう問題じゃない」
ルークは、少しだけ視線を逸らした。
アイラを見ていて彼の脳裏によく浮かぶのは、義母の姿である。そこそこの年齢なのに、外見は少女のままでとても気まぐれな存在だ。
だからこそ、放っておけない。
「俺が出るから待って。カーテンを閉めろ。カーテン戻ったら戻る。オーケー?」
そう言って、ルークは個室から一旦退出する。
「……はい」
言われて初めて、アイラは自分の行動が不用心だったことに気づいた。ペチュニアからの言いつけだと、着替えは階段下の物置でやっていたが、ここはもうその場所ではない。
いやそれよりも、ハリーは実の兄だが。
ルークは、初めてできた男の子の友人である。
「……っ!」
思わず慌てるように、カーテンを引いた。
個室には1人きりになった。
ホグワーツの制服を見る。
白いシャツ、ネクタイ、そして膝上までのスカート、黒いソックスなど、それと黒いローブだ。
手探りで着替えることとなり、そこそこの時間がかかってしまう。ルークを待たせてると思い、そして彼がカーテンの向こうにいると思うと、なぜだか焦ってしまう。
「……おま…たせ」
着替えた瞬間、落ち着かない感覚が、はっきりとした形で押し寄せている。
カーテンを引けば、ルークは再び入ってくるが。
「……ぅ」
アイラはシャツの袖が余ってダボダボなのに対して、ルークは完璧に着こなしていた。
「おぅ……」
大きめのスカートは膝まで隠してくれているとはいえ、ズボンに比べるにしてはどうしても心もとない。黒いソックスもブカブカで、上手く上がってくれない。膝から白い肌が見えてしまっている。
アイラは、スカートの裾を下に引っ張って隠そうとする。
立っても、座っても、しっくりこない。
黒いローブなんて、毛布を肩に乗せているかに大きい。
「ホグワーツで、いっぱい食べよう」
「……はい」
ルークは、ネクタイの結び方まで知らない少女に、庇護欲をとても感じてしまいそうになる。とはいえ、水仕事をがんばってきた手といい、立派なレディだ。
ぐっとこらえて、英国紳士的に接することとする。
やがて、外の景色には、ホグワーツ城の影が見え始めていた。
いつのまにか、2人は並んで座っていて、それを見上げる。
これから始まる場所に向かって、汽車は進む。
静かに、確実に。