ハリー・ポッターの呪われた双子   作:フォンテ

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4話 新しい友人

 

 汽車が止まり、扉が開いた瞬間、空気が一変した。

 夕刻の冷えた風が一斉に流れ込み、熱を帯びていた車内を押し流す。足元の揺れが消え、代わりに地面の確かさが戻ってくる。

 

 ホームはすでに人で溢れていた。

 新入生だけではない。背丈も体格もまちまちな上級生たちが、慣れた様子で自分で運ぶ荷物を担ぎ、笑い声を上げながら流れていく。制服姿の黒が幾重にも重なり、動くたびに波のように揺れた。

 

「……ぅ」

 

 人の流れは想像以上に早い。

 アイラは一歩踏み出した瞬間、その勢いに飲まれそうになる。

 

 次の瞬間、目の前に少し大きい背中が見えた。

 前に立っているルークが、自然に進路を作るように歩いてくれる。

 

 アイラは黙って、その後ろを歩く。

 このまま押し流されるより、今は頼ろうと思った。

 

 騒がしさの中で視界は断片的にしか見えない。小さな身体で、がんばって両手でトランクをゆっくり運ぶ。だが、その中で一つだけ、はっきりと捉えたものがあった。

 

 少し先を行く見慣れた黒髪だ。

 ハリーだった。

 

 彼は友人と歩いているようで、振り返らない。

 周囲と溶け込み、もうこの場所に慣れたかのように歩いていく。

 

 それを見て、アイラは胸の奥で静かに息をついた。

 先に進んでいる。迷っていない。少なくとも今は、それでいい。

 

 ちょっと前にルークが言っていたように目的地は同じだ。ホグワーツでまた出会える。

 

「アイラ、見えるか?」

「……ん」

 

 どんどん上級生は先に歩いていっているため、もう隣で一緒に歩いてもよさそうだった。

 

 アイラとルークで城を見上げる。

 霧の向こうに浮かび上がる、巨大な影だ。石の積み重なりが作る輪郭は、夜に溶け込みながらも確かな存在感を放っている。

 

「さて、なぜだろうな」

 

 懐かしい、そんな感情に近いものが胸に浮かんだ。

 理由は分からない。記憶によれば、初めて見るはずの景色なのに。

 

「えっと?」

「いや、気のせいだ」

 

 もはや列の完全に最後尾だ。

 上級生はおらず、ほとんどの新入生は、我先にと船へ向かっていっている。期待と不安を隠しきれず彼ら彼女らの足取りは軽い。

 

 前方では低くてよく通る声が響いている。

 アイラはトランクを握り直して、少し足早に歩き始めた。

 

「おーい、一年生! こっちだ!」

 

 大きな影が動く。

 ランタンを掲げた巨体、ひげに覆われた顔は、記憶にある。

 

「ハグリッド、久しぶり」

「久しぶりですね」

 

「お、おう……ああ」

 

 アイラとの再会に喜びたいが、ハグリッドの視線はルークも意識してしまう。

 明らかな警戒だ。

 

「あー、2人とも杖のとき以来だな。……アイラ、何か問題は、起きてねぇか?」

 

「はい、起きてません」

 

 アイラからすれば、物知りで頼れて、赤い左目の呪いについて教えてくれて、その解呪を手伝ってくれるとまで言ってくれている親切な友人だ。

 ハグリッドがなぜ警戒しているのわからないほどだ。

 

 彼は確かに観察していた。顔立ちの奥にある、どこか引っかかる面影だ。理屈ではなく、本能的なものだ。

 

 だが、アイラが信じている。

 やけに大人びているが、ルークも歓迎すべき1年生である。

 

 最終的には大きく息を吐く。

 

「ま、いい。今は新学期だ」

 

 視線がアイラに移る。

 途端に、表情が和らぐ。

 

「アイラ、汽車はどうだった?」

 

「快適でした」

 

 そんな感想に満足そうに頷いた後、ぐっと身を屈める。彼女の耳元で伝えようとしているらしいが、身長差もあってすごい体勢である。

 

「もしだ。もし、こいつに泣かされるようなことがあったら、俺に言え」

 

 ふん、ふんと、親指でルークを指す仕草は、半分冗談で半分本気だった。

 

「はい」

 

 きっとそんなことはないと思うが、アイラは素直に頷いた。

 警戒されていることはわかっていて、ルークは肩をすくめた。

 

「なら、俺も覚えておこう」

 

「覚えなくていい!」

 

 意外と愉快なやつだとわかってきて、ハグリッドは豪快に笑った。

 今はアイラが信じているルークを、完全に信じようと思った。

 

「さあ、船だ! 4人ずつ乗れ!」

 

 湖のほうを見る。

 すでに小舟がいくつも浮かび、静かに揺れている。

 

 といっても、この場に残っているのは、ちょうど4人だけだった。金髪で背の高い少女、細身で静かな少年、そんな2人は友人でもないらしく、会話もしていない。

 

 近づいてくるアイラやルークには、少女は一言だけ。

 

「遅いわね」

「別にいいだろ」

 

「……すみません、お待たせしました」

「どうやら小舟は、人数分ぴったりだったようだ」

 

 アイラは丁寧にお辞儀するが、金髪の少女はさっさと乗り込んでしまい、もう1人の少年も船に乗り込む。

 

 ルークは先に船へ乗って、手を差し出してくれる。

 アイラはその手のひらを取って、揺れに気をつけて腰を下ろす。

 

「楽しむんだぞ、アイラ! ルーク!」

 

 ハグリッドが手を振ってくれていて、2人で手を振り返した。

 

 小舟は静かに岸を離れる。

 誰かが漕ぐこともなく、まるで湖そのものが進路を知っているかのように、ゆっくりと前へ進み始んでいく。

 

 水面は暗く、揺れはほとんどない。

 船縁に当たる水音だけが、一定の間隔で耳に届く。

 

 アイラは背筋を伸ばして座っていた。

 トランクは足元に置いていて、痺れている腕を休ませるにはちょうどいい時間だった。

 

 向かいには、金髪のたぶんお嬢様。

 金髪はきれいに整えられて、背筋がまっすぐだ。アイラより一回り、いやそれ以上に背が高い。

 

 ダフネはちらりとアイラを見下ろし、唇をわずかに動かした。

 

「……小さいわね」

 

 声は低く、意地悪というほどでもない。

 だが、率直すぎた。

 

 実は心の中では『かわいいわね』と評価していたが、それを口に出す気はなかった。彼女の2歳年下の妹と同じくらいの身長かもしれない。

 

 その隣で、セオドールがぴくりと肩を動かす。

 痩せてはいるが、弱々しい印象ではない。無駄のない体つきで、どこか神経質そうな雰囲気があった。

 

「失礼だろ」

 

 小さく、だがはっきりと。

 

「あら、事実じゃない?」

「事実でも言い方がある」

 

 一瞬、空気が張りつめる。

 言い合いになりかけた、そのときだった。

 

 アイラが視線を落とした。

 自分が原因で喧嘩してると思ってしまう。

 

 そんな様子に、金髪の少女が気づく。

 細身の少女も、はっとしたように口を閉じた。

 

「……悪かったわね」

「……僕もすまない」

 

 短い謝罪だった。

 それ以上は、続かなかった。

 

「せっかくだ。自己紹介くらいしておこう」

 

 そんな沈黙を破ったのはルークだった。

 さっきまでの光景は愉快そうに見ていたが、ここからは場を仕切らせてもらうことにしていた。

 

「まずは俺だな。ルーク・モーンヴィークだ。呼ぶ時はルークでいい。田舎出身で、本当の両親は知らない」

 

「重っ……私はダフネ・グリーングラスよ。正真正銘グリーングラスのね」

 

 堂々とした名乗りだ。

 アイラは、先ほど会ったマルフォイのように、由緒正しい家系なんだと思った。でも高圧的な態度は感じられないことに安心できた。

 

 続いて、少年がわずかに逡巡する。

 

「……セオドール……ノットだ」

 

 名字を言う瞬間、ほんの一拍、間があった。

 その理由を、アイラはすぐには理解しない。

 

「なら、セオドールと呼ばせてもらおう。ついでにお嬢様のこともダフネと呼ぶ」

 

「それでいい」

「ついで って何よ」

 

 ルークは早速、距離感を詰めていた。そして、名前で呼ばれたことにより、セオドールも、ダフネも、ちょっと嬉しそうな表情を見せている。

 

 アイラは、さすがだと思いつつ。

 でも自分の番が来たら、ちょっと不安だった。

 

「えっと……アイラ…ポッターです」

 

 その瞬間、空気が変わった。

 

 ダフネはわかりやすく目が見開かれる。

 セオドールも表情までは変わらないが。

 

「ポッターってあの?」

 

「……はい、妹のほうでして」

 

「聞いてた話より、弱そうね」

 

 ダフネの言葉は相変わらず率直だ。

 だが、声色に悪意はなかった。心の中では『普通にかわいい女の子じゃない』と思っている。

 

 アイラもなんとなく、嫌味じゃないとは伝わってる。

 

「グリーングラス、本人の前で言うことじゃない」

「あなたこそ、失礼じゃなくって?」

 

 再びアイラが原因で喧嘩が始まりそうになる。ルークは面白そうにそんな光景を見ている。本気で喧嘩が始まれば、さすがに止めるだろうが。

 

 今度は、アイラが話を変えることにした

 

「その、2人はもう、寮は決めてる?」

 

 上目づかいで見つめられているかのようで、ダフネとセオドールは少女に向き直る。

 

「私は決まってるわよ」

 

 ダフネは迷いなく頷いた。

 

「家が純血だからスリザリン」

 

 当然のように言う。

 それが誇りなのか、諦めなのかは分からない。

 

「僕もたぶん、そうなる」

 

 セオドールは視線を湖面に落とす。

 それは半ば、受け入れている響きだった。

 

「……そう、なんですね」

 

 アイラは、その言葉を胸に留める。

 生まれで決まる。期待で決まる。

 

 そしてそれを受け入れている。

 それも選択なんだろうか。

 

「ちなみに、俺は1番面白くなりそうな寮を選んでいる」

 

 さっきまでの2人は具体的な寮を言っていたが、相変わらずルークはそう愉快そうに言う。

 

「どこか言いなさいよ」

 

「アイラの質問は、決めているか、決めていないか、だ。あとから答え合わせしてもいいだろ?」

 

 そんな理屈っぽさに、ダフネは腕を組んでそっぽを向くしかない。寮選びを楽しんでいる余裕さに、セオドールは唇を噛む。

 

「……私はまだ決まってなくて。でも選びたいと思ってます」

 

 グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ、レイブンクロー

 アイラは、再び寮の名前を思い浮かべる。

 

「まあどこだろうと魔法は学べるし、俺たちが友人であることに変わりはない」

 

 そんなルークの言葉を聞いて、ダフネとセオドールも、足元に視線を落とした。

 

 もうすぐホグワーツ城が見えてきた。

 3人が沈黙して、明らかに考え込む。

 

 タイムリミットは迫っている。

 

 

 

 ここは境界である。

 子どもでいる時間と、魔法使いになる時間だ。

 

 新入生の運命は、まずここから大きく4つに分岐することになる。

 そんな大広間の扉は、すぐそこにある。

 

 

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