ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
汽車が止まり、扉が開いた瞬間、空気が一変した。
夕刻の冷えた風が一斉に流れ込み、熱を帯びていた車内を押し流す。足元の揺れが消え、代わりに地面の確かさが戻ってくる。
ホームはすでに人で溢れていた。
新入生だけではない。背丈も体格もまちまちな上級生たちが、慣れた様子で自分で運ぶ荷物を担ぎ、笑い声を上げながら流れていく。制服姿の黒が幾重にも重なり、動くたびに波のように揺れた。
「……ぅ」
人の流れは想像以上に早い。
アイラは一歩踏み出した瞬間、その勢いに飲まれそうになる。
次の瞬間、目の前に少し大きい背中が見えた。
前に立っているルークが、自然に進路を作るように歩いてくれる。
アイラは黙って、その後ろを歩く。
このまま押し流されるより、今は頼ろうと思った。
騒がしさの中で視界は断片的にしか見えない。小さな身体で、がんばって両手でトランクをゆっくり運ぶ。だが、その中で一つだけ、はっきりと捉えたものがあった。
少し先を行く見慣れた黒髪だ。
ハリーだった。
彼は友人と歩いているようで、振り返らない。
周囲と溶け込み、もうこの場所に慣れたかのように歩いていく。
それを見て、アイラは胸の奥で静かに息をついた。
先に進んでいる。迷っていない。少なくとも今は、それでいい。
ちょっと前にルークが言っていたように目的地は同じだ。ホグワーツでまた出会える。
「アイラ、見えるか?」
「……ん」
どんどん上級生は先に歩いていっているため、もう隣で一緒に歩いてもよさそうだった。
アイラとルークで城を見上げる。
霧の向こうに浮かび上がる、巨大な影だ。石の積み重なりが作る輪郭は、夜に溶け込みながらも確かな存在感を放っている。
「さて、なぜだろうな」
懐かしい、そんな感情に近いものが胸に浮かんだ。
理由は分からない。記憶によれば、初めて見るはずの景色なのに。
「えっと?」
「いや、気のせいだ」
もはや列の完全に最後尾だ。
上級生はおらず、ほとんどの新入生は、我先にと船へ向かっていっている。期待と不安を隠しきれず彼ら彼女らの足取りは軽い。
前方では低くてよく通る声が響いている。
アイラはトランクを握り直して、少し足早に歩き始めた。
「おーい、一年生! こっちだ!」
大きな影が動く。
ランタンを掲げた巨体、ひげに覆われた顔は、記憶にある。
「ハグリッド、久しぶり」
「久しぶりですね」
「お、おう……ああ」
アイラとの再会に喜びたいが、ハグリッドの視線はルークも意識してしまう。
明らかな警戒だ。
「あー、2人とも杖のとき以来だな。……アイラ、何か問題は、起きてねぇか?」
「はい、起きてません」
アイラからすれば、物知りで頼れて、赤い左目の呪いについて教えてくれて、その解呪を手伝ってくれるとまで言ってくれている親切な友人だ。
ハグリッドがなぜ警戒しているのわからないほどだ。
彼は確かに観察していた。顔立ちの奥にある、どこか引っかかる面影だ。理屈ではなく、本能的なものだ。
だが、アイラが信じている。
やけに大人びているが、ルークも歓迎すべき1年生である。
最終的には大きく息を吐く。
「ま、いい。今は新学期だ」
視線がアイラに移る。
途端に、表情が和らぐ。
「アイラ、汽車はどうだった?」
「快適でした」
そんな感想に満足そうに頷いた後、ぐっと身を屈める。彼女の耳元で伝えようとしているらしいが、身長差もあってすごい体勢である。
「もしだ。もし、こいつに泣かされるようなことがあったら、俺に言え」
ふん、ふんと、親指でルークを指す仕草は、半分冗談で半分本気だった。
「はい」
きっとそんなことはないと思うが、アイラは素直に頷いた。
警戒されていることはわかっていて、ルークは肩をすくめた。
「なら、俺も覚えておこう」
「覚えなくていい!」
意外と愉快なやつだとわかってきて、ハグリッドは豪快に笑った。
今はアイラが信じているルークを、完全に信じようと思った。
「さあ、船だ! 4人ずつ乗れ!」
湖のほうを見る。
すでに小舟がいくつも浮かび、静かに揺れている。
といっても、この場に残っているのは、ちょうど4人だけだった。金髪で背の高い少女、細身で静かな少年、そんな2人は友人でもないらしく、会話もしていない。
近づいてくるアイラやルークには、少女は一言だけ。
「遅いわね」
「別にいいだろ」
「……すみません、お待たせしました」
「どうやら小舟は、人数分ぴったりだったようだ」
アイラは丁寧にお辞儀するが、金髪の少女はさっさと乗り込んでしまい、もう1人の少年も船に乗り込む。
ルークは先に船へ乗って、手を差し出してくれる。
アイラはその手のひらを取って、揺れに気をつけて腰を下ろす。
「楽しむんだぞ、アイラ! ルーク!」
ハグリッドが手を振ってくれていて、2人で手を振り返した。
小舟は静かに岸を離れる。
誰かが漕ぐこともなく、まるで湖そのものが進路を知っているかのように、ゆっくりと前へ進み始んでいく。
水面は暗く、揺れはほとんどない。
船縁に当たる水音だけが、一定の間隔で耳に届く。
アイラは背筋を伸ばして座っていた。
トランクは足元に置いていて、痺れている腕を休ませるにはちょうどいい時間だった。
向かいには、金髪のたぶんお嬢様。
金髪はきれいに整えられて、背筋がまっすぐだ。アイラより一回り、いやそれ以上に背が高い。
ダフネはちらりとアイラを見下ろし、唇をわずかに動かした。
「……小さいわね」
声は低く、意地悪というほどでもない。
だが、率直すぎた。
実は心の中では『かわいいわね』と評価していたが、それを口に出す気はなかった。彼女の2歳年下の妹と同じくらいの身長かもしれない。
その隣で、セオドールがぴくりと肩を動かす。
痩せてはいるが、弱々しい印象ではない。無駄のない体つきで、どこか神経質そうな雰囲気があった。
「失礼だろ」
小さく、だがはっきりと。
「あら、事実じゃない?」
「事実でも言い方がある」
一瞬、空気が張りつめる。
言い合いになりかけた、そのときだった。
アイラが視線を落とした。
自分が原因で喧嘩してると思ってしまう。
そんな様子に、金髪の少女が気づく。
細身の少女も、はっとしたように口を閉じた。
「……悪かったわね」
「……僕もすまない」
短い謝罪だった。
それ以上は、続かなかった。
「せっかくだ。自己紹介くらいしておこう」
そんな沈黙を破ったのはルークだった。
さっきまでの光景は愉快そうに見ていたが、ここからは場を仕切らせてもらうことにしていた。
「まずは俺だな。ルーク・モーンヴィークだ。呼ぶ時はルークでいい。田舎出身で、本当の両親は知らない」
「重っ……私はダフネ・グリーングラスよ。正真正銘グリーングラスのね」
堂々とした名乗りだ。
アイラは、先ほど会ったマルフォイのように、由緒正しい家系なんだと思った。でも高圧的な態度は感じられないことに安心できた。
続いて、少年がわずかに逡巡する。
「……セオドール……ノットだ」
名字を言う瞬間、ほんの一拍、間があった。
その理由を、アイラはすぐには理解しない。
「なら、セオドールと呼ばせてもらおう。ついでにお嬢様のこともダフネと呼ぶ」
「それでいい」
「ついで って何よ」
ルークは早速、距離感を詰めていた。そして、名前で呼ばれたことにより、セオドールも、ダフネも、ちょっと嬉しそうな表情を見せている。
アイラは、さすがだと思いつつ。
でも自分の番が来たら、ちょっと不安だった。
「えっと……アイラ…ポッターです」
その瞬間、空気が変わった。
ダフネはわかりやすく目が見開かれる。
セオドールも表情までは変わらないが。
「ポッターってあの?」
「……はい、妹のほうでして」
「聞いてた話より、弱そうね」
ダフネの言葉は相変わらず率直だ。
だが、声色に悪意はなかった。心の中では『普通にかわいい女の子じゃない』と思っている。
アイラもなんとなく、嫌味じゃないとは伝わってる。
「グリーングラス、本人の前で言うことじゃない」
「あなたこそ、失礼じゃなくって?」
再びアイラが原因で喧嘩が始まりそうになる。ルークは面白そうにそんな光景を見ている。本気で喧嘩が始まれば、さすがに止めるだろうが。
今度は、アイラが話を変えることにした
「その、2人はもう、寮は決めてる?」
上目づかいで見つめられているかのようで、ダフネとセオドールは少女に向き直る。
「私は決まってるわよ」
ダフネは迷いなく頷いた。
「家が純血だからスリザリン」
当然のように言う。
それが誇りなのか、諦めなのかは分からない。
「僕もたぶん、そうなる」
セオドールは視線を湖面に落とす。
それは半ば、受け入れている響きだった。
「……そう、なんですね」
アイラは、その言葉を胸に留める。
生まれで決まる。期待で決まる。
そしてそれを受け入れている。
それも選択なんだろうか。
「ちなみに、俺は1番面白くなりそうな寮を選んでいる」
さっきまでの2人は具体的な寮を言っていたが、相変わらずルークはそう愉快そうに言う。
「どこか言いなさいよ」
「アイラの質問は、決めているか、決めていないか、だ。あとから答え合わせしてもいいだろ?」
そんな理屈っぽさに、ダフネは腕を組んでそっぽを向くしかない。寮選びを楽しんでいる余裕さに、セオドールは唇を噛む。
「……私はまだ決まってなくて。でも選びたいと思ってます」
グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ、レイブンクロー
アイラは、再び寮の名前を思い浮かべる。
「まあどこだろうと魔法は学べるし、俺たちが友人であることに変わりはない」
そんなルークの言葉を聞いて、ダフネとセオドールも、足元に視線を落とした。
もうすぐホグワーツ城が見えてきた。
3人が沈黙して、明らかに考え込む。
タイムリミットは迫っている。
ここは境界である。
子どもでいる時間と、魔法使いになる時間だ。
新入生の運命は、まずここから大きく4つに分岐することになる。
そんな大広間の扉は、すぐそこにある。