ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
組み分けがすべて終わり、ざわめきがようやく落ち着いた頃だ。
見るからに校長だと感じさせる老人が、静かに立ち上がった。
白く長い髭を胸元まで垂らし、半月形の眼鏡の奥から、大広間に集まった生徒たちをゆっくりと見渡す。その視線には、新入生も上級生も、等しく収まっていた。
「ホグワーツへようこそ」
穏やかな声だった。
それだけで、広間の空気に安心感がある。
「新しい年度を迎えるにあたり、いくつか注意しておくことがあっての」
そう前置きしてから、校内の規則について、簡潔に、淡々と告げていく。
禁じられた森は、たとえ好奇心に駆られても立ち入るべき場所ではないこと。
廊下の一部には、近づくべきでない区域が増えたこと。
クィディッチの選抜は、今まで通り各寮で行っておくこと。
それは上級生向けに伝えているかのようでもあり、新入生も覚えておくべきことのようで、思わずアイラは周りのスリザリン生を見てしまう。
前にいるルークは立ち入り禁止だと言われれば面白そうにしているが、ダフネは諸注意を静かに受け取っていて、セオドールも記憶するように頷いている。
そして、ふと間を置いたあとのことだ。
校長はなぜか、楽しげに口元を緩めた。
「それから」
大広間が、わずかに身構えた。
「ばか。間抜け。残念。つぎはぎ」
意味の分からない言葉が、ぽん、ぽん、と落とされる。
一瞬の沈黙のあと、ざわめきと戸惑いが広がった。
だが校長は気にした様子もなく、満足そうに頷く。すごそうなのに、愉快な老人である。
「以上です」
そして両手を軽く広げ、こう締めくくった。
「――さあ、夕食をどうぞ」
杖もなしに、何かの魔法を使った兆候はあった。まばたきしている間に、大広間の様子が一気に変わっていて、アイラは息を呑んだ。
天井一面に広がる夜空は、窓越しではなく、頭上そのものに存在しているかのようで、星々が静かに瞬いている。4つの長卓には、いつの間に用意されたのか分からないほど大量の料理が並び、湯気と香りが空気を満たしていた。
上級生を中心に、周囲がどんどん騒がしくなる。
グリフィンドールのテーブルでは、上級生があちこちから立ち上がって、新入生たちのところにすぐ駆け寄っていく。ハッフルパフもゆっくりとだが、新入生たちのところに向かっていっている。レイブンクローは、むしろ新入生が上級生に向かっていっている。
その中で、スリザリンのテーブルだけは、どこか違っていた。
静かというほどではない。それぞれが自分の席を中心として、与えられた時間を有意義に過ごし始める。新入生に絡みに来る者もおらず、上級生はすでに自分たちのグループで過ごしているらしい。席を立っている者は最小限であり、小皿に料理を乗せて、その小皿を目上の人もしくは友人に差し出す。
そこでようやくアイラは、この大量の料理を自分たちで自由に食べていいのだと気づいた。お金も必要なくて、対価も必要となくて、通っていた小学校ですらこんなことはなかった。
いわば、バーノンとダドリーが、トーストやベーコンの山から取り合う朝の風景の、拡大版だろう。グリフィンドールの席なんて、それはもう人気料理の取り合いなのか、大騒ぎである。
もしあの寮に、自分が兄と同じように選ばれていたなら、落ち着いた食事すらできなかっただろう。
「ほら」
「……え」
ほんの少し、よそ見をしていただけだった。
アイラの目の前には、綺麗に盛り付けられたお皿があった。ダーズリー家の人たちが食べてたような料理も中にはあるが、知らないものもたくさんある。
「好き嫌いも、どれほど食べれるかも知らないが。まあ残したら食べてやる」
「……ありがとう」
そう言って、ルークは一度席に座った。
まだ自分のお皿を取っていないのに、だ。
ダフネとセオドールもようやく動き始め、ドラコ・マルフォイも顎で許可を出すように、クラップとゴイルが料理を急いで選び始めた。
自分の分を盛り付けるのを待ってくれていたのだろうか、アイラはそう思った。
「ふん、ホグワーツには、給士すらいないんだな」
低く、苛立ちを隠さない声だった。
「まったく、自分で取り分けろというのは、ずいぶんと野蛮だ。いつか父上に言いつけてやる」
そう言いながらも、彼は自分で銀のトングを取り、ロースト肉を皿に載せていく。文句と行動が一致しないのは、彼なりの様式らしかった。
クラップとゴイルはというと、そうした空気を気にも留めず、肉料理の大皿を1つずつ確保してから、遠慮なく食べ始めている。その様子はスリザリン卓では珍しい部類だった。
アイラは、自分のお皿から目を離せずにいた。
焼き色のついた肉、香草の匂いがする煮込み、見たことのないパイ、艶のある野菜などだ。どれも食べ物だと分かっているのに、どこか現実味がない。
ダフネやセオドールが自分の分を確保したのを見て、ルークは自分の分を取りながらも、横からアイラの様子をうかがっていた。
「……なあ…普段、何を食べていた?」
少しだけ、声音が硬かった。
アイラは考え、言葉を選ぶ。
「トーストと、ベーコンと、サラダ」
それだけ答えた。
一瞬の沈黙が落ちる。
ルークはじっと見てくるままで、ダフネは小さく息を吐いて、セオドールは肩の力を抜いた。2人とも、ほんのわずかに安堵したような気配を見せていた。
「……えっ、それだけ?」
「あえて聞かないでおこう。俺はもう涙が出そうだ」
「失礼ながら納得の細さではある」
それ以上、誰も聞いてこなかった。
「……サンドイッチ……チーズ…とかなら」
ようやくアイラが思い出して言うも、それらは1人につき1欠片である。昼や晩は食べない日だってあった。
「なぁチーズは料理なのか。アイラの分の追加を要求するぞ」
「私は賛成よ」
「まだまだ料理はある」
ルークは自分の分のお皿を再び、アイラの前に置いた。
手早く綺麗に盛り付けているというのに、3皿目まで作らせていることになる。
「……ぁ」
まるで給士をさせているみたいで、アイラは代わりにやろうとするが、ルークの盛り付けの上手さに、むしろ邪魔になってしまうかもしれない。
そして、クラップとゴイルも顔を見合わせ、相談したのか偶然か分からない動きで、肉料理の大皿を1つ、アイラの前に突き出した。
言葉はない。
ただ、食べろ、という意思だけが伝わってくる。
マルフォイも何も言わず、優雅に食事を食べ始めている。
ダフネやセオドールも、ルークも、お手本を見せるように食べ始めた。
アイラもぎこちない動きだが、ナイフとフォークを持って、ゆっくりと口に運び始める。すでに小さく切り分けてくれていて、食べきれないほどあって、とても美味しくて、はじめての味で、何より友人たちと同じものを食べていることに、目頭が熱くなっていた。
「そうだアイラ、水か紅茶か……なんだこのオレンジの液体?」
「カボチャジュースだろ?」
ルークはセオドールに教えられ、自分のコップに注いでみて、スープではないのかと思いながら飲んでみていた。だがクラップとゴイルに譲れば、それを水のように飲んでいる。魔法界だと人気の飲み物らしい。
とはいえスリザリン生は、やはり紅茶派が多い。
マルフォイはカップに自分の分を注いで、ダフネから、セオドールから、更にはルークまでも迷いなく紅茶を選んでいる。
「アイラも飲んでみるか?」
「はい、ありがとうございます」
水でもよかったが、ルークが手に持っているのはティーポットだ。それを注ぎ、湯気をたてているカップが目の前に置かれる。
アイラは、そこで動きを止める。
淹れ方は知っている。
ペチュニアのために、何度も用意したことがある。
けれど、自分で飲んだことはなかった。
きっと自分には贅沢なことだったから。
記憶になんとなくあるが、どういう所作が正しいのか分からず、アイラはおそるおそるダフネを見る。カップの持ち方を、真似しようとする。
そんなとき、視界の端で、ルークが片手でカップを掴むようにして飲んでいるのが見えた。ああいう飲み方もあるんだと、アイラは安心しようとする。
そこで、ダフネの視線が鋭くなる。
「ちょっと、それでアイラが身につけたら、どうしてくれるのよ」
即座の指摘に、ルークは肩をすくめた。
「おっと、知ってはいるが、社交界でもないと思っていた」
そして、彼はダフネに視線を向ける。
とても愉快そうな表情をしている。誰を狙っていたわけでもないが、まんまと引っかかったわけだ。
「せっかくだ。アイラに教えてやったらどうだろう、ダフネさん?」
「あら、当然ね」
ダフネは、少し顎を上げて答えた。
それを見て、セオドールが静かに言う。
「意外に親切だ」
「意外とは何よ。まず持ち方からね」
ダフネに丁寧に教えられ、アイラは改めてカップを持った。そして、お手本を見ながら、揃ってゆっくりとカップに口をつけて飲むと、温かさと香りが広がる。
思っていたよりも、ずっと優しい味だった。
また胸の奥で、小さな感動が生まれる。
ダフネは、その様子を見ながら内心で思う。『これからも優しくしてあげないと』って。
「ありがとうございます」
「まったく、紅茶の味も知らないなんてね」
言葉は軽いが、声はきつくない。
マルフォイはそんなやり取りを、少し離れた場所から眺めている。ナプキンで口元を拭いて、もう充分に食事を終えたかの様子だった。
「ふん、ポッターの妹、このスリザリンに選ばれたからには純血か半純血かは知らないけどね」
一拍置き、冷笑を含める。
「捨てられて、田舎でマグル暮らし、哀れではあるね」
「だからこそよ」
むっとダフネが即座に返す。
「言いすぎだ」
セオドールが眉を寄せる。
「まあ、今はホグワーツで同じ飯を囲う友人だろ」
ルークが穏やかに言う。
「まっ、せいぜい、スリザリンの足を引っ張らないようにね」
マルフォイは鼻で笑った。
「はい」
アイラは素直に頷いた。
常識知らずという自覚はあるため、少しずつ覚えていこうと思っている。マルフォイなんて、それはもう食事マナーの典型例のようなものだろう。彼からも学ばせてもらいたい。
でもいまだに食べ続けているクラップとゴイルにそういうものはなく、身内には優しい人だ。
そんなとき、ルークがふと疑問を口にする。
「なぁ、もしかして俺たち個人の行動は、スリザリン全体の評価に影響するのか?」
マルフォイの口元が、わずかに上がった。
スリザリンの新入生の中でもなかなか有能そうなルークに、貸し1つ与えられるチャンスだと思っていた。
「やれやれ、君もホグワーツについては、まだまだ理解が浅いようだね」
「どうやらマルフォイ殿は、お詳しいようだ。我々スリザリン1年組に、ぜひとも聞かせていただきたい」
ルークはおだてるように、マルフォイから説明を求めた。
すんなり機嫌をよくしながら、彼は卓の向こうを顎で示す。
「4つの寮は、教師の裁量でポイントを得たり、逆に罰則によって失ったりする。そして年末に1番ポイントの多い寮が、寮杯を獲得するのさ」
「教師の裁量……授業の成績や、日常の貢献度などで増えるのか?」
ルークが代表して聞いているが、アイラたち他の新入生も耳を傾けている。
いつのまにか、自然とマルフォイを1年組のリーダーとしつつ、ルーク自身もそれなりの発言力を持つ、そんな流れができているようだった。遠くの席で、ダンブルドア校長は誰にも気づかれないように目を細める。
「そうらしい」
「なるほど。教師の裁量とはな。やりづらいのか、やりやすいのか」
ルークは愉快そうに頷いた。その気になれば、いわゆる教師相手にゴマすりが、有効的なんだろう。
彼には、誰かに心の中を覗かれている感覚だけはあった。これほどの魔法となれば教師陣の誰かとは思うが、こういうのを自覚して好むのは、よほどの物好きだろう。
「有意義な情報をありがとう。おかげで我々スリザリンは結束で結ばれたことだろう。とりあえず模範的な優等生を目指すぞ、おー」
ルークは淡々と早口でそう言う。心の中では、『何のための監視か知らないが俺は逃げも隠れもしない』と宣言しておいた。
「たまにキミはよくわからなくなるな……まあスリザリン優勝のため、せいぜい励むといいさ」
そして、マルフォイは顎で方向を示した。
ルークやアイラたちの視線が、自然と大広間の壁際へ向かう。4つ並んだ巨大な砂時計があり、それぞれの中には、宝石が詰まっていて、赤、青、黄、そして緑だ。
「我がスリザリンは、なんと7年連続で寮杯を獲得していると父上から聞いている」
マルフォイの声に、誇りが滲んでいる。
アイラは、その言葉を不安を覚えた。
教師の裁量となれば、真面目にしていても減点されることがあるかもしれない。ペチュニアには何度も『どんくさい』と言われてきた。あの女性教師といい、厳格そうな人が多そうだ。
ちらりと視線を向けてきた男の教師と目が合った気がしたが、それは一瞬のことで気のせいだろう。
ふとアイラは、グリフィンドールのテーブルを見る。どうやら兄は、周囲に人が集まり、次々と声をかけられていた。
やっぱり大変そうだ。
そう思い、食事を再開する。
食べても、食べても、1皿分すら減る気がしない量だ。
あっても食べるが、苦手な食べ物もなさそうだった。
「食べれるだけ食べるといいぞ」
「……ん」
ルークも食べるペースはゆっくりらしく、大皿に少量残っている料理を中心に、食べ進めている。残ったら食べてくれるとは言っていたし、だいぶ食べるほうなんだろうか、とアイラは思っていた。
ダフネやセオドールもまだゆっくりと食事を続けている。
クラップとゴイルはまだまだ食べている。
マルフォイの前は紅茶のカップだけだ。
もし許されるのであれば、さっさと席を立っているかのような食事のスピードだったが。
「……騒がしい」
その不機嫌そうな声に、一瞬アイラは肩を震わせたが、彼の視線は、グリフィンドールのテーブルに向けられている。
特に、人だかりの中心にいるハリーの方を、露骨に見ているらしい。
「救世主な兄は、どこでも注目の的だな」
マルフォイは、とことん皮肉を含んだ言葉だが。
でもアイラに言っているわけではなさそうだ。
「気にするだけ無駄よ」
「数日もしたら収まるだろう」
ダフネやセオドールは、アイラに向けてそう言っていた。
「……平気です」
ハリーが、いわゆるチヤホヤされてどう思うかもなかなか想像できなかった。一緒に育って、一緒の部屋で眠ってきたとはいえ、つかずはなれずな関係だ。
兄と妹と言っても、これくらいの距離感がちょうどいいと思えた。もしずっと隣にいたら、目立つ兄、目立たない妹だ。おまけ扱いで、これほど親しい友人ができなかったかもしれない
話しかけてくれる人数は多くない。でもこの静かな時間がよかった。
「マルフォイ殿は、どうやらハリーと犬猿の仲になりそうだ」
ルークがそう小さく呟いた。
アイラは首を傾げる。
聞き慣れない表現だった。
問い返すことはせず、そのまま食べ進める。
マルフォイの話によれば、授業を受けているだけで評価を受けることとなる。小さくて、どんくさくて、常識知らずの自分がどれほどの成績を取れるかわからない。
せめて、このブカブカな制服が似合う程度には、成長していこうと思っていた。
そして、この優しい友人たちも頼っていいんだとも思えた。
まことの友は得られた。
あとは、これからもこの縁を大切にしていこう、そう思った。