ハリー・ポッターの呪われた双子   作:フォンテ

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第2話 これが日常

 街のほとんどの人が、まだ完全に眠っているような時間。

 

 アイラ・ポッターは、静かに目を開ける。

 

 目覚まし時計は必要ない。そんなものも買い与えられていない。誰よりも早く寝て、誰よりも早く起きる。それだけだ。

 

 ただでさえ狭い階段下の物置部屋、そのほとんどが兄の生活スペースだ。アイラは小さな身体で縮こまるように毎日眠っていた。

 

 アイラは音を立てずにベッドを抜け、薄い毛布を整える。隣では、兄が丸まるように眠っている。眉間にかすかな皺を寄せ、何かから逃げるような寝顔だった。

 

 彼女は声をかけない。

 

 起こす必要はないし、起こしたところで、何かが変わるわけでもない。

 

 そっと部屋を出て、階段を上がる。

 廊下は音が響きやすいため、そっと歩く。

 

 左目を隠す前髪を、手櫛で整える。

 ペチュニアの指示で伸ばしている後ろ髪を、紐で結ぶ。

 

 家の中はまだ冷えていた。早朝特有の、空気が張りつめたような静けさがある。アイラは台所の電気をつけ、まずやかんに水を入れる。

 

 次に、茶葉。

 

 ペチュニアの好みは分かっている。熱すぎず、濃さは薄すぎず。砂糖は適度に入れる。ミルクを適度に入れる。その塩梅も、すでに熟知していた。

 

 やかんを火にかけると、アイラはエプロンを身につける。手際に迷いはない。冷蔵庫の中身を確認し、今日の朝食の段取りを頭の中で組み立てた。

 

 この家の夫人であるペチュニアが洗っていた食器を丁寧に片づけていく。

 

 それが終われば、トーストを大量に切って積み始める。

 今日使う卵は合計6個。ベーコンは、バーノンやダドリーの分を多めに、ペチュニアは少量だろう。野菜はレタスをちぎるだけでいい。他の野菜で彩りは整えるが、きっとバーノンもダドリーも残す。それが自分やハリーが食べる分となる。

 

 こうして、この家の朝は彼女から始まる。

 

 朝食を作ることが当たり前になったのは、いつからだっただろうか。

 

 物心ついた頃には、ペチュニアはすでに包丁の持ち方を教えていた。最初は監督付きで、次は横で見ているだけになり、いつの間にか、台所の主導権は自然とアイラに移っていた。

 

 別に料理は、好きでもない。

 

 ただ、できる。

 自分やハリーは、実の子ではなく、いわゆる居候の身だ。

 

 赤ちゃんの頃は、もっと育児で家事は大変だっただろう。

 バーノンは家族のために仕事に行って稼いでくれている。

 

 アイラは、そんな恩を返しているだけだ。

 

 やかんが小さく音を立て始めた頃、背後で足音がした。

 

「……まだ暗いのに」

 

 ペチュニア・ダーズリーの声だった。

 アイラは振り返らない。

 

「おはようございます。紅茶、もうすぐです」

 

 それに対して、ぶっきらぼうな溜息が返ってくる。

 

「今日は休日よ。別にもう少し遅くていいのよ」

 

 言葉とは裏腹に、ペチュニアはカップを棚から取り出していた。癖だ。何年経っても直らない。

 

 それに湯気の立つ紅茶を注ぎ、アイラは無言で差し出す。

 

 ペチュニアは一瞬だけ手を止めて、それを受け取る。

 

「……ありがとう」

 

 小さな声だった。

 

 台所に、短い沈黙が落ちる。

 

 ペチュニアは紅茶を一口飲み、視線を流し台へ向ける。刻まれた野菜、用意された食材。清潔に整えられているキッチンだ。

 

 昨夜のうちにペチュニアが洗っておいた食器は片付けられている。布巾はきちんと絞られて掛けられている。

 

「……ちゃんと、してるわね」

 

「はい」

 

 それ以上、言葉はない。

 

 アイラは、バーノンやダドリーが起きるのを待っている。

 彼らを起こす仕事は与えられていない。

 

 ペチュニアが、調理スタートの時間を決める。

 彼らはあとで起こすとして。

 

 ペチュニアはエプロンを身に着け、無言でトーストを機械に入れる。手伝っているつもりはない。ただ、体が動いてしまうだけだ。

 

「その、ありがとうございます」

 

「……ふん」

 

 アイラも動き始め、卵を割って、混ぜて、焼いていく。

 この後は、大量の脂っこいベーコンを焼く作業だ。バーノンやダドリーが好み、胸焼けしそうなほどで、なかなか骨が折れることだろう。

 

 朝食の調理は続く。

 

 この距離感が、この家の均衡だった。

 

 やがて、足音が聞こえ始める。

 

 ハリーだった。

 彼は眠そうに目を擦りながら、台所の入り口に立つ。

 

「……いい匂い」

 

 朝食の準備が始まっている空気は、彼も分かったらしい。

 

「座ってて」

 

 アイラは短く言った。

 その直後だった。

 

「何を突っ立ってるの、あんた」

 

 ペチュニアの声が、鋭く飛ぶ。

 

 ハリーは肩をすくめ、言われた通り椅子に座るが、その動きは鈍い。眠気がまだ抜けきっていないのもあるが、何より、この家の朝食がすぐに自分の口に入らないことを、身体が覚えてしまっている。

 

「少しくらいアイラを手伝おうって気はないのかしら?」

 

「……何をすればいいの?」

 

 不機嫌そうに、ハリーは聞き返す。

 望んでいないため、自分で考えることはない。

 

「聞き返すんじゃないわよ。明日は早く起きて、庭の草でも引いてなさい」

 

 ハリーは小さく頷き、視線をテーブルに落とした。そこには、まだ何も並んでいない。パンの皿も、ナイフも、彼の前には置かれない。

 

 ペチュニアはそれを当然のように無視し、時計を見る。

 

「バーノンとダドリーを起こしてくるわ」

 

 その言葉が合図だったかのように、2階から重たい足音が響き始める。

 

「ママァ!」

 

 甘えた声とともに現れたダドリー・ダーズリーは、年齢以上に丸みを帯びた身体を揺らしながら、椅子にどかりと腰を下ろした。

 

「お腹すいた!」

 

「はいはい、今すぐ用意するわよ」

 

 ペチュニアの声は一転して柔らかくなる。

 

 そこにバーノンも遅れて現れ、新聞を脇に置きながら椅子に座る。

 

「いい匂いだな。やっぱり休日の朝はこうでなくちゃいかん」

 

 その言葉に応じるように、ペチュニアとアイラは配膳を始める。

 

 ダドリーの前には、トーストが3枚、マーガリンは使い放題だ。この後にダーズリーの一家で分けて食べることになるが、大皿にベーコンは山のように積まれている。ダドリーは待ちきれない様子で、手づかみでトーストにかぶりつく。

 

 バーノンもまた、優雅にトーストを次々と平らげていく。

 

 でも、ハリーの前は空白のままだ。

 

 ペチュニアも合流して、朝食の時間が始まる。

 ベーコンは、バーノンとダドリーが競うように、どんどん減っていく。

 

「もっと!」

 

「あら、まだ食べ足りないのね?」

 

 ペチュニアはそう言い、アイラに目配せをする。

 

 アイラは何も言わず、再びフライパンにベーコンを並べる。脂がはねる音が、やけに大きく響く。

 部屋の中に脂っこい匂いや煙が充満するので、アイラは顔をしかめる。ハリーが空腹に耐えきれない表情をする。

 

 ようやく、バーノンとダドリーの腹が半分ほどといったところで。

 

「……ほら」

 

 ペチュニアが、ようやくハリーの前に皿を置いた。

 

 トーストは一枚。

 ベーコンは一枚。

 食べ残されたサラダ。

 

 それだけだ。

 

「アイラのおかげ。あんたに食べさせるのは、それでも多いくらいよ。感謝することね」

 

 ハリーは待ちきれず、勢いよく食べ始めた。噛むというより、飲み込むに近い。

 

 アイラは黙々と焼き上げたベーコンを、新しい大皿に乗せて持ち運んだ。

 

 アイラが自分の分を食べるのは、きっと調理器具の片付けが済んでからになるだろう。空腹よりも、油でギトギトなフライパンをどう綺麗にするかが最大の悩みだった。

 

 こうして朝食は終わり、出かける準備が始まる。

 

 今日は動物園らしい。

 バーノンの提案で、ダドリーの機嫌を取るための休日の行事だった。

 

 8人乗りの車に乗り込む時、ハリーとアイラの席は自然と一番後ろになる。

 

 前の席では、ダドリーが大声で早く早くと叫び、ペチュニアが隣でそれをなだめている。車が走り出す。

 

 ハリーは、動物園を意外と楽しみにしているらしい。

 普段なら行けない場所だ。

 

 窓の外の景色が流れていく中で、アイラは膝の上に手を置いて、じっと窓を見つめている。

 

 たまに、この広い世界を、自由に出歩くことができたらな、なんてことを思う。

 もう少し大きくなれば、それも可能になるだろうか。

 

 それとも、このまま一生、この暮らしが続いていくのだろうか。

 

 自分とハリーがなぜダーズリー家で暮らしているのか、彼女は知らない。両親は事故で亡くなったと聞いている。幼いながらに、ペチュニアがため息をついて疲れた姿を何度も見てきている。孤児院という場所に預けるという選択肢もできたはずだ。たまに、そういったことを、バーノンとペチュニアが口論していたことを知っている。

 

 魔法や呪いといった言葉も聞いた気がするが、アイラはよくわからなかった。

 もしも魔法があるのなら、それを自分が使えたとすれば、もっと自由に生きていけるだろうな、と思っていた。

 

 

 

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