ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
アイラやダフネは片付けを進め始めていた。
黒板に書かれていたことは、いわゆる宿題であるが、早く2人で今日の反省を話し合って、レポートにまとめたいほどだ。
「合格者に縋ることは禁ずる。ハリー・ポッター、かの英雄の兄にも言っておかねばならんな。優等生な妹を頼ろうなどと思わないように」
ハリーは、変身術といい、魔法薬学といい、妹との比較を感じる日になっていた。
そんな不満を抱えながらも作業を続ける。ただでさえ予習や予備知識が足りないのもあり、ロンも同じく初心者であり、ねちねちと注意されていた。
どうしても彼は、『アイラは、スリザリンの優秀なやつを頼ってるくせに』、と内心では思ってしまっていた。
そんな考えをスネイプにバレていることが、ますます彼が目をつけられていく理由にもなる。
そんなハリーとスネイプの犬猿の仲を知ることもない。
及第点をもらえたことにアイラはひとまず安心しながら、片付けを一旦終えたところで。
「……えっ、そういえば私たちが最速?」
「……あっ、そうですよね」
ダフネやアイラは、隣の作業台の様子を見る。
「ほら、俺の勘も捨てたものではなかっただろ? もっと冷ましてからだって」
「なぜ上手くいったか…考えないと……」
ルークとセオドールの鍋も、少し遅れて完成していたようだった
アイラとダフネが様子を見にいけば、色は淡く、しかも澄んでいる。粘り気のある薬液は半透明で、濁りがほとんどない。
同じ材料だったのに、結果がまるで違っていた。
「なぜ、教科書通りに行わなかった?」
再び向かってくるスネイプの声だった。
低く、冷たい。
アイラたちに向けられていたものとも、ハリーが向けられていたものとも、明らかに質が違う感覚だった。
ルークはいつも通りだが、セオドールの背筋は目に見えて強張っている。
「重大な失敗をしていた可能性もあった。それは考えていたか?」
「友人の勘と…自分の経験から……正しいと思いました」
セオドールは震えを抑えた声で、真っ直ぐに答える。
教科書内容には予習段階で疑問があった。家庭で学んだ経験に基づいて、ところどころの修正を決めて、感覚的な部分はルークに任せた。だから、班としての連帯責任である。
ルークは、結果的に上手くいった成果をむしろ誇っているかのようだ。自分の勘と、セオドールの知識と経験の合作である。
「ふむ……」
だがスネイプの表情は厳しいままだ。
セオドールは、ぐっと拳を握った。
それでもルークは気にした様子を見せていなくて。
「結果は、1年にしては見事と言えよう。ノット班には、2点ずつ加点とする」
つまり教室で2番目の完成にして、しかも純粋に褒めたたえた。
いくらグリフィンドールよりスリザリンをひいきすると言っても、魔法薬学のことには手を抜かない教師である。
それはもう教室は騒然となっていた。
スネイプは、『集中しろ』と注意する。
「お前たちも、片付けをして、次回授業までの課題内容を続けろ。わかったな」
「はい!」
「わかりました」
セオドールは明るい声で頷いて、ルークも素直に頷く。近くにいたアイラやダフネも、合わせるように会釈しておいた。
「……生きた心地しなかった」
セオドールが小さく息を吐いた。
授業時間はまだまだ余っている。アイラとダフネは、友人ということを抜きにしても、このチャンスを必ず大切にしようという気持ちだった。
自分たちの作業台からノートを持ってきて、取材を始めるかのようだ。
「変更点は書き残してやったぞ。セオドールに、どうしてもってな」
「それが大事に決まってるでしょ」
「ぇと…火加減は『感覚で』……加熱時間は『感覚で』……」
「…僕が思い出そう…言語化してみせる……」
こうして4人は、互いのノートを見比べながら意見交換を始めた。
教科書通りでは上手くいかなかった点と、あとはルークの勘の部分の言語化だ。
とはいえルークも説明下手というわけではなく、今回の薬液の様子から、最適だと思う混ぜ方や火加減を言葉にした。どうやら故郷では、彼も魔法薬学のようなことは経験があるらしい。
しかし教科書に出てくるような表現をしていないのは、きっと読んでいないからだろう。彼もセオドールの基礎があってこそ、余裕をもって応用ができたわけだ。
そして何でもかんでも、教科書に書かれていないことをすればいいわけでもない。
それのよる異変は、音より先に匂いでわかった。
焦げたような、金属と腐ったものが混ざったような臭気が、教室の空気を裂いた。
アイラたちもノートから顔を上げて、反射的にそちらを見た。
それは、グリフィンドール生の班の鍋からだった。
ここから遠くからしか様子が見えないが。
「あれだな。火が強すぎる。セオドール、どこまでの被害になると思う?」
「この材料ならそこまで」
「ちょ、誰か止めなさいよ!」
「……ぇ?」
ルークはいつでも動けるような体勢で、セオドールは冷静に教えて、ダフネは焦りながらアイラを守るように抱えた。
煙の色が、急激に変わった。
濁っていた薬液が、濁りを通り越して、泡立ちながら膨れ上がる。
「ちっ……」
それに気づいたスネイプが杖を向け、古びた鍋を弾き飛ばす。
大きな音が鳴る。
教室の壁には叩きつけられた鍋からは、まるで噴火するかのように薬液がどんどん噴き出ていた。作業台の付近にいたグリフィンドール生は守られたことになる。
しかし、弾き飛ばす前には、液体が跳ねていたらしく、かき混ぜていた少年の腕にはかかっていたようだ。
少年は声を上げるより早く、後ろに倒れ込む。
「痛いっ……!」
床に背中をぶつけたのもあるが、腕の皮膚がみるみる腫れ上がる。
赤く、ぶつぶつとしたものが、腕全体に浮かび上がっていく。
まさしく、おできである。
おできを治す薬の工程でどんな失敗をしたのかわからないが、おできを作る薬になってしまったようだ。
教室がざわめいた。
「黙れ」
一言で、空気が凍る。
スネイプが歩み寄り、足元にいる少年を見下ろす。
もはやグリフィンドール生かどうかなど関係ない。
魔法薬学において、事故など何よりも許されないことだ。本来は治すべき薬は、毒にもなりうるからだ。
「事前に教科書を読まないどころか、わざわざ黒板に書いてやった手順すら守れないとはな。ロングボトム」
ネビルは震えながら見上げた。
スネイプの表情に、完全に怯えてしまっている。
「言え。どこが間違っていた?」
「……ごめん…なさい……」
だが、言えない。
「馬鹿者」
そしてスネイプの視線が、すっと横に流れる。
別の場所で止まった。
「では、ハリー・ポッターに聞こう」
名を呼ばれた瞬間、ハリーがびくりと肩を跳ねさせる。
「今の失敗について、どう思う?」
その問いは、理不尽だった。
ハリーはネビルの隣ですらない。
「え……えっと……」
最前列の席からはハーマイオニーが、自分の予想を言おうと、素早く手を挙げている。
だが、そちらをスネイプは見ることもしない。その作業や知識量も含めて、優秀ではあるだろうが、わざわざ助け船を出させる必要もない。
これは、全体に向けての注意喚起である。
これはまだ1年の授業だから、多少のやけどと、おできができるだけで済んだだけだ。
「答えろ」
「……わかりません」
ハリーは隣のロンを見るも、彼も首を振るしかない。
そんな態度が、『せめて黒板を見ればいいものを』とスネイプを苛立たせる。
「火を止めて、適温まで冷やし、ヤマアラシの針を入れる、だ」
スネイプは杖を振って、黒板に刻みつけるように、その工程を書き直した。引っかくような音に、思わず生徒たちは耳を塞いでしまう。
その被害は、前の席にいるアイラも巻き込まれてしまっている。
どうしてもハリーに彼の面影を見て感情的になってしまっていた、そんなスネイプは舌打ちする。
「さて兄のポッター、付近で事故が起きているのに、ぼうっと突っ立っていた理由は何だ? ロングボトムの事故、兄ポッターの不注意、合わせてグリフィンドールから10点減点」
この授業だけで、ハーマイオニーが変身術の授業で稼いだポイントを、すべて帳消しにされたようなものだ。
対してスリザリンは、1度も減点もされていないし、少し加点すらされている。
「そんな!?」
ハリーは驚く。
それでも、グリフィンドールの誰も異議を唱えなかった。
スネイプは杖を振るい、無言呪文によって、アイラやダフネの作業台にあった鍋から、その薬液を宙に浮かせる。それをネビルの腕に、完璧に塗布してみせた。
効果がわかるのは、一瞬だった。
おできは、音を立てながら引いていった。
同じ材料であろうと、毒にもなれば、薬にもなる。
「知識のない馬鹿者は、せめて教科書通りにできるようにしておくことだ」
それは個人にだけではない。
教室全体に向けて、低く告げる。
「だが、教科書通りにやれば、最善とは限らんがな?」
それはスリザリン生にも伝えているようだった。
「作業を続けろ。ロングボトム班、最初からやり直せ。できるまでやってもらう」
泣きべそをかいていることなど、この授業においては関係はない。もしも続ける気がないのなら。
「それとも、もうホグワーツから去るかね?」
初回授業から、その厳しさを伝えてくるかのようだった。
「まだ授業時間は残っている。しかしこの焦げた匂いの中でレポートをまとめる必要もない」
そう言って、スネイプは教卓まで移動した。
合格ラインまで達している者たちは、ちょうど教室の最前列にいる。
「すでに合格した4名、それとマルフォイ班、グレンジャー班は、片付けが終わり次第に教室外で自由時間としたまえ」
それは強制かのような命令だった。
アイラは他の生徒が心配になる。もしダフネの手伝いがなければ、作業はまだまだ終わっていなかっただろう。
でも『早く行きたまえ』とスネイプに催促され、荷物を持ってルークたちと教室から出るしかなかった。
マルフォイもクラップやゴイルに手伝わせて片付け終え、ポッター兄に何か挑発しようとしたが、彼はすでにネチネチと注意が再開されている。
鼻を鳴らして、もう腹を空かせている2人に軽食を与えるべく、アイラたちを追って談話室に向かった。
1人で薬を完成させ、素早く片付け終えたハーマイオニーも、帰り際に見事な薬液を見てから、ブツブツと考えながらも出ていった。
教室を出て歩く廊下はまだ授業中らしく、とても静かだ。そして空気がとても美味しく感じるかのようだった。
アイラやダフネやセオドールが小さく息を吐いた。
「怖い授業ね」
「そうですね、でも」
「理由が、ちゃんとある」
「……レポートは真面目に書くとしよう」
ルークの言う通り、魔法薬学に関して、一切の甘えを許してくれない人物だと感じていた。純血家系で呪文より先に学ぶとされている学問であり、魔法界の科学が詰まったような理論体系である。
1コマ目の変身術、2コマ目の魔法薬学という科目は、どちらもただの暗記ではない。どちらも厳格な授業だった。
そして、1つ1つの知識をただ覚えていくのではない。常に考えさせられる、そんな学びだった。
初回授業の時点で、それを思い知らされていた。