ハリー・ポッターの呪われた双子   作:フォンテ

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第12話 はじめての飛行術①

 

 午前の変身術の授業、魔法薬学の授業が終わると、だいぶ長めの昼休みがあった。談話室から大広間に移動して、ほとんどの生徒が集まって昼食を食べる。

 

 本当は魔法薬学のレポートを続けたいが、今日は午後の授業があと1コマだけだ。たとえ2コマあっても、15時以降は放課後として扱われるらしい。ホグワーツの暮らしはなかなかに自由度がある。とはいえ魔法薬学の予習復習だけでも、多くの時間を使うことにはなりそうである。

 

 城内の石廊下を抜けて、外気が混じりはじめた頃、アイラ・ポッターはスカートの裾を軽く押さえる。足元には、ひんやりとした風が撫でていくようになってきていた。

 

 これから飛行術という授業らしい。

 そんな単語だけで、期待と不安がある。

 

「授業としては、マグル育ち向けなんでしょうね」

 

 ダフネ・グリーングラスが前を歩きながら言った。声音は落ち着いていて、普段と変わらない。

 

「それは……私のような?」

 

「基礎教養科目として1年生のみ、そこからの訓練は各自らしいわ」

「クィディッチ選手以外も、訓練して損はない」

 

 その隣では、セオドール・ノットが窓の外をちらりと見て、空の様子を確かめている。まるで無意識の癖のようだった。

 

「夜間や雨天の飛行訓練もやってた」

 

「あら、ずいぶんと本格的な教育なのね」

 

 ダフネやセオドールは、すでに魔法薬学のように、飛行術も教育を受けていたらしい。

 またもやアイラは、完全に教えてもらう立場になるだろう。いつかは恩を返したいところだが、得意なことといったら、マグル式の家庭料理とお掃除だけだ。一体いつになるのやら。

 

「でも何度も落ちたことがある。治るからと」

「うっわ……私は屋敷の庭だけよ。遠くまでは飛んでない」

 

 そんな会話に、アイラは俯いて震える。飛行できることは期待しているが、もし失敗すれば真っ逆さまに落ちる。本格的な訓練ともなると、まるで落ちながら身に着けるかのようだ。

 

「焦らなくていいのよ」

「そう。うちがスパルタだっただけ」

 

 2人が慰めてくれるとはいえ。

 アイラは、どんくさくて、小さくて、運動もできない。

 

「ちなみに、そちらの天才さんはどうなの?」

「言えてる。変身術も、魔法薬学も」

 

「いやいや、俺は真面目な優等生であって、初めて習うことだらけだぞ?」

 

 『どこが……』とダフネやセオドールは呟いた。

 変身術において鉄の釘に変化させてみたり、魔法薬学において勘で提案してみたり。

 

「まず箒に乗って飛んだことはなくて、これくらいの浮遊だ」

 

 肩をすくめながら、まるで息を吸うように、ふわりと飛んでみせる。

 

「遠くまで飛ぶ必要もなかったものでな」

 

 ダフネやセオドールが立ち止まり、驚きながらも呆れるしかない。呪文もなく、杖も使っていない。ただ自然と、重力を無視しているように見える。

 

 アイラは、心地よい風が吹いていると思いつつ、きょとんとした。

 

「そっちの方が難しい……」

「どういうところで育ったんだか……」

 

「必要だったから教えてもらっただけだな」

 

 彼は地面に降りてから、それ以上の説明はなかった。聞けば答えてくれる雰囲気はあるが、今は授業がある場所に向かうことが優先だ。

 それにアイラは、列車で言っていたような精霊魔法の一種だとわかっている。でもダフネやセオドールは、飛び方が違うような印象を受けていて。

 

 そして窓から見えてきた校庭の様子を見て、ふと気づく。

 

「……箒って…」

 

 口に出してから、少し間が空いた。

 

「お掃除の道具だと…思ってました……」

 

 ダイアゴン横丁で見た箒も、きっと飛ぶためのものだったんだろう。

 一瞬の沈黙のあと、ダフネが頭を撫でてくれる。セオドールも静かな笑みを浮かべて、ルークも楽しそうに笑う。

 

「一緒に学びましょう、箒を使った飛び方もね」

「はい」

「当然、俺も教えてもらうぞ」

「コツさえ掴めば簡単」

 

 紅茶の飲み方といい、優しい友人に教えてもらってばかりだ。

 アイラは小さく頷いた。

 

 やがて、城の外に出た。

 視界が一気に開け、整えられた芝生が広がっている。校庭だ。石畳の縁に沿って、生徒たちが集まりはじめていた。

 

 芝生の中央には、箒がずらりと並べられている。

 1本ずつ、間隔を空けて地面に横たえられたそれらは、どれも実用品の顔をしていた。装飾はなく木目がむき出しだ。だいぶ使い古されている様子ではあった。

 

 マルフォイたちスリザリン1年組は先に行ったので、もう固まって集まっている。アイラたちもそこに合流する。

 

 そして、それと向かい合うように、集まっているのはグリフィンドール生1年組である。

 

 当然ハリー・ポッターの姿も、その中にある。

 

 アイラは、兄と視線が合った。

 それは、どこか挑んでこようとするかのようだった。

 

 優秀なマルフォイやダフネやルークやセオドールならまだわかる。でも助けてもらい続けている自分だ。

 

 アイラには理由がわからない。

 ただ、意味もなく胸の奥がざわついた。

 

 そして、鋭い口笛の音が校庭に響いた。

 生徒たちの視線が一斉に集まる。

 

 そんな女教師が、芝生の中央に立っていた。

 厳しい表情で。無駄のない立ち姿だった。

 

「皆さん、準備はいいようですね。私のことは、フーチ先生と呼びなさい」

 

 敬語ではあるが、命令に近い声音だった。

 

「本日は飛行術の初授業です。箒は決しておもちゃではありません。指示に従わない者は、即刻退場してもらいますからね」

 

 ぴしゃりと言い放った。

 マグゴナガルやスネイプとは、また違ったタイプの厳格さを感じる。

 

「え? これが箒だって? 火起こしの薪じゃないか?」

 

 マルフォイが小さく呟いて、彼の周りの生徒たちがくすくすと忍び笑いをした。

 

 フーチはそれを耳にして、ぴくりと眉をひそめるが。

 

「この授業では、飛行術の基礎を学びます。当然、最新型の箒とは程遠いでしょう。古い箒だからこそ、離陸・低空飛行・姿勢維持には適しています」

 

 マルフォイは肩をすくめる。

 彼も本格的な訓練も受けていて、基礎訓練などもう何年も前のことだ。サボれるのであればサボりたい授業だ。それはスリザリン生の多くもそうだろう。

 とはいえ、飛行術も知らなそうなアイラもいる。スリザリン生である彼女に配慮して、これ以上は表立って言わないようにした。

 

 基礎の飛行術など、あの赤毛のウィーズリーでさえ、幼い頃から魔法界では常識だ。

 ならば、全体に向けてあれこれ挑発するよりは、グリフィンドール生のマグル育ち、かつ生意気そうなやつに目をつける。特にハリー・ポッターと、ハーマイオニー・グレンジャーだ。

 

「質問はありませんね。まずは箒の前に立って、さぁ早く」

 

 1人1本ずつ、横に広がっていくように分かれた。

 アイラたちは最も奥に向かって歩き、対面にはハリー、ロン、ハーマイオニーが揃っているような場所だった。わざわざマルフォイが付近にいるのは、また一波乱が起きそうである。

 

「どうしたよ? 緊張してるのか?」

「うるさい。今は授業中よ!」

 

 ロンに問われ、その何倍も大声でハーマイオニーは彼を黙らせる。

 変身術や魔法薬学では優秀な姿を見せていた少女だが、飛行術に関しては教科書がない。どこか不安そうな表情を浮かべている。

 

 アイラはどこか親近感がわきながら、自分の前に置かれている1本の箒を見た。

 古いがとても頑丈そうだ。少々大きいが、庭掃除にとても適しているように思える。

 

 マダム・フーチの視線が、列全体を鋭くなぞった。

 

「まずは、箒を手元に呼びます」

 

 乾いた声が、芝生の上に落ちる。

 

「右手を伸ばし、命じなさい。曖昧な発音や遠慮は、箒には通じません」

 

 生徒たちは一斉に、足元の箒を見下ろした。

 地面に横たわるそれは確かに道具であり、生き物のような気配はないが。

 

「あくまで、箒を持つ段階です。飛んではなりませんよ。さぁ私に続けて。アップ!」

 

 フーチが言う。

 あちこちで声が重なる。

 

「アップ!」

「アップ!」

「アップ!」

 

 そんな声で、芝生の上がにわかに騒がしくなる。

 

 スリザリン側の生徒の多くは、当たり前かのようにこなしていた。

 隣のダフネの箒もわずかに震え、すっと彼女の手元に跳ね上がる。

 

 掴み方も自然で、肘がぶれない。

 

「へぇ、素直なんだな」

「さすがだ」

 

 ルークやセオドールの箒も、迷いなく手に収まっている。

 マルフォイは当然として、クラッブとゴイルの箒も、意外なほど素直に跳ねている。ロンの箒も、転がるようにして手元に来ている。

 そしてハリーも上手くいったようで、アイラに見せてくる。

 

 一方で、動かない箒もあちこちにあった。

 

「アップ!」

 

 ハーマイオニーの声は正確だった。

 だが、箒は驚いたように跳ねて、芝生を転がってしまう。

 

 彼女は唇を噛み、もう一度、より強く言う。

 

「アップ! アップしなさい!!」

 

 それでも、箒はころころと逃げ回るようだ。

 理屈を理解しようとするほど、魔力が散っている。

 

 マルフォイやクラップやゴイルにわかりやすく笑い声を出され、ますますハーマイオニーは焦る。ロンは先ほどキレられたことといい、助け舟は出さないようだ。それに、なぜかハリーは、アイラに見せつけてくる。

 

「ぇと……」

 

「アイラもやってみたらどうだ。素直なやつだぞ」

「それはいい表現ね」

「失礼ながら、先生のやつはもっと頑固な箒を呼ぶとき」

 

 命令するのではなくて、呼ぶ感じらしい。

 『飛んで』という気持ちを込めて。

 

「……アップ」

 

 声は小さかった。

 命令というより、お願いに近い。

 

 ふわりと目の前に箒が浮き上がった。

 ただし手元ではなく、目の前で自由に浮遊している。

 

「まあ、こういうのもありよね?」

「そこから掴めそうか?」

 

「……ん、できました…けど!?」

 

「アイラは、箒すらペットにできてしまいそうだな」

 

 過程はともかく、アイラは実際に箒を右手で握ることができた。とはいえ早く飛びたそうに、腕を上空に引っ張られるかのようだ。

 アイラが『待って』と声に出してお願いしなければ、そのまま飛んでいってしまっていただろう。

 

 そして、4人の会話をしっかり聞いていたらしく、ハーマイオニーは深呼吸してからだと、なんとか成功したらしい。

 

 この間にもフーチは歩きながら、生徒たちの様子を確認していった。成功者には何も言わず、失敗者にもすぐには叱責せず、コツを教える。

 

 そうして、全員が箒を握ることができた。

 

「それでは、箒に跨ってください。まだですからね。勝手に飛んだ者は減点しますよ」

 

 アイラは『まだ待ってね』と箒を優しく撫でながら、ダフネの動きを横目に見て、スカートに気をつけながら箒に跨った。

 

「さぁ、私が笛をふいたら、飛んでみてください。箒は、ぐらつかないように押さえ、2メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いてからですよ」

 

 フーチ先生から、急に早口な説明だった。

 アイラはがんばって聞こうとしたが、初心者にとっては、いくらなんでも工程を飛ばしすぎている。目の前にいるハーマイオニーも、ぶつぶつ復唱していた。

 

「ゆっくりで浮くくらいでいいわよ」

 

 ダフネが小声でフォローしてくれて。

 

「飛びすぎたら追いかける」

 

 セオドールが頼もしく。

 

「なら俺は地面で受け止める担当でいこう」

 

 ルークが安心させてくれる。

 

「いきますよ。笛を吹いてからですからね。1、2の」

 

 それはまだ、フーチがそこまで数えた段階だった。

 少し離れた場所で、勢いよく1人の生徒が飛んでいってしまう。

 

「こら! 戻ってきなさい!」

 

 フーチはそんな無茶苦茶な指示を出す。

 

 アイラも予想外のことに驚くが、ルークとダフネで両左右から肩に手を置かれて、万が一に飛ばないようにしてくれていた。

 

「全員、箒から降りなさい! 誰も飛ばないように!」

 

 フーチがしたのは、そんな全体への命令だった。

 その間にもネビルはそこそこの高度で、まるで馬に振り落とされようとしているかのようだ。

 

「……おちる」

 

 そんな予想をアイラは呟いて、背中が冷たくなるのを感じていた。

 思わず両手で口を抑えてしまう。

 

「セオドールならいける!?」

「巻き込まれるだけだ! 先生は何を!?」

 

 ダフネは自分が使える魔法から対処法を考えつつ、セオドールは歯噛みして見上げることしかできない。幼い頃から魔法を習ってきたが、人を救うだけの勇気が出せなかった。

 

「……本当にホグワーツの魔女なのか?」

 

 マルフォイは呆れた様子を見せていた。

 フーチはまるでネビルが落ちてくることを待っているだけで、杖を出そうともしていない。

 

「落ちるぞ!?」

「うそっ!?」

「そんなっ!?」

 

 たとえ勇気があろうと、ロンやハーマイオニーやハリーも叫ぶことしかできない。

 

 箒は逃げるように上空へ、そのためネビルはしがみつくこともできず、落下し始める。

 

 だが、すでに行動を起こしていた者がいた。

 

 その魔法には、箒も杖も必要としない。

 地面を強く蹴って跳躍し、風の精霊の力を借りて、ふわりと一気に高度を上げる。

 

「っと……」

 

 ルークは、落ちてくるその身体を途中で抱え込む。

 

 まだ魔法の効果が続いているのか、着地まで緩やかだった。

 そんな一瞬の光景に、校庭が完全に静まり返った。

 

「ん、無事だな」

 

 ルークは、ゆっくりとネビルを地面に下ろした。

 

 衝撃はほとんどなかったはずだ。

 気絶している様子が、完全に無傷である。

 

 そこに、フーチがすぐに駆け寄ってくる。

 

「お見事でした。その冷静な判断と実力に、スリザリンに10点を与えましょう」

 

 フーチから褒められてはいる。午前の授業と比べても破格の点数だ。

 

「ええ、まあ……」

 

 だがルークは無表情のまま上空を見ていて、何か言葉を飲み込んでいるかのような態度だった。ネビルから逃げていった箒は、やがて力をなくしたかのように、降ってくることになるが。

 

 偶然にも生徒のないところに、ドスンと豪快な音を立てて、真っ二つに割れた。

 

 そこまででようやく、トラブルが解決したわけだ。

 これにもフーチは気づいていなかったのだろうか。

 

 

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