ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
嵐の音が少しだけ遠のいた頃、小屋の中には奇妙な静けさが戻っていた。
扉が壊れ、雨風が吹き込んだ直後の混乱は、今は嘘のようだ。巨大な男のハグリッドが腰を落ち着け、場の空気は少しだけ現実に引き戻されていた。
それでも、ハリーの胸の内は落ち着いてはいなかった。
「……ホグワーツって……」
口に出しただけで、心臓が跳ねる。そこは立派な魔法使いとなるべく、魔法を学ぶ学校だと思う。両親が魔法使いだったこと、自分が魔法を学べることが、いまだ信じきれない。けれど、否定する理由も見つからなかった。
「そこでは、魔法を学べるんだよね?」
確認するようにハリーが言うと、ハグリッドは大きく頷いた。
「おうとも。魔法使いとして生きていくために学ぶ場所だ。魔法生物、呪文、植物、あー、全部だ!」
その言葉に、ハリーの目が輝く。
「じゃあ……僕、魔法使いになれるんだ、父さんや母さんのように」
それは、疑問というより確信に近い声だった。
アイラは隣で、静かにそれを聞いていた。ハリーほど感情を表に出してはいないが、胸の奥がざわついているのを自覚している。空想だと思っていた魔法の存在を実際に身に着ける。魔法がまだどんなものか分からないけれど、不可能を可能にできる。
魔法使いならば、立派な大人になれば、自由に世界を旅できるかもしれない。
でも現実的に考えるべきは、目の前のことだ。
理想は胸の奥に秘めておいたほうが、のちのち後悔しない。
自分の目で魔法の世界を見て、魔法を使えるようにならなければ、きっと信じきれない。
「……あの、ホグワーツって、どこにあるんですか?」
アイラがそう尋ねると、ハグリッドは少し考えるような仕草をしてから答える。
「スコットランドの駅、そっからだ。ホグワーツは、そっから列車で行くことになっちょる」
その瞬間、ペチュニアがはっと顔を上げる。
「スコットランド……? そんな遠く……」
思わず漏れたような声だった。
そんなペチュニアの表情から、アイラは家から遠く離れていることを理解する。
アイラは、さらに質問を重ねる。
「その、どうやって、通えばいいのでしょうか?」
「いや? ホグワーツには4つの寮があるぞ? 生徒みんなそこで生活しちょる」
それは魔法界では常識なようなことだ。ハグリッドは、何も知らなそうなアイラやハリーの様子に首を傾げる。
その言葉が、空気を切り裂いた。
「……あの、いいです……かね?」
アイラは、ペチュニアに許可を求めた。期待と不安が入り混じった、素直な問いかけだ。小学校の行き帰りでさえ、早い門限厳守、寄り道は厳禁と言われてきたから。
当然のように、ペチュニアは即座に首を振って否定する。
「だめよ」
きっぱりとした拒絶だった。
「そんなところに行かせるわけがないわ。魔法だなんて……そんな世界に、また……」
言葉が途中で詰まる。
次の瞬間、ハグリッドの低い声が割って入った。
「なぁ、お前さん」
それだけで、彼女はびくりと肩を震わせた。
「お前さんがどう思おうと、2人は魔法使いだし、行く権利がある。入学資金もいらんぞ? ホグワーツにいればこの2人は毎日たらふく食える。選ぶのは、アイラとハリーだ。わかったな?」
そこには、拒絶を許さない響きがあった。
ハグリッドは、ハリーとアイラがダボダボな古着、痩せ細っている身体、顔色の悪さ、様々なことには気づいている。今すぐにでも、保護者であるペチュニアやバーノンを問い詰めたい。
ペチュニアは唇を噛みしめ、何も言い返せない。
バーノンが、ようやく口を開く。
「……今は、もう夜遅い」
低く、疲れた声だった。
「話すなら、明日にしよう。今日は……今日は色々…ありすぎた」
ハグリッドはそれを聞いて、少しだけ表情を緩めた。
ここにいる3人の子どもたちが、委縮してしまっている。
「そうだ、詳しい話は、明日だ。今日は休め、ほれほれ」
ハグリッドは自分が仕切るように、子どもたちを眠るように言う。明かりを消し、まだ多少濡れているが、外套をハリーやアイラに渡す。ダドリーには上着があるが、2人にはない。
ハリーやアイラは、その毛布ほどの大きさの外套を共有することとして、再び肩を寄せ合うように、壁にもたれかかる。まるで、狭い部屋の隅で縮こまって寝ることに慣れすぎているかのようだった。
「……ふん」
ハグリッドの不機嫌な声が漏れる。
ペチュニアは俯いたまま、小さく息を吐く。
この子たちが、自分の手の届かない世界へ行ってしまう。亡き妹のように、もう戻ってこないかもしれない。そう思うと胸の奥が締めつけられる。怒りでも拒絶でもない、純粋な不安だった。
バーノンは、そんな妻の肩にそっと手を置く。
「……大丈夫だ」
何が大丈夫なのか、自分でもわかっていない声だったが、それでも言わずにはいられなかった。彼にできるのは、キミの味方であると安心させることだけだ。
そして、1つのベッドを独占して、壁を見ていたダドリーは、今までの一連のやり取りを不機嫌そうに聞いていた。寝たふりをしていたようだったが、寝息すら聞こえてなかった。
「……僕には関係ないじゃないか」
拗ねたようにそう言って、背を向ける。
魔法も、遠くの学校も、どうでもいい。そんな態度だった。
でもハリーやアイラだけ特別に選ばれた子どもで、自分は選ばれない子どもだと、心の中で不満を抱え続けた。
やがて、疲れきっていたのか、子どもたちは眠りにつく。
大人たちは、小屋の外で大人の会話を、静かに始めた。
嵐が去った翌朝、小屋の中は不気味なほど静かだった。
夜通し吹き荒れていた風は嘘のように収まり、波の音だけが遠くで一定のリズムを刻んでいる。雨に叩かれ続けていた壁も、今は湿った匂いを残すだけで、軋む音ひとつ立てていなかった。
アイラ・ポッターは、いつもの癖で誰よりも早く目を覚ます。
目を開けた瞬間、天井が低いことを認識し、ここがダーズリー家ではないことを思い出す。階段下の物置ではなく、荒れた海に囲まれた小屋の床だ。外套は重くて温かかった。いつのまにか背中を床につけていたが、眠れないほどではなかった。
隣を見ると、ハリーはまだ眠っている。口を少し開けて、珍しく穏やかな顔をしている。現実で聞いた魔法の世界が楽しみで、夢の中でもいろいろと想像して楽しんでいるのかもしれない。
アイラは、ハリーを起こさないように、そっと立ち上がる。
周囲を見渡せば、ダドリーはベッドに丸まって寝ていて、ペチュニアは古びたソファに座ったまま浅い眠りに落ちている。バーノンも妻を支えるように隣で目を閉じていて、眉間に皺を寄せたまま目を閉じている。
ハグリッドだけが、起きていた。
巨体を小さく折りたたむように椅子に腰掛け、湯気の立たないカップを手に持っている。その目は半分閉じているが、眠ってはいない。
「おはようだ、アイラ」
低く、だが柔らかな声だった。
何か考え事でもしていたのだろうか、たぶん一睡もしていない。
だが、よほど体力があるのか、全く疲れた様子は見せない。
「……おはようございます」
アイラは、見上げるほど大きな顔をまっすぐ見て、そして丁寧にお辞儀する。
そのやり取りだけで、誰かが起きることはなかった。ハグリッドはそれ以上声をかけず、ただ小さく頷いた。
アイラは自然と、何か仕事を探すように小屋の中を見回す。しかし、ここにはいつものキッチンも、掃除道具もない。朝食を作ることもできないだろう。バーノンが家から持ってきたお菓子、砂糖漬けの果物の缶詰めを、朝食としそうだ。
ペチュニアが聞けば、きりきりと叱りそうな食事メニューである。
何もしなくていい時間だ。
それが、ひどく落ち着かなかった。
しばらくして、ペチュニアが身じろぎをして目を覚ます。アイラと視線が合い、一瞬だけ驚いたような顔をする。だが、すぐに視線を逸らし、何も言わずに姿勢を落とした。
何か言おうとしていて、でも言えない姿だった。
やがて、全員が起きる頃には、小屋の中にはぎこちない朝の空気が漂っていた。誰も昨夜の話を持ち出さない。
バーノンもペチュニアも、ホグワーツに行くことについて、賛同も否定もしない。まるで、もう語りたくないかのようだった。
何度か、視線は感じた。
ペチュニアは、アイラやハリーを見ては、すぐに目を伏せる。バーノンは口をへの字に結んだまま、黙って腕を組んでいた。ダドリーは眠気と不安が混じった顔で、落ち着きなく辺りを見回している。
ハグリッドは、そんな様子を一通り確認して、持ってきていた荷物を纏めながら、大きな手でその中の箱を拾い上げる。
「そうそう、忘れちょった」
そう言って取り出したのは、箱だった。
白い紙で包まれ、ところどころが歪んでいる。運ぶ途中で何度も揺れたらしく、濡れたまま、一晩放置されていた箱らしい。
箱を開けると、中には大きなホールケーキが入っていた。
厚みがあり、白いクリームの上に不格好な文字で名前が書かれている。だいぶ崩れてはいるが、間違いなくケーキだった。
「お前さんたちに、誕生日のお祝いにな」
その言葉に、ハリーが目を見開いた。
「……え?」
「お前さんたちの誕生日だろう? ちゃんと祝わにゃならん日だ」
アイラは、思わず息を止めた。
ハリーは、言葉を失ったままケーキを見つめている。
いつもはダドリーたちだけですべて食べていて、決して2人が食べさせられなかったものの1つだ。
「……僕たちの?」
「そうだとも。半分ずつだぞ? アイラの分まで食べてしまうなよ?」
ホールケーキを木のテーブルに置いてから、ハグリッドは誇らしげに頷き、ハリーの頭をガシガシと撫でながら笑った。
「わかってる!」
ハリーは目を輝かせる。
見るからに甘そうなケーキを、2人では食べきれないほどの量を、食べられるのだ。
しかし、周りは沈黙している。特に、ダドリーがお腹の音を立てて、よだれすら出ている。昨日は移動中に軽食を取ったくらいで、満足に食事ができていなかった。空腹で我慢の限界だった。
それに、ハリーとアイラの物は、自分たちダーズリー家が慈悲で与える物だけだったはず。ダドリーは子どもらしく、自分の両親に目線で必死に頼み込むが、厳しい表情で首を振られた。
「……え?」
今まで、そんな表情は向けられたことはなかった。
まるで自分が悪者扱いされた気分だった。
アイラは、そんなダーズリーの家族の様子をしっかりと見ていた。
「……みんなで、食べましょう」
自然に、そう口にしていた。
ハリーが一瞬だけこちらを見る。自分と妹へのプレゼントだと思っていたのだろう。その気持ちは伝わってきた。それでも、アイラは視線を逸らさない。
「こんなに大きいし、私たちだけじゃ食べきれないと思う」
「……うん」
妹にそう言われて、少し不満そうにしながらも、ハリーは頷いた。
アイラは、持ってきた荷物から紙皿とナイフとフォークを取り出し、ケーキの前に座った。包丁やケーキナイフなどではなく、なんとか均等になるよう、慎重に切り分けていく。
不格好だが、六等分である。
自分、ハリー、ダドリー、ペチュニア、バーノン、そしてハグリッド。
「おぉ、俺や……こいつらの分までか?」
ハグリッドが感心したように言う。
「はい」
素直に頷いてアイラは、ケーキとフォークの乗ったお皿を、1つ1つ手渡していく。
「……いいの?」
ダドリーは恐る恐る、ペチュニアやバーノンの様子を見る。両親は視線を落としながら頷いて、彼はすぐに夢中になって食べ始める。
「……ん!」
ハリーもまた、トーストにかぶりつくかのように、思いきってケーキを口に入れる。相当美味しかったらしく、とても興奮している。アイラも食べてよ、みたいに焦らせてくる。
一口目を口に入れた瞬間、アイラは言葉を失う。
甘い。
ただ甘いだけではない。口の中でほどけるような感触と、後から広がるやさしい味。噛むたびに、今まで知らなかった感覚が押し寄せてくる。
普段食べているトーストより、ずっと甘くて、ずっと柔らかい。
まるで水のように口の中で溶けていく。
アイラもまた、ほんのりと笑顔を浮かべた。
いつもの数倍のスピードで平らげていく。
ハグリッドは、小さなフォークでほんのちょっぴり、口に入れる様子を見せる。子どもたちが食べている空気に合わせるかのようだ。
ペチュニアとバーノンも彼を自然と真似て、ゆっくりと、味だけ確かめた。
そうしているうちに、子どもたちの皿は、すぐに空となる。
そんな様子を見て、ハグリッドが立ち上がる。
「ほれ、まだ残っちょる。2人で分けたらどうだ?」
そう言って、食べ掛けだが、自分の皿をハリーやアイラの前に差し出す。
「アイラの分は……これでいいわ」
それをきっかけに、ペチュニアは静かに皿を置き、アイラへ押しやった。バーノンは、何も言わずにダドリーの皿へと残りを移す。
アイラは、席を立ったまま自分に背中を向けているペチュニアと、目の前のケーキを、交互に何度か見てから。
「……ありがとうございます…ペチュニアさん」
「……どういたしまして…アイラ」
再び甘さが口の中に広がり、アイラは不思議な感覚に包まれていた。
非日常の前の、日常の何気ないやり取り。
心が温まるかのようであり、態度の変化はどこか寂しくもあった。
これからアイラにとっての日常は大きく変わっていく。まるで雛が初めて飛ぼうとしてみせるかのように、もうすぐ『家』から離れていくのだろうと思えた。
広い世界を旅してみたいから、きっと自分はそんな巣立ちを選ぶ。