ハリー・ポッターの呪われた双子   作:フォンテ

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第6話 ダイアゴン横丁①

 

 ハグリッドが思い出したかのように、買い出しを提案した。

 ホグワーツ生はリスト通りに、教科書などを持ち込まなければならないらしい。

 

 小屋を出る準備は、驚くほどあっさりと終わった。

 

 持っていく荷物がほとんどないのだから当然だった。

 アイラとハリーの持ち物は、身に着けているダボダボな古着と、昨夜ハグリッドから渡された手紙くらいのものだ。替えの服も、靴も、鞄もない。今までの生活では、それで何も困らなかった。

 

 困るとすれば、これからだろう。

 アイラもハリーも、自分で扱えるお金は持っていない。

 

 優しそうなハグリッドがいくらか払ってくれるかもしれないが、あくまで両親の知り合いというだけで、それに頼りきることには不安が残る。

 

 小屋の外に出ると、潮の匂いが鼻を突く。昨夜の嵐が嘘のように、海は静かだった。灰色の雲はまだ残っているが、風は穏やかで、空はゆっくりと晴れようとしている。

 

 アイラは、足元を確かめるように一歩踏み出した。濡れた地面は滑りやすく、靴底はすり減っている。慎重に歩かなければ、簡単に転びそうだった。

 

 隣では、ハリーが同じように足元を気にしている。昨日まで気にしたこともなかったのに、今日はやけに自分の服装や靴が目についた。

 

「……ねえ、アイラ、ロンドンって、どんなところなんだろう」

 

 ハリーの小さな声だった。期待と不安が、どちらも混ざっている。

 

「人が多い、っていうのは聞いたことある」

 

 アイラは、知っている範囲で答える。知識にはあるが、実際に行ったことはない。自分たちの生活圏とは、明らかに違う都市部だ。

 

 そんな会話を聞いていたハグリッドが、前を歩きながら振り返る。

 

「でかいぞ。建物も、人もな。だがまぁ、迷子にならんよう、俺についてくりゃええ」

 

 そんな言葉に、ハリーは少し安心したように頷いた。

 

 背後では、ダーズリーの家族たちが黙ったまま立っている。

 ペチュニアは、アイラとハリーを交互に見て、何か言いたそうに唇を動かすが、結局声にはならなかった。

 

「……迷子にはならないようにしなさい」

 

 それだけだった。

 アイラは、きちんと向き直る。

 

「はい、いってきます」

 

 はっきりした声で、丁寧にお辞儀する。

 

 バーノンは腕を組んだまま、険しい表情を崩さない。ダドリーは、不満そうに唇を尖らせながらも、じっと2人を見ていた。自分もロンドンに遊びにいきたいなど、なんだか今は思わなかった。

 

 ハグリッドはこれからハリーやアイラを一時的に預かって、魔法界に連れていくことになる。そこには輝かしい未来もあれば、襲い掛かってくる闇も潜んでいる。まして、ハリーとアイラは、生き残った双子だ。きっと過酷な運命が待ち受けていることだろう。

 

 ペチュニアやバーノンに向かって、任せろと目線で伝える。

 

「行くぞ」

 

 それが合図だった。

 

 

 

 ロンドンは、様々な音が響いていた。

 

 人々の声、車のエンジン、どこからか流れてくる音楽だ。すべてが重なり合い、絶え間なく流れ込んでくる。ぶっちゃけうるさい。空気は少し重く、排気と石の匂いがする。

 

 迷わないよう、迷わせないよう、アイラは、無意識にハリーの袖を掴んだ。

 

「……すごい」

 

 ハリーは、目を丸くして周囲を見回している。今まで見たことのない景色ばかりだった。建物は高く、人は多く、誰もこちらを気に留めない。

 

 その中で、自分たちだけが場違いに感じられた。

 

 ダドリーのお下がりでサイズの合わない古着で、丈の合わないズボンで、擦り切れただ。

 急に、それらがはっきりと『異常』だと主張してくる。

 

 ハグリッドは、2人の様子を横目で見ていた。

 

「……買い出しの前に、だな」

 

 足を止め、建物の並ぶ通りを指さした。

 

「先に、服と靴だ。魔法界に行く前に、だ」

 

 ハリーは一瞬きょとんとする。

 

「え? でも……」

 

「今のままでも、行けなくはねぇ。だが、どうせ必要になるもんの1つだ」

 

「……ありがとうございます」

 

 自然と、アイラはお礼を言っていた。

 この古着は、ダーズリー家から借りているようなものだ。たとえもう捨てるものであるとはいえ、持っていくことは許可されないかもしれない。

 

 これからは、自分の物を得て、考えて使って、自分で管理していかなければならない。

 

「その……でもお金が……」

 

「そんなもん、俺が払っちゃる」

 

「誕生日、だから?」

 

 ハリーが期待するように尋ねた。誕生日だから、今日のうちならいろいろ買い与えてくれるかもしれない。

 ハグリッドは、豪快に笑った。

 

「ははっ! まぁ、誕生日でもあるがな。だが、頼まれりゃ、いつだって買ってやるさ」

 

 その一言は、軽いようでいて、重かった。

 

 条件も、理由もいらない。

 それがどれほど特別なことなのか、2人にはすぐに分かった。

 

 通りの一角にある、実用的な服を扱う店に入る。派手さはないが、丈夫そうな生地が並んでいる。でも、ハリーもアイラも、服の買い方すら知らない。

 

 ハグリッドという大男に、店員もビビるが、そこは商売人として接してくれる。どこからか子どもを誘拐してきたのようだが、双子の兄妹にそんな様子は見られない。サービスで、サイズを測り、驚いたように眉を上げる。

 

「……随分、細いですね」

 

 それ以上は何も言わなかった。

 相当の訳ありだと思いつつ、子ども服や靴の準備に取り掛かることとする。

 

 アイラには、動きやすいズボンと、長く使えそうな上着を選ぶ。彼女の希望通り、色は汚れが残らなさそうなグレー、縫製はしっかりしている。ハリーも好みがあるわけではなく、同じような基準で選んでいた。

 

 おしゃれよりも、実用性で。

 生きるための服だ。

 

 でも、新しい靴を履いたとき、床を踏みしめる感覚がまるで違った。

 

「……軽い」

 

 ハリーが、ぽつりと呟く。

 アイラも、自分の足元を見て、静かに頷いた。

 

 ハグリッドは満足そうに2人を見下ろした。

 

「よし。次だな」

 

 これから向かう先にあるのは、普通の人間の世界では見えない仕掛けがある。

 それは、魔法界への入口だった。

 

 

 

 

 ハグリッドは通りを抜け、人の流れから少し外れた場所へ向かった。

 

 ロンドンの喧騒は、通り一本隔てただけで嘘のように遠のく。人通りの少ない路地裏は、湿った石の匂いがして、どこか閉塞感があった。

 

 アイラは、無意識に周囲を観察する。

 人目がない。監視の目もない。だが、危険というより、隠されている感覚だった。

 

「……ここ?」

 

 ハリーが小声で尋ねる。

 

 そこにあるのは、古びた大衆酒場だった。看板には《漏れ鍋》と書かれているが、通りを行き交う人々は、誰一人としてそこに視線を向けない。まだ午前中とはいえ、開店しているのに、まるでその店の存在に気づいていないかのようだ。

 

「おうとも。魔法使いの溜まり場だ」

 

 ハグリッドは当然のように扉を押し開けた。

 

 中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。

 外よりも暗い。だが、嫌な暗さではない。年季の入った木の匂い、酒のきつい香りだ。ざわめきはあるが、どこか落ち着いている。

 

 大人たちの視線が集まる。

 まずは大男のハグリッドへ、そして彼の膝裏から顔を出しているかのような、黒髪の双子だ。

 

 ここに子どもを連れてくること自体が珍しいが、少年の額の稲妻が走ったかのような傷が、どうしても大人たちの目に入る。

 

 その稲妻の傷は、もう何年も前の逸話だったはずだ。

 その日は、まさしく闇が晴れ、お祭り騒ぎだった。

 

「おや……」

 

「まさか……」

 

 ひそひそとした声が、確実に2人の耳にも届く。

 

 ハリーは、背筋を伸ばして歩いた。自分が見られている理由は分からない。ただ、逃げてはいけない気がした。

 

 アイラは、自分も見られている感覚を受けつつも、気にせずハグリッドについていく。

 

「……久しぶりだね、ハグリッド」

 

 カウンターの奥にいる老人も、目を細めた。

 

「おう、トム。3杯ほど水を頼む」

 

 水という選択に、アイラは少しだけ驚いた。

 ハグリッドは酒を飲みそうな見た目をしているが、子どもたちがいることを忘れていない。しかも今は一時的だが、2人の保護者だ。

 

 巨大なジョッキと、2つのグラスが机に並べられ、華麗に水が注がれる。ハグリッドはグラスを指でつまんで、2人へ渡す。

 

「飲んどけ。緊張しとるだろ」

 

 言われて初めて、喉が渇いていることに気づいた。

 水を飲み干すと、少しだけ緊張が解けた気がした。

 

「さて……行くぞ」

 

 ハグリッドは、パブの裏手にある中庭へと向かう。

 

 そこには、ただレンガの壁があるだけだった。

 古く、ひび割れていて、苔すら生えている。

 

「……ここ、なんですか?」

 

 アイラが確認するように言う。

 これでは明らかに行き止まりである。

 

「そうだ」

 

 ハグリッドは、傘の先で煉瓦を数えるように叩いていく。

 

 三つ上、二つ横。

 軽い音が響いた瞬間。

 

 煉瓦が、動き始める。

 

「わぁ!」

「え……」

 

 ハリーは、期待する。

 アイラは、呆然と見つめる。

 

 まさしく魔法だった。煉瓦が音を立てて回転し、ずれて、地面に引き込まれていく。まるで巨大なパズルが解かれるように、壁の中央が割れる。

 

 そして、道が現れる。

 目の前に広がっていたのは、まったく別の世界だった。

 

 石畳の通り、奇妙な看板、そんな街並みであり。

 

 そこを歩くのは私服の者もいれば、絵本に描かれているかのような典型的なローブを身に着けた魔法使いがいる。空には自由にフクロウが飛び交い、店先には魔法の道具が並び、誰もそれを不思議だと思っていない。

 

「……ここが」

 

 ハリーの声が震える。

 

「ダイアゴン横丁だ」

 

 ハグリッドの声は、どこか誇らしげだった。

 

 アイラは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 

 この世界は、確かに存在していた。

 空想でも、物語でもない。

 

「そんで、お前さんたちの金だな」

 

 ハグリッドは頷いた。

 

「僕たちの?」

「あの、持ってません」

 

「おうとも。そのためのグリンゴッツ銀行だ。お前さんたちの金は、ちゃんと残してくれちょる」

 

 自分たちのお金。

 その言葉は、重かった。

 

 今まで、自分たちが持つことを許されなかったもの。

 それを誰かが残してくれている。

 

 もしかすると、顔も見たことのない両親なのだろうか。

 

 期待と不安が入り混じるが。

 今は、早くこの魔法界の光景を、しっかりと自分の目で見て回りたかった。

 

 ダイアゴン横丁の通りは、だいぶ狭かった。とても密度がある。視線を向けるごとに、新しい情報が押し寄せてくる。

 

 ガラス越しに動く箒があり、勝手に鳴き声を上げる羽根ペンがあり、瓶の中で渦を巻く色とりどりの液体がある。どれも現実離れしているのに、ここでは日用品のように並んでいる。

 

 ハリーは、歩くたびに首を動かしていた。目が足りない。どれも見逃したくなかった。

 

「すごい……全部、本物なんだ」

 

 独り言のような声だった。

 

 アイラも同じだ。だが、彼女は一つ一つを確かめるように見ていた。楽しさと同時に、この世界で生きていく現実を測っている。

 

 これがこれから生きていく魔法の世界、そう思うと、胸の奥が静かに引き締まった。今まで学んできた常識が、まるで通用しないだろう。幸いにして言葉は通じるようだが、いきなり海外旅行をさせられている気分だ。

 

 ハグリッドは2人の歩調に合わせ、少しゆっくり進む。

 

「ここが銀行だ。買い物は、それからだ」

 

 通りの奥に見えてきたのは、他の建物とは明らかに異なる外観だった。

 

 白くそびえ立つ建物。直線的で、冷たい印象を与える石造りの正面には、《グリンゴッツ銀行》の文字が刻まれている。

 

 その入口の両脇には、小柄な存在が立っていた。

 

「……人じゃない」

 

「……ん」

 

 ハリーが息を潜めて言い、アイラが頷く。

 背は低いが、顔立ちは鋭く、指は長い。目が合った瞬間、値踏みされている感覚がした。

 

 しかし敵意は感じない。

 魔物のような類いではなさそうで、人間と共存している。

 

「ゴブリンだな」

 

 ハグリッドが低い声で説明する。

 

「話が通じるやつらだが、金勘定と警備にかけちゃ、世界一だ。失礼のないようにな」

 

 ハグリッドの膝裏に隠れるように、でもハリーとアイラは衛兵にお辞儀する。中に入っていくと、空気が一段と張り詰める。

 

 大理石の床で、高い天井で、無数のカウンターだ。ゴブリンたちは硬い表情で帳簿をつけてている。金属音と羽根ペンの走る音が、規則正しく響いていた。

 

 ここでは、誰も笑っていない。

 まさしく職場であり、厳格な場所だ。

 

 アイラは、自然と背筋を伸ばした。ここは遊びの場所ではないと、空間そのものが告げている。

 

「ポッター家の金庫を頼む」

 

 カウンターの1つで、ハグリッドがそう告げると、ゴブリンは眉を動かした。

 

「鍵は」

 

「あー、これだ、あるとも」

 

 そう言って、ハグリッドはコートの内側から小さな金の鍵を取り出す。

 それを見た瞬間、ゴブリンの態度が変わる。

 

「……確認しました」

 

 短くそう言って、別のゴブリンを呼び寄せる。

 

「案内しろ」

 

 ハリーとアイラは顔を見合わせた。

 

 奥へ進むと、地下に続く昇降機があった。金属の檻のようなそれに乗り込むと、急激に下へと降りていく。

 

 耳がきん、と鳴った。

 やがて止まり、さらに奥へ向かう。

 

 細い通路、分岐、暗がりで、どれも迷路のようだ。

 ハグリッドにしがみつくように、トロッコに乗り、洞窟を駆け抜ける。途中で本物のドラゴンがいた気がするが、それを見る余裕もない。

 

 たどり着いたのは、重厚な扉である。

 

 ゴブリンが鍵を差し込み、回す。

 低い音と共に扉が開いていく。

 

 中には、金貨や銀貨、青銅色の硬貨が、整然と積まれている。

 

「……わぁ」

「これが…全部……?」

 

 言葉が出なかった。

 

 ハリーは、目を見開いたままゆっくり近づく。

 アイラは、思わず後ろに下がってしまう。

 

 まさしく両親が生きていた証だ。自分たちのために残された、未来への支えだ。会ったこともない両親の愛が感じられるかのようだった。

 

 ハリーは、きっと感動していることだろう。

 アイラは、とっくに諦めていたものをまだ受け入れる余裕はなかった。

 

 ハグリッドは、少しだけ視線を逸らしながら言う。

 これほどの大金を、まだ幼い子どもたちが担うこととなる。この存在に気づかれれば、私利私欲を考える者たちが、2人にすり寄ってくるだろう。もしも許されるのならば、自分が戸籍上の保護者になりたいくらいだった。しかももっと前の時期から、そうでありたかったほどだ。

 

「必要な分だけでええ。全部を持ち出す必要はねぇ」

 

 しかしハグリッドも尊敬しているダンブルドアが、あのダーズリーの家族が住む場所を『家』としなければならないとおっしゃっていた。きっと何かとても大事な理由があるのだろう。

 

「いいか、俺が言うだけ、この袋に詰めるんだ。そして街では絶対に見せびらかすんじゃないぞ」

 

 その言葉に、2人は同時に頷いた。

 ここから先は、もう与えられるだけの子どもではいられない。

 

 金貨を詰めていくほど、2人の細腕にはとても重く感じた。

 

 買うものを選び、お金を使い、所有物として管理する。

 自分たちの判断で、魔法界では生きていくこととなる。しかも他の子どもたちよりも、ずっと早い『自立』である。

 

 学校に通っている間も、護られるだけでなく、きっと様々な選択が必要となるだろう。そして同時に責任も発生するだろう。

 

 それでも、ハリーも、アイラも、前に進んでいかなければならない。

 

 

 

 

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