ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
次に向かう書店は、さらに奥まった場所にあった。
外観は古く、窓ガラス越しに見える棚はぎっしりと本で埋まっている。扉を開けた瞬間、紙とインクの匂いが鼻をくすぐった。乾いた匂いだが不快ではない。むしろ落ち着く。
思った以上に広かった。背の高い書棚が何列も並び、天井近くまで本が積み上げられている。脚立を使って上の棚を整理している店員の姿も見えた。
ハリーは、入った瞬間に声を上げそうになって、慌てて口を押さえた。
「……全部、本?」
「全部だ」
ハグリッドが頷く。
いくつも本が浮いている光景もあって。
思わず二度見したが、本に犬のように噛みつかれそうになって、杖を振って戦っている店員もいた。
「ここはほとんど勉強のためのもん。ホグワーツから指定されるような教科書も、当然全部揃っちょる」
そう言われて改めて見回すと、確かに派手な表紙は少ない。厚く、重そうで、文字が詰まっている本ばかりだ。元々はダドリーに買い与えられ、そのお下がりで読んでいた絵本などは、ここにはなさそうだ。
アイラは、背表紙の文字を追いながら、ハグリッドについていく。『呪文学基礎』『魔法史 第一巻』『初等魔法薬学』。幸いにして、魔法界だろうと字は読める。まだ海外留学よりは難易度が低そうだけど。
でも、どれも今まで一度も触れたことのない分野だった。
通っていた小学校で習っていた内容より、ずっと難しそうだ。
店員が近づいてきて、買い物リストを見る。
「新入生用ですね。こちらですよ」
女性店員に案内された棚には、同じ装丁の本がずらりと並んでいた。
「重いから、気をつけてね。まだ2人は1年生だから、安全だけどね」
「……レンガみたい」
「読むより、持つだけで大変そうだね」
ハリーは持ってみる。アイラもなんとか持ち上げてみる。
それに、学年が進むごとに、安全ではない本が増える気がしていた。
ハリーは1冊1冊を嬉しそうに次々と重ねていく。小学校の教科書だとここまで喜んでいなかった。これで学んでいくんだと、どこか誇らしげだった。
アイラは、自分が持つことのできる重さを確認しながら、慎重に少しずつ、カウンターまで運ぶ。まるで家事の延長のような動きになっていた。
羽根ペンとか、インクとか、それらも購入した。
書店を出てからも、そのほか必要なものを買い揃えた。
持ってきた金貨は袋からどんどん減る。
所有物は自分たちでは持ちきれないほど増える。
ハグリッドの全身は荷物の包みだらけである。2人分はさすがに彼も厳しくなってきたが、ハリーやアイラが気兼ねなく買い物できるように、笑顔を浮かべ続けた。
「そろそろ杖……いや、ここならフクロウの店が近いぞ?」
「動物? そういえば、1匹までなら飼っていいって」
「……ん」
ハリーがそう視線を向けると、アイラはずっと握っていた買い物リストを読み直して頷いた。フクロウ、猫、ヒキガエルという指定であり、どういう選び方なんだろうと思った。
「ホグワーツの生徒だけじゃねぇぞ。魔法使いの連中で、フクロウを飼ってるやつは多い。いいか、フクロウ、猫、ヒキガエル、このどれか1匹だぞ?」
「その中なら、フクロウがいいや」
ハリーは素直に答える。きっと1番カッコよさそうなペットだと判断している。
「アイラはどうだ? フクロウは手紙を届けてくれる。魔法界の猫は賢いし、ヒキガエルもかわええぞ?」
「私は……えっと…フクロウを見て決めます」
どれにするか、というより、まず飼うかどうかを悩んでいた。
リストには、あくまで1匹だけ飼うことができるという書き方がされている。つまり希望者だけだろう。必要になりそうならば、購入も検討するが、きっと高い買い物となるだろうし、それにまだまだ頼りない自分が、1匹の動物の命の責任を持てる自信がなかった。
ハグリッドに案内され、そんなフクロウの店は、鳴き声ですぐに分かった。
扉を開ける前から、羽ばたく音と、小さなさえずりが漏れている。
思ったよりも整理されていた。基本はフクロウだが、入口のすぐ近くには小鳥のための止まり木が並んでいる。
「いろいろいるね!」
白い羽、茶色の羽、斑点模様、目の色もさまざまだ。
その中でも、ハリーは、まっすぐと真っ白なフクロウのところへ向かう。
アイラは足を止める。
小さな止まり木には、丸い体の小鳥たちが見つめてくる。
その中の1羽が、ふいに飛び立った。
ふわりと弧を描き、アイラの肩に止まる。
「……えっと」
困惑と不安だった。
もし驚いて首を動かしてしまえば、髪にぶつかって、小鳥が落ちるところだった。
目線を向ければ、小鳥は首を傾げ、つぶらな目でこちらを見ている。
ハグリッドにどうするか聞こうにも、部屋の奥では、ハリーと何かやり取りをしている。ハリーはすでに飼うフクロウを見つけたようで、ハグリッドがフクロウについて力説している様子だった。
「珍しいわね。この子って、人を選ぶの」
近づいてきたのは若い女性店員で、手のひらを向けてくれば、そこに移ってくれる。
ほっ とアイラは安心するように息を吐いた。
小鳥は、アイラが気になるかのように鳴く。
「でも困ったわね。ホグワーツって、基本フクロウなんでしょ?」
「そのようですね」
本当は猫とヒキガエルも含むのだが、わざわざ言うことでもないだろう。ここはフクロウをメインとして売っているようだから。
「あれがお父さん? に飼ってもらう?」
「違いますし、飼える自信もありません」
アイラは、きっぱりとお断りするように伝える。
「あら、この子、ほとんど手間のかからないわよ? やんちゃな性格のフクロウじゃあるまいし」
「お姉さんのように、もっと幸せにしてくれる人が、いると思いますから」
アイラは、まだ自分が小鳥かのような子どもだ。やっと自分の翼で飛ぼうとしているような子どもだ。自分の手のひらに乗せられるほど小さいとはいえ、確かにこの小鳥も生きている。この子の保護者になる覚悟を、まだ持つことができない。
それを理解したのか、ただ飽きたのか、小鳥は止まり木に戻っていった。
「しっかりしてますね」
店員は柔らかく笑う。
「本当にしっかりしてたら……飼ってあげられたと思います」
アイラは、ハリーの背中を見た。
すでに他の店員のところで、お金を支払っている。
真っ白なフクロウが自分から鳥籠に入って、リラックスしている。ハリーはそんな鳥籠をしっかりと両手で持ち上げた。
小鳥はまだこちらを見ている。
アイラは、目の前の若い女性店員に丁寧に会釈してから、お店の外で待つことにした。自分も、あの子も、もっと離れづらくなってしまう。
店を出て待っていると、ハリーとハグリッドが首を傾げながら、『おまたせ』と言ってくれる。アイラは、気にしないでという風に、なんとなく頷いておいた。
「さて……買うものは次で最後だな?」
ハグリッドから、行ってもいいかという視線を向けられる。
アイラは頷く。
「そうだよ! 杖だよ! さてはラストに残しておいたね?」
この空気を変えるかのように、ハリーがハグリッドに言った。
「そ、そうだとも!」
そうしてハグリッドが案内したのは、通りの端の、さらに端だ。ここがラストだったのは単純に遠かったこともあるのだろう。ひっそりと店がたたずんでいた。
他よりも暗く、古い。
看板には、埃をかぶった文字。
「オリバンダーの店?」
「中は、少し変わっとる。」
扉の前で、ハグリッドは一瞬、立ち止まった。
そう前置きしてから、2人を真剣に見る。
彼は、もう杖を失ってしまったけれど。
「そんで、魔法使いにとって、最も必要なもんだ。相棒に選ばれ、選ぶんだ」
ハリーとアイラは、同時に頷いた。
杖選びが大事なことなんだと、ハグリッドの様子から感じ取れていた。
扉を開けると、ベルの音が鳴る。
空気が、明らかに変わった。
埃と木の匂い、静まり返った店内だ。そして壁一面に、天井まで積み上げられた細長い箱。
ハグリッドは扉を開けたまま、2人の主役、そんなハリーとアイラを先に足を踏み入らせる。双子が運命に立ち向かっていくための杖選び、それが1つの運命分岐点となるだろう。
どのような運命を、選んでいくのか。
通ってきた扉はゆっくりと閉じていった。
まるで、もう後戻りはできないかのようだった。
ハグリッドは2人の背中を見つめる。
「ハリー、アイラ、ようこそだ」
魔法使いとしての人生、ここから本当のスタートなのだ。
その直後だった。
カランカランと、再びベルの音が鳴った。
背後で、扉が開かれたらしい。
新たに入ってきた1人の少年の見て、ハグリッドがはっと息を呑む。
「嘘……だろ……」
ハグリッドが彼の顔立ちを見た瞬間だった。
一瞬だけ、時間が止まったように感じられた。
背中がヒヤリと冷たくなり、呼吸が荒くなる。
優等生としての仮面、澄ましたような表情、あの顔がどうしても少年の顔に重なってしまう。
「お前さんの……」
記憶にあるその男より若く、まだ子どものようだが。
「お前さんの……名前は……」
もしも実の子どもであるならば、似ている理由も頷けてしまう。
「うおっ、でか!?」
身体全身で驚いた様子を見せ、少年は素直に感想を言った。
そんな明るい雰囲気は記憶とまるで違う。
冷たさも、歪みもない。
ハグリッドは、喉を鳴らしてから声を出す。
まだ警戒は解かないが。
「……お前さん、名前は?」
恐る恐る、少年の名を尋ねる。
「おっと、これは失礼」
紫がかった黒髪の少年は、姿勢を正す。
「俺は、ルーク・モーンヴィークです。どうぞよろしく」
フルネームで名乗った。
ハグリッドは、自分の勘を振り払うように、一度首を振った。
きっと他人の空似だ。そう思いたい。
しかし、どうしてもこれが、演技で騙されているのではないかと疑ってしまう。
「……俺は、ハグリッドだ」
「はい、よろしくお願いします」
そしてルークは、彼が腕に抱えた荷物と、2人の姿を見て、状況を理解する。
「そちらも入学準備のようですね。となれば、あの子たちは同い年なのか。ずいぶん痩せてるな?」
ハグリッドは警戒したまま、歩き始めた彼の前に立ち塞がろうとしたが。
ルークは、その前にするりと進んでいく。
悪意は全く感じられず、止めようとする気が起きなかった。
流れ続ける水を相手しているかのようだ。
「俺はルーク・モーンヴィーク、同じ新入生として、よろしく」
言葉と同時に、自然な動きで手を差し出した。
ハリーやアイラが、多少見上げるほどの高めの身長だったけど、とてもフレンドリーな少年だと感じさせる。ダドリーのように威張る様子もない。
そして何より、同じく魔法使いの見習いであり、多少の親近感がわくものだ。
「ハリー・ポッター、えっと、よろしく」
まずハリーが、その手を取った。
硬い手のひらだなと、彼は思う。
「私はアイラ・ポッターです。よろしくお願いします」
次に、アイラも握手に応じる。
まだ子どもなのに強そうだと、彼女は思う。
こうして3人目が、双子の運命と関わり始めることとなった。