ハリー・ポッターの呪われた双子 作:フォンテ
ルークが、ハリーやアイラと握手を終えたあと、店内には一瞬だけ、奇妙な静けさが落ちた。
誰も声を発していないのに、壁に積み上げられた杖箱が、かすかに軋む音を立てた気がする。空気が動いたというより、何かが目を覚ましたような感覚だ。
ハリーは、自分の手のひらを一度、ぎゅっと握りしめてから開いた。さっきまで別の少年と手を合わせていた感触が、まだ残っている。硬く、温かく、どこか懐かしさを覚える手だった。
アイラは、視線を落としたまま、赤い左目が疼くような感覚が気になっていた。激しい痛みではなく、一瞬だけジクジクと反応する感じだった。たぶん生まれつきオッドアイで、ペチュニアからは前髪で隠すように言われて、でもそれだけのことだった。だから、こんな感覚は初めてだった。
ルークは、店内を静かに観察している。棚の高さ、箱の数、埃の積もり具合、整理されているようで、どこか無秩序な配置だ。この空間が『選ぶ場所』ではなく『選ばれる場所』だということは、感覚的に理解していた。そして、自分が選ばれることになる杖はあれだな、とその方向を見て直感する。
そんな少年の横顔を、ハグリッドは横目で見ていた。
やはり背中に、嫌な汗が滲む。
似ている。
顔立ちだけではない。立ち方、視線の置き方、空気の受け止め方だ。あの男が、子どもの頃も、確かこんな風だったと、思い出してしまう。まだ出会って数分ほどなのに、天才なのだと感じさせられる。
だが、目の前の少年から感じるものは、決定的に違う。
冷たさがない。
支配する匂いがない。
どう見ても大人びてはいるが、至って普通の少年だ。でもそれすら演技で、騙されているのかもしれない。胸の奥で、警鐘は鳴り続けていた。
そんなとき、店の奥から、擦れた足音が聞こえた。
細長い通路の影から、年老いた男が現れた。白い髪は肩口まで伸び、瞳は暗闇の中でも光を失っていない。年齢を重ねているはずなのに、その視線は鋭く、何も見逃さない。
「……ふむ」
オリバンダーだった。
彼はまず、ハリーとアイラを見た。次に、ハグリッド。そして最後に、ルークへと視線を移す。
その瞬間、ほんのわずかに、眉が動いた。
「今日は、にぎやかですね」
静かな声だった。感情はほとんど読み取れない。
「新入生が三人とは。珍しい」
「あー、双子と、もう一人だ」
代表してハグリッドが低く答える。
彼は、ルークに話の主導権を任せてはならないと思っていた。ハリーやアイラが、魔法使いとして、そして運命を立ち向かっていくスタートだ。もしもそんな大切な決断を、歪められることがあってはならない。
「この子らが、ホグワーツに入学するんでな」
そう言って、ハリーとアイラの肩を持って店主に見せる。横目にちらりと見れば、ルークは順番待ちをしているようで、観察しているようで、だが何かを仕掛けてくる兆候は全くない。
「そうですか」
オリバンダーは、ゆっくりと歩み寄りながら、ハリーの額に視線を留めた。
「その傷……」
ハリーは反射的に一歩下がりそうになる。
「……いえ、その顔立ちですね。覚えていますとも」
老人は、懐かしむように言った。
「あなたたちの両親が、それぞれ、ここで杖を選んだ日のことを」
ハリーは、言葉を失った。
自分の両親を知っている人間が、また1人増えた。その事実が、胸の奥でじんわりと広がっていく。
「では、まずはあなたからにしましょうか」
オリバンダーは、ハリーに向かって言った。
「杖は、魔法使いを選びます。焦る必要はありません」
「……はい」
ハリーは、深呼吸してから一歩前に出た。
まるで儀式を受けているかのような感覚だった。
巻き尺は勝手に動き出す。腕の長さ、肩幅、足のサイズ、ほかにも耳から鼻先まで、あらゆる箇所を測られていく。くすぐったくて、落ち着かない。
それが終われば、オリバンダーは棚に向かい、いくつもの箱を取り出していく。
「まずは……これを」
ハリーが杖を握った瞬間、店の奥で何かが爆ぜた。
アイラは身の危険を直感したように、咄嗟にカウンターから離れた。それからすぐ、火花が散り、あちこちの棚が揺れる。
「ふむ、違いますな」
次の杖へ、さらに次の杖へ。
ハリーは試すように杖を振る。
風が吹き荒れ、積まれた箱が床に転がる。アイラはハグリッドの巨体を本能的に盾にするように隠れて、暴走するような魔法の余波から逃げていた。
まるで、ハリーの魔力と杖が喧嘩し合っている。
様々な杖が使われたがるが、彼の魔力の質に反発している。
ハグリッドはアイラを護りながら、ハリーの才能に驚いていた。杖選びは難航する者が多いとされているが、ここまで激しくなる話は聞いたことがない。
「これでもない、これでもない、これでもない」
オリバンダーが次々と杖を持ってくる。もう何本振っただろうか、ハリーの腕は少し疲れてきていた。
だが、オリバンダーの目は、次第に鋭さを増していく。
「……なるほど」
老人は、ひとつの箱を持ってきて、慎重に、丁寧に取り出した。
何年も埃をかぶっていたような杖だが、まさしく不死だと感じさせられ、決して杖に衰えを感じさせない。
「やはりか……これを試してみなさい」
ハリーが杖を握った。
その瞬間に、温かい衝撃が、手のひらから腕へ、そして胸へと広がる。
金色の火花が、柔らかく弧を描いて宙に舞う。
祝福されたかのようだった。
「……あ」
思わず声が漏れる。
心臓が、強く脈打った。
「不死鳥の尾羽、ヒイラギの杖、11インチ」
オリバンダーは、真剣に低く言った。
「非常に……興味深い」
ハリーは、言葉もなく杖を見つめている。
それから彼は、オリバンダーから小さな声で何かを伝えられているようだった。
だいぶ長く、ハリーにだけ聞かせるかのようだ。
「……なんだろ」
やっと嵐が収まったかのようで、アイラはほんの少し顔を出して、ハリーの様子を見た。
まただ、自分の左目の奥が、熱を持っている。耐えられないほどではないが、思わず左目は前髪の上から抑えてしまう。
「次は、あなたにしましょう」
オリバンダーは、アイラに視線を向けた。
「……はい」
アイラは、静かに前に出た。
巻き尺が動く。彼女は微動だにせず、指示を待った。
測られている最中も、周囲の空気を読むように、無意識に呼吸を整えている。
「落ち着いていますね」
「……そうでしょうか」
頷いてオリバンダーは、少しだけ口元を緩めた。
杖が選んでくれるというのなら、じっとしていればいいだけだ。なんと楽なことだろうか。ハリーのように、次々と試していけば、やがて選ばれるだろう。
オリバンダーは、じっくりと悩んでいる。
ハリーの時はすぐに試させていたのに、だ。
「……やっぱり」
ハリーが選ばれた者だろうけど、自分はそうではないのかもしれない。
兄がいつか『家』から飛び出そうと、昔から反抗するようにあがいていたが。
自分は、今まで受け入れ、どこか諦めていた。兄が手を引っ張ってくれて、ハグリッドが背中を押してくれて、そのおかげできっとここにいる。
魔法の世界で楽しみなことはあるけど、恐怖や不安もあって。
普通に学んで、普通に大きくなって、自由に世界を旅してみたい。
「ふむぅ……」
まだオリバンダーは悩んでいる。
ハリーも、ハグリッドも、ルークも、何も声をかけてこない。
アイラはぐるりと店内を見渡した。どれもすごそうな杖で、この店の歴史を感じた。もしも強い杖なら、きっと自分はその強さに頼ってしまうだろう。その結果、暴発でもして誰かを傷つけてしまうかもしれない。ハリーが杖を試していた時に、そう思った。
「……どれも合うようで、どれも合わない」
オリバンダーはまだ杖を持ってこないし、ハリーの時のように試すこともない。
また見渡していると、ふと気になる箱があった。
古い箱がたくさんある中で、新品の綺麗な箱で、どこか神秘的なものを感じる。それと、かすかな怯えも感じる。周りの大人な杖に囲まれていて、人見知りかのようだ。
まだ子どものようで、自分もまだ子どもで。
あの杖と一緒なら、ゆっくりと、地道に、成長していけるだろうか。
「……おぉ」
オリバンダーが気づいたように、その箱がある場所に向かっていく。
アイラの中では、どうしてという疑問と、あれがいいという期待があった。
「いやはや、もうこの杖が出ていくことになろうとは」
カウンターに置いて、丁寧に箱を開けて、包みを開ける。
「柳の木、ユニコーンの毛、9インチ」
その杖は、完全にまっすぐではなかった。
半分くらいでしなやかに曲がって、またまっすぐ伸びている。
黄色の塗料なのだろうか、不思議な縞模様も描かれていた。
「試してみるといい」
「……はい」
深呼吸してから、アイラが握ると杖は静かだった。
ハリーが杖を握った時と違って、何も起きない。
同じ双子でも、魔力の質や量に、大きな差があるんだろうかと、アイラは不安になる。
「力強さではない。安定、忠誠、暴発しづらい。あなたを支えるための杖です」
「……そうなんですね」
アイラは、確かに求めているような杖だと実感できた。
派手な魔法で戦っていくよりも、生きていくための学びが、自分が求めているんだろう。壊さず、守り、続けるための何かだ。
「アイラも決まったんだね!」
「……ん」
ハリーが笑顔で近づいてくる。
どうやら待ってくれていたようで、一緒に喜びたかったんだろう。
ハリーは、持っていた杖を再び見つめた。重さを確かめるように、握り直しては、また緩める。そのたびに、胸の奥が微かに温かくなる。
「……これが、僕の」
独り言のような呟きだった。
「おう、相棒だぞ」
ハグリッドが、優しい声で言う。
彼が杖を得た時、最初はどう思っていただろうか。
「魔法使いにとって、杖は一生もんだ。大事にしろよ、絶対だぞ」
「うん!」
ハリーは、強く頷いた。
「わかりました」
アイラは、静かに自分の杖を手のひらに馴染ませる。
とてもしっくりと来る。それが、何よりも安心だった。
一緒にがんばっていこうって思えた。
アイラやハリーは代金を支払い、こうして杖は2人それぞれの所有物となる。杖はハグリッドに預けず、ズボンのポケットに入れて持ち運ぶことになるだろう。
でも今はまだ、2人ともしっかりと杖を握って、その感触を確かめていたかった。
ハグリッドも、この時間を楽しませていたい。
店を出るのはゆっくりでいいだろうと思っていた。
「さて」
オリバンダーがそう声を出して、次の客に視線を向ける。
「……っ」
ハグリッドは勢いよく振り返って、カウンターに向かってくる少年を見る。
景色に溶け込むかのように気配を感じさせていなかった。
「いらっしゃい。お待たせしましたかね」
ルークは、一歩前に出た。
ハリーとアイラは、ハグリッドに合わせるように、カウンターの前を明け渡す。
「いえ、お気になさらず。他のやつの杖選びを見るなんて、貴重ですし」
その声は落ち着いていて、素直にそう言っているようだった。
オリバンダーは笑顔で頷く。
彼は巻尺を手に取ることもなく、杖を取りに行くこともなく、ルークの顔をじっと見つめていた。
「測る必要も、手助けする必要も、なさそうですね」
どうぞ、とオリバンダーは少年に許可を出す。
少年は最初からわかっているように、店の棚に向かっていく。
ハグリッドの喉が、再び鳴った。
嫌な予感と、否定したい感覚が、同時に込み上げてくる。これほど規格外な杖選びは聞いたことがなかった。ハリーのように大量に試すのでもなく、アイラのようにじっくり考えるのでもなく。
少年自らが、埃の積もっている箱を、1つだけ取ってくる。
「これを買います」
「白樺、ケルピーのたてがみ、11インチ」
カウンターに置いて、代金を支払い、自分の手で箱から開けた。
「へぇ、これが」
刀身が白いナイフかのようで、不思議な紋様があり、真っすぐな杖だ。
彼が杖を握った瞬間、空気が澄んだ気がした。
派手さは全くない。
「白樺の杖は、過去を断ち切る者を選ぶ。世にも珍しいケルピーのたてがみを芯に持つそれは、流れを読み、静かに支配する者のための杖です」
「え、あ、はい、支配ですか?」
何か大事なことを言われているらしく、ルークは一語一句を覚えようとはするが、メモに書き留めておきたいほどだった。
支配という言葉に、ハグリッドの表情は険しくなる。
確かに珍しいが、ケルピーのことは知っている。様々な姿になることができ、油断している者を背中に乗せて川や湖の底まで飛び込む魔獣だ。世界最大のケルピーは、ネス湖で海蛇の姿に変身しているとも聞く。縄かけ呪文により手綱をかけることで、ケルピーは従順となり、恐れる必要もなくなるが。
「少々難しい言い回しとなってしまいましたかね。老人の悪い癖、聞き流しておいて構いません」
「大事なことなんでしょうけど、店主がそういうのなら」
暗記は苦手なんだ、という少年らしい表情をしている。
そんなルークを見て、オリバンダーは深く息を吐いた。
「……すでに、立っていますね」
「? そうだ、これも記念に貰っても?」
空き箱を見せ、頷いて許可が出ると、空き箱をポーチの1つにしまう。
握っていた杖は、くるりと回して腰のベルトに挟んでおく。
「それでは、ありがとうございました」
「ええ、こちらこそ」
老人は微笑んだ。
ルークは店から出ようとしている。
ハリーやアイラは彼を追いかける前に、杖が入っていた箱を受け取れないかと聞いて、それを持った。
「今日という日は、覚えておきなさい」
オリバンダーは、3人にそう伝える。
ルークとハリーとアイラは丁寧に会釈して、ハグリッドと共に店を出た。
こうして、3本の杖がそれぞれの手に収まったこととなる。
店を出ると、外の光が一気に差し込んできた。
ほこりと静寂に包まれていた空間から、再び、ざわめきと色彩の世界へ戻る。
ハグリッドは、思わず深く息を吐いた。
「……ふう」
「あれ、どうしたの?」
ハリーが、ハグリッドの険しい表情を見上げた。
「いや、なんでもねぇぞ」
誤魔化すように言って、笑ってみせる。
通りは相変わらず賑やかだった。
買い物袋を抱えた人々、談笑する魔法使いたち。
だが、先ほどまでとは、少しだけ景色が違って見える。
ハリーやアイラも、まだ見習いとはいえ、魔法使いとしての一歩なのだ。
ルークはまだ他の買い出しもあり、どこかに行こうとしていたが。
彼は一度振り向いた。
「そうだ。2人とも、ホグワーツでまた会おう」
「うん!」
「はい」
ハリーとアイラが、それぞれ頷く。
ルークは、穏やかに笑った。
ハグリッドは、そのやり取りを横目で見ながら、心の奥で整理をつけていた。
疑念は、完全には消えない。だが、それ以上に、目の前の少年が持つ気配は、あの男とは違う。
同じ顔立ちでも、同じ運命ではない。
そう、信じることにした。
「じゃあ俺は、ここで失礼するよ」
ルークは歩きながら軽く手を振って、ハリーは大きく手を振って。
アイラは丁寧にお辞儀しようとしたけど、同い年の学友だと思って、小さく手を振ることにする。
「「「またホグワーツで」」」
ルークは人混みの中に溶け込んでいった。
流れの中に、自然に消えていく。
どうやら保護者と来たわけではなく、完全に1人でダイアゴン横丁に来ているようである。ハリーやアイラは、本当に同い年なんだろうかと思った。
しばらく、3人はその方向を見ていた。
「……変わったやつだね」
ハリーが呟く。
「でも、嫌な感じはしなかったね」
「だね。ダドリーのように威張らないし」
ハリーやアイラにとって、やはり同い年で背が高いやつのモデルはダーズリー家の1人息子なのである。小学校でもガキ大将なダドリーと違って、彼の背の高さは安心感があった。
ハグリッドも、黙って頷いた。
「さて」
彼は、気持ちを切り替えるように声を張る。
「俺たちの買い出しはこれで全部だ。帰るぞ」
ハリーはまだまだ物足りなそうにしていたが、ハグリッドの荷物の量を見れば、頷くしかなかった。
「あの……ホグワーツには、いつ、どうやって?」
アイラが尋ねる。
きっとハグリッドにも、自分の都合がある。
これだけの大荷物をどう持っていくかも、ダーズリー家でどう保管しておくかも、頭を悩ませることなのだが、まずは今後の流れの確認だ。
「おっと、そうだったそうだった」
ハグリッドは笑いながら、耳をかっぽじって聞け、というように改まる。
「9月1日の午前11時、キングズ・クロス駅だぞ。9番線と10番線の間、ちょいと変わっとるが、まあなんとかなる。他のやつらもその日は集まるし、心配すんな」
アイラはしっかりと記憶した。
まだまだホグワーツに行くまでには時間に余裕がある。ダーズリー家に戻って、改めてどう駅に向かうか考えなければならないだろう。幸い残っている金貨もあるから、公共交通機関を使っていくことになるかもしれない。
他にも、籠に入って大人しく眠っている白いフクロウを、ハリーがお世話できるのかもある。ペチュニアの許可が出るかもわからず、ダドリーはすぐオモチャのように取り上げようとしてくるだろう。
まだまだ考えるべきことは多いが。
「はやく、はやく! 行きたい!」
ハリーはもうホグワーツが待ちきれないようだ。
でも、自分もそうだと思う。
このまま帰れば、ダーズリー家でいろいろと厄介事はあると思うけど、それを乗り越えれば魔法を学び始められる。
ポケットに入れた、この杖と一緒に、がんばっていこうと思える。
自分が選び、杖に選ばれ。
そんな相棒ができたことに、ちゃんと一歩進めたと思えた。