.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第十話

 

 

 そして迎える、クリスマス・イブの夜――。

 

 「デスゲームの中でも、”クリスマス”は”クリスマス”だろ?――素直に楽しんだっていいはずだ。」

 

 それが、僕が誰かに向けて放った言葉だったのか――正直、僕自身もう覚えていない。けれど、そんな風に言った言葉はまるで風に乗るように、気づけばプレイヤー達の間に広がっていた。

 あるいは情報屋が噂として流したのか、それとも耳にした誰かが繰り返し口にしたのか。ともあれ、不思議なことに、プレイヤー達の間には“静けさ”が戻りつつあった。

 

 街に渦巻いていた諍いは、雪解けのように次第に消えていき――。結果として、僕達はすんなりと目当てのフィールドへと向かうことができた。

 

 

 僕を先頭に≪黄昏の騎士団≫のメンバー、キリトを含めたソロプレイヤー、最近攻略組に参入したクライン率いる≪風林火山≫と大所帯で、最も出現確率が高いとされていたエリア――《迷いの森》へ足を踏み入れる。

 

 雪が舞う静寂の森。夜の闇を反射して淡く光る木々の葉が、足元を仄かに照らす。吐く息は白く、遠くで雪が枝を滑り落ちる音すらはっきりと聞こえてくる。

 

 その神秘的な空気の中――僕達は別の一団と鉢合わせた。

 ≪ALS≫と≪DKB≫。普段なら、方針の違いから一触即発になりかねない相手。けれど、この日ばかりは、彼らもどこか穏やかな表情を浮かべていた。

 

 「……カイト。お前さんの言葉が、ワイらの耳にも届いとったで。」

 

 口火を切ったのは、キバオウだった。

 どこか気恥ずかしそうに頭をかく彼に、後ろのメンバー達も一様に頷いている。

 

 「異を唱える奴も少しはおったけどな……でも、“確かにな”って、皆が妙に納得しとったわ。」

 

 続いて、ディアベルの後を継いだ≪DKB≫のギルドマスターが一歩前に出る。

 

 「オレ達も同じだ。”クリスマスイベント”をシンプルに楽しもうぜ。だから、ボス攻略に関しては――“みんなで挑んで誰が倒しても恨みっこなし”。……それでいいか?」

 

 「――もちろん!」

 

 僕は穏やかに微笑み、手を差し出した。その手に2人の手が力強く手を重なる。

 いつもではありえない、ギルドの垣根を超えた《クリスマスイベント・ボス討伐》。少しでも僕の想いが皆に届いていてそれが形となった。そう思えると嬉しく感じていた。

 

 

 

 

 そんな矢先。

 森の奥で、空気の流れがわずかに“歪む”感覚があった。

 

 (……これは)

 

 目の奥をノイズが走るような違和感。空間が揺れ、僕の“感覚”が鋭く反応する。

 

 (バグの……。しかも――誰かが近くにいる)

 

 視線を森の奥へと滑らせ、僕はすぐに判断を下した。

 

 「ディアベル、ちょっと確認してくる。」

 

 「……確認?」

 

 「人影を見たんだ。しかもソロ。無茶してないか見てくるよ。」

 

 ディアベルは一瞬だけ僕の表情を見つめ――信頼を込めて頷いてくれる。

 

 「……わかった。すぐ戻れよ?」

 

 「もちろん。」

 

 短く答え、僕は森の奥へと向かう。

 

 

 * * *

 

 

 皆、カイトの背中を見送っていたが――その動きを鋭く捉えていたのは、俺だけではなかった。

 

 「……待ちナ、ディアさん。」

 

 呼び止める声に振り返ると、そこにいたのはアルゴだった。

 ローブのフードを少し上げたまま、低く告げる。

 

 「今のカーくん……ヘンだったヨ。焦ってた。何か隠してル。」

 

 言われてみれば、確かにそう見えなくもない。

 俺の中にあった小さな違和感を、彼女ははっきりと言葉にしてくれた。

 

 「お前も……やっぱり、そう感じたか。」

 

 視線を向けると、アルゴは一歩前に出てきた。

 

 「行くんだろ?」

 

 「もちろんナ。」

 

 迷いのない即答。フードを深くかぶり直し、彼女は小さく笑った。

 

 「カーくんが何を抱えてるか……オイラが見届けてくる。」

 

 その背に、俺は静かに言葉を投げかける。

 

 「……気をつけろ。あいつが何かを隠してるなら、きっと“それなりの理由”があるはずだ。」

 

 「わかってル。」

 

 短く答え、アルゴは軽く手を振った。そしてカイトを追うように森の闇へと消えていく。

 その背中を見送りながら、胸に去来するのは不思議な感覚だった。――彼女は“仲間”であると同時に、あいつにとって確かな“相棒”でもある。きっと彼女なら――。

 

 

 * * *

 

 

 仲間達から離れ、静かに雪を踏みしめながら森の奥へ進んでいた。

 冷たい風が木々を揺らし、白い粉雪が視界を覆う。――その奥で、胸の奥に確かな“いつもと別の違和感”が疼く。

 

 (……間違いない、バグの……)

 

 足を速め、木々の合間を抜けた先――僕は息を呑んで、思わず木の陰に隠れた。

 

 「……っ!」

 

 黒い霧を纏ったバグモンスターが、歪みながらひとつの“影”へと吸い込まれていく。

 雪を透かして揺れる霧と炎。その中に浮かび上がるシルエットを見て、思わず声を押し殺す。

 

 「……僕ッ……!?」

 

 否。正確には“僕ではない”。

 

 ――青黒い炎を纏う双剣士。

 ――蒼炎を噴き上げ、冷たい闇に立つ存在。

 

 それはかつて《The World:R2》でアウラが作り出した、“蒼炎のカイト”。僕自身を模した、もうひとつの姿。

 

 (……なんで…………!?)

 

 理解が追いつく前に、“蒼炎のカイト”がこちらを振り向く。そしてその瞳が、まっすぐに僕を“射抜いた”。

 

 瞬間――――――

 

 「ッ!!」

 

 蒼炎が爆ぜる。

 地面を焼き切るように、双剣が閃きながら一直線に迫る。

 

 「くっ!」

 

 咄嗟にダガーをオブジェクト化し、双剣の構えをとる。

 衝突――炸裂する刃と刃。

 放たれたのは間違いなく、《The World》の――疾風双刃。

 

 「っ!!」

 

 奥歯に力を入れる。

 けど――大丈夫。《The World》の技で構成されているなら初見じゃないから戦いようが――

 そう考えた瞬間、“蒼炎のカイト”はすぐにそれを否定してきた。

 

 「硬直がない!?」

 

 スキル発動後の、最低限の硬直すら存在せず、彼は次々とスキルを放ってきた。本来は存在しない《The World》の技だから、そうだと言えばそうなのかもしれない。

 けれどあまりにも理不尽な連撃に僕は舌を巻く。

 

 「くそ!!技再現するなら《The World》の硬直も再現しろ、よ!!!」

 

 システムの制約にない“完全な理外”。必死に受け流すが、刃は容赦なく迫り、少しずつ押し込まれていく。完全な防戦一方。

 

 (このままじゃ……!)

 

 胸に浮かぶのは――右腕に感じる腕輪の存在。

 

 (……データドレイン……)

 

 それはこの世界でも何度も使ってきた力。けど、未だ“底”を解放したことはない、と僕は直感的に感じている。その力を完全に解き放てば、今まで以上のイリーガルな存在であるだろう“蒼炎のカイト”でも消せるかもしれない。

 けれど同時に――それはこの《SAO》そのものを揺るがす危険も孕んでいる。

 

 僕の手にあるのは、世界を“壊すことができる力”。

 けれど、目の前の“僕”は――仲間を脅かす、紛れもない異常。

 

 (……でも、試すなんて……!!)

 

 迷い、恐れ、責任が渦巻く。

 そうしているうちに“蒼炎のカイト”の刃が無慈悲に振り下ろされた。

 

 「ッ……!」

 

 ダガーの一本が砕け散った。

 その刹那、索敵スキルが告げた――アルゴの接近。

 

 (……アルゴ!?なんで――)

 

 思わず振り返ろうとした隙を突かれ、もう一本のダガーも弾かれる。

 手元に武器は、ない。

 

 “蒼炎のカイト”は双剣を振り上げ、トドメの一撃を放とうとしている。

 その刃の先にいるのは、僕だけじゃない。

 

 (僕がここで倒れたら……次はアルゴが……皆が……!)

 

 「カイトッ!!」

 

 背後から、アルゴの声。“相棒”の、心からの叫び。

 

 (信じろ……!これは、僕が一番使ってきた力だ。《The World》で命を懸けて磨いた、誰よりも知っている――僕の力!)

 

 その声が――迷いを断ち切った。

 

 「……行くよ、“僕”!」

 

 右腕を突き出す。幾何学模様が大きく展開されていく。

 

 「――データドレイン!!」

 

 眩い閃光が蒼炎のカイトを包み込んだ瞬間、世界が轟音を立てて“揺れた”。

 

 

 * * *

 

 

 カイトの右腕から出現した幾何学模様の腕輪から放たれた光が、瞬く間に視界を塗りつぶした。

 

 「カイト……ッ!!」

 

 目の前で起きていたことは、わたしの理解を軽々と越えていた。

 カイトが対峙していたのは――間違いなく《The World》の伝説的PC、“蒼炎のカイト”。

 

 長いプレイ歴の中で、何度も目にした名前。雑誌の特集で見た姿。プレイヤー達の憧れと畏怖を一身に背負った象徴。

 その存在が、この《ソードアート・オンライン》に現れて、カイト自身と刃を交えていた。

 

 (どうして……!? なんでこいつが……!)

 

 問いは喉の奥で凍りつく。

 代わりに、彼の名を叫んだその瞬間――カイトは迷いを断ち切るような顔をして、その“力”を放った。

 

 光は”蒼炎のカイト”を貫き、その背後の森ごと呑み込む。

 轟音と共に雪と木々が掻き消え――そこにはぽっかりと“穴”が開いた。

 

 「……なに、これ……?」

 

 ただの地形破壊じゃない。

 そこにあったはずの木々も、雪も、空気さえも――“存在の痕跡ごと”削り取られている。世界そのものが抉り取られたような光景に、全身の血が冷える感覚さえ覚える。

 

 (カイトは……!?)

 

 視線を前に移せば、カイトは膝から崩れ落ちるところだった。

 

 「カイトッ!!」

 

 咄嗟に抱きとめる。

 けれど――彼の身体は異様に冷たかった。仮想世界のはずなのに“現実の体温”すら冷たくなっているんじゃないかと思うほどに。

 

 「カイト!しっかりしてッ!」

 

 必死に呼びかける。彼の瞳は虚ろに揺れ、かすれた声で――

 

 「……アルゴ。」

 

 そう、わたしの名を呼んだ。

 

 次の瞬間には、力なく意識を手放していた。

 

 「カイト!!」

 

 恐怖に胸が締め上げられる。

 このまま彼が“消えてしまう”――そんな恐怖が頭をよぎり、思わず強く抱きしめた。

 

 わたしの中で渦巻く思考は、まとまらずに空回りを続ける。

 

 そんな時――視界を照らす柔らかな光。そしてそれと同時に――銀髪に白衣を纏う、一人の女性が現れてた。

 

 「……変わらないわね、カイト。」

 

 懐かしむような眼差しで、彼女は静かにカイトを見つめる。

 

 「……だれ……?」

 

 思わず声が漏れた。

 初めて見るはずなのに――どこかで見覚えがある気がする。記憶の奥に、忘れ去った断片が疼く。

 

 彼女は答えない。

 ただ静かに片手を振ると、柔らかな光の波が森一帯を包み込んだ。

 

 「……ッ!」

 

 次の瞬間――削り取られた大地が、“巻き戻されるように”修復されていく。抉れて消えていた木々も、舞い散った雪も、まるで最初から何事もなかったかのように戻っていく。

 

 「うそ……。」

 

 世界そのものが“編み直されていく”光景に、声が震えた。

 まるで――。

 

 そして彼女はカイトの腕にそっと触れる。

 ショートするように火花を出していた、砕けそうだった右腕が静かに修復されていく。

 

 「これは、あなたが背負ってきたもの。……でも、あなたが壊れてしまっては意味がないわ。」

 

 彼女は慈愛に満ちた微笑を浮かべると、カイトの頭に手をかざした。

 途端に彼の呼吸が落ち着き、安らいでいく。

 

 「だから今は……少しだけ”おやすみなさい”。」

 

 「……ッ!」

 

 ようやく正気を取り戻したわたしは、慌てて彼女に詰め寄った。

 

 「アナタは誰!? 今の力は何!? カイトの腕のアレは……カイトはどうしたの?!!」

 

 問いをぶつける。必死で、喉が震えるほどに。

 

 彼女そんなわたしを静かに見つめ返した。

 その瞳は、すべてを知っている者のそれ――深く、穏やかで、抗えない。

 

 「……私は、アウラ。」

 

 淡く名を告げ、彼女は言葉を続ける。

 

 「あなたの“大切な人”を――少し、預かるわ。」

 

 「えっ……!? 待って、それどういう――。」

 

 言い終えるより早く、光がカイトの身体を包み込んだ。

 黄金の輝きはやがて少女自身にも広がり、2人の輪郭を溶かすように掻き消していく。

 

 「カイト!! 待って!!」

 

 必死に手を伸ばす。

 でも――掴めない。

 光は、指の隙間をすり抜けるように消え去り、気づけばそこには――誰もいなかった。

 

 「……カイト……。」

 

 残された森は、ただ静まり返っていた。わたしの声だけが、虚しく木霊して消えていった。

 

 

 

 





少しずつ侵食を始めたバグ。
そしてアウラの登場。
カイトはどうなってしまうのか。

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