「……ここは……?」
目を開けると、そこは一面の白。
上下も境界もない、ただ“空間”としか言いようのない世界だった。
ぼんやりした意識の中で立ち上がり、頭を振る。
(確か……僕は“蒼炎のカイト”と戦って……データドレインを……アルゴが居て……どうしたんだっけ)
そう考えていると――目の前に彼女が現れた。
「久しぶりね、カイト。」
姿を現した彼女は、以前よりも少し大人びた姿だった。銀色の長い髪は金色の光をまとい、表情はどこか寂しげ。
「アウラ?!」
驚きながらも、その姿をまじまじと見つめる。確かに彼女だ。
「……ちょっと変わった?」
「ええ。いつまでもあのときの姿じゃ、格好がつかないでしょう?」
微笑むアウラ。けれど、その笑みにはうっすらと哀しみが滲んでいた。
頭の中が少しずつクリアになり、僕はさっきのことを口にする。
「”アレ”は君が呼び出したの?」
アウラは静かに首を振った。
「違うわ。――“彼”はAIDAが学習し、生み出した存在よ。」
「……AIDA……!」
その名前に、息を呑む。
「茅場晶彦から聞いているわよね? このSAOには≪The World≫の一部が組み込まれている。そしてそこに残っていたAIDAが自己学習を続けた結果……これまでのバグとは比べものにならない“完全な個”を生み出した。」
「“蒼炎のカイト”がそれ……?」
アウラは頷いた。
「ええ。能力、戦闘力、知能、そして――“憎悪”。残っていたAIDAは、人間の負の感情を最も強く学習していた。そして、SAOが始まった瞬間に溢れた恐怖や怒り……その全てを取り込んで、急速に肥大した。」
「……でも、なんで“僕”の姿なの?」
「象徴でもあったからよ。」
「象徴……?」
「碑文使い達と同様に“カイト”という存在がAIDAにとって特別だったの。バグを消す者、異常を取り除く者。
だからこそ、AIDAが形を得た時――学習の果てに選ばれた姿が“あなた”だった。なにより、貴方がここにいるから、でしょうね。」
R:2のときは僕は居なかったから少し複雑な気持ちだ。
今度は右腕に目を落とし、もう一つ尋ねる。
「……この腕輪は?」
アウラはそっと僕の右腕に触れた。
「それは、AIDAやバグに対抗するため、≪The World≫であなたが使っていた腕輪を完全に再現したもの。幸い”コルベニク”の碑文使いは”ここにはいない”。」
「……やっぱり。」
「でも、このSAOでは“完全な使用”はできない。」
「どういうこと?」
「ここは≪The World≫とは違う。カーディナルシステムが支配する世界。だからデータドレインを完全に行えば――負担は、すべてあなたに返ってくる。≪The World≫の侵食とはわけが違うわ。」
(……負担……)
思い返す。さっきフルパワーで放った直後、僕は意識を失った。
「それでなくても、これまでの戦いで浴びたバグやAIDAの残滓が、あなたの身体を蝕んでいる。」
「……。」
胸が痛む。アウラは、そんな僕の手を包み込むように握った。
「だから私は、あなたを“ここ”に呼んだの。少しでも異常データを洗浄し、休ませるために。」
「……でも僕は戻らなきゃ。僕がこの世界にいるのは、異常を追うためじゃない。仲間と一緒に生きるためなんだ。」
その言葉に、アウラはしばし黙り込んだ。やがて、意志を確認するように見つめて――微笑む。
「……なら、“今”を大切に考えて。カイト。」
手をかざすと、黄金の光が僕を包み込む。
「ありがとう、アウラ。」
「ええ……いってらっしゃい。」
視界が白に染まり――
「……カイト!!!」
気づけば目の前にアルゴがいた。顔は蒼白、震える手で僕を必死に触れてくる。
「……アルゴ?」
「大丈夫!?生きてる!? どっかおかしいとこは!?」
いつものロールなんてこれっぽちもなく、その目は真っ赤に腫れ、鼻も赤くなっている。彼女がどれだけ心配していたのか、痛いほど伝わってきた。
(……心配かけちゃった)
僕はそっとアルゴの手を握り、謝る。
「大丈夫、大丈夫だから……心配かけてごめん。」
アルゴは言葉を失ったまま、ただ僕に飛びついてきた。驚きつつも、彼女が落ち着くまで僕は優しく頭を撫で続けた。
暫くしてアルゴが落ち着きを取り戻すと、僕達は無言のまま街へ戻っていった。
街に着くと、すでにクリスマスイベントのボスは討伐されていたらしく、最前線組のプレイヤー達が転移門近くの広場に集まり、戦いの余韻に浸っていた。
(……完全に出遅れたね)
僕は内心でため息をついたが、今はそれよりも“面倒な問題”が迫ってきていた。
「おぉ〜、カイトぉ!遅かったじゃねぇか〜?」
わざとらしい調子で声をかけてきたのはクラインだ。
「……クライン。」
ジト目で睨む僕に、彼はヘラヘラと手を振る。
「いやいや、責めてるわけじゃねぇって! ほら、クリスマスだし?色々あんだろ〜?なぁ?」
肩をドンと叩いてくるクライン。
……なんとなく“言いたいこと”はわかるけど。
ちらりと横を見ると、アルゴはぷいと顔を背け、何も言わずにいる。
(……これ、変に勘ぐられるやつだ)
口を開こうとすると、クラインが更にニヤニヤ顔を寄せてくる。
「いや〜、やっぱクリスマスっつったら“特別な相手”と過ごすもんだよなぁ? わかるわぁ〜!」
「……。」
「おいおい……まさかこれからも?お前……やるじゃねぇか!!」
「違うから!!」
即座に否定するも、クラインは全く聞きやしない。周りのメンバーまで興味津々で僕を見てきて、心の中で叫んだ。
(アルゴ、助けて……!)
だが、当のアルゴはまだ俯いたまま。口をつぐんで何も言わない。
仕方ない。
僕は咳払いをして、思いついた話を一気に並べ立てた。
「……僕とアルゴは、さっきまで“耐久力の異常に高いモンスター”と戦ってたんだ。前に遭遇したのと同じタイプのやつ。」
「ん?」
キョトンとするクラインを無視して続ける。
「攻撃力は大したことなかったけど、討伐に時間がかかってさ。……ほぼ一人で戦ったから。」
「ほぼ一人? アルゴは?」
「僕が抑えてる間に、動きとか調査してたんだよ。戦闘中だから十分な時間は取れなかったけど……それでも何か手がかりを掴もうとしてね。」
「なるほどな……。だからアルゴ、そんなに疲れてんのか。」
クラインがアルゴを見ると、彼女はようやく顔を上げ、小さく苦笑してみせた。
「ま、まぁ……そーいうコトサ。少しキツかったケド、“収穫”もゼロじゃなかったカラ……。」
口調が戻ったのを見て、クラインもようやく“妙な誤解”を解いたらしい。
「なぁんだ……そういうことか。いや、そりゃ大変だったろうけどさ……!てっきりカイトが“聖夜”を満喫したのかと……。」
「含みある言い方やめてくれ!!」
僕のツッコミに広場は笑い声に包まれ、クラインの茶化しに、僕は心の底から疲労を覚えた。
これ以上の追求は面倒くさい、と僕は話題を切り替える。
「で、そっちはどうだったの? イベントボスは?」
僕の問いに、クラインは「おう」と頷きながら答えた。
「ボス自体は……まぁ、強かったけど、なんとか撃破したぜ。」
「“蘇生アイテム”の方は?」
「……それなんだけどよ。」
クラインは腕を組み、少し考え込む素振りを見せた後、口を開いた。
「“蘇生アイテム”、手に入れたのはキリトだ。」
「……キリトが?」
「おう。でもな……アレ、思ってたのと違ったんだよ。」
クラインは渋い顔をしながら説明を続けた。
「アイテムの名前は≪ホーリー・ストーン≫。……使えるのは、HPがゼロになってから“ほんの僅かな時間”だけらしい。」
「……つまり?」
「例えばだ。攻略組の誰かがボス戦で倒れたとして……その瞬間に即座に使えなきゃ意味がねぇ。ほんの数秒遅れただけで、もう蘇生はできねぇんだと。」
「……そっか。」
HPがゼロになった瞬間から、数秒以内に使用しなければならない――そんな状況が現実的に訪れる可能性は、ほとんどない。
奇跡のように狙い澄ましたタイミングでなければ、機能しないアイテム。
「それで……そのアイテムは?」
「キリトが、≪黄昏の騎士団≫に預けるってさ。」
「え……?」
「アイツ言ってたぜ。“これを最も適切に使えるとしたら、お前らくらいだろう”ってな。」
クラインの言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
――≪ホーリー・ストーン≫を、僕達に託す。
(……僕達なら、プレイヤーを救う“その瞬間”に対応できるかもって信頼してくれるんだね)
確かに、《黄昏の騎士団》は最前線で戦いながらも、支援や中層の救援活動にも力を注いでいる。
誰よりも多くの“危機の瞬間”に立ち会う――可能性は高い。
「……わかった。」
僕は静かに頷きながら、キリトの判断に深く感謝した。
そして改めて――≪ホーリー・ストーン≫という名の“儚い奇跡”の重さを、胸の奥で噛みしめていた。
それからディアベルにボス戦の戦闘報告を受けた後、僕達はその場で解散することになった。
ほとんどのメンバーは戦いの疲労もあってか、すぐに街へと戻っていく。
クラインたちは「メシでも行くか!」と騒ぎながら転移門へ向かい、ディアベルも「ギルドメンバーに話してくる」と言って去っていった。
僕はというと、解散後の静まり返った広場に立ち尽くしていた。
(……どうしようかな)
アルゴが“あの戦い”を見てしまった。
”蒼炎のカイト”との対峙、そして――データドレインの発動。どれも、SAOの常識を完全に逸脱した出来事だ。
本当は、あの場で「全部話すべきだった」のかもしれない。
でも……言えなかった。
「……はぁ。」
小さくため息を吐き、そろそろ帰ろうと足を踏み出した――その瞬間。
袖を、ぐいっと引かれた。
「……カイト。」
振り返ると、そこにはアルゴがいた。
ロールプレイもない。情報屋としての仮面もない。ただの“アルゴ”が、僕の袖を掴んで立っていた。
「……説明してくれる、よね?」
彼女の瞳は真っ直ぐで、僕の言い逃れを許さない。
(……誤魔化すのは、彼女に失礼だよね)
僕は無言で頷き、アルゴをギルドの自室へと向かうことにした。
黄昏の騎士団のギルドホームに戻ると、すでに皆はそれぞれの部屋に戻っているのか、静まり返っていた。ギルドマスターの部屋に彼女を招き入れ、ドアを閉める。
アルゴは椅子に腰を下ろし、黙ったまま僕を見上げていた。
その視線を受け止めながら、僕は深く息を吸い、言葉を紡ぐ。
「アルゴ……。≪The World≫は知ってるよね?」
「……知ってる。」
僕の言葉を遮るように、アルゴが即答した。
「私もプレイしたことあるから。一般ユーザー程度の知識なら、だけど。」
――いや。
彼女は謙遜している。
僕の逆手二刀流を見て即座に“双剣士”を連想できた時点で、きっと、相当やり込んでいたはずだ。
「アルゴがやってたのは……“R:2”?」
「R:1の終了直前と、R:2をやってた。」
迷いなくそう言う彼女に、僕は小さく頷いた。
「アルゴが見たあれは……《The World》から連なるものなんだ。」
これは、関係者以外には初めて話すことになる。ちゃんと伝えられるだろうか――不安はあった。
でも、この責任からは逃げられない。
僕はもう一度、大きく息を吸い込んで、覚悟を決めた。
「聞いてほしい。僕が、この世界が、抱えている“真実”を。」
AIDAに関してはハセヲ達との出来事とは少し切り取った形の存在です。オーヴァンに寄生していたのとは更に別の変異体的な。またリマスター版Vol.4は考慮してません。
クラインは重苦しい空気を晴らしてくれる良いやつですよね。
会話パートを考えるのがとてもスムーズになります。