どこから話そうかな――少し迷った末に、僕はこれまで歩んできた軌跡を語ることに決めた。
「まずは……そうだね。僕の“軌跡”を話そう、かな。」
そう前置きしてから、僕は一つひとつ言葉を紡いでいった。
オルカに誘われて《The World》を始めたこと。
その日に彼がスケィスに襲われ、未帰還者となってしまったこと。
アウラから【法の書】を託され、イリーガルなPCボディと“データドレイン”という力を得たこと。
右も左もわからない中で、様々な人とぶつかり合い、迷い、必死にもがきながら進んでいったこと。
そして最終的に、多くの仲間に支えられ、事件を終結に導けたこと。
アルゴは、一言も挟まず、ただ真剣に耳を傾けていた。
「……そして、僕達は事件解決後に『The Worldを救った謎多き集団《.hackers》』――そのリーダーだった僕は、『蒼炎のカイト』って呼ばれるようになった。」
その告白に、アルゴは驚くでもなく、むしろ「やっぱりそうだったんだ」という顔をしていた。
「これが……僕が中学二年生のときに経験した、嘘みたいで、本当の話。」
あの一年間は――今でも鮮明に思い出せるほど濃密な日々だった。
「”第二次ネットワーククライシス”……。」
アルゴがぽつりと呟き、僕は頷く。
「後にそう呼ばれてるね。」
僕は気を引き締めながら、ことの主題を口にする。
「そして……この《SAO》は、その《The World》のブラックボックス――中核部分を組み込まれている。」
その言葉に、アルゴは目を大きく見開いた。
「……そんな……。」
「”茅場晶彦”がわざわざ僕の前に現れてそう言ったから、間違いない、んだと思う。」
「つまり……《SAO》も、ネットワーククライシスを起こした“爆弾”を抱えている……?」
「たぶんね。そして――これが、おそらく唯一それに対抗できる力。」
右腕に視線を落とす。
「”データドレイン”。僕はこの力で、バグの処理をしていたんだ。」
「……じゃあ、あの時わたしが見た“蒼炎のカイト”は?」
アルゴの問いに、静かに頷く。
「うん。あれはバグそのもの……正確に言えば、《The World》の僕を模して生み出された《AIDA》。」
新しい単語に、アルゴは眉をひそめる。
僕はそこで、もう一つのお話――”第三次ネットワーククライシス”を語った。
「AIDA……直訳すると、“不自然で異常な知的データ”。本来はシステム上存在しないはずのイリーガルなバグで、異常なまでの知的欲求を持ち、人にすら“感染”する。」
「……人に、感染……。」
「これが《The World:R:2》で起きた事件の原因。僕自身はR:2をやってなかったから、詳しいのは人から聞いた話だけど……。」
少し言葉を選びながら、彼女に伝える。
「R:2で噂されていた“伝説のPK”――『蒼炎のカイト』。あれはアウラが生み出した、対AIDA用の完全自立AIだった。」
かつてワイズマンから聞いたこと。その詳細を、僕はアルゴにも包み隠さず伝える。
「でも、完全な駆除はできなかった。R:2の時代、ある人たちがAIDAを討伐して収束させたけど……根本的には消しきれなかったみたい。」
「それが……今、SAOに?」
「そう。そして――あの《蒼炎のカイト》は、かつてアウラが造った“対AIDA用の守護者AI”を、AIDAが逆に模倣して生み出した存在なんだ。」
守るために作られた“象徴”を、皮肉にも敵としてコピーする。それは、悪意すら感じる。
「今まで、こんなことを……全部、独りで背負ってたの?」
アルゴの真っ直ぐな瞳に、僕は黙って頷いた。
「……バカ。」
叱るように言う彼女に、困ったように笑いながら理由を告げる。
「誰に言える話でもなかったから。これを理解できるのは僕だけだし……腕輪を持つ者として、《.hackers》のリーダー“蒼炎のカイト”としての責任があると思ったから。」
そう言うと、アルゴはわざとらしいくらい大きくため息を吐いた。
「……最近の“空白時間”は、バグ対応だったのね?」
「うん。バグモンスターとの戦闘ログは残らないみたいだからね。」
「……やっぱり。だから顔に疲労が出てたんだ。」
アルゴは腕を組んだまま、じっと僕を見つめる。バレているのはわかっていたけどそんな顔をされるのは正直予想外。
「……話せない理由は、まあわかる。」
「うん。みんなに話せば、パニックになるだけだろうし、理解をするのも難しい。……茅場が何を考えているかもわからない。」
「……カイトの言い分も理解できる。情報屋の私だって、出す情報は選ぶからね。この話が広まったらどうなるか……想像はつく。でもさ――。」
アルゴは僕の手をぎゅっと掴んだ。
「せめて、もっと私を頼ってほしい。」
「……アルゴ?」
「ずっと一緒にやってきたでしょ。βの頃から、ずっと。“相棒”だったじゃん。」
声が震えていた。
「カイトが隠すのはわかる。でも、一人で全部抱え込まないで。」
「アルゴ……。」
「だから……頼ってよ。」
懇願のようなその声に、胸の奥で強く何かが揺れた。視線を逸らしながら、小さく息を飲む。
「僕は……。」
「ほんとにバカだね、カイトは。」
言い淀んだ僕をアルゴは軽く笑って、頭をぽんと叩く。
「ねぇ、わかってる? 今回のクリスマスイベント、皆が集まれて、大きな混乱にならなかったのは――カイトが築いた信頼があったからだよ?」
アルゴは断言するように言う。
「皆、カイトを心配してる。私だけじゃない。ディアベルも、キリトも、エギルも、クラインも、ギルドのみんなも……皆がカイトを大切に思ってるんだよ。」
目を伏せ、かすかに呟く。
「……僕は、ただ“いいと思えること”をやってるだけだよ。」
「そう。でもそれは誰にでもできることじゃない。だから皆、ついてきてるの。――だから、一人で抱え込まないで。もっと頼ってよ。」
(突拍子もない話を聞かせてしまったのに、隠し事までしていたのに……責めるんじゃなく、寄り添ってくれるんだ。アルゴは……優しいね。)
胸の奥に込み上げてくるものを必死に抑えながら、僕は頷いた。
「……わかった。頼りにしてるよ、相棒。」
「うん、約束だから!」
アルゴは満足げに笑い、僕の頭から手をぱっと放した。その一瞬の温もりを――僕は胸の奥に深く刻み込む。
* * *
カイトが肯いたのを見て、胸の奥にふっと温かいものが広がった。早く休みなよ、そう言葉を残して私は彼の部屋を後にした。
部屋を出てすぐ、気を引き締めるように自分の頬を軽く叩く。
(……これで終わりじゃない)
彼に「頼ってほしい」と言った以上、私も“相棒”として、もっとできることを考えなきゃいけない。
あの人は、きっとこれからも一人で無茶をし続ける。責任から逃げない人だから。
なら――私のほうからアプローチを変えるしかない。
まずは……ふたりきりのときの“ロール”をやめよう。
ずっと続けてきた「情報屋アルゴ」のキャラ付け。カタカナ混じりの口調も、“カーくん”なんて呼び方も。
もう隠れ蓑のままで向き合うのは、彼に失礼だ。
「……カイト。」
廊下を歩きながら、練習するようにその名前を呼ぶ。
――相棒であり、大切な人の名前。うん、ちゃんと呼べる。もう迷わない。
カイトが“頼る”ことができるように。少しでも、その肩から荷を下ろせるように。
私にできることを、一つひとつ実行していこう。
ギルドの調整だって、ディアベルほどではなくても私にできる範囲はある。
「カイトを休ませたい」って言えば、ディアベルはきっと理解してくれるはずだ。だからせめて――カイトがバグ対応に向かっている間、ギルドの雑務や負担が彼に降りかからないように。
それを支えるのは、私の役目。だって私は……あの人の“相棒”だから。
ブラックローズとはタイプが別の相棒役がほしいな、と思いアルゴを選びました。
理由は後述にあるように不明な部分が多くて設定を作りやすかったから+自分が好きだったからですね。
ちなみにこれを書いていた時期はまだ原作本編にアルゴが再登場する前の設定なので、この物語のアルゴは二十歳過ぎてます。いやー当時はアルゴのアの字も出てこなかったので好き勝手に妄想してたんですよね。オネーサンだったけどオネーサンじゃなかった…。