本筋に戻ります。
バレンタインデーが終わって数日――。
僕達≪黄昏の騎士団≫は定期的な情報収集のため、中層以下の街を巡っていた。
層が進むにつれて攻略に集中しがちだけど、こうして下層に足を運んで異変がないかチェックするのも、僕達の大事な仕事だ。
その日の夕刻、立ち寄った街の酒場で、たまたま居たクラインがジョッキを片手に口火を切る。
「なあ、カイト。……最近さ、NPC、なんか変じゃねえか?」
「変って?」
「動きっていうか、言動っていうか……人間っぽくなってる気がすんだよ。」
「SAOのNPCは元々、会話AIが優秀だって言われてるよね?」
「そうだけどよ。昔はちょっと複雑な質問するとテンプレ反応しかしなかったろ?でも最近は――普通に会話が“成立”すんだよな。」
その時、隣の席のプレイヤーが口を挟んだ。
「俺もそれ思った!冗談で『今日はおごってくれよ』って言ったら、NPCに“できるわけない”ってツッコまれた!」
「わかる!オレなんか、女性NPCにナンパしただけで――」
「――で?」
「……叩かれた。」
「「それはお前が悪い。」」
即座に飛んだツッコミに酒場がざわつく。けれど、当のプレイヤーは真顔のまま言い募った。
「いやいや!普通なら無視されて終わりだったんだよ!?しかも次の日もその次の日も態度が冷たいんだ……まるで“覚えてる”みたいに!」
「覚えてる……?」
僕は息を呑む。
SAOのNPCは高度な会話パターンを持っているけど、根本は“入力に応じた出力”。感情的になることや記憶を持つことなんて、本来ありえないはずだ。
「まさか……NPCのAIに、裏でアップデートが入ったのか?」
ディアベルが腕を組み、低く呟く。
「けどよ……この状況で、そんなもんやるか?」
クラインの問いが空気を重くした。
僕の胸に浮かんだ仮説は――誰にも口にできないものだった。
NPCの進化。それは、まるで超AIである”アウラ”でのような……。
「……可能性は、ゼロじゃないと思う。」
静かに告げると、アルゴがすぐに首を傾げた。
「ケド、NPCの反応が“自然すぎる”のは、バランス維持の域を超えてるダロ? 何が目的ダ?」
「うん……だから、維持なんかじゃなくて――別のなにか、かも。」
その一言に、誰もが息を呑んだ。
善か悪かはまだ分からない。けれど――確かに、何かが“動き始めている”。
「ディアベル、アルゴ。……この件、調査を手伝ってくれる?」
「モチロン!」「任せろ、団長。」
即答してくれた2人の声は、いつもの軽さとは違い――どこか重みを帯びて聞こえた。
それから数日、僕達は各地を回り、NPCの挙動を詳しく調べていった。
結果は――驚くべきものだった。
確認できる範囲すべての層で、すべてのNPCのAIが更新されたかのように“自然”に振る舞っていた。世間話、天気の愚痴、物流の不満……会話がまるで人間同士の雑談のように流れる。
僕がいつも利用していた道具屋に足を運ぶと、店主のNPCが「いつも贔屓にしてもらってるから」と言って、品を値引きしてくれた。
そこにプログラムじみた硬さはなく――“意思”のようなものを感じてしまうほどだ。
(でも……実害があるわけじゃないんだよね。)
便利になっているだけ。困ることはない。
けれど僕達は念のため「NPCを故意に怒らせると利用制限を受ける可能性がある」と注意を公表し、一次調査はここで切り上げることにした。
――そして二日後。
最前線の転移門広場。
僕とディアベルはキリトを連れて迷宮へ潜ろうと集まっていた。
迷宮に潜る前の最終確認をしていると、声が聞こえてきて、そちらを向く。
見れば広場の真ん中で、ひとりの男性プレイヤーが地面に額を擦り付け、泣き叫んでいた。
「お願いします……!どうか……どうか奴らを…………!!」
その異様な光景に、周囲のプレイヤー達は足を止め、奇異の視線を向けていた。僕達はすぐ駆け寄る。
「何があったんだ?」
ディアベルが慎重に声をかける。
男は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、途切れ途切れに言葉を吐き出した。
「僕の……ギルドメンバーが……PKされたんです……!!」
「PK……。」
僕とキリトが目を見合わせる。
「オレンジギルド……≪タイタンズハンド≫の奴らに……!」
ディアベルの表情が険しくなる。
「……仇討ちか。悪いが、それは引き受けられない。」
冷静な返答。
例え相手がPKでも僕達は同じようにならない。かなり前に決めた事だ。
それにPKへの報復は連鎖を生む可能性が高い。――それを理解しているからこその判断だ。
けど、男は大きく首を振り、声を張り上げた。
「違う!!僕は……“殺せ”なんて言わない!!」
「……?」
「奴らを……牢獄に入れてほしいんです……!それだけでいい……!どうか……どうかお願いします……!!!」
土下座を続けながら、男は震える手でひとつのアイテムを差し出してきた。
「これは……?」
「僕の全財産をはたいて手に入れた回廊結晶です……!行き先は牢獄エリアに固定されています……!」
その必死さに、僕は迷うことなく結晶を受け取っていた。
「わかった。」
「カイト……!」
キリトが驚いたように声を上げる。
「殺すんじゃない。牢獄に入れる。それが目的なら、請け負っていいはずだよ。」
「……でも、危険だぞ。」
「だからこそ、僕達がやるべきだ。」
そう返すと、ディアベルが深く息を吐いて、諦めたように苦笑する。
「……はぁ。まったく、お前は本当に困ったやつだ。」
「誰かが助けを求めてるなら、応えない理由はないでしょ?」
そう言ってキリトの方を見る。
「キリト、手伝ってくれる?」
「……ああ!」
僕達は頷き合い、予定を変更し、件のPK集団――≪タイタンズハンド≫の情報収集に向かった。
アルゴの協力を得て動き出すと、彼らはすでに中層では思った以上に噂が広まっていて、情報はすぐに集まった。
依頼主が語っていた内容と一致する点も多く、間違いなく奴らの仕業だと確証を得る。
「ずいぶんと手の込んだやり方だな。」
アルゴの報告を聞いたディアベルが、吐き捨てるように言った。
「グリーンのプレイヤーを使ってパーティーに入り込み、戦力を調べて……後はおびき出して一網打尽、か。」
僕が整理するように言うと、アルゴが頷いて補足を入れる。
「確定じゃナイけど……その“グリーン役”は十中八九、女性プレイヤーだネ。」
「なんでだ?」
キリトが首を傾げる。
「キー坊、このSAOの男女比率、わかるカ?」
「……八対二くらいか?」
「マーだいたいそんなトコ。実際はもっと差があるかもしれなイ。それだけで女性プレイヤーは希少で、貴重なんだヨ。そんな彼女達が“仲間に入れてほしい”って言ってきたら?……断れるカ?」
「……!」
キリトが言葉を詰まらせる。
「ネカマが存在しないこの世界じゃ、“女性である”こと自体が最大の切り札サ。男ってのは頼られると弱い生き物だからネ?」
「否定はできないな。」
ディアベルが苦笑しながら肩を竦める。
「……そうすれば相手は警戒もせずに受け入れる。いやな手口だね。」
僕も唇を噛む。
けど、手口さえ割れてしまえば対処は難しくない。
アルゴの調査で、彼らの活動拠点もおおよそ判明した。第三十~四十層を中心に動いているらしい。
「このレベル帯なら、僕達一人一人で問題なく対処できる。個々に分散して、その“女性プレイヤー”を炙り出そう。」
僕がまとめると、ディアベルもキリトも力強く頷く。
「……追加情報はこっちでも洗ってみるヨ。」
アルゴが真剣な眼差しで言った。
「ただし相手はPKダ。命を奪うことに躊躇しない。――くれぐれも気をつけロヨ、3人とも。」
その警告にしっかりと頷く。
初めてPK集団とまともに関わることになる。警戒は最大限必要だ。
久しぶりのSAO本編軸の話な気がします。
”キズメル”の事もありますがSAO内のNPCが標準的に搭載されているAIがどの程度なのか、わかりませんが、大幅に変わったと思っていただければ。