第一話へも閲覧ありがとうございます。
βから引き継いだキャラクターエディットで、数か月ぶりに仮想世界へと降り立った。手を握ったり開いたりして動きを確かめる。
手には茶色のレザーグローブ。服装は赤を基調とした軽装で、同じ色のベレー帽。
――映る姿は、≪The World≫での僕の半身、『カイト』に限りなく近い。
「思い入れが強い」なんて言葉では片づけられない。あの時の出来事が今の自分を作り、そして今も背中を押している。
ましてや仮想世界にいるのなら、なおさら『カイト』でありたい――そう思うのは自然なことだと思う。
そう考えていた矢先、視界に次々と現れるプレイヤーたちの姿にハッと我に返った。
いけない、思い出に浸っている場合じゃない。せっかく時間通りにログインしたんだ。遊ばなきゃ損だ。
思い立ったらすぐ行動。僕は武器屋で初期装備の片手剣を売り払い、ダガーを二本購入してフィールドへ飛び出した。
「やっぱり……ソードスキルは発動しないか(笑)」
フィールドでエネミーを倒しながら基本の動きを確かめた後。最後に二本のダガーを逆手に構えて、≪The World≫の“カイト”を真似てとったその構えは、βの時も失敗した。正式版でも結果は同じだ。
もちろん、通常攻撃ならダメージは入る。けど、ソードスキルが発動しないのは――――
「ソードスキルが醍醐味の≪ソードアート・オンライン≫で、それは致命的ダナ?」
「わっ!?」
思考を読まれたように後ろから声をかけられて、驚きながら振り向けばβの時に知り合った――あの時と変わらない格好をした――プレイヤーがいた。
「アルゴ!」
彼女は鼠のアルゴ。両頬に描かれた三本の線が特徴の――それは鼠の髭ではない気もする――情報屋だ。彼女にはβ時代に大変お世話になったので早く再会できるなんて――嬉しくないはずがない。
「相変わらず変わったことをするナ、カーくんは。≪The World≫にそんなに思い入れがあるのカ?」
「まーね。」
構えだけで≪The World≫を連想できる彼女はそう変わらない年齢――もとい結構な廃人ゲーマではあるけどそれについて突っつくのは藪蛇なので回答を濁すことにする。
「フーン?」
アルゴはにやりと笑い、それ以上は追及してこなかった。彼女なりの気遣い、なのだろう。
「それより、βのときと比べて何か変わったところはある?」
僕が話を逸らすように聞くと、アルゴはわざとらしく腕を組んだ。
「ナに、そういうことなら話は早い。カーくん、ちょっとつき合えヨ。」
「またコンビ結成だね!」
僕が笑いながら応じると、アルゴは肩をすくめてみせた。
こうして僕達は、≪SAO≫正式サービス後の変化を確認するため、フィールドを歩き回った。
モンスターの挙動、アイテムドロップ率、スキル発動の仕様……β時代と違う点を次々と洗い出していく。僕も彼女の調査を手伝うのは慣れたものだ。
「イヤー、やっぱりカーくんは一緒に検証する人材としては最適だネ!」
「ははは・・・(苦笑)。僕も情報は欲しいから手伝いでもらえるのは助かるよ。」
「ギブ・アンド・テイクってやつサ。オイラのビルド的には確認が難しいクエストもあるしナ。イン率は高めなんだロ?」
「うん。今年はリアルが忙しくならない予定だから。」
「なら、オイラが情報を集めて、カーくんが裏付ける。報酬はカーくんの欲しい情報。βの時と同じ契約ダ。正式版でもヨロシク!」
差し出された手を握り、僕も「よろしく」と返す。
それに合わせるように。ちょうど夕陽が差し込んできて、その幻想的な景色に思わず2人して黙ってしまった。けれど、僕はその夕暮れを眺めていて、つい言葉が零れた。
「……『旅人よ、心せよ。夜明け前が最も暗いのだと』。」
「ん? なんダそれ?」
無意識に零した言葉を、アルゴは聞き逃さなかったみたいだ。どう答えようかな、そう考えたその瞬間――――
ゴォォォォォォォン――
大地を震わせるほどの鐘の音が世界に響いた。
次の瞬間、僕達の体を青い光柱が包み込む。これは≪The World≫やβテストの時に体験した転送エフェクトに酷似していた。
けど、あり得ない。僕達はアイテムもコマンド言ってないのに――!
視界が急激に白く塗り潰され、心臓が跳ねる。その時。
――カイト。……もう一度、貴方の力を貸して。
懐かしくも、以前より大人びたような声。間違いない、『彼女』だ。
思わず手を伸ばす。けど、白光はすぐに晴れ、気づけば僕は≪はじまりの街≫の中央広場に立っていた。
周囲には大勢のプレイヤー。皆同じように困惑し、辺りを見回している。さっきまで一緒にいたはずのアルゴの姿は見えない。
先ほどの“声”の余韻が、まだ胸を揺さぶっている。
「……今のは。」
「あっ! あれを見ろ!!」
僕の胸の内を落ち着くのを待たずにざわめきの中、誰かが空を指さし叫ぶ。
【Warning】――【System Announcement】
真紅の文字が空を覆い尽くす。
システム管理者からの告知――本来なら安心するべきだろう。けれど僕の胸に広がったのは、ただ不安だけだった。
やがて赤い文字はノイズを走らせ、血の雫のように滴り落ちる。
それらは集まり、巨大なローブを纏った人型を形作っていった。中身のない“巨人”は不気味に広場を見下ろす。
『プレイヤー諸君。私の世界へ、ようこそ。』
僕達は、このゲームの“本来の姿”を知ることになる。
アルゴは完全に私の趣味です。
それと今後のカイトの行動の理由付けにもちょうど良かったので。