.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第十九話

 

 

 そうして僕は、第三十五層《迷いの森》に足を踏み入れていた。

 クリスマス以来の訪問だけど、今は雪もなく、見通しはあの時よりも良い。

 

 件の“女性プレイヤー”――≪タイタンズハンド≫に手引きしているとされる人物の目撃情報が最近あった場所。慎重に周囲を警戒しながら進んでいると――耳に、かすかな戦闘音が届いた。

 

 「……誰か戦ってる?」

 

 木々をすり抜けて足早に向かうと、そこには一人の少女がいた。数体の≪ドランクエイプ≫に囲まれ、必死に短い刃を構えている。

 

 「……シリカ?」

 

 見覚えがあった。

 数少ないビーストテイマー。中層ではその容姿から“アイドル”のように扱われることもあってか、中堅組の支援活動の際に何度か顔を合わせた子だ。

 たまたま彼女が僕と同じダガーを使っていた縁で、立ち回りとかを直接指導をしたこともある。

 

 幼さの残る顔立ちに似合わず、どこか達観したような影を背負っている――そんな印象を持っていた。だけど今の彼女のように……無謀にも≪ドランクエイプ≫に一人で突撃するという、自殺行為に等しい行動を取るような子には見えなかった。

 

 「……ッ!」

 

 考えるより先に、体が動く。

 目的を逸脱するのは承知の上。――でも、助けないなんて選択肢はない。

 

 ダガーを握り、最大火力のソードスキルを放つ。

 【ソニック・アクセル】――突進と同時に光の軌跡が敵の群れを切り裂き、HPを一気に削り取った。続けざまに【タイガーバイト】を叩き込み、残りをまとめて屠る。

 

 「――ふぅ……。」

 

 ≪ドランクエイプ≫の残骸がポリゴンへと砕け散り、静寂が戻る。

 

 振り返った先で、シリカは呆然と座り込んでいた。――その肩に、いつも寄り添っていた小竜の姿はない。

 

 (ピナが……。)

 

 おおよその状況が、胸に重くのしかかる。

 

 僕はしゃがみ込み、シリカの目線に合わせるように片膝をついた。

 

 「久しぶり、シリカ。……僕のこと、覚えてる?」

 

 名前を呼ぶと、彼女の瞳がかすかに揺れた。次の瞬間――。

 

 「カイト……さん……!ピナがぁ!!ピナがぁぁぁぁ!!」

 

 叫ぶように泣きじゃくり、彼女は僕に飛び込んできた。その小さな体を、僕はしっかりと抱きとめる。

 

 背をさすりながら、ただひたすらに嗚咽を受け止める。失った悲しみをすぐに癒すことはできない。けれど――ほんの少しでも、彼女の涙を軽くすることができればと思う。

 

 

 

 

 

 それから数十分――。

 ようやく落ち着きを取り戻したシリカは、嗚咽を抑えながら僕の腕から離れた。

 

 「ご、ごめんなさい……いきなり、こんな……。」

 

 泣きじゃくった後の照れと戸惑いが、その小さな顔に浮かんでいる。

 

 「少しは落ち着いた?」

 

 僕が問いかけると、シリカは涙で濡れた瞳を上げ、コクリと頷いた。

 

 

 

 そして――途切れ途切れに、彼女はこれまでの経緯を語った。

 パーティーメンバーと揉めて、一人で飛び出してしまったこと。《迷いの森》で道に迷い、モンスターに襲われたこと。そして……そのせいで、相棒のピナを失ってしまったこと。

 

 「私のせい……全部、私のせいなんです……!」

 

 シリカは震える手で、小さな羽根を握りしめた。

 

 「ピナは……私を守ってくれたんです。バカな行動をしたのは私なのに……!」

 

 声が詰まり、俯くシリカ。

 その手元にある“羽根”が、僕の視線を引きつけた。

 

 「ねえ、シリカ。その羽根……アイテムウィンドウで、名前を確認してみて。」

 

 「え……?」

 

 戸惑いながらもシリカがウィンドウを開き、表示された名前を読み上げる。

 

 《ピナの羽根》

 

 「これは……?」

 

 やっぱり。間に合う。

 

 「それは“ただの羽根”じゃないよ。」

 

 「……え?」

 

 「テイムモンスターが死んだ時、そのモンスターを象徴するアイテムが生成されるんだ。」

 

 「それって……」

 

 「そしてそのアイテムを使うことで――蘇生できる可能性がある。」

 

 「――っ!?」

 

 シリカの瞳が大きく見開かれ、声が震えた。

 

 「そして……蘇生に必要なアイテムが手に入る場所、僕には心当たりがあるよ。」

 

 静かに。けれど確信を込めて言う。

 

 「だから――ピナを助けに行こう。」

 

 シリカの絶望に染まっていた瞳に、ほんのわずかだが確かな希望の光が戻っていくのを見た。

 

 

 

 《迷いの森》を抜ける道すがら、僕は隣を歩くシリカに静かに口を開いた。

 

 「四十七層の南に、“思い出の丘”って呼ばれる場所があってね。」

 

 「……思い出の丘?」

 

 聞き慣れない名前に、シリカは小さく首を傾げる。

 

 「そこに咲く“プネウマの花”。それが――使い魔を蘇生させるための特別なアイテムなんだ。」

 

 「蘇生!!」

 

 シリカの声が一段高くなる。瞳に一気に希望の光が差し込んだ。

 

 「うん。でも――条件がある。」

 

 僕は人差し指を立て、彼女の視線を受け止める。

 

 「その花は、誰でも手に入れられるわけじゃない。使い魔の主である君自身が、“三日以内”に思い出の丘へ行かないと、咲かないんだ。」

 

 「三日以内……。」

 

 さっきまで輝いていたシリカの瞳が、また曇りを帯びる。

 無理もない。彼女はまだ中層のプレイヤー。第四十七層なんて未知の領域でしかなく、一人では到底たどり着ける場所じゃない。

 

 「でも……そんな高い層まで……私、たどり着ける自信が……。」

 

 不安に揺れる声。シリカはぎゅっと拳を握りしめ、視線を落とす。

 

 だからこそ――僕は静かに告げた。

 

 「――大丈夫。僕が一緒に行くよ。」

 

 「……ふぇ?」

 

 シリカが顔を上げる。驚きと戸惑いが混ざった表情。

 

 「それに。」

 

 僕はウィンドウを開き、数回の操作でトレードウィンドウを表示する。

 装備欄から、ダガー、軽装防具、アクセサリー類――すべて中層プレイヤー向けに用意していた優良品を並べた。

 

 「えっ……!こ、こんなに!?これ、全部私に……?」

 

 目を丸くするシリカに、僕は微笑んで頷いた。

 

 「気にしなくていいよ。もともと中層の支援用に集めてたものだし。今、必要なのは君だから。」

 

 「カイトさん……。」

 

 信じられない、というように僕を見つめる瞳。そこには感謝と尊敬、そして安堵が入り混じっていた。

 

 「カイトさんって……初めて会ったときから全然変わりませんね。」

 

 ぽつりと、彼女の口からこぼれ落ちる。

 

 「変わらない優しさで……私みたいなプレイヤーのことまで気にかけてくれて……あの時も、今も……。」

 

 声が震えている。

 

 「……ありがとうございます、カイトさん。」

 

 涙を拭うように目元を押さえたシリカは――次の瞬間、飛び切りの笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえばカイトさん……カイトさんの用事は大丈夫なんですか?」

 

 街へ戻ったタイミングでシリカが不安げに問いかけてきた。一瞬、目を瞬かせたあと、ふっと笑みを浮かべる。

 

 「んー……まあ、大丈夫だよ。それに――泣いてる女の子を放っておくなんて、僕にはできないしね。」

 

 「……っ!」

 

 その言葉に、シリカの頬がぱっと赤く染まる。

 

 「そ、そんな……。」

 

 「ん?」

 

 「な、なんでもないですっ!」

 

 慌てて誤魔化す姿が可愛らしくて、もう少しからかおうとした――その時。

 

 「あ!いたいた! おーいシリカちゃん、大丈夫だった?」

 

 どこかで聞き覚えのある声。振り返ると、恐らくシリカの元パーティーメンバーたちが駆け寄ってくる。

 

 その中には、以前僕が中層向けレクチャーで指導したことのある男性プレイヤー、そして――件の女性プレイヤーと一致する容姿の“赤毛の槍使い”女性プレイヤーの姿があった。

 一瞬だけ僕の目が細くなる。すぐに表情を戻したけれど、自分でも警戒心を隠しきれなかったかもしれない。

 

 そんな僕を他所に、僕を認識した男性プレイヤーが、挨拶しようとしたので、そっと人差し指を唇に当てて“シー”のポーズを取る。彼は不思議そうにしながらも察し、口をつぐんでくれた。

 

 「いやぁ、シリカちゃんが急に飛び出しちゃうからさ、心配したよー!」

 

 先頭の男が軽口を叩きながら近づく。その後ろで――赤毛の女性がじっとシリカを観察するように目を細めた。

 

 「……あれ?」

 

 彼女の視線が、シリカの肩に“居ない存在”へ向けられる。

 

 「ピナはどうしたのよ?いつも乗っけてたじゃない。」

 

 シリカの表情が一瞬曇る。けれど――すぐに真っ直ぐ、彼女を見返した。

 

 「ロザリアさん。……ピナは死んじゃいました。」

 

 「そう。」

 

 「でも、絶対に生き返らせます!」

 

 決意を宿した声。シリカの小さな身体から、確かな意志の強さがにじみ出る。

 

 その瞬間――ロザリアの目が、一瞬だけ鋭く光った気がした。けれどすぐに肩をすくめ、値踏みするように僕を見て、にやりと笑う。

 

 「へぇ……じゃあ“思い出の丘”に行くんだ? あそこ、四十七層でしょ。行けるの?」

 

 「問題ないよ。あそこは強敵が出る場所じゃないからね。」

 

 僕が答えると、ロザリアは何かを計るように目を細め、唇の端を上げた。

 

 「すごいじゃん!じゃあ、もう一回パーティー組もうぜ!」

 

 別のメンバーが軽いノリでシリカを誘う。

 

 「お前、バカか。そうは言ったって四十七層だぞ。俺達が行けるわけないだろ。」

 

 「……あっ、そっか。」

 

 軽率さに気づいた彼は照れ隠しのように頭をかいた。

 

 「まあまあ、頑張ってよ!」

 

 「はい、ありがとうございます!」

 

 明るく手を振るシリカ。その姿を、ロザリアはしばし無言で見つめ――そして意味深な笑みを浮かべた。

 

 「へぇ……そりゃあ面白い話、聞いちゃったわねぇ。」

 

 「ロザリア?」

 

 「ふふっ、何でもないわ。」

 

 にやりと笑う彼女は、シリカの肩を軽く叩きながら囁くように言った。

 

 「ま、せいぜい頑張ってね?」

 

 そのまま彼女は仲間と共に街の奥へと消えていった。

 

 僕は、その背中を目で追いながら小さく息を吐く。

 

 ――おそらく“彼女”が、探していた人物だ。

 けど今は追えない。それでも……僕の予想が正しければ、また必ず会うことになるはずだ。

 そう考えを辞め、シリカと共に食事へと向かう。

 

 

 

 シリカと並んで街のレストランで食事をしていると、彼女はふとスプーンを止め、ぽつりと呟いた。

 

 「……どうしてあんな意地悪な感じで言うんですかね?」

 

 ロザリアの態度を思い返しているのだろう。シリカの表情は、不満と戸惑いが入り混じったものだった。

 僕は少し困った笑みを浮かべ、フォークを置いて答える。

 

 「僕は……そこまでMMORPGに詳しいわけじゃないけど、あえてああいう態度を取る人って、結構いるんだよ。」

 

 「え?」

 

 不思議そうに首を傾げるシリカに、例を出すように続ける。

 

 「例えばアルゴだってそうだよ。他人に害を与えてるわけじゃないけど、あの独特なロールプレイで喋るよね?」

 

 「……確かに。」

 

 「それが本人なりのスタンスなんだと思う。ロザリアも、きっと何か理由があってあの態度を取ってるんだ。ロールの一環なのか、単なる悪意なのか……それとも別の目的があるのかは分からないけどね。」

 

 慎重に言葉を選んで告げると、シリカは少し考え込み、俯いた。

 

 「……でも、やっぱり私は、あの言い方好きじゃないです。」

 

 「そうだね。」

 

 僕は苦笑しながら頷く。

 

 (……“意地悪”なんて感じとは別の、値踏みする感じ。あれは明らかに裏がある。)

 

 けれど、それをシリカに告げて不安を煽る必要はなかった。そう考えたところで、ふと、皆への連絡を思い出す。

 

 「ちょっとギルドに連絡するね。」

 

 メニューを開きながら、シリカに安心させるように微笑む。

 

 「え? はい、分かりました!」

 

 彼女は素直に頷き、再びスプーンを動かし始めた。

 僕は深く息を整えながら、素早くメッセージを入力する。

 

 【TO:キリト/ディアベル/アルゴ】

 『PKギルド≪タイタンズハンド≫と関係があると思われる女性プレイヤー≪ロザリア≫と接触。

 別件で、ビーストテイマーのシリカと明日「思い出の丘」へ向かうことになった。

 ロザリアの反応から、目的は≪プネウマの花≫の可能性大。帰路で襲撃を受ける危険性がある。

 今夜泊まる宿を送るので、周辺調査と第四十七層の最新情報をお願いしたい』

 

 内容を確認して送信。

 メニューを閉じると、シリカが笑顔で料理を口に運んでいる姿が目に入った。

 

 (大丈夫。……僕が必ず、シリカを守る。)

 

 自分にそう言い聞かせ、再び食事を口に運んだ。

 

 

 

 食事を終え、すっかり暗くなった街を並んで歩きながら、僕とシリカは宿へと向かっていた。

 フロントで部屋の鍵を受け取ったところで、手元のウィンドウが控えめに点滅する。

 

 アルゴからのメッセージだ。

 

 「……『思い出の丘』の最新情報かな。」

 

 内容を確認すると、いつもの調査報告に加えて、最後に短い一文が添えられていた。

 

 ――“シーちゃんに怖い思いさせんなヨ!”

 

 その軽口に、思わず口元が緩む。

 

 「……分かってるって。」

 

 小さく呟き、背後を振り返ると――シリカがほんのり疲れた様子で立っていた。

 けれど、その瞳には確かな決意の光が宿っている。

 

 「四十七層の『思い出の丘』について、少し説明しようか。……僕の部屋で、いい?」

 

 「え? は、はいっ!」

 

 戸惑いを浮かべながらも、シリカは素直に頷いた。

 

 僕の部屋に入ると、彼女を椅子に座らせ、アイテムウィンドウから地図を広げる。

 光のパネルに浮かび上がる四十七層の地形――南西の丘が目標だ。

 

 「『思い出の丘』の頂上に咲く“プネウマの花”。それはシリカが直接触れることで発芽する。……道中は植物系モンスターが多くて、動きが速い。油断は禁物だよ。」

 

 「……はい!」

 

 シリカが小さな拳を握りしめ、頬をわずかに赤らめる。その真っ直ぐな気合を微笑ましく見ていた――その時だった。

 

 ……扉の外から、微かな気配。足音。けど、普通の通りすがりとは違う。

 途切れ途切れに止まり、まるで“聞き耳”を立てているような……。

 

 (……黒、確定かな。)

 

 僕は立ち上がり、扉へと静かに歩み寄る。

 気配が動く――慌てたように足音が遠ざかっていった。逃げ足が速い。ほんと、盗み聞きなんて趣味が悪いね。

 

 しばし沈黙を確認してから、振り返って微笑む。

 

 「――そろそろ、部屋に戻ろうか。」

 

 「はい!」

 

 シリカをエスコートし、部屋の前まで送っていく。

 

 「……明日、よろしくお願いします!」

 

 彼女は小さく、けれど力強い笑顔を見せた。

 

 「うん。おやすみ、シリカ。」

 

 扉が閉まるのを確認してから、僕はメニューを開き、素早くメッセージを送信する。

 

 【TO:キリト/ディアベル/アルゴ】

 『誰かにつけられていた。部屋での会話を盗み聞きされてたみたいだ。

 ロザリアの件、恐らく予想通りになる。明日、“思い出の丘”に備えてほしい。』

 

 送信を終え、ふぅと息を吐く。

 視線を階下の暗がりへ落とし、胸中で静かに呟いた。

 

 (……さて。どうなるかな)

 

 空気がじわじわと“戦いの匂い”を帯び始めている。気を緩めるわけにはいかない。

 

 僕は足を返し、自室へと向かう。――明日、必ずシリカを護りきる。

 

 

 

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