.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第二十一話

 

 

 PoHの口から出た言葉に、僕は思わず動きを止めてしまった。

 

 ”それ”について知っているのか、キリトは驚愕に目を見開いて僕を見て、ディアベルも困惑している。背後からは、アルゴの押し殺したような声が届く。

 

 「カイト……。」

 

 仲間達の視線が僕に突き刺さる。

 けれどPoHは、そんな動揺など意にも介さず、愉快そうに唇を吊り上げて近づいてきた。

 

 「……お前が、なんでそれを知っているんだ!?」

 

 僕の問いに、PoHは不気味な笑みを深める。

 

 「『.hackers』――『蒼炎のカイト』。そのお前がどんな“力”を持ってるか――俺ぁ、全部知ってるぜ?」

 

 「……っ!?」

 

 返す言葉を失った僕に、PoHは右腕を突き出した。

 

 ――ぞわり。

 

 そこにあったのは、漆黒のノイズと赤黒い亀裂に覆われた異形の腕。

 まるで肉と金属の境界が崩れたように、AIDAのバグが蠢いていた。

 

 「なかなかイカすだろ?……こいつが教えてくれたんだよ。お前のことを、なァ。」

 

 「……ッ!」

 

 吐き気を覚えるほどの嫌悪と焦燥感が胸を締め付ける。

 

 「PoH……ッ!それが何を意味するか、分かってるのか!?」

 

 彼は、無造作に肩を竦めただけだった。

 

 「さぁな。些細なことだろ?」

 

 「些細……!?」

 

 「そんなことより――。」

 

 ギラリと刃が閃く。

 PoHは手にした出刃包丁を回し、狂気を孕んだ笑みと共に構えを取った。

 

 「これでようやく……お前と“本気”でやり合える!」

 

 次の瞬間、常識を超えた速度で踏み込んでくる。

 

 「ッ!!」

 

 咄嗟にダガーを交差させ、防御に徹する。

 

 ガキィィン――ッ!!

 

 凄まじい衝撃音と共に火花が散る。至近距離で、PoHの囁きが耳を抉った。

 

 「こいつは色々教えてくれたぜぇ……第二次ネットワーククライシスで何が起きたか。誰が解決したかってなァ。」

 

 「……!」

 

 「信じられるか? マジモンの“勇者サマ”が、この世にいたなんてよォ!しかも今は、デスゲームの真っ只中!」

 

 刃を押し返され、僕はバランスを崩す。PoHはその隙に距離を取り、両手を広げて高らかに笑った。

 

 「会いたかったぜ……“第二次ネットワーククライシスの立役者”よォ!ああ、勘違いするな。感謝してるくらいだ。お前らがあの事件を解決しなきゃ、俺はあのクソ組織と一緒に沈んでた!」

 

 「……!」

 

 狂気じみた笑顔で、PoHの瞳が異様な光を帯びる。

 

 「あのおかげで組織は壊滅、俺は“自由”を手に入れた!だからこうしてお前に会いたかったのさァ!世界を救った英雄サマが、どんな面をしてるのか……どんな“力”を持っているのか、この目で確かめたくてなァ!」

 

 叫ぶたび、声に狂気が滲む。

 ――いや、狂気そのものが彼を動かしていた。

 

 そして一瞬の溜めのあと、再び突進。

 

 「しかも英雄サマは、未だに正義を貫いてやがる!このクソッたれな世界でも、クズどもまで庇ってよォ!」

 

 AIDAに侵食された腕が、不自然にねじ曲がり、通常ではあり得ない軌道で襲いかかってきた。

 

 「……ッ!!!」

 

 僕は全身でその刃を受け止める。

 火花の奥、PoHの顔には――歓喜に似た狂気の笑みが張り付いていた。

 

 PoHの腕は別の生き物のようにうねり、蛇の首が獲物を狙うかのように僕の喉元を正確に狙ってきた。

 

 「――ッ!!」

 

 反射的にダガーで受け止める。けど、常識を外れたその軌道に冷や汗が背を伝う。

 

 「いい反応だなぁ、『勇者サマ』。……やっぱり面白ぇよ、お前。」

 

 異形の右腕を、PoHはまるで当たり前のように元の形へ戻していく。常識ではあり得ないその変質を、彼はまるで呼吸のように当然のこととして受け入れていた。

 

 「ソレは――現実世界の自分にすら影響が出るんだぞ!」

 

 低い声で警告する僕に、PoHは小首をかしげて薄く笑った。

 

 「だから、なんだ?」

 

 一切の迷いのない声音。その瞬間、僕の中にわずかに残っていた“説得の可能性”は砕け散った。

 

 (……もう、この男とは言葉は通じない。)

 

 僕は深く息を吐き、両手のダガーを逆手に握り直す。

 

 「キリト、ディアベル!《タイタンズハンド》を牢獄に送って!一瞬でも目を離せば、PoHは迷わず殺す!」

 

 「ッ……!」

 

 僕の叫びに、PoHは両手を広げ、心底愉快そうに嗤った。

 

 「気づいてやがったか。さすが勇者サマ……でもよ、甘ぇんだよ!」

 

 刹那、僕の斬撃は片手で受け止められ、鋼が火花を散らした。

 

 「いい判断だが……まだ躊躇いが残ってる。――見え見えだぜ?」

 

 PoHの目が細められ、視線が僕の背後へと滑る。アルゴ、シリカ、仲間達――。

 

 「そうだなぁ……誰か一人“死ねば”、もっと本気になるのか?」

 

 「――ッ!?」

 

 次の瞬間、僕の体は力任せに弾き飛ばされる。

 異形の右腕が伸び、蛇のようにうねってアルゴの胸元へと迫った。

 

 「アルゴ!!」

 

 血の気が引く。アルゴも即座に身を翻したけど、あの不規則な動きを回避するのは不可能に近い。

 

 (――間に合わない!!)

 

 咄嗟に右手を突き出す。

 幾何学模様が腕に浮かび上がり、光が奔った。

 

 「《データドレイン》――ッ!!」

 

 閃光がPoHの腕を貫き、ノイズを撒き散らしながら一部を虚空に溶かし飛ばした。

 

 「なッ――!?」

 

 初めてPoHの顔から余裕が消えた。右腕を押さえ、後退するその姿に、僕はアルゴを背に庇い直した。

 

 「……くくッ。いいじゃねぇか……それだよ!」

 

 けれど次に浮かんだのは――狂喜の笑み。

 

 「ようやく見せたな、勇者サマ。そいつが“データドレイン”か……!今のままじゃ俺が解体されちまうかもなぁ?」

 

 言葉とは裏腹に、その瞳は獲物を見つけた獣のように爛々と輝いている。

 

 「――最高だぜ!」

 

 PoHは腰から大量のスローイングナイフを掴み出すと、一斉に僕達へと投げ放つ。

 

 「今回はこれでおさらばだ、カイト!!」

 

 無数のナイフが矢のように襲いかかる中、PoHの姿は転移結晶の光に包まれ、霧散していった。

 迫りくるナイフをすべて叩き落とし、その場に膝をつく。胸の奥で、焼け付くような焦燥が渦巻いていた。

 

 (……AIDAに感染したプレイヤーが現れた。しかもよりによってレッドプレイヤーに。)

 

 拳を握る。汗に濡れた掌が震えていた。

 

 

 「カイト……今のは……。」

 

 ディアベルが複雑そうな表情で僕を見つめる。

 けど僕は、彼の問いを遮るようにゆっくりと首を横に振った。

 

 「ごめん。説明は後にさせて。今は……とにかく街に戻ろう。ここに居続けるのは危険だ。」

 

 ディアベルも、キリトも、アルゴも――そしてシリカも。

 誰もそれ以上問い詰めず、黙って頷いてくれた。僕達は無言のまま街へと戻った。

 

 

 

 

 街に戻って最初にしたのは、シリカへの謝罪だった。

 ≪タイタンズハンド≫に襲われる可能性を知りながら伝えなかったこと。

 結果的に囮のような形で利用してしまったこと。そして――何より怖い思いをさせてしまったことを。心の底から詫びた。

 

 けれどシリカは、小さく笑みを浮かべて首を振った。

 

 「カイトさんが……私を守ってくれたんです。むしろ……感謝しかありませんよ。」

 

 その優しさに、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 守れた安堵と、言えなかった秘密の重さ。その両方を抱えながら、僕はギルドホームへと帰った。

 

 

 

 

 

 黄昏の騎士団の談話室。

 PoHとの戦闘で起きた異常を整理するため、集まっていた。

 

 沈黙を破ったのは、やはりディアベルだった。

 

 「カイト。PoHの異様な腕。アレは一体なんだ?どうしてお前が知っている?それにお前が使ったあの光は?」

 

 その問いに、僕は口を開きかけて――言葉を詰まらせる。

 

 (すべて……話すべきなのかな。)

 

 アルゴにはすでに打ち明けている。

 ならば、キリトやディアベルにも真実を話すべきだとは思う。

 けれど今度の相手は、AIDAに侵食されたプレイヤー。しかも殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のリーダー、PoH。

 彼が世界に及ぼす影響は、計り知れない。

 

 (みんなと協力してPoHを追う必要が……でももしPoHを追い詰めて、データドレインを使ったとして……それは本当に正しいの?)

 

 人に向かってあの力を行使する。それは自分でも答えが出せない。胸の奥で迷いが渦を巻き、思わず俯いてしまった。

 

 そんな僕を見かねたのか、ディアベルが苛立ちを押し殺した声で言った。

 

 「……分かった。カイト、一つだけ答えてくれ。」

 

 顔を上げると、真剣な瞳がまっすぐに僕を射抜いていた。

 

 「お前のその“力”は――お前自身の信念に、反していないんだな?」

 

 「……!」

 

 弾かれたように顔を上げる。そして、迷いなく頷いた。

 

 「反してない。少なくとも疚しい気持ちはないし……“良いと思えることをやっていく”。それは、変わってないよ。」

 

 ディアベルは僕の言葉を聞くと、一度だけ静かに目を閉じ、やがて息を吐いた。

 

 「……なら、それでいい。」

 

 「ごめん、ディアベル。」

 

 思わず漏れた謝罪に、彼は呆れたように苦笑を浮かべ、僕の肩を軽く叩いた。

 

 「謝るくらいなら、言ってほしいんだがな。言えない理由があるんだろ。……どんな事情があっても、PoHが危険なのは間違いない。注意喚起は出そう。」

 

 仲間達の視線が、一斉に僕へ向けられる。

 そこには責める色はなく、ただ信じようとする真剣さだけがあった。

 

 (……僕は、いつか本当のことを話せるんだろうか。)

 

 胸の奥に重たい問いを抱えながら、僕はその夜を迎えた。

 

 

 

 




ボスに続き、プレイヤーにもAIDAが感染していく。
被害はどんどんと大きくなって……。

どうすればいいのか。悩むカイト。
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