.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第二十二話にも足を運んでいただきありがとうございます。




第二十二話

 

 

 

 第四十二層――村の跡地。

 

 冷たい風が、僕とアルゴの間を吹き抜ける。

 かつてNPCたちが穏やかに暮らしていたはずの村は、事前に聞いた話の通り、もう見る影もなかった。

 

 建物は土台ごと崩れ落ち、地面は何かに焼かれたように黒く焦げ付いている。

 人々の声が賑やかに響いていたはずの広場も、今はただの灰色の空間だ。そして――そこにあるべきはずのNPCの姿は、一人として見当たらなかった。

 

 「……本当に、崩壊してるんだね。」

 

 呆然と呟いた声は、虚ろな廃墟に吸い込まれていく。

 

 PoH――AIDAに侵食された人間との衝撃的な遭遇から、ひと月と少し。

 ≪黄昏の騎士団≫として彼の危険性――AIDAの事は伏せて――を全体に告知したものの、その後は不気味なほど音沙汰がなかった。

 プレイヤー達の間でも、少しずつ警戒が薄れ始めていた、まさにそんな頃だった。

 

 『フィールド上の村が、完全に消滅して、再ポップもしない。』

 

 そんな信じ難い情報がもたらされた。

 

 最初はただの噂、あるいはイベントの一環だと思った。けれど――現実は違った。

 

 通常なら、どんなにモンスターに襲われたとしてもNPCは一定時間で再ポップし、建物も修復されていく。それが、この村は“完全に消えていた”。まるで滅んだものは復活しないというかのように。

 

 「普通ならNPCも復活するはず。それに建物だって……こんな完全に消えるなんて今までなかった。」

 

 アルゴもまた、声を潜めて驚きを漏らす。

 

 「一応、イベント絡みかと思って情報収集したんだけど、今のところそれらしいクエストは見つかってない。

 しかも……他の街のNPCが『村が滅んだ』って話をしてるらしいよ。」

 

 「滅んだ……。」

 

 僕は思わず息を呑む。

 

 SAOのNPCは確かに以前より人間らしい振る舞いを見せるようになった。そんな彼らが――『滅亡』という確定事項みたいな事を口にするなんて。

 

 (また大きな変更……。何が始まってるんだ。)

 

 胸の奥で、重苦しい予感が膨らんでいく。

 

 「ねぇ、カイト……やっぱり、“AIDA”とか“バグ”が関係してると思う?」

 

 慎重に問うアルゴの声に、僕は口を結び、小さく頷いた。

 

 「可能性は……捨てきれない。」

 

 そう答えながら、無意識に右手へと視線を落としていた。

 昨年のクリスマス、“蒼炎のカイト”に放ったあの一撃。森の一部を消し飛ばすほどの規模で放たれたデータドレイン。

 

 あの時の余波が、今になってシステムの深部で影響を及ぼしている可能性も……。

 

 「カイト?」

 

 沈み込んだ思考を、アルゴが心配そうに覗き込む。

 

 「……ごめん。大丈夫。」

 

 軽く首を振り、息を吐いて思考を振り払った。

 

 「とにかく、もう少し調べてから街に戻ろう。……まだ何か、手がかりがあるかもしれない。」

 

 「……そうだね。」

 

 アルゴは小さく頷き、探索を再開する。

 

 吹き抜ける風が、崩れた建物の残骸を鳴らした。その音がまるで“嘆き”のように聞こえて、胸の奥がざわめく。

 

 (もう取返しのつかないところまで来てるのかな…。)

 

 そんな嫌な予感に胸を締め付けられながら、僕はアルゴと共に――滅びの跡を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 街へ戻った僕達を待っていたのは、ディアベルの姿だった。

 

 「カイト、アルゴ。……ちょっと来てほしい場所がある。」

 

 ただならぬ声音に、僕とアルゴは顔を見合わせ、頷く。案内されたのは第五十層――クエスト用NPCが配置されているはずの広場だった。

 

 けれど、そこにあるべき“いつもの姿”はなかった。

 

 「……嘘。本当にいない。」

 

 アルゴがぽつりと漏らし、ディアベルが低く頷いた。

 

 道すがら聞かされた話は、ただのバグや気のせいでは片付けられないものだった。

 ――“NPCの護衛任務クエスト”を受けたプレイヤーが、護衛対象を守れずクエストに失敗。けれど、失敗したはずのNPCが丸一日経っても再ポップしなかった。

 

 最初は復活が遅れているだけかと思われたが――あまりに長すぎる“空白”は、明らかに異常だった。

 

 「しかも、同じ噂が他の層でも出てきている。……NPCが、復活しない。」

 

 ディアベルの声には、最前線の攻略では見せない“怯え”が混じっていた。

 

 「でも――代わりに“居る”みたいダネ。」

 

 アルゴが腕を組み、静かに視線を逸らす。

 

 そこにいたのは――“子ども”だった。小さな体に、まだあどけなさを残す顔立ち。ただ明らかにプレイヤーではなく、NPCに見える。

 それでも――これまでのどのNPCとも違う気配を纏っていた。

 

 (この層に、こんな子どものNPCなんて……今まで一度も見たことがない。)

 

 不安と好奇心が入り混じる中、僕はゆっくりと歩み寄り、思い切って声をかけた。

 

 「ねえ、キミ……ここで何をしてるの?」

 

 小さなNPCは、ゆっくりと首を傾げ――小さな声で答えた。

 

 「……おかあさん、帰ってこないの。」

 

 「!!」

 

 “おかあさん”―― ディアベルの顔色がサッと変わる。

 

 「まさか……“護衛クエスト”で消えたNPCのことを言ってるのか……?」

 

 「じゃあ……この子は、消えたNPCの“子ども”として新たに生成されたってことカ……?」

 

 アルゴの声にも、困惑が混じる。

 

 僕は膝を折り、小さな子の目線に合わせて、優しく尋ねた。

 

 「ねえ……キミのおかあさんの名前、分かる?」

 

 NPCの子は、少しだけ考え込むようにして――静かに口を開いた。

 

 「……マーリア、っていうの。」

 

 「……マーリア……!」

 

 僕はすぐにウィンドウを開き、過去のクエスト履歴を確認する。

 

 ――《護衛クエスト用NPC マーリア》

 

 確かにその名が刻まれていた。

 

 「やっぱり……この子は、消えたマーリアの“子ども”として生まれた新しいNPCだ……。」

 

 風の音すら止んだような静けさの中、僕は確信する。まるで、この世界そのものが――NPCですら“命を繋ぎ始めている”と囁いているかのようだった。

 

 

 

 

 

 第五十層・南のオープンテラスカフェ――

 

 薄曇りの空の下、僕達は3人並んでテラス席に腰掛けていた。吹き抜ける風は少し冷たく、けれどそれが妙に肌に馴染んで離れない。

 

 確認した現実が、あまりにも現実離れしているような気がして、けれどそれを受け止めた僕は手元のカップをそっと置き、ぽつりと呟いた。

 

 「……なんか……この世界がどんどん“リアル”に近づいてきてる気がするね。」

 

 その言葉に、ディアベルが眉をひそめる。

 

 「……どういう意味だ?」

 

 僕は視線をカップから2人へ移し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 「たとえばNPCとの会話。今までは用意されたテンプレートみたいな受け答えだった。でも最近は……ほとんどプレイヤーとの会話と変わらない。複雑な質問にも答えるし、冗談も通じる。……中には、怒ったり、泣いたりするNPCすらいる。」

 

 アルゴとディアベルが顔を見合わせる。その反応を確認し、さらに続ける。

 

 「村が襲われたら、もう元に戻らない。NPCが死んだら、復活しない。……プレイヤーの選択が、そのまま“結果”として残っていく。」

 

 静かに、それでも確かな声で告げる。

 

 「これって――現実だったら、それが当たり前だよね?本来壊れたものはすぐには治らないし、死んだ人は帰ってこない。」

 

 ディアベルは苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

 「こんな形で現実を思い出させられるとはな。」

 

 そう聞きながら僕は始まりの日を思い出す。

 

 「デスゲームが始まったあの日……茅場晶彦は言ったよね。“世界の創造”が目的だって。」

 

 「……創造、ネ。」

 

 アルゴが苦く呟き、顎に手を当てて考え込む。

 

 「つまり、“究極のリアル”を作る目的だからのこの変化ってことカ?」

 

 「それなら、最近の変化の辻津は合いそうじゃない?」

 

 ディアベルが苦々しく息を吐く。

 

 「……ルールそのものの変更は俺達が負うリスクも上がるぞ。」

 

 アルゴがトン、とテーブルを指先で叩く。

 

 「小さい変化も見逃せなくなってきたネ……。」

 

 そうアルゴが零すと重たい沈黙が、テラスに広がる。

 そんな中、僕のメッセージウィンドウが、控えめに通知音を鳴らした。

 

 「ん? ……キリトからだ。」

 

 ウィンドウを開くと、届いた短い一文が目に入る。

 

 【FROM:キリト】

 『ちょっと相談があるんだが、時間あるか?』

 

 「……キリトが相談したいってさ。このままここで待とうか?」

 

 そう言うと、空気を換えるようにアルゴがニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

 

 「オ?キー坊が相談?ついに色気付いたカナ?」

 

 「いや……普通に攻略の話だと思うけど……。」

 

 僕は苦笑し、肩を竦める。ディアベルも同じく苦笑を返した。

 

 「まぁ、あいつがわざわざ相談に持ちかけるなんて、珍しいことだよな。」

 

 少し、場が和んだと思ったその瞬間。

 

 

 

 

 

 「キャアアアアアアアッ!!!」「う、嘘だろ!? なんでモンスターが街に――!?」「逃げろおおおっ!!!」

 

 街の中心から、凄まじい悲鳴が響き渡った。

 

 耳を疑った。……いや、それだけじゃない。

 理解が追いつくよりも先に、視界に“あり得ないもの”が飛び込んできた。

 

 ――安全圏であるはずの街の中に、モンスターが駆け回っている。

 

 「っ……!なんだ、これ……!?」

 

 ディアベルが呻き、アルゴの顔が凍りつく。

 

 「どうして……?ここ、安全圏なのに……?こんなの、おかしいって……!」

 

 街は――本来ならモンスターの進入が絶対に許されない場所。その“常識”が、今まさに崩れ去ろうとしていた。

 再び、NPCの悲鳴が空気を震わせる。その瞬間、僕の身体は漸く反応した。

 

 「ディアベル!!討つよ!!」

 

 「わかってる!!行こう!!」

 

 すぐさまダガーを抜き、駆け出す。ディアベルも横に並び、盾を構えた。

 

 「クソッ……!なにが起きてやがる!?村が滅んだって……こういうことだったのか!!」

 

 門の外から、さらにモンスターが押し寄せてくる。

 

 

 異常はそれだけじゃない。

 

 「……っ!? これ、ここらへんのモンスターじゃない!!」

 

 街周辺には存在しないはずの、見慣れない種族のモンスターが混ざっている。

 しかも――門の向こうでは、モンスター同士が縄張りを争うかのように殺し合っていた。

 

 「多種多様のモンスターが……ごちゃ混ぜになってる!?」

 

 分析なんてしている暇はなかった。

 このままではNPCも、プレイヤーも――無残に喰われてしまう。

 

 「考えるのは後だ!!今は――街を護る!!」

 

 僕は跳躍し、群がるモンスターへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 時間にすれば――わずか三十分。

 けれど、その短い間に街は三分の一が崩壊し、多くのNPCたちが“消失”した。

 

 そこにあったのは、かつて“誰かが生きていた”痕跡とは思えない、無機質で無慈悲な静寂だった。煙が立ち上る路地裏。剥がれ落ちた石畳。軋む扉の音。

 僕は肩で荒く息をしながら、ダガーを静かに鞘へと収めた。

 

 「……はぁ、はぁ……。」

 

 見渡した街に、もう“安らぎ”の象徴だった頃の姿はない。

 プレイヤーに直接の犠牲は出なかった――それだけが唯一の救いだった。

 

 「モンスターが侵入してきて……しかも安全圏の中で、ダメージが通るなんて……。」

 

 握る手に、無意識に力がこもる。

 

 SAOにおける街は絶対の聖域――。どんな攻撃も無効化され、どんな状況でも休息できる。それは《デスゲーム》という極限の中で、唯一保証された“生の砦”だった。

 

 ――その常識が、たった今、破られた。

 

 「……茅場……一体何を考えてるんだよ……。」

 

 脳裏に浮かぶのは、あの男――茅場晶彦の不気味な笑み。けれど今は、立ち止まっている暇などなかった。

 

 

 僕はプレイヤー達が避難している区画へ向かい、声を張り上げた。

 

 「誰か! 最初にモンスターが街に入るのを“見た”って人はいない!?」

 

 一瞬の沈黙。だが、やがて震える声が上がった。

 

 「……見ました。門が……モンスターに、壊されるのを……!」

 

 プレイヤー達の間に驚きのざわめきが広がる。

 僕はすぐにその男性の元へと近づいた。ディアベルとアルゴも横に並び、彼を囲む。

 

 「……街の近くで狩りをしてたんですけど、モンスターが増えて……無理だと思って……。」

 

 「それで街に避難したんだな?」

 

 ディアベルが促すと、彼はコクリと頷いた。

 

 「はい。でも……おかしかったんです。」

 

 彼の表情には、不安と動揺の色が濃く浮かんでいた。

 

 「いつもなら街に入った瞬間、タゲは外れてモンスターは引き返すはずじゃないですか? でも今日は違った。門の前で……ずっとウロウロしてて……。」

 

 「……。」

 

 「不思議には思ったんですけど……そのまま、補給のために中央に向かおうとしたときに……。」

 

 彼は目を伏せ、唇を震わせながら崩れ落ちた門の方へ視線をやった。

 

 「――ものすごい音がして。振り返ったら……門が、粉々に砕けて……モンスターが、雪崩みたいに押し寄せてきたんです……。」

 

 「街の門が……破壊された……?」

 

 その言葉に、ディアベルもアルゴも、息を呑んだ。

 

 「門が破られたことで、モンスターが侵入できるようになった……てっことなのか……。」

 

 僕の呟きに、ディアベルが静かに続ける。

 

 「だが、それ以前の問題だ。今の話からするとモンスターが“門を攻撃した”ことになる。そんな行動自体、前例がない。これは明らかに行動ルーチンの逸脱だ。」

 

 「加えて、”街の中”で攻撃が通ったってコトは……。」

 

 アルゴの声が低く沈む。

 

 「――安全圏の定義そのものが、書き換えられた可能性が高いネ。早急に対策を考えないとヤバいゾ……。」

 

 その声は、いつも以上に重く響いた。

 

 NPCが“本当に死に”、”街の守りが破られる”世界。

 それはもう、まるでシステム的じゃなくて現実みたいな――

 

 「カイト!ディアベル!アルゴ!」

 

 事態の深刻さに思考を巡らせていた僕達のもとに、キリトの声が飛び込んできた。

 振り向けば、彼とアスナが息を切らしながら駆け寄ってくる。

 

 「キリト、アスナ!」

 

 「……一体、何があったんだ……!?街が、こんなことになってるなんて……!」

 

 2人とも、崩れ落ちた街並みに目を奪われ、絶句していた。安全圏が破られるという現実離れした惨状に、言葉が追いついていない。

 

 「本当は話したいことがあって来たんだけど……今はそれどころじゃなさそうだな。」

 

 「ううん、いいよ。街の対処はすぐ結論が出る問題じゃない。状況整理の間に話して。」

 

 そう告げて、僕は2人へ向けて短く指示を飛ばす。

 

 「――ディアベル、五十層で動けるギルドメンバーと外部協力者の選定・招集をお願い。アルゴ、≪黄昏の騎士団≫の名でこの街の現状を速報して。被害状況、原因、影響範囲……あと念のため最前線と商人協会にも通達を。」

 

 「了解。」「任されたゾ。」

 

 2人がすぐに動き出すのを確認して、僕は改めてキリトへ向き直った。

 彼はわずかに躊躇いながらも、息を整え、重く口を開いた。

 

 「……街の中で、プレイヤーが殺されたんだ。」

 

 「……っ!安全圏で? でも、それって……ここのような状態じゃないってことだよね?」

 

 「ああ、だけど、それが……おかしいんだ。」

 

 キリトの表情は険しく、影を落としていた。

 

 「通常、安全圏内でプレイヤーが死亡した場合は、デュエルによる決着しかないだろ。そして必ずデュエルの後には《Winner》の表示が出るはず。……でも今回は、それが出なかった。」

 

 「……街の様子に変わりはあった?」

 

 「なかった。安全圏のシステムも正常に動いていた。俺自身が確認した。」

 

 「……それだけじゃないの。」

 

 アスナが、沈痛な面持ちで言葉を重ねる。

 

 「?」

 

 「二人目の犠牲者も出たわ。そして……目撃者が言ってたの。――犯人は“死んだはずのプレイヤー”だったって。」

 

 「……“亡霊騒ぎ”、ってこと、か。」

 

 僕の眉間にしわが寄る。

 でも何かに引っかかる。僕は今度は詳細に内容を聞くことに。

 

 

 

 

 

 「……なるほど。そういうことか。」

 

 「?」

 

 「幸い……いや、“幸い”って言葉は不適切かもしれないけど」

 

 詳細に聞いた僕はその”死んだ”とされる状況を聞いてある程度の推測が立った。慎重に言葉を選びながら続ける。

 

 「キリト達が遭遇したのはこの街みたいな崩壊じゃなくて……“仕様の範囲内”で起きてる話だ。」

 

 「仕様……?」

 

 アスナが困惑の表情で首をかしげる。僕は彼女に向かって静かに言った。

 

 「アスナ、フレンドリストを開いてみて。」

 

 「え? う、うん……。」

 

 彼女は戸惑いながらもウィンドウを操作し、フレンドリストを確認する。

 そして――

 

 「……えっ!? うそ……!? “ヨルさん”が……いる……!?」

 

 「え?!彼女は“死んだはず”じゃ……?」

 

 驚愕する2人に、僕は静かに頷いた。

 

 「これは――“仕様の穴を付いたPK”じゃない。……おそらく、視覚情報を利用したトリックだ。」

 

 

 

 





仕様変更と仕様内の話ですね。
大きく話が動いていきます。
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