.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第二十三話

 

 

 首を傾げた2人に説明するために、タイミングよく手が空いたディアベルとアルゴにも声をかけて、僕達は移動を開始した。

 

 「ちょうど試したいことがあるから……それと合わせて、今回の“亡霊騒ぎ”を検証しよう。」

 

 移動しながら、ざっくりとした概要を2人に伝え、静かに続ける。

 

 「――“死んだ”と思われてるプレイヤー達は、実は全員“生きている”。さっきヨルさんを確認したとおりに、ね。」

 

 「……でも! 私たちの目の前で、確かにHPがゼロになって、ポリゴン化したのよ!?」

 

 アスナがなおも食い下がる。

 

 「そこがポイントなんだよ。アスナ、キリト。2人は何をもって“HPがゼロになった”って判断した?」

 

 「えっ……それは、その場でポリゴンになったから……。」

 

 「そうだよね。街の中でパーティーを組んでなければ、他人のHPゲージは見えない。つまり――“ポリゴン化の演出”が死亡の証明になってる。」

 

 会話を交わしながら、壊れた城門の前に辿り着いた。

 惨状に息を呑むが、今は検証が先だ。装備ウィンドウを開き、わざと“耐久値の低い装備”を選び、変更する。そして、自らの手にダガーを突き立てた。

 

 「カイトさんっ!?!?」

 

 アスナの悲鳴にも似た声が響く。

 

 「……やっぱり。ちゃんとHPは減る。」

 

 「思った通り……完全に“安全圏”が消えてるナ。」

 

 アルゴが確認するように頷く。すでにこの区域は、かつての“街”ではなくなっていた。

 

 そこから街を少しもどって――まだ崩壊を免れたエリアへと歩を進める。するとHPの減少が止まった。

 

「なるほど……崩壊してない区域では安全圏が有効になってるってことか。」

 

 ディアベルが低く呟く。

 

 「アルゴ、この情報も周知して。――“崩壊エリアは安全圏ではない。崩壊していない箇所は安全圏が有効になってる”って。」

 

 「了解ダ。」

 

 そして僕は改めて右手の装備を掲げる。ちょうどその瞬間、耐久値が尽き、パリンと軽快な音を立てて“ポリゴン化”して消失した。

 

 「――たぶん、キリトたちが見たのはこれだよ。」

 

 「……そうか!!あの時のカインズはフル装備、ヨルさんも全身を覆うような格好……。全部“演出”だったのか!!」

 

 キリトの顔に驚愕が走り、すぐに理解の色が浮かぶ。

 

 「装備が壊れた瞬間にポリゴンになった。それを“死亡演出”だと錯覚した……。」

 

 アスナもようやく息を吐き、納得したように頷いた。

 

 「でも……それって、なんのために?」

 

 キリトが眉をひそめる。その問いに、僕は人差し指を立てて推理を口にした。

 

 「――“幽霊騒ぎ”を引き起こすため、じゃないかな?」

 

 「どういう意味だ?」

 

 「たぶんヨルさんとカインズさんは、グリセルダさんがなぜ死んだのか、その真相を追ってる。ギルド《黄金林檎》が解散した理由……原因となった“指輪”の行方。そして、犯人がギルド内部にいる可能性を疑ったんじゃないかな。」

 

 皆が真剣な顔で耳を傾ける。

 

 「だからこそ、“死んだグリセルダ”になりすまして、犯人にプレッシャーを与え、自白を引き出そうとしている。復讐じゃなく――“告発”のために。」

 

 「……なるほどな。幽霊が復讐に回ってるという“演出”を仕掛けたわけか。」

 

 ディアベルが腕を組み、唸るように言った。

 誰も死んでいなかった。その事実に少しの安堵を覚えつつ、内容を喋っていて――ふと、別の“違和感”が頭をよぎった。

 

 「……ねえ。グリセルダさんとグリムロックさんって、結婚してたんだよね?」

 

 「うん? ああ、そう聞いてる。」

 

 キリトの返答に、アルゴの視線がすぐこちらを射抜く。たぶん彼女も気づいた。

 

 「「――なんで、指輪がなくなった……?」」

 

 僕とアルゴの声が、まったく同じタイミングで重なった。

 予想外の共鳴に、一同が首を傾げた。

 

 アルゴが、低く噛みしめるように言う。

 

 「SAOの“結婚”システム……仕様はいくつかあるケド、最大の特徴は“ストレージの共有化”ダ。そして……どちらかが死んだ場合――残された側に、共有アイテムはすべて引き継がれる。」

 

 「ってことは……!」

 

 アスナが息を呑み、目を大きく見開く。

 

 「指輪は――“消えてなんてない”。」

 

 僕はアスナを振り返り、鋭く問いかける。

 

 「アスナ!ヨルコさんの居場所は!?」

 

 「十九層、“十字の丘”!さっき確認したばかり!」

 

 「よし――行こう!!」

 

 即座に足を返し、転移門へと駆け出す。アルゴ、キリト、ディアベル、アスナも続いた。

 

 「そもそも……僕達ですら簡単に思いつかない“死の偽装”なんて、誰が考えたんだ!?普通のプレイヤーが、しかも中層プレイヤーが発想できることじゃない!」

 

 振り返りざま、叫ぶように言うと――背後からアルゴの鋭い声が飛んでくる。

 

 「……“ラフィン・コフィン”、カ。」

 

 「そうだ! そしてなんで指輪がなくなった、って話になったのか!!そこにグリセルダさんが殺された理由が……本当に誰かに手を下されたなら、あいつらが関わってる可能性が高い!!」

 

 僕は転移門に飛び込みながら、アルゴに指示を飛ばした。

 

 「アルゴ!僕の予想が正しければ、十中八九ラフコフか、レッドプレイヤーが関わってる!呼べる限りの最前線プレイヤーに声をかけて!!」

 

 「わかっタ!! 皆!! 無理するなヨ!!」

 

 アルゴの声に頷きながら、僕達は転移光に包まれ――第十九層へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 第十九層《十字の丘》。

 月明かりが静かに草原を照らし出す。

 

 「アスナ!手引き役はグリムロックのはず!近くにいる可能性が高い、探して!」

 

 僕の声にアスナが力強く頷く。アスナの別行動を見送りつつ、僕達は丘を駆け上がった。

 

 

 

 そして――視界に飛び込んできたのは、黒い殺気に満ちた最悪の光景だった。

 

 「……やっぱり……!」

 

 地面に倒れるシュミット。怯え、後退りするヨルコさんとカインズさん。

 そしてその前に立ち塞がるのは――《ラフィン・コフィン》幹部3人。PoH、ジョニー・ブラック、ザザ。

 

 その姿を認めた瞬間、僕の全身の警戒心が跳ね上がる。僕達は武器を構えて彼らの前に立つ。

 

 「おいおい、『黒の剣士』だけじゃなく……“勇者様”まで釣れたのかよ。」

 

 ジョニー・ブラックが口角を吊り上げ、舌なめずりするように笑った。

 

 PoHはフードの奥から細めた眼光を僕に突き刺す。ザザは無言で武器を回し、今にも突っ込む構えだ。僕は牽制するように言葉を発する。

 

 「……三対三。耐毒ポーションも飲んできた。増援だってこれから来る。無理に仕掛ければ、どうなるかわかってるよね?」

 

 落ち着いた声音で、しかし逃げ道を塞ぐように告げる。

 隣に並んだキリトとディアベルも無言で武器を構え、緊張の糸が張り詰めていく。

 

 少しだけの沈黙の後。

 PoHは舌打ちし、つまらなそうに肩をすくめた。

 

 「……チッ。今のコンディションじゃ遊べねぇしな。引くぞ。」

 

 「なぁんだよ、せっかくの狩りだったのによォ……!」

 

 ザザが苛立ちを隠さず舌打ちする。

 ジョニー・ブラックは喉を鳴らし、くくくと笑った。

 

 3人が奥へと去っていく中、PoHが最後に振り返り、僕を射抜くような視線を送ってくる。

 

 「なぁカイト。“戦争”ってのはよ――“大義”があるから盛り上がるもんだろ?」

 

 嗜虐的で、不吉な笑み。

 

 「最高の舞台、用意してやるよ、“勇者様”。期待して待ってな?」

 

 言い残し、3人は月光の中へと溶けるように姿を消した。

 

 

 

 

 圧迫感が消えた空気の中で、ヨルコさんとカインズさんはその場にへたり込み、麻痺が解けたシュミットもようやく立ち上がる。

 

 「……助かった。カイト、キリト、ディアベル……どうしてこの場所がわかった?」

 

 「場所はアスナがヨルさんとフレンドになってたおかげ。……それに、途中で“奴ら”が絡んでる可能性に気づけたからね。」

 

 足音が聞こえ、そちらに目を向ければアスナが、レイピアを突きつけて一人の男を伴ってきた。

 

 「……!」

 

 彼の姿を目にした瞬間、カインズさんもヨルコさんもシュミットも目を見開き、絶句する。

 

 「グリムロック!なんでここに?」

 

 シュミット達が声を上げた。

 アスナは険しい顔のまま、男の背を押して前へ出させる。僕は一度目を瞑り、そして息を吐いた。

 

 「悪いけど事のあらましはキリト達から聞かせてもらったよ。その上で、違和感を覚えたから。」

 

 前置きを言って皆を見渡す。

 

 「SAOの“結婚システム”、知ってるよね?」

 

 「……ああ、一般的なことは。」

 

 シュミットが頷く。

 

 「これの一番の大きな事はアイテムストレージの共有化。そしてそれは夫婦の片方が死んだら――そのストレージの中身はすべて、生き残った側に移る。……“指輪”は消えてない。最初から、彼の手元にあるはず。」

 

 「なっ……!」

 

 驚愕に目を見開くシュミット、そしてカインズさん。

 

 「お前……まさか……!」

 

 警戒心を露わにしたカインズさんを横目に、グリムロックは淡々と口を開いた。

 

 「……確かに彼の言う通りだ。ストレージは――彼女が死んだ瞬間、私のものになった。だから“指輪”は今も、私の手元にある。」

 

 「……っ!」

 

 彼らの顔に、はっきりと動揺が走った。

 

 「だったら……どうして“奪われた”なんて話が広まったの……?」

 

 ヨルコさんが震える声で問いかける。

 

 「……何も言わなかった。それだけだ。勘違いしたのは、そちらの方だろう?」

 

 グリムロックはわずかに肩をすくめて、吐き捨てるように答える。

 

 「そんなの……卑怯よ……!」

 

 ヨルコさんが絞り出す。

 何とも言えない空気の中、僕は事件の真相を明らかにするために、グリムロックに向き合い、静かに口を開いた。

 

 「違和感があった。事件の筋書きはあまりに出来すぎていたから。中層のプレイヤーが思いつくには、あまりにも巧妙で完成されたトリックだった。」

 

 全員の視線が僕に集まる。

 

 「裏に誰かがいると考えるのが自然だし、今回の事を主導しているのは――あなたじゃなく、元ギルドの仲間達。……しかも、“今”になって急に動き出した理由。それがずっと引っかかってた。」

 

 グリムロックの目が、わずかに伏せられる。

 

 「……グリセルダさんは、あなたが手引きして《ラフィン・コフィン》に殺させたんじゃないんですか?」

 

 その言葉に、空気が凍りついた。

 

 「シュミットがここに居て、何を告白したかはわからないけど、少なくとも何かしらには関与している、と見える。ただ、直接行動に出たわけでもないと思う。

 でなければ貴方がヨルさん達と別行動している意味も、それに見計らったようにPoH達出てきた理由もなくなるから。」

 

 僕の視線に諦めたような声音で彼は呟く。

 

 「……金のためじゃない。アイテム目当てでもない。」

 

 「じゃあ、どうして……?」

 

 僕の問いに、彼は虚ろな瞳をこちらに向け――

 

 「“彼女が、妻であるうちに……殺さなければならなかった”。」

 

 空気がさらに冷え込んだ。アスナが一歩前に出て、低く、絞り出すように問う。

 

 「……どういう意味、それ……?」

 

 グリムロックは夜空を仰ぎ、わずかに震える声で続ける。

 

 「……彼女は、現実で……私の妻だった。」

 

 「……!!」

 

 息を呑む。

 

 「彼女はこの世界に来て……変わった。現実では控えめで、家庭的で……ただ俺の後ろを歩くだけの女性だった。だが、この世界の彼女は違った。自信に満ち、仲間を導き……まるで冒険の主人公みたいに輝いていた。」

 

 彼の目は暗く濁り、嫉妬と恐怖で塗りつぶされている。

 

 「……それが、嫌だったの?」

 

 アスナの声は、冷たく、怒りを孕んでいた。グリムロックは小さく、だが確かに頷いた。

 

 「もう……私の知っている“妻”じゃなかった。違う生き物になっていた。……怖かった。彼女が、どんどん遠くへ行ってしまいそうで。」

 

 「ふざけるな!!そんな理由で殺したのか!!!」

 

 「そんな理由? 違うな、十分すぎる理由だ。君にもいつか解る、探偵君。愛情を手に入れ、それが失われようとした時にね。」

 

 キリトの怒号もグリムロックには届いていないようだった。けれど。

 

 「それは……愛情じゃないわ。ただの所有欲よ。」

 

 アスナが瞳に怒りと哀しみが鋭く宿しながら、吐き捨てるように言う。

 

 言葉を失うグリムロック。否定しようとした気配はあったが、その瞳には、自分でも気づいてしまった“逃れようのない事実”への自覚が滲んでいた。

 

 長い沈黙のあと、僕は重く口を開いた。

 

 「……貴方が“殺す”という選択肢を選んだのは、現実を受け止められなかったからだよ。たとえば、ここが仮想世界じゃなく現実だったとして……グリセルダさんが変わっていったとしても、“殺す”なんて選択肢は本来取らないはずだよ。

 ――もう遅いけれど、よく考えてほしい。現実に帰れたとしても、もう貴方の妻はどこにもいないんだ。」

 

 僕は視線をヨルコたちへ移す。

 

 「……ヨルコさん、カインズさん、シュミット。グリムロックの処遇は、あなた達に任せます。」

 

 「え……?」

 

 「彼は、あなた達のギルドメンバーだった。だからこそ、最後の判断は任せたい。」

 

 一拍置いてから、はっきりと続ける。

 

 「ただし――“殺す”のはダメだ。それだけは条件にさせてほしい。」

 

 ヨルコさん達は顔を見合わせ、しばし沈黙ののち、ゆっくりと頷いた。

 

 「……わかりました。彼の処遇は、私たちで決めます。」

 

 カインズさんとシュミットがグリムロックの両脇を抱え、力なく歩き出す。ヨルコさんは深く一礼し、3人は月下の丘を後にした。

 

 その背を見送りながら、僕はアルゴへメッセージを送る。

 

 『もう大丈夫。増援は必要なくなった。』

 

 すぐに、短くも温かい返答が返ってくる。

 

 『了解。お疲れ様、カイト。』

 

 安堵の吐息が漏れる。振り返ろうとしたその時――

 

 「……う……っそ……。」

 

 アスナの声が、かすかに震えて耳を打った。

 

 彼女の視線の先――そこにいたのは。

 金色に染まりゆく空の下、淡い光に包まれた“彼女”の姿。

 

 「……グリセルダ……さん……?」

 

 恐らくはそうなんだろう。誰ともなく呟いた声が、風にさらわれる。

 

 夕暮れと月光の狭間に佇む彼女は、ただ静かに、柔らかな笑みを浮かべ――次の瞬間、光の粒子となって空へと溶けていった。

 

 誰も、何も言葉にできなかった。

 

 けれど。

 

 この夜に起きたすべてが、決して無意味ではなく――確かな意味を持っていたことだけは。そこにいた全員が、心の奥で強く理解していた。

 

 

 





大筋はそのまま。
ほしかったのはPoHとの会話ですね。

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