.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第二十四話

 

 

 第十九層から第五十層へと戻った僕達は、待機してくれていたクライン達、攻略組に改めて礼を述べた。

 そして彼らは、崩壊した街の対応班として現地に残ることを申し出てくれている。

 

 けれどすでに空は暗く、暗闇がアインクラッドの天をすっかり覆っていた。

 ひとまず今なお残る安全圏で一泊し、調査は明日から本格的に進める――そう決めて、全員は解散にした。

 

 情報収集を担っていたアルゴによれば、今回の事件は瞬く間に全層のプレイヤーへと広がり、皆、動揺と不安を口にしているという。

 ……無理もないと思う。絶対だと信じていた安全圏が崩れた。それは、この世界の根幹を揺るがす出来事に他ならない。

 

 僕はひとり、崩壊した街の広場に立ち尽くし、夜空を仰いだ。静寂の中を風が通り抜け、どこか“虚ろ”な気配が漂っている。

 

 ――これも≪The World≫の影響なんだろうか。

 それとも、もともと《SAO》に組み込まれていた仕様なのか。

 

 その判断はつかない。

 茅場が語った“新たな世界の創造”という言葉。確かに、最近起きている数々の変化は“リアル”に近づいている。

 その意味では、この街の崩壊も――ひとつの到達点なのかもしれない。

 

 けれど脳裏から離れない。

 茅場だけじゃない。アウラも言っていた……≪The World≫が、この世界に影響を与えている、と。

 バグ。そしてAIDA。――それらの影響なら、単なる仕様では留まらず、根本を覆すものになる。

 

 

 どうすべきか。相談すべき。きっと、そうだ。

 でも……できない。踏み出せないんだ。

 心のどこかで、拒絶されることを恐れている自分がいる。

 

 「……情けないな、僕。」

 

 握った拳に力を込める。

 こんな時に、不安を撒き散らしているのが自分だなんて。

 

 

 

 

 ――そんな時。

 

 背後に気配を感じて、思わず振り返る。

 そこには、フードを下ろしたアルゴが立っていた。

 そしてその後ろには、ディアベル、キリト、アスナ、エギル、クライン、キバオウ。

 

 仲間達の顔が月明かりに照らされ、静かにこちらを見つめていた。

 アルゴの瞳には、不安と心配、そして……どこか慈しみのような色が宿っている。

 

 「――カイト。」

 

 たった一言。けれど、名前を呼ぶその声音は、まるで僕の心を包み込み、そして答えを告げるかのようで。

 胸の奥で揺れていた迷いを――僕は、静かに断ち切った。

 

 大きく息を吸い込み、意を決して口を開く。

 

 「……みんなに、話したいことがある。聞いてほしい。」

 

 

 

 

 

 

 ――僕がこの《SAO》で経験してきたこと。《The World》で起きた事件と、そこから繋がる真実。アウラのこと。黄昏の腕輪……データドレイン。

 誰にも言えなかったこと。そして、これまでに僕が“してきたこと”。それらすべてを――アルゴに話した時と同じように、包み隠さず、正直に語った。

 

 誰一人として、僕の言葉を遮る者はいなかった。皆、息を呑みながら、ただ黙って耳を傾けてくれていた。

 

 語り終えた僕は、ふっと視線を落とし、大きく息を吐く。

 その隣に、そっとアルゴが歩み寄ってきた。

 心配そうな表情を浮かべる彼女に、僕はほんの少し――それでも確かに、笑ってみせた。

 

 視線を戻すと、クライン、キバオウ、そしてエギルたちが、まるで雷に打たれたような顔で立ち尽くしていた。

 

 「伝説のプレイヤー……“蒼炎のカイト”。マジで、お前が……!」

 

 クラインがぽつりと呟く。

 その声には、驚きと戸惑い、そしてほんのわずかに尊敬の色も混じっていた。

 

 「クラインの《風林火山》って……《The World:R2》で結成されたギルドって話だったよね。」

 

 驚きに目を見開く彼に、僕は薄く笑みを返す。

 

 「ああ。っていや、てかマジか。マジでお前があの“蒼炎のカイト”!?」

 

 クラインは衝撃が抜けないみたいで何度もマジかマジかと繰り返している。そんなクラインにエギルは苦笑しつつも重く頷いた。

 

 「『冥王の口づけ』――、第二次ネットワーククライシス……。教科書に載るレベルの大事件だ。当時はまだ子どもだったが、あの騒ぎは今でも覚えてる。……まさか、その渦中にいたってことかよ。」

 

 キバオウもクラインに同意するようにウンウンと頷きながら僕を見る。

 

 「ワイはR:1はプレイしてた。《The World》の不可解な話は結構噂になってたし、ワイも変なバグみたいなのは遭遇したこともある。ホンマやとは……。」

 

 「……カイトさんは、《SAO》でもずっと、同じように戦ってたの?」

 

 不意にアスナが問いかける。その声は、かすかに震えていた。僕は右腕を見ながら答える。

 

 「この力がなければ、“バグ”とは戦えない。――でも、押し付けられたとか、そういう風には思ってない。これは……力を託された、僕の、役目だから。」

 

 そう答えながらも、どこか苦笑いめいたものが浮かぶ。

 

 

 

 

 しばしの沈黙のあと、それまで口を閉ざしていたディアベルが一歩、前へと進み出てくる。

 

 「改めて整理するが――その《The World》のブラックボックスが、《SAO》に組み込まれていて、その影響が、今も何かしら出ている可能性がある。……そういう認識でいいか?」

 

 その問いに、ゆっくりと頷いた。

 

 「……そう。でも、今回のことは僕にも確信はない。これが“バグ”なのか、それとも仕様なのか。判断は……つかない。」

 

 そう口にしながらも、心の奥で――自分なりのひとつの可能性に辿り着いていた。

 

 (そうか。バグ――もし、あれがバグなら……。)

 

 「……試してみる価値はあるかもしれない。」

 

 小さく呟いた僕の声に、皆の視線が一斉に集まった。

 

 「離れてて。……少し、危険かもしれない。」

 

 そう告げて、僕は右腕を前に突き出す。

 右腕の周囲に幾何学模様が奔り、展開された。初めて見るデータドレインに皆から感嘆の声が漏れる。

 

 「――データドレイン!」

 

 レーザーが崩壊した街を貫く。崩壊した街並みの一角が淡く揺らぎ――

 

 ……けれど、それはほんの刹那の幻影だった。

 

 光が収まると、そこに残っていたのは変わらず、崩壊したままの街。瓦礫の山、砕け散った建物。何一つ、変わってはいなかった。

 

 誰も言葉を発さない。

 ただ静寂が、重く降り積もっていく。その光景を、黙って見つめていた。

 

 ――知りたかったことだった。けれど……知りたくなかった。

 

 (これは、”バグ”じゃない。……バグなら、これで剥がせるはずだ。)

 

 全力で撃ち込めば壊すことは可能かもしれない。まるで“ゲートハッキング”のように。

 けどそれは、意図的に破壊するだけの行為だ。

 

 つまり――これは《SAO》そのもののシステムが、意図して組み込んだ仕様。

 カーディナルシステムが変質した結果なのかもしれない。けれど、それはもう僕一人の手には負えない領域だ。

 

 

 

 まるで活路が断たれたかのように感じる。一筋の希望を手にしようとして、深い谷底へ突き落とされたような感覚。

 

 (……どうすればいい?何が、正解なんだ?)

 

 迷いが、焦りが、心を締めつける。

 

 「カイト。」

 

 アルゴの声が、静かに、確かに僕に響いた。

 はっとして顔を上げる。そこには、変わらぬ彼女の眼差しがあった。

 

 「いいんだよ。……一人で抱え込まなくて。そのために、みんなに話したんでしょ?」

 

 彼女の言葉は、優しくて、温かくて――まるで僕の心に、そっと手を差し伸べるようだった。

 

 「……ごめん。冷静じゃなかった。――これは“バグ”じゃない。SAOの仕様だ。」

 

 アルゴの声に心を落ち着け、僕は改めて皆にそう告げた。

 

 「話してたデータドレインで初期化できなかったから、だよな?」

 

 隣のキリトが冷静に問いかける。僕は静かに頷く。

 

 「うん。もしバグだったなら、データドレインで修正できるはず。けど……何も変わらなかった。初期化しても街は戻らない。つまり、これはすでに“仕様”として組み込まれている。」

 

 現実が重くのしかかり、沈黙が落ちる。皆の顔に陰が差すのが、痛いほどわかる。

 

 ――けれど、仕様であるならば。逆に言えば、仕組みを理解できれば対策は立てられるはずだ。今回の状況を一から整理すれば、まだ……。

 そう思考を巡らせた、その時だった。

 

 ザザッ――。

 

 視界に走る“歪み”。

 ノイズが空間を揺らし、まるで世界そのものが裂けたかのような違和感が広がる。

 

 「こいつは……!?」

 

 キバオウが叫ぶ。

 無理もない。このノイズは仮想世界ではひどく不快に感じるはず。でもこの規模のノイズは、僕にとっても初めてのことだった。

 

 そして、その歪んだ空間から――“二つの影”が姿を現す。

 

 「そんな……!? あれは……!」

 

 僕は目を大きく見開いた。

 

 『蒼天のバルムンク』『蒼海のオルカ』

 

 かつて、最も頼りにしていた仲間たちの姿。その2人が、目の前に立っていた。

 

 「オルカ……!バルムンク……!」

 

 思わず声が漏れる。けれどすぐに理解する。この姿は“かつての仲間”ではない。

 ――これは、“蒼炎のカイト”と同じ。AIDAが形を模した“影”だ。

 

 「コイツらは――AIDAだ!!」

 

 その叫びと同時に、僕は両手にダガーを構え、前へと飛び出していた。

 

 「皆、下がって!AIDAに攻撃を受ければ感染する!絶対に戦っちゃ駄目だ!!」

 

 僕の声に皆が息を呑む中、オルカは重厚な大剣を、バルムンクは鋭い片手剣を構える。2人の影が、まるで本物と変わらぬ殺気を放ちながら迫ってきた――。

 

 同時に、相手が動いた。挟み撃ち――!

 

 オルカの豪打を身をひねって躱し、バルムンクの鋭刃を受け流す。隙を突いて小さな一撃を返すが、そんなものは焼け石に水だ。

 

 それでもいい。今は“僕”に意識を集中させることだけが目的。仲間達に手を出させない――それだけでいい。

 

 ――避ける。受ける。流す。返す。この流れを維持し続ける。

 だが、バルムンクが大きく跳躍した。

 

 次の瞬間、オルカが大剣を振り下ろし、大地を砕く。轟音と共に土煙が巻き上がり、視界が白く閉ざされる。

 

 「っ、まずい……!」

 

 空から迫る殺気。バルムンクの剣が振り下ろされる――!

 

 この一撃は――受けられない!

 

 息をのんだその瞬間、刃を真正面から弾き飛ばしたのは――ディアベルの盾だった。

 

 「……え?」

 

 驚く僕の前に、キリトが黒閃を走らせ、アスナが流れるような斬撃を繋ぐ。バルムンクは後退し、オルカの隣へと退いた。

 

 「な、なんで……。」

 

 僕の呟きに、ディアベルが前を向いたまま力強く答える。

 

 「カイト。お前がずっと抱えていたものを話してくれたってことは、俺達にも背負わせてくれるってことだろ。

 だったらもっと頼れ。なんでも独りでやろうとするな!」

 

 そうだけど・・・そうだけど!!

 

 「問題を解決するにはお前の力が必要かもしれない。けど、その解決までの道のりは――一緒に歩めるはずだ!」

 

 言葉と同時に、ディアベルがオルカの剣を盾で弾き飛ばす。

 

 「でも!AIDAに触れれば感染する!リスクが――。」

 

 「リスクなら……この世界にいる時点で背負ってんだよ!」

 

 クラインが叫び、バルムンクに渾身の一撃を叩き込む。

 

 「そうよ!それに、みんなで戦えば、一人で攻撃を受けるより安全じゃない!」

 

 アスナが風のように舞い、オルカの隙を突いて鋭く斬り込む。

 

 「カイト!アンタはずっとワイらのために一人で戦ってくれてたんや!今度は、ワイらの番やで!!」

 

 キバオウの叫びが夜空に響き、続けざまにオルカへと追撃を浴びせる。

 

 「協力することの大切さ……アンタがオレに教えてくれたじゃないか!」

 

 キリトがキバオウと連携し、鋭い一閃をオルカの横腹に刻む。

 

 「お前さんが……ここまで繋いできたことだろ? なら、今度は――俺たちを信じろよ、カイト。」

 

 最後に、エギルの大斧が唸りを上げ、バルムンクの影を大きく後退させた。

 

 

 

 仲間達が、オルカとバルムンクに立ち向かい――僕を護るために戦っている。

 その光景に、僕は呆然と立ち尽くしまう。

 

 そんな僕の手を、隣に立ったアルゴが優しく握りしめてくれた。

 

 「ねえ、カイト。みんなも貴方と同じ気持ちなんだよ。誰かを護りたい、助けたい――その想いが形になって≪黄昏の騎士団≫ができた。

 そして多くの人が同じ思いで、私達はここまで乗り越えてきたんだよ?」

 

 アルゴの声は穏やかで、胸にゆっくりと沁み込んでいく。

 

 「だから怖がらないで。一緒に頑張ろう?」

 

 ……そうだ。本当に、その通りだ。なぜ僕は、それを忘れていたんだろう。

 良いと思えることをやっていく。その想いを皆と共有して、ギルドを作って、ここまで歩いてきたのに。

 

 僕は……なんて独りよがりになっていたんだろう。

 こんなにも頼れる仲間が、僕にはいるのに。

 

 頬を伝う涙をすぐに拭い去り、息を大きく吸い込む。

 

 「――みんな!アイツらを倒すのを手伝って!」

 

 「おう!」「ああ!」「ええ!」「任せろ!」

 

 力強い返事が返ってきて、胸が熱くなる。

 

 「倒し方はわかってる!奴らを誘導して、僕の真正面に並べてくれ!とどめは――僕に任せて!」

 

 僕の指示に皆が頷き、一斉に動き出す。

 

 

 さすが最前線の攻略組。数十秒後には、2人を一直線に僕の視界へと押し込んでみせた。

 

 二体同時のデータドレイン――加減をしている余裕なんてない。

 迷いの森でのようなリスクはある。けれど……もう迷わない。仲間達が信じてくれたのだから、僕も全力で応える!

 

 右腕に幾何学模様が鮮烈に展開される。さっきよりも遥かに大きく、力強く――。

 

 『蒼天のバルムンク』。『蒼海のオルカ』。

 二つの影がそれに気づき、同時に突進してくる。

 

 けど、もう遅い。

 

 「――データドレインッ!!行けぇぇぇぇえええええええええッ!!!」

 

 咆哮と共に、腕から蒼光が奔り出す。

 凄まじい反動で身体が宙に浮く。まるで――『The World』で初めてこの技を放った、あの時のように。

 

 巨大な蒼の光が二体を飲み込み、その身体に深々と穴を穿つ。

 直後、重力に引きずられるように、僕は地面へと崩れ落ちた。

 

 「はぁっ……はぁっ……。」

 

 乱れる呼吸。霞む視界。

 それでも見えた。二人の影が徐々に薄れ、ゆっくりと消えていくのを。

 

 (……みんなのおかげで――なんとか、なった……。)

 

 安堵が胸を満たしかけた、その時だった。

 

 

 「さすがだなァ……カイトォ。」

 

 覚えのある、僕が最も警戒する声。ゆっくりと拍手をしながら現れたのは――

 殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の首魁、PoHだった。

 

 皆が僕の周囲へ集まり、臨戦態勢を取る。

 

 「ははっ……いやぁ、愛されてるなァ、“勇者サマ”?」

 

 皮肉めいた口調に、クラインが苛立ちを隠さず叫ぶ。

 

 「てめぇ……何のようだ!?」

 

 PoHは肩をすくめ、わざとらしく両手を広げて見せた。

 

 「安心しろよォ。今日はやらねぇよ。」

 

 「なに……?」

 

 僕達の警戒など意に介さず、PoHは不敵な笑みを浮かべる。

 

 「ただ……“ソレ”を貰っていくぜ。」

 

 言い終えるや否や、奴はバルムンクとオルカが消滅した場所へ歩み寄った。

 そこに残っていたのは、僅かに揺らぐノイズの残骸。

 

 「……っ!?」

 

 気づいた時には、もう遅かった。

 PoHは躊躇なくそのノイズを掴み取り、自らの身体へと吸収していく。

 

 バチィッ――!

 

 瞬間、奴の全身がノイズを発し、周囲の空間がぐにゃりと歪む。

 

 「あぁ……こりゃ最高だ。素晴らしいぜぇ……。」

 

 満足げに呟くPoHの声音に、僕は奥歯を強く噛みしめた。

 

 「こいつが……どんな風に“俺”を強くしてくれるのか。楽しみだなァ、カイト?」

 

 「――PoHッ!!」

 

 怒りに震えながら、キリトが剣を握りしめる。

 

 「おっと。今はやる気がねぇって言っただろ? それに――“勇者サマ”は動けねぇみたいだぜ?」

 

 僕を嘲笑うように言い放つと、奴は余裕を滲ませながら転移結晶を取り出した。

 

 「再会を楽しみにしてるぜぇ……カイト。」

 

 最後まで不快な余韻を残し、PoHは青白い光に包まれて――その場から姿を消した。

 

 

 





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