.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第二十五話

 

 

 PoHの姿が光の中へと消えた、その瞬間――

 

 「……カイト!?」

 

 彼の身体がガクンと崩れ落ち、私は慌てて駆け寄り、その身を抱き留めた。

 顔は青白く、瞳の焦点も合っていない。

 息は浅く、まるで魂が抜けかけているかのようで――胸が凍りつく。

 

 「……っ、カイト……!」

 

 動揺しかけた、その時。

 ――――空から、光が降ってきた。

 それは神聖なほど静かで、温かく、そして――どこか懐かしい輝きだった。その光が、カイトの右腕へとそっと触れる。

 

 「……無茶をしたわね、カイト。」

 

 澄んだ声が響く。姿を現したのは――《アウラ》。

 

 白銀の衣を纏った彼女は、カイトの頭に触れる。

 すると彼の呼吸が次第に整い、虚ろだった瞳にも光が戻っていく。

 

 「アウ……ラ……。」

 

 カイトがかすれた声で、その名を呼ぶ。

 

 「まったく……あなたという人は……。」

 

 アウラは静かにため息をつきながら、彼の顔を見つめ続けていた。

 

 「カイト……前にも言った通り、あなたの“腕輪”は《The World》で設計されたものを完全に再現している。」

 

 カイトの瞳が揺れる。明らかに叱るような言い方。

 

 「でも……あなた自身の“身体”は、そうじゃない。」

 

 「……!」

 

 その言葉に、思わず私は息を呑んだ。

 

 「確かに、腕輪の加護は強力よ。けれど――それにも“限度”があるわ。」

 

 その心配そうに言うアウラの表情は、すごく……“人間的”に見えた。

 

 「《The World》では、腕輪に合わせてあなたの“PCボディ”も調整していた。けれど今は違う。

 ここは、リアルのあなた自身の肉体と精神。データドレインを使うたびに――その負荷は、すべてあなたに返ってくる――そう伝えたつもりだったのだけど。」

 

 「はい……。」

 

 アウラは静かに、そして確かに頷いた。

 

 「今は……ぎりぎりで踏みとどまっているけれど、次は……どうなるかわからない。」

 

 その声には、AIという枠を超えた“温度”が宿っていた。

 

 「あなたは……無理をしすぎる。誰かを守ろうとして……自分のことは後回し。」

 

 彼女の瞳が揺れる。ほんの一瞬、涙のようなものが浮かんだ気がした。

 

 「だからこそ……ちゃんと“今”を考えて。あなたが“あなた”であり続けるために――。」

 

 カイトは静かに、彼女を見つめ返す。

 

 「わかってる。でも、僕は誰かに強制されてるわけじゃくて……。」

 

 「ええ、そうね。きっと……あなたはそう言うと思ったわ。」

 

 アウラは少し困ったように、けれどどこか誇らしげに微笑んだ。

 

 「……本当に、あなたという人は……どうして、そんなに。」

 

 そこで言葉を切り、彼女はふと私たちの方へと視線を向ける。

 

 「……彼を支えてくれている皆さん。本当にありがとう。」

 

 そして、少しだけ寂しそうに笑いながら続けた。

 

 「頑張れちゃう人でよく突っ走る人なの。昔から。」

 

 その言葉に、私達は思わず顔を見合わせる。

 そして――。

 

 「「「知ってる。」」」

 

 全員が声を揃えて頷いた。

 

 アウラは、全員の反応に小さく微笑みを浮かべ、静かに続けた。

 

 「……先ほどのプレイヤー、“PoH”についてだけど――。」

 

 その名が出た瞬間、全員の顔に緊張が走る。

 

 「彼は本来……あれほどのAIDAの影響を受けている以上、自我を保てるはずがないの。」

 

 「……アイツ、まるで楽しんでるみたいだった……。」

 

 キリトが忌々しげに呟く。アウラは重く頷いた。

 

 「ええ。だから――彼は“異常”なの。」

 

 その声音は淡々としているのに、背筋に冷たいものが走る。

 

 「強い願望を持った者ほど、AIDAに飲み込まれて自我を失う……それが本来の流れ。けれど彼は、その願望に呑まれることなく、制御している。そして、それはこれまででは考えられない危険性を孕んでいる。」

 

 「……どういうことだ?」

 

 エギルが腕を組んで尋ねる。アウラは一拍置き、慎重に言葉を選ぶようにして告げた。

 

 「端的に言えば――“PoHはAIDAそのものに近づきつつある存在”。もはや彼自身が、一種の“AIDAの塊”と化しているのよ。」

 

 「AIDAの塊……?」

 

 思わず私が繰り返すと、アウラは肯定するように頷いた。

 

 「反面、プラスの事もあるわ。……彼がAIDAを“吸収”し続けている影響で、世界全体への“バグの拡散”が抑えられている。」

 

 「なに……?」

 

 「……PoHがいることで、バグモンスターの発生が“減ってる”ってことかよ!?」

 

 クラインの声が上ずる。

 

 「ええ。皮肉なことだけど、彼はAIDAを集める“障壁”として機能しているの。」

 

 PoHがAIDAを吸収することで、世界の崩壊を遅らせている。しかし同時に、それは彼自身を異常なまでに強化する行為でもあった。

 

 「……つまり、PoHを倒せば――バグモンスターがまた増える可能性がある……?」

 

 ディアベルの低い声が、重く空気を揺らす。

 アウラは静かに頷いた。

 

 「可能性はあるわ。けれど、このまま放置すれば……彼はやがて“システムの外側”の存在にまで至るでしょう。」

 

 「“管理者ですら手が出せない存在”になる……ってこと……?」

 

 アスナが、思わず息を呑んで言った。

 

 「その通り。今の彼は、“理の外”に手をかけている。PoHが完全に境界を越えてしまえば……この世界そのものが崩壊する可能性すらある。ただ、今のところPoHについては茅場晶彦も静観している。」

 

 沈黙が、私達全員を包んだ。

 耳鳴りがするほどの重圧。誰も口を開けない。

 

 そんな中で――カイトが、拳をぎゅっと握りしめた。

 

 「……奴は……絶対に、止める。」

 

 その声は小さかった。

 けれど、誰よりも強く、揺るぎなく響いた。

 

 止めなければならない。けれど、今止めれば別の問題が始まる。

 矛盾、葛藤、ジレンマ。

 私達は誰もが言葉を失い――ただそれぞれの中で、その“重さ”を噛み締めていた。

 

 アウラは少し沈黙を置いたあと、話題を切り替えるように口を開いた。

 

 「……この街のことと、“茅場晶彦”についても話しておかないとね。」

 

 張りつめていた空気を気遣ってのことだろう。彼女は淡々と、けれど柔らかな言葉で続ける。

 

 「“安全圏の崩壊”については……彼も対処しようとしているわ。だけど、“カーディナルシステム”の変化速度の方が、それを上回っている。」

 

 「……カーディナルは、何を根拠にそこまでの改変を行ってるんだ?」

 

 キリトが真剣な目で問う。アウラは一拍おいてから静かに言った。

 

 「“完全な現実の再現”――それが、カーディナルの目的。だからこそ、安全圏のような『ゲームならではの救済措置』は、“矛盾”と判断されたの。」

 

 「つまり……この世界は、ゲームじゃなくなっていく……?」

 

 アスナの言葉に、私も思わず息を呑む。アウラは無言で頷いた。

 

 「“現実”と同じ……いいえ、“現実らしく”あろうとしているの。カーディナルの変革は、ゆっくりだけど、確実に進んでいる。」

 

「……それを止める方法は……?」

 

 誰ともなく漏れた問い。

 キリトだったか、エギルだったか――あるいは私自身だったのかもしれない。

 

 アウラは目を伏せ、そして告げた。

 

 「……今のところ、“ない”。」

 

 その言葉は冷たい真実となって、私達の胸に突き刺さる。

 

 「……ただ。」

 

 「……ただ?」

 

 私たち全員が一斉に顔を上げる。

 アウラは、まっすぐにカイトを見つめた。

 

 「“あなた”なら……もしかしたら、どうにかできるかもしれない。」

 

 「……え?」

 

 「あなたの“データドレイン”は、単なる能力じゃない。この世界の構造そのものに干渉できる、極めて特異な力。だから……。」

 

 「強い力...使う人の気持ち一つで、救い。滅び。どちらにでもなる。すべては“使う人”次第、だったよね。」

 

 カイトが呟く。アウラは薄く笑いながら頷いた。

 

 彼はゆっくりと深呼吸をして――その瞳に、決意の光を宿す。

 

 「……僕は、やるよ。最後まで、必ず。」

 

 思わず、私はその名前を呼んでいた。

 

 「カイト……。」

 

 心配で、胸がぎゅっと締めつけられる。

 けれど彼は、こちらを向いて優しく笑った。

 

 「大丈夫。もちろん……“みんなと一緒に”やるから。だから、平気だよ。」

 

 その笑顔は、少しだけ頼りない。

 でも――どこまでも真っ直ぐで、あたたかかった。

 

 アウラもその言葉を聞き、柔らかな表情を浮かべる。

 

 「そう……それなら、大丈夫ね。」

 

 そう言って、彼女は私達から数歩下がった。

 

 「気をつけて。私にできる手助けは限られている。それでも――いつも、あなたたちを見守っているから。」

 

 光に包まれながら、アウラは静かに消えていった。

 

 この世界のどこかで、彼女は今も私達を見ている。

 それは――不安に満ちた未来を歩く私達の胸に、確かに灯った小さな灯火だった。

 

 

 

 

 アウラの姿が光に溶けて消えていった後――私達はしばし呆然と、その場に立ち尽くしていた。

 

 その空気を断ち切るように、カイトが立ち上がり、低く言葉を落とす。

 

 「……じゃあ、街の件。整理しよう。」

 

 その声で、皆がようやく現実に引き戻され、動き始めた。

 

 第五十層で起きた“安全圏の崩壊”。

 まずは《黄昏の騎士団》としての対応方針を決める。

 

 結論はシンプルだった。

 

 ――街に迫るモンスターは、これまでのように無視はせず、見つけ次第、即座に討伐すること。

 

「街が壊されるかもしれねぇって話なら、黙ってるわけにいかねーな。」「だな。俺たちで止めなきゃ、誰がやるってんだ。」

 

 全員の声に、重苦しい空気の中でも確かな決意が宿る。

 さらに全プレイヤーに向けた注意喚起も含め、翌日までに告知をまとめることを決め、その場は一旦解散となった。

 

 

 

 「う……っ。」

 

 ギルドホームに戻った途端――カイトが、もつれるように膝をついた。

 

 「カイト!?」

 

 すぐにディアベルが駆け寄り、肩を貸してその身体を支える。

 

 「……大丈夫。」

 

 そう言い張るが、顔色は青白く、額には冷や汗。

 アウラが言っていた“負荷”という言葉が、胸をよぎる。

 

 ディアベルはそんなカイトを見て、苦笑まじりに呟いた。

 

 「無理しすぎだ、お前は。」

 

 そして――ギルドのサブマスターとして、長であるカイトに苦言を突きつける。

 

 「今日から、お前は強制休暇。異議は認めない。」

 

 「え……いや、でも……。」

 

 「――ダメだ。さっきの戦いを見てた皆が、きっと全員そう思ってる。今は、“俺達”が動く番だ」

 

 さすがのカイトも、それ以上は抗えなかった。渋々と頷き、ディアベルに付き添われて自室へと向かう。

 

 そして――寝台に体を預けるや否や、あっという間に寝息を立て始めた。

 

 「……ったく。しょうがないな。」

 

 ディアベルは呆れ半分、安心半分といった顔でその寝顔を見下ろし、そっとため息をつく。

 私もそばに腰を下ろし、あどけない寝顔を見つめて呟いた。

 

 「いつもはあんなに頼れるのに……こんな顔もするんだね。」

 

 「……アルゴ、後は任せた。」

 

 ディアベルがふと私を見た。

 

 「お前がそばにいれば、こいつも安心して休めるだろ。」

 

 「リョーカイ。」

 

 肩をすくめながらも、真剣なまなざしでその言葉を受け止める。

 ……だが、ディアベルはそこで言葉を切らなかった。

 

 「……それと、ちょっと気になることがある。」

 

 彼の声が、わずかに低くなる。

 

 「データドレインで初期化したっていうけどさ……AIDAの“中身”、つまり“電子生命体そのもの”って、本当に消えてるのか?」

 

 「っ……。」

 

 息が止まった気がした。

 

 「カイトの睡眠障害や、時折見せるネガティブな落ち込み――もしそれが、“AIDAの残滓”による影響だとしたら……。」

 

 「……むしろ、“あれだけで済んでる”のが奇跡、かもしれないってこと……?」

 

 私も無意識に表情を引き締めていた。

 

 「……うん。もう少しカイトのこと気に掛けるわ。」

 

 その返事を聞いたディアベルは、ふっと口角を上げる。

 

 「君が“素の声”で話すの、初めて見た気がするな。」

 

 「……へ?」

 

 思わず間の抜けた声が出た。自分がロールしてないことに今気が付いた。

 

 「それだけ想われてるってのは――カイトも、幸せ者だな。」

 

 ぽつりと呟くと、ディアベルは再び真面目な顔に戻る。

 

 「悪いが、今夜の情報整理と告知文、頼んでもいいか?」

 

 「ちょ、ちょっと待て……ンン、ごほんッ!」

 

 慌ててロールプレイモードに切り替えた私は、咳払いしてから言い直す。

 

 「了解ダ!文章はオレっちがまとめておく。明日、告知スル!」

 

 「頼んだぞ、情報屋。」

 

 そう言い残し、ディアベルは部屋を出ていった。

 ディアベルは最後に、少しだけからかうような口調で言い残し、わざとらしい笑みを浮かべながら部屋を後にした。

 

 

 ……カイトの前では、私はもう“情報屋アルゴ”としてのロールプレイをしていない。

 だから、あんなことを言われても仕方ないんだけど――改めて口にされると、やっぱり……ちょっとだけ照れる。

 

 (……まったく、からかい上手なんだから。)

 

 そう思いつつ、私は寝台のそばへ戻る。

 

 彼の寝顔は、いつになく穏やかだった。

 その表情に安堵しながらも、胸の奥にはどうしようもない不安が押し寄せてくる。

 

 今回の一件で、ほんの少しでも――彼の心が軽くなれば、それだけで十分だった。

 けれど、きっとまた次も、“ここ一番”の時には、彼が最前に立たなきゃならないんだ。

 

 ――そして、皆も、それを“当然”のように望んでしまう。

 

 それが、悔しかった。

 悔しくて、悔しくて仕方がなかった。

 

 私は、彼の力になりたい。支えになりたい。彼に、頼られたい。

 ……こんなにも、想っているのに。

 

 ディアベルは「お前がいれば」なんて言ってくれたけれど――

 本当に、私に何ができているっていうの?

 結局、私は“カイトの隣”を、まだ並んで歩けていない。

 

 そんな弱さを噛みしめながら、私は彼の頬にそっと手を伸ばした。

 

 その瞬間――

 カイトの右手が、眠ったまま、私の手をゆっくりと握り返してきた。

 

 「……カイト……?」

 

 思わず名前を呼んだけれど、返事はなかった。

 けれど、その手の温もりと、わずかに安らぎを増した寝顔に、私は言葉を失った。

 

 ……こんなことで、彼が少しでも休まるなら。

 

 だったら、いくらでも。

 

 私は、彼にできることは全部すると決めた。そう、あの夜に――。

 だから今も、彼の手を握ったまま、もう片方の手でそっと彼の髪に触れる。

 

 「……大丈夫。大丈夫だよ。わたしは、ここにいるからね。」

 

 小さく、小さく囁いた。

 

 「絶対に、独りになんてしないから――。」

 

 この想いは、きっと届いていると信じて。

 この手の温もりが、少しでも彼を支えていられるのなら――私はそれだけで、十分だから。

 

 

 





カイト以外からの視点でのお話でした。
意外としっかりと心配されてるし、見ても居る周囲、というところです。

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