今回もアルゴ視点になります。甘め成分です。
――どうやら私は、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
片手で《黄昏の騎士団》からの告知文章をまとめ終えたあとの記憶が曖昧で、気づけば――身体が、何か温かいものに包まれていた。
ゆっくりと瞼を開けると、見慣れた天井が視界に映る。
でも、それ以上に――
(……えっ!?)
私は、カイトの胸元に顔を埋めるような体勢で、彼の腕の中にいた。
状況を理解した瞬間、内心は大混乱。
(ふぇ?!にゃんで!?っていうか、なにこの距離感……!!)
動揺と、彼がこうして“求めてくれた”という事実への安堵が、同時に押し寄せてくる。
脳内は真っ白――いや、真っ赤だった。
もぞもぞと身をよじったせいか、カイトの瞼がわずかに開き、至近距離で目が合った。
「ん……アルゴ……?」
寝起きでまだぼんやりとした顔。
そのまま彼は、何を思ったのか――私の癖毛の先を、優しく撫でてきた。
(……な、なにしてるの……!)
反応できない。いや、心臓がうるさすぎてそれどころじゃない。
顔が……顔がきっと今、トマト以上に赤い。
しかも――恐らく一通り“堪能”したと思われるカイトは、最後に私の頭を優しく撫でてから、のんきに起き上がった。
「ん~~……よく寝た。……アルゴ?なんでここに?」
ただの疑問、みたいな顔であっさり聞いてくる彼に、私は――努めて冷静に、悟られないように答えた。
「……いた方が良いと思ったから。……カイトの、そばに。」
その言葉に、カイトはふわりと嬉しそうに笑って――私に、お礼を言った。
(……だ、ダメだって、そんな顔されたら……!!)
胸の鼓動が早鐘みたいに鳴る。もうダメ、顔が熱い。
でも、なんとか気丈に振る舞って――
「は、いいけどね? でも、カイト。いきなり女の子の髪触るのは減点だからね?」
そう言って、ベッドから立ち上がった。
「起きたなら、あたしも準備してくる。……じゃ、また後でね。」
扉を閉めた、その瞬間。
私は背を扉に預け、その場に崩れ落ちてしまった。
「な、なにあれ……ズルい、ズルすぎるよ、カイト……。」
胸の鼓動が、全然治まらない。
ドキドキして、苦しくて、でも――すっごく嬉しい。
今まで”相棒”と上手く誤魔化してきたけれど、はっきり認識してしまった。
――私は、カイトのことが、好き。
「帆坂・カリーナ・朋」は――《カイト》という人に、恋をしてしまっている。
頭の隅でぼんやりとあった想いが、今、はっきりとした形を持ってしまった。
それはもう言い訳のしようがない。心が、完全に――彼を選んでいた。
大きく息を吸って、吐く。そして私は、そっと呟いた。
「……でも、駄目。あたしは、貴方のために戦うって決めたんだから――。」
カイトへの“気持ち”を自覚した私の心は――意外なほど静かだ。
もちろん、彼への想いは胸の奥で熱く脈打っている。でも、それはそれ。今、この状況で前面に出すものじゃない。
私は、私の役目を果たす。
……それが、“好きになった人の隣に立つ”ってことだろうから。
自室まで戻ると鏡の前でひと呼吸。
ロールプレイ用の口調と表情も、いつも通りに戻っていることを確認。
――よし、大丈夫ダナ。
会議室へと向かうと、既に全員がそろっていた。
カイトをはじめ、ディアベル、キリト、アスナ、エギル、キバオウ、クライン――昨晩、共に戦った仲間達。どうやら私が最後だったようだ。
「ン、待たせたみたいで悪いネ。」
軽く片手を上げてそう言いながら、私はカイトの隣の席に腰を下ろす。
彼の顔色は昨日よりずっと良さそうで、どこか安心したような微笑を浮かべていた。その表情に、私も自然と頬が緩む。
一呼吸置いて、カイトが口を開く。
「――じゃあ、始めようか。……アルゴ、例の告知文章、できてる?」
「当たり前ダヨ。」
私は即答し、準備しておいた五十層の街崩壊と現時点での対応策をまとめた文章を、ウィンドウで全員に共有する。
それぞれが目を通し、内容に異論はなしと判断された。
カイトはそのまま文章を受け取り、全ユーザー宛てにメッセージとして送信する。
画面が閉じると、彼は少しだけ遠慮がちに言葉を継いだ。
「……それと、ひとつ提案があるんだけど――。」
私は首を傾げ、彼の言葉を促す。
「……各ギルド、特に“ギルドホームを持ってるところ”に、緊急時の“避難所”として開放してもらえないかってお願いしようと思うんだけど……どうかな?」
その提案に、場の空気が少し緊張を帯びる。
ギルド運営に関わるアスナ、キバオウ、ディアベル、クラインがまず顔を見合わせた。
「……提案そのものは悪くない。ただ――。」
ディアベルが静かに口を開く。
「受け入れてくれるギルドがどれだけあるかは未知数だ。それに、もし避難所として機能しているギルドホームが襲撃を受けた場合……“責任”の所在が問題になりかねない。」
その意見に、アスナもキバオウも頷く。
「ワイら“アインクラッド解放軍”みたいな大所帯ならともかくな? クラインんとこの“風林火山”みたいに少人数ギルドやと、ホームあっても受け入れは厳しいやろ。」
「それは確かにある。でも、例えば――。」
カイトは言葉を選びながら続ける。
「立地的に、ギルドホームってある程度密集してる傾向あるよね? なら、その中で“規模が大きくて耐久性の高いホーム”を緊急時の拠点に据える。
小規模ギルドは連携してそこに人員を誘導する。それなら負担は減るし、戦力も集中できる……って思ったんだけど……。」
「……でも、それでも責任問題は消えないわね。」
アスナの冷静な指摘に、カイトが少しだけ口を閉ざし、顎に手を当てて考え込む。
――このままでは決まりそうにない。そう思った私は、手を挙げた。
「じゃ、“まずは攻略組のギルドだけ”に声をかけてみないカ?」
全員の視線がこちらに向く。
「攻略組でも最前線にギルドホームを構えてるギルドなんて、ほとんどないダロ? 中層以下、比較的安全な場所に拠点を置いてるギルドが多い。それなら十分に対応できるハズダ。昨日のモンスターの傾向としても上の階層のモンスターが出現している様子はなかったシナ。
そうやって実績のあるギルドが率先すれば、他も後から乗ってくる可能性が高いと思うんダヨ。」
一瞬の沈黙のあと――
「そう、ね。今ここで悩んでても仕方ないものね。」
アスナが笑顔で同意し、他のメンバーも頷いた。
「攻略ギルドに集まってもらって、“まず一歩目の合意”を取る。そこから広げればいい。……よし、やってみよう。」
ディアベルの声に、場の空気が一気に前向きになる。
カイトも、少し安心したようにうなずいた。
「……ありがとう、みんな。頑張っていこう。“今できること”から。」
そうして会議を終えたカイトは、《黄昏の騎士団》のギルドメンバーに指示を出そうとしていた。
その手前で、彼はまず――攻略組のギルドマスター達、そしてソロの攻略組にも念のため、「情報共有と今後の方針について会議を開きたい」という旨のメッセージを送っていた。
まさに“動き出す”瞬間だった。だけど――
「カイト、昨日、休めって言ったはずだろ。」
ぴしゃりと遮ったのは、ディアベルだった。
「お前のやろうとしてることは、俺が全部引き継ぐ。お前は動かない。いいな?」
その言葉とほぼ同時に、エギルとクラインがカイトの両脇をがっちりと固める。
「えっ、ちょっ……えぇぇえ……。」
困惑の声を漏らすカイトを、“はいはい”と押し流すように連行していく2人。
「……あははっ……!」
その光景があまりにおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
もちろん、安心もあった。“カイトの背負ってる荷物”を皆が当たり前のように持ってくれるようになってきたから。
ギルドマスター専用の、一番立派な椅子にカイトは座らされる。
「ほら、たまには偉そうにふんぞり返ってろよ!」
クラインが肩を叩きながら茶化すと、カイトは不服そうに足を抱えて縮こまる。
「僕はこういうの、ほんとに落ち着かないんだけど……。」
クスクスと笑いながら退室するみんなを見送って――部屋には私とカイト、2人だけが残された。
彼の座る大きな椅子の横に立ち、私は少し覗き込むように声をかける。
「じっとしてるの、不安?」
「……まぁ、多少は。でも、それより“ふんぞり返ってる”っていうこの感じがどうにもね……。」
カイトはどこまでも素直で、誠実で。
けれど、本当の“リーダー”って、きっとこういう人なんだと思う。
偉ぶらず、誰かを責めることもなく。
誰よりも先に責任を背負い、率先して動き、それでも前に進もうとする――そんな姿に、誰もが惹かれる。
だからこそ私は、彼にそれを伝えた。
「……たまには、いいじゃない。皆、貴方の役に立ちたいって、心から思ってるよ。」
そう言って、私は思わず彼の頭に手を伸ばして撫でた。ほんの少し、くせ毛の混じった柔らかい髪。
カイトは、されるがまま。表情も変えず、自然に受け止めている。
(ほんっとに、不思議な人)
私より年上で、頼りになるのに――。
今こうして目の前にいる彼は、まるで少年のように無垢で、危なっかしくて。
……ダメだ。
これ以上考えてると、恋愛脳がフル回転を始める。2人きりってだけで、これじゃあ先が思いやられる。
私は意識的に深呼吸して、思考を切り替えた。
「……じゃ、私も仕事に入るヨ。」
そう言って彼の隣に腰を下ろし、第五十層の現地調査に動いているメンバー達からの報告メッセージに目を通し始める。
“恋”は、一旦心の奥にしまっておこう。
今、私がやるべきことは――彼の隣で、共に戦うことだから。
それから少し時間が経った。
カイトが暇そうに報告書に目を通していると、部屋の扉がノックされ、ディアベルが顔をのぞかせた。
「全員、集まったぞ。」
さすがに今回は事態が事態だけあって、攻略組の反応も早い。
カイトは気合いを入れるように、自分の両頬を軽く叩くと立ち上がり、会議室へと向かう。
私とディアベルは、いつものようにその半歩後ろからついていった。
会議室の扉を開けると、すぐに全員の視線がカイトへと集中する。
その一斉の注目に、私はつい身を引きたくなったけれど――カイトは微塵も気にする様子もなく、まっすぐと部屋の最前へ進んでいった。
(……あー、もう。カッコいいなぁ……)
そんな考えが一瞬よぎって、私は慌てて首を振る。いけないいけない。今は“仕事中”。視線を下げて、いつも通り会議室の端に腰を下ろした。
やがて、カイトがゆっくりと口を開く。
「みんな、急な呼び出しに応じてくれてありがとう。」
会議室の空気が、一瞬で引き締まった。
「要件は、五十層で起きた事件についてだ。
まずは今朝送ったメッセージの補足から。――現時点で分かっていることは、あの通り。特に《最前線の街》での行動には、これまで以上に注意してほしい。
五十層と同じような事態になれば……非常に危険、と言えるから。」
言葉に込められた“実感”が、静かに響く。一呼吸置いて、カイトは次の話題へと移った。
「そして、本題。今回の街襲撃が“これ一回限り”だという保証は、どこにもない。そこで、お願いがある。」
再び、空気が張りつめる。
「《ギルドホーム》を持っているギルドには、今後、緊急時の避難所として施設を開放してもらえないかと考えているんだ。」
途端に、会議室がざわめき立った。
各ギルドマスターが顔を見合わせ、それぞれの方針を仲間と確認し始める。
――まぁ、当然の反応だ。
これは完全に“善意”に頼る提案。
《黄昏の騎士団》のように支援を前提としたギルドならともかく、他のギルドが即答できる内容じゃない。
と、思っていたその時だった。
「提案、了承しよう。」
意外にも即、それでいて静かな声で最初に手を挙げたのは――《血盟騎士団》のヒースクリフだった。
「《血盟騎士団》として、黄昏の騎士団・カイトの提案を受け入れる。それに当たって可能であれば、日頃から支援を行っている君達から他者を受け入れる“ノウハウ”を教えてほしい。」
一瞬の沈黙――その後、次々に賛同の声が上がった。
「ノウハウを共有してくれるなら、うちもやれると思う。」「規模の調整は必要だが、協力はやぶさかではない。」「人手が足りない分は、ソロの攻略組に回してもらえれば……。」
議論は一気に具体性を帯びていき、やがて未所属のプレイヤー達の側からも「手伝いたい」という声が上がる。
ギルドホームの位置情報の共有、連携時の役割分担、誘導経路や防衛班の構成――“街襲撃”を想定した体制案が、現実味を帯びて整っていった。
その様子を見ていたカイトは――ほんの一瞬だけ、安心したように笑みを浮かべていた。
(……やっぱり、不安だったんだよね)
彼の提案が受け入れられる保証なんて、どこにもなかった。
拒否されてもおかしくない内容だったからこそ――この光景に、心から安堵しているのが私にもわかった。
その後は《黄昏の騎士団》からの支援体制や避難誘導の実例、ギルドホームの構造・立地・規模に応じた運用指針など、
今できる範囲での詳細共有が行われ、会議は円満に解散となった。
終了後、模範的な対応や支援体制について矢継ぎ早に質問を受けていたカイトは、会議が終わる頃には椅子に深く沈み込み、すっかり疲れた様子だった。
「お疲れ様、カイト。――話し合った内容は、大まかにまとめておいた。きちんと整理して、明日中には議事録として展開する。」
書記役を務めていたディアベルがそう言って、カイトの肩を軽く叩く。
「よろしく~……。」
カイトはふにゃりとした声で返しながら、椅子にくったりと身を預ける。まるで椅子と一体化しそうな勢いで。
(……本当、お疲れさま)
今回の提案と調整で、ひとまず“街襲撃”に対する表層の防衛は整った。
――残るは、中層以下のギルド達。
そこは《黄昏の騎士団》ではなく、カイト自身が個別に声をかける予定だ。
プレイヤー人口の最も多い層。支援と混乱の両方が渦巻く、最難関ゾーン。
けれど、不思議と私は不安を感じていなかった。
きっと、今までカイトが積み重ねてきたものが――これから、彼を支えてくれるはずだから。
それから数日間――。
私達は中層ゾーンの各ギルドを訪ね歩き、攻略組に説明した内容と同様の話を繰り返していた。
主に《ギルドホーム》の避難所化と、襲撃への対策についての協力要請だ。
結果として、規模の問題などでギルドホームの開放は難しいという返答が多かった。けれど――「協力は惜しまない」と、多くのギルドが前向きな姿勢を示してくれた。
それはきっと、今までカイトが積み重ねてきた“信頼”の賜物だろう。
……そんな日々のある日。
たまたま複数のギルドとの面談が連続で入り、気づけば私達は朝から何も食べていなかった。
仮想世界とはいえ、体感的な“空腹”はかなり不快だ。これまでなら実ステータスには関係なかったはずなのに、今は妙に身体が重く感じる――。
そう思いながらギルドホームへ戻った私達は、すぐに簡単な食事の準備を始めた。
その時だった。
視界の隅――システムウィンドウに表示された、見慣れないアイコンに気づいた。
「……エ?」
私の声に、隣のカイトやディアベルも反応し、それぞれの同じ箇所に視線を移す。
そして、3人同時に声を上げた。
「「「空腹と……喉の渇き!?!?」」」
ステータス欄には、はっきりとこう表示されていた。
状態:デバフ
《空腹》:最大HP・SPが15%減少
《喉の渇き》:攻撃速度低下、SP消費量増加
「オイオイ、マジか……。」
ディアベルの呟きは皆の思いのまさに代弁だった。
今まで、どんなに空腹になろうが、水を飲まずにいようが、ステータスに影響はなかった。
それが今――はっきりと“デバフ”として反映されている。
私はすぐに頭を切り替え、調査モードへ入った。
まず確認すべきは、この現象が個人の不具合なのか、それとも全体仕様なのか。
「……ギルド全員に協力を頼むヨ。調査班、編成ダ!」
即座に指示を飛ばし、《黄昏の騎士団》総出での検証を開始した。
そして判明したことは――。
空腹・喉の渇きに応じて段階的にデバフが発生する。
デバフの最大値は HP・SP50%減少。
睡眠不足でも似たようなデバフが発生。ただし睡眠不足には個人差が出た。
逆に、美味しい料理を食べると一定時間“バフ効果”が付与される。
情報が出揃った時、私はある確信を得ていた。
(……SAOは、ますます“リアル”に近づいてきた)
ただのゲームではない。プレイヤーの生理的感覚すら、システムが“再現”し始めている――。
「こないだ情報を展開したばっかだけど……今回のも、広く周知した方がいいかもね。」
カイトは報告を受け取ると、すぐに全プレイヤー宛ての告知文を作成し、展開した。
街の崩壊と同じく、今回の仕様変更も“世界の根本的なシステム変動”だ。
そしてさらに数日後――ゲーム内社会に、大きな“変化”が生まれた。
「食事をとることでバフが得られる。」
その事実が浸透し、プレイヤー達の間で“食をビジネスにする者”が急増した。
プレイヤー経営の飲食店が次々と立ち上がり、街の雰囲気は一変する。
もちろん混乱もあった。食材の確保、品質のばらつき、価格競争。けれど、商人協会の仲裁と支援体制によって秩序はすぐに回復し、活気ある“経済圏”が形成されていった。
しかし――それはプレイヤーだけの変化ではなかった。
NPC達もまた、“現実のように”動き始めていたのだ。
飲食店を営んでいたNPC達は、プレイヤーの店に客を奪われ次々と閉店。そして、再び現れたときには別の職業についていた。
プレイヤーの行動が、NPCの職業や生活を左右する――それはもう、ただの“ゲーム”とは呼べないリアリティだった。
「……本当に、リアルになってきてるんだな……。」
ディアベルの呟きが背筋にひやりとしたものが走らせる。
けれど、そんな中でカイトは――どこか安心させるように微笑を浮かべて言った。
「でも――僕達がやることは、変わらないよ。」
――この世界がどれほど“リアル”になろうと。守るべきものは、変わらない。
私はその言葉を、静かに胸に刻んだ。
アルゴの甘い心情とシステムの大きな変化です。
二人の関係を”ゴール”する予定はありません。カイトは朴念仁ってことらしいですしね(笑)
食事周りはこうだったら面白いな。食事シーンに別の意味も付与したいな、という考えからです。