第五十層の街襲撃事件――。
そして、“空腹”や“睡眠不足”によるデバフ、プレイヤー社会の変化など、怒涛の数日が過ぎたある日。
そんな中、キリトから「話を聞いてほしい」と連絡が届いた。
僕はギルドマスターの部屋で、アルゴ、ディアベルと共にこれまでの情報を整理しながら、彼の到着を待っていた。
しばらくして、団員に案内されてキリトが部屋にやってくる。
「こっち座って。」
そう言ってソファへと彼を通し、僕達も腰を下ろした。
「改まって“話したいことがある”だなんて……どうしたの?」
そう尋ねると、キリトはほんの一瞬だけ、バツの悪そうな――いや、どこか恥ずかしそうな顔をした。迷いと、少しの負い目が混じった表情。
それを振り払うように、意を決して口を開く。
「……カイトが色々話してくれたから……俺も黙ってるのはよくないと思って。」
深呼吸をひとつ置いて――。
「……実は、俺――エクストラスキル《二刀流》を習得したんだ。」
「「「二刀流!?」」」
僕とアルゴ、ディアベルの声が重なった。
初めて耳にするその名称。
《スキル》に精通しているはずの僕達でさえ、その存在を知らない。
「習得条件は……?」
ディアベルが問いかけると、キリトは苦笑しながら首を振った。
「わからない。……気づいたら、スキル欄に追加されてたんだ。」
「ナルホドナ……つまり“ユニークスキル”ってことダ。」
アルゴが補足するように言う。
「ユニーク……つまり、キリト専用スキルってことだね。」
「ま、現時点でキー坊しか持ってないワケだし、そう言って差し支えないダロ。」
アルゴの言葉に僕も頷く。
「それで、相談って?」
僕が問いかけると、キリトは少しだけ照れながら続けた。
「二刀流の練習に付き合ってほしいのと……できれば、今使ってる剣と同じクラスの武器がもう一本ほしいんだ。」
そう言って、彼は背中から黒い剣を引き抜き、机の上に置いた。
それは――《エリュシデータ》。
第五十層フロアボスのラストアタックボーナスとして入手した、魔剣級の片手剣。
「なるほど。二刀流を活かすために、同等性能の剣が必要ってわけだね。」
僕も双剣をするときに、できるだけバランスの取れたダガーを揃えたいから、その重要性はよく分かる。
「……カーくんといい、キー坊といい……贅沢だナァ。魔剣級の剣を“もう一本”欲しいだなんテ。」
アルゴが茶化すように笑う。
「練習については、僕の我流で良ければ付き合うよ。……武器のほうは、そうだな……。」
「完全に同じものでなくてもいいんだロ? なら、プレイヤー工房で鍛えてもらえばいいと思うゾ。」
アルゴが肩をすくめながら続ける。
「五十層以降、鍛冶スキルの熟練度カンストした職人も増えてきてる。素材さえ揃えば、魔剣に匹敵する剣だって作れるサ。」
「それなら――。」
僕は思いついた工房の名を挙げた。
「『リズベット工房』を紹介するよ。僕もダガーのメンテで世話になってるし、信頼できるよ。」
「ン、リッちゃんカ。アーちゃんの武器も作ってるし、間違いナイネ。」
アルゴも頷き、僕達はキリトと共に――ギルドに残ると言ったディアベルと別れて、リズベット――リズが工房を構える第四十八層《リンダース》へと足を運んだ。
白と赤を基調にした、相変わらずお洒落な外装の《リズベット工房》。
扉をくぐると、所狭しと並ぶ武器の数々に、キリトがきょろきょろと目を輝かせている。
ただ――肝心の店主の姿が、カウンターにはなかった。
「リズー?」
僕が奥に声をかけると、作業場から元気な声が返ってくる。
「ちょっと待ってー!今仕上げ中だからー!」
「そっか。じゃあ、待たせてもらおっか。」
そう笑って答えると、アルゴとキリトも頷いた。
並べられた武器を眺めながら待っていると――。
「お客さんいるなら言ってよ!ったくもう……!」
奥から飛び出してきたリズは、作業着姿のまま。
どうやら僕一人しかいないと思っていたらしく、舌打ち混じりに慌てて奥へ戻っていく。
そして数分後――接客用の服に着替え直して再登場した彼女は、満面の笑顔で言った。
「リズベット工房へようこそ!」
「……さっきのは、無かったことにしたな。」
キリトがぽつりと呟き、リズがジト目で睨む。
「なにぃー? ずいぶん生意気なヤツを連れてきたじゃない、カイト。」
気まずそうに視線を逸らすキリト。僕は苦笑しつつ紹介する。
「はは……(苦笑)。彼はキリト。片手剣を一本、鍛えてほしくて来たんだ。」
「その背中に立派な剣が一本あるじゃない。」
「お、さすがだね。その剣と“同等の武器”を打ってほしいんだ。」
僕がそう説明すると、キリトは背中から黒い剣を引き抜き、カウンターに置いた。
「……おっも!?これ、片手剣の重さじゃないって!っていうか、魔剣級じゃないの!?」
リズが驚きの声を上げ、ステータスを確認して絶句する。
「――なに? モノマネでもするつもりなの?カイトの?」
「違うって!」
キリトが慌てて否定するが、リズはまだ呆れ顔だ。
「まぁ……このレベルの武器を打つには、それ相応の素材が必要になるけど……当然、持ってないんでしょ?」
「攻略組が鉱物なんて持ち歩くわけないダロ。」
アルゴが肩をすくめて返す。
「じゃあ取りに行くしかないわね。……アルゴ、情報出しなさいよ。」
「情報料。」
「キリト払いで。」
「アイヨ。」
「勝手に決めんなよ!?……いや、まぁいいけど……。」
ツッコミを入れつつも承諾するキリトと、アルゴとリズの軽妙なやり取りに、思わず僕は笑ってしまった。
「――五十五層の雪山に、“水晶”を餌にするドラゴンがいるって話があル。」
「それ、この前僕が確認した場所だね!?」
聞き覚えのある場所に声を上げると、アルゴはうんうんと頷く。
「カーくんが山頂付近で拾ってきた鉱石が良い素材だったロ? なら、確実に何かしらある。鉱物目当てで行く価値は十分あるってことダ。」
「なら、そこで決まりね。」
リズがにやりと笑って続ける。
「五十五層なら私も同行するわ。……どうせアンタたち、鉱石の効率的な採取なんて知らないんでしょ?」
「う……。」
キリトは言い返せず、視線を逸らす。僕は一応知識だけはある。
「なら僕も行くよ。アルゴはどうする?」
「ンー、五十五層ならオレっちも行くカナ。リっちゃんが鉱石掘ってる間、確認したいこともあるしナ。」
「了解。じゃあ、4人で向かおうか。」
4人でパーティを組んだ僕達は、雪山――第五十五層の氷嵐地帯へと足を踏み入れた。
入った瞬間から、容赦のない吹雪が身体を叩きつけてくる。
「うわっ、さむっ!!」
リズが肩を縮めて声を上げる。その姿に苦笑しながら、僕は軽く彼女の肩を叩いた。
「防寒具、ちゃんと持ってきた?」
「もちろん……!でも、想像以上に寒い!風の勢いがヤバいってば!」
「僕は前に軽装で来て、凍死するかと思ったよ。結局、装備を取り直しに戻る羽目になった……。防寒具、まだ必要なら言って? 結構持ってきてるから。」
先頭を進むキリトが、肩越しに声をかけてくる。
「視界も悪い。……慎重に進もう。足元も滑りやすい。」
「ま、適当に歩いて滑落なんてオチは笑えないシナ。」
アルゴが冗談めかして言うけど、その足取りは一歩一歩、誰よりも慎重だ。
――吹雪を掻き分け進み、ようやく中腹に差し掛かったとき。
視界がふっと開け、一面に広がる水晶の群生地帯が現れた。
「……わあ、きれい……。」
思わず漏れるリズの感嘆。
けれど次の瞬間には、すでに彼女は職人の顔に戻り、素材チェックを開始していた。
手際よく水晶を叩き、削り、硬度や反応を調べていく。
「どう?」
僕が覗き込むと、リズは眉をひそめて答えた。
「うーん……悪くはないけど、キリトの剣に合わせるにはちょっと物足りないわね。」
「ちょっと物足りない程度なら……もっと上の方で、いい鉱石が見つかるかもしれないな。」
周囲に目を光らせながら、キリトが問う。
リズはコクリと頷いた。
「あくまでも可能性だけどね。他の鉱石とかの傾向を考えれば、登れば、“当たり”があるはず。」
「なら、登ろう。――カイト。」
呼びかけられて、僕もすぐに察する。
「……うん。この辺りまで来たら、やっぱり“出る”よね。」
その会話を耳にしたアルゴが、スッとリズの腕を引いた。
「ん? なによ?」
「ホラ、リっちゃんも下がるゾ。」
「え、なんで――って、ちょ、ちょっと……!?」
アルゴはリズを結晶群の陰に押し込むように引っ張った。
次の瞬間――。
上空から、雷鳴のような轟音が鳴り響いた。
「っ……!」
吹雪を裂いて舞い降りてきたのは、巨大な影。
氷で造られたかのように半透明で、光を反射して煌めく鱗。
着地と同時に地面を砕く爪は、刃よりも鋭く――見る者の息を呑ませる迫力を持っていた。
氷のドラゴン。
「……今度は、ひとりじゃない。――討伐できるといいけど。」
僕はダガーを構え、氷風を切るように一歩踏み出す。
キリトも剣を抜き、口元に笑みを浮かべた。
「ま、降りてこなきゃ戦えないけどな。」
「ほんとにそれ。……どこぞの“空の王者”じゃないんだから、今度は地上にいてくれて助かるよ。」
僕の冗談に、キリトがクスッと笑う。その笑顔を合図に、僕は声を張った。
「行くよ、キリト!!」
「ああ!!」
吹雪を突き抜け――僕たちは、氷のドラゴンへと斬り込んだ。
戦闘開始からおよそ10分。
前に僕が一人で挑んだ時と比べ、ドラゴンは滞空時間が短く、地上にいることが多い。
そこに加わるキリトという火力の高い仲間。
彼の鋭い斬撃が次々とドラゴンに入り、HPバーは確実に削られていく。
「このままいけば……勝てる!」
そう口にした――まさにその時。
ドラゴンが咆哮を上げ、翼を大きく広げて上空へ舞い上がっていってしまう。
「……ああ、もう。またこれ……?」
僕は頭をかきながら空を仰いだ。
前はこの動きに翻弄された。今回はキリトがいるから工夫してなんとか――。
ゾクッ――。
背筋を冷たい悪寒が走る。
視線。鋭く、確実に“獲物”を見据える眼光。僕はそれにすぐ気がつくことができた。
「……特殊個体だ!!」
第一層から確認されてきた、異常行動や強化を備えた個体――《特殊個体》。
バグやAIDA、デバフ対応に意識を奪われ、すっかり念頭から外していたけど……奴らが消えたわけではない。
「狙われてる……!アルゴ達だ!!」
「まずい!!」
僕とキリトは同時に後方を振り返る。
空中で反転したドラゴンが、冷気を喉奥に溜め込み――大口を開いた。
「っ……!!」
「アルゴ!!リズベット!!伏せろッ!!」
叫んだ直後、ドラゴンが口から息吹を吐くと、続けざまに翼を叩きつけ、突風を巻き起こす。
轟音とともに結晶の地面が砕け――アルゴとリズの身体が宙へと吹き飛ばされる。
「リズベット!!捕まって!!」
アルゴはリズを抱きかかえて庇ったまま、吹雪の中へと舞い上がった。
「キリト!!」
「わかってる!!」
僕とキリトは一斉に地を蹴る。
砕け散って空中に舞った結晶片を踏み台に、宙へ跳躍――アルゴとリズへと手を伸ばす。
僕はアルゴを、キリトはリズを掴んだ。
けれど、その直後に気づく。
――足元がない。
下はぽっかりと穿たれた巨大な縦穴。
雪と風が巻き込み、暗黒の深層へと続いている。
「「「「うわああああああ……っ!!」」」」
僕達は4人まとめて、白銀の吹雪の奥――暗闇へと落ちていく。
「カイト!!」「キリト!!」
声が交錯し、瞬間的に理解し合う。
落下の勢いの中、壁際へと体勢をずらし――同時に武器を突き立てた。
「っ、く……!!!」
ガリガリガリ……ッ!!
火花と轟音を撒き散らしながら、氷壁を削り減速を試みる。
スパークの雨が吹雪を照らし――僕達はどうにか、底部へと到達した。
「……なんとか、無事に済んだね。」
ドラゴンは追ってこない。息を整えながら、僕は周囲を見渡す。
落下した先は、氷に閉ざされた大きな洞窟のような空間。
高く空いた天井からは、僕たちが落ちてきた巨大な縦穴が覗いている。壁面は一面が凍結しており、つるつるの氷の断崖で、登る手段は皆無に見えた。
「これ……どうやって戻るんだろ?」
僕の問いに、キリトも縦穴の天井を見上げ、少しの沈黙の後。
「試してみるか。」
唐突にそう言うと、彼は軽く助走をつけ――そのまま壁を駆け上がった。
「おおぉぉ!?」
リズが驚きの声を上げる。けれど。
「……うーん。」「無理ダナ。」
僕とアルゴは、ほぼ同時に冷静な感想を口にする。
案の定――。
キリトは途中で勢いを失い、滑り落ちてきた。
ふかふかの雪に人型のクレーターを作りながら着地する。
「……いけると思ったんだけどなぁ……。」
雪に埋もれたまま、しょんぼりと呟くキリト。
「いや無理でしょ。」「その発想と行動力は嫌いじゃないゾ。」「ま、今回は無謀だったね。」
リズのツッコミ、アルゴの茶化しが続く。
僕はそんなやり取りを見ながら、キリトのHPを確認した。
落下にしては驚くほど軽微なダメージ。
「即死トラップ……じゃなさそうだね。この高さから落ちてそれだけなら、イベントの一部かもしれない。」
僕の言葉に、アルゴが頷く。
「そうダナ、ギミックっぽいナ。」
軽口が飛び交うその最中――。
ふと、視界の端に違和感を覚えた。
……そこに、“それ”があった。
壁の一部に――小さなノイズのような揺らぎ。
(あれ……バグだ)
僕は視線を横に向けながら慎重に観察する。
規模は小さい。……けれど、見過ごすわけにはいかない。
この程度なら、《データドレイン》で簡単に初期化できるはず。 けど――問題はリズの存在だ。
”データドレイン”のことを知っているのは、ごく限られた仲間だけ。
ここで力を使えば、リズにまで秘密が露見してしまう。
(どうしよ……?リズを信用してないわけじゃないけど……)
もしこのバグが脱出経路を塞いでいるのだとしたら。
あるいは、放置すれば拡大して深刻な異常を呼ぶのだとしたら。
迷っていると――。
「……あれ、バグ?」
小声で囁いたのは、いつの間にか隣に来ていたアルゴだった。
僕は彼女の目を見て、静かに頷く。
「うん、間違いない。……でも、リズがいるから、どうしようかなって……。」
アルゴは小さく息をつき、ポンと僕の腕を軽く叩いた。
「――なら、私に任せて。」
その言葉と同時に、彼女はくるりと踵を返し、キリトとリズの方へ歩いていく。
「キー坊、リっちゃん。カーくんとオイラで向こうを調べてくるから、2人は反対側を見てきてくれナ?」
「え、分担?」
首を傾げるリズに、アルゴは即座に雪上へ適当な線を引いて見せる。
「こういうダンジョンってサ、偏った視点だと見落とすことが多いンだ。オイラたちは“情報屋的”視点、そっちは“素直”な視点で頼むヨ。」
「素直ってなにさ……。」
「まぁいいか。リズ、行こう。」
キリトはアルゴの意図を察したのか、すんなり従って反対側へ歩き出す。
「……? うーん……まぁ、いっか。」
首を傾げつつも、リズもキリトの後に続いた。
(……ありがとう、アルゴ)
心の中でそう呟きながら、僕は目立たないように右手を構える。
右腕から淡く輝く光が、幾何学模様が宙に展開される。
(――データドレイン!)
光が弾け、ノイズのように揺らいでいた《バグの亀裂》は収束し、やがて完全に消え去った。
データドレインによって《バグの亀裂》は静かに収束し――その奥に、新たな通路が口を開いた。
横穴だ。
「……これは。」
慎重に覗き込む。
一見、正常な構造に見える。だが、奥から漂ってくる空気には、明らかな違和感があった。
僕が一歩踏み出そうとしたとき――腕を掴まれる。
「カイト?」
振り返ると、アルゴの真剣な眼差し。
“まさか一人で行くつもりじゃないよね?”――そう訴える目だった。
「……ごめん。一人で行くつもりはないよ。」
苦笑して応え、周囲へ声を飛ばす。
「キリト、リズ!こっちに通路を見つけた。僕とアルゴで調べるから、2人は反対側を頼む!」
声を受けてキリトが手を挙げ、リズも首を傾げつつ了承する。
僕はアルゴと共に、その横穴へ足を踏み入れた。
――通路の中は、不自然なほど静かだった。
気温は変わらないはずなのに、空気そのものが“凍って”いるように冷たい。バグの気配はないけど、正常とも言えない……そんな不安定な空間。
僕はアルゴを背に庇いながら進む。
そして――視界が突然、開けた。
「これは……!」
そこに広がっていたのは、懐かしい光景。
無秩序に積み上がった建物群。
空に浮かぶ、重力を無視した異形のオブジェクト。
地面には壊れたテクスチャと崩れたポリゴン、漂うデータの断片。
「”ネットスラム”……!?」
かつて《The World》の裏側に存在した、管理されないデータの吹き溜まり。
その風景が、この《SAO》の中で“再現”されていた。
「な、何ここ……。」
アルゴが息を呑んだ。そのとき――静かに、白衣を纏った男が姿を現した。
「ようこそ、カイトくん。アルゴくん。」
「……!!?」
即座にアルゴを背に庇い、その名を呼ぶ。
「茅場……晶彦……!」
彼はただ微笑み、静かに僕たちを見つめていた。
「“どうやってここにいるのか”……とは聞くまいね。君はもう、それを問う段階にないだろう、カイトくん。」
「……。」
「ここはアウラ……彼女がバグや破棄データを隔離するために設けた領域。《ネットスラム》の風景は、彼女がイメージとして掴みやすかったからだろう。」
拳を握る。
(……アウラが、この場所を)
「正直、君たちがこの空間に辿り着いたのは想定外だ。縦穴にあったバグはアウラが一時的に放置していたものだ。山岳地帯はプレイヤー到達率が低く、優先度が後回しになっていたのだろう。」
「……つまり、僕達は偶然ここに迷い込んだってこと?」
茅場は静かに頷く。
「それともう一つ。君ならしばらくここにいても問題はない。だが――。」
その視線がアルゴへと向く。
「アルゴくんは違う。この空間に長く留まれば、“通常プレイヤーデータ”は汚染される。カイトくんは特別だが……君はそうではない。速やかに離脱すべきだ。」
「どういう意味ダ……?」
アルゴが険しい表情を浮かべたけど、それを無視する形で彼女の手を取る。
「……行こう、アルゴ。」
一瞬だけ躊躇するも――僕の目を見て、アルゴは強く頷いた。
その時、茅場が再び口を開く。
「礼を一つ。……私を楽しませてくれている報酬だ。あの縦穴は即死トラップではない。“脱出口”は存在する。探すといい。」
「……私を楽しませてくれた?」
胸の奥に、違和感が残る言葉。けど今は問いただす余裕はない。
「……どうも。」
「ふふ……礼など不要さ。」
最後にそう呟くと、彼の姿は淡く霞んでいった。
「行こう、アルゴ!」
「……うん!」
彼女の手を強く握り、再び《ネットスラム》の光景を背に走り出した。
リズとの会話をテンポよく作れたなぁ、と自画自賛。
少し駆け足な内容にはなりましたが、茅場との邂逅は少しだけ大切なシーンとなります。