.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第三十一話

 

 

 僕はゆっくりと瞼を開いた。

 窓の外は薄明、静寂に包まれた部屋で、右手に柔らかな温もりを感じる。

 

 視線を落とすと、アルゴが僕の手を握ったままベッドに寄りかかり、すやすやと眠っていた。

 その姿に、思わず頬が緩む。

 

 彼女の癖のある金の髪先に指を触れ、囁くように言った。

 

 「……ありがとう、アルゴ。」

 

 そうして髪を撫でていると、ふと疑問が浮かんだ。

 綺麗な金髪に、わずかに日本人離れした顔立ち。ゲームの中だから気にしていなかったけど……もしかして、彼女はハーフなんだろうか。

 そんな考えが頭をよぎるが、今はただ、この温もりに感謝した。

 

 彼女を起こさないように、もう一度髪を撫で、そっとベッドを抜け出す。

 

 ――行かなければならない場所がある。

 直感に導かれるまま、僕はギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 辿り着いたのは《グリーマ・レーヴ大聖堂》。日が昇る前の闇に沈む広い空間に、僕の足音だけが冷たく響く。

 

 数日前、スケィスを倒した場所。

 そこには、まだ“何か”が残っていた。AIDAが模倣した八相――その残滓。

 

 ノイズを孕み、再び形を作ろうともがく影に、僕は迷わず右腕を掲げる。

 

 「――データドレイン。」

 

 黄昏の腕輪が輝き、残滓は形を成す前に光へと飲まれ、跡形もなく消えた。

 

 「……これで、終わり。」

 

 深く息を吐く。

 ちょうどその時、東の空から朝日が差し込み、聖堂のステンドグラスを鮮やかに照らした。

 赤、青、金。光が床へと降り注ぎ、破片のような輝きが世界を染める。

 

 僕はその光を全身で浴びながら、大きく伸びをした。

 新しい一日が始まる――そんな確かな感覚を胸に抱き、静かに大聖堂を後にする。

 

 

 

 

 

 

 ギルドの扉を開けると少し、慌ただしい様子だった。

 あ、しまった。誰にも何も言わずに出たから心配かけちゃったかな?

 

 僕の姿を見て、駆け足でやってきたアルゴを見て、それを確信する。

 

 「おはよう、アルゴ。ただいま。」

 

 少し誤魔化すようにいつものトーンで彼女に挨拶をする。

 そんな僕に安堵したのか彼女が、力を抜くように――

 と、それに合わせるように皆がドタバタと駆け寄ってきた。

 

 「カイト!よかった……!」「もういいんですか……?」「おかえりなさい、団長!」

 

 みんなに心配をかけてしまっていたことを改めて認識しつつ、それと同時に僕はみんなと居られることに安心を覚え、「ありがとう」――そう笑って返した。

 

 抱きつくようにみんなが集まる中、軽い抱擁を交わすと、少し先でしゃがんでいた彼女――アルゴに近づく。彼女にはとても心労をかけたはずだ。ちゃんとお礼を言わないと。

 しゃがみ込み、目線を合わせ、そっと手を取る。

 

 「アルゴも……ありがとう。ずっと、側に居てくれたんだよね。」

 

 一番の感謝を伝えられるように、気持ちを込めて。

 アルゴは顔を赤く、染めていた。目も少し潤んでいる。

 ――気持ちは伝わったのかな?

 

 僕は彼女の手を取り立ち上がらせるとみんなを見渡す。

 

 「さ、聞かせて!僕が寝てる間に、どんなことがあったのか。今日から活動再開するからさ!」

 

 

 

 

 

 そうして僕達は談話室に移動して、ディアベルを筆頭に報告を聞いた。

 一番の驚きは、フロアボスを討伐した、ということ。

 確かにラフィンコフィン討伐戦の出撃前、攻略は順調に進んでいたけれど……まさか、こんなにも早く突破してしまうなんて。

 

 (みんな……本当に、すごいな……)

 

 胸の奥に誇らしさが広がると同時に、焦りも芽生えていた。

 ――僕も、負けていられない。

 

 そんな意気込みを胸に、ギルド活動に復帰しようとした矢先――

 

 「却下だ、カイト。お前はまだ“休暇中”だ。」

 

 まるで兄貴分のような顔で、ディアベルが僕の出鼻をくじいてきた。

 

 「ええっ…なんでぇ……?」

 

 「ラフィン・コフィン討伐戦の一部プレイヤーには最低一週間、休息を取るように決めた。お前には一番負担をかけたからな。暫く休みだ。」

 

 「……うへぇ。」

 

 一部プレイヤー、というのはきっとプレイヤーを殺めた人達なんだろう。確かに今回の事は僕の中でも消化しきれない傷だ。折り合いをつけるための時間はいるかも知れない。

 正直に言えば、考えるのを忘れる位に行動したい、という気持ちもあるけれど。逃げて良い問題じゃないもんね。

 

 

 

 

 

 そうして、僕に許されたのは”レベル上げ”のみ。まぁそれぐらいがちょうど良いのかもしれない。

 そしてその相棒役に任命されたのは、キリトだった。何でも自ら相棒役を買って出たらしい。珍しいことも――それだけ心配掛けたってことだ――あるね。

 

 

 そんな彼と共に迷宮区に行ったりしていたけど、とはいえ、ずっとキリトと行動を共にするわけにもいかず、単独行動は許可されなかった――僕がギルドマスターなんだけどな?――ので僕はギルドマスターの部屋で項垂れていた。

 

 近くの席では、“監視役”のアルゴが、ギルドメンバーから集めた情報を整理している。

 

 「……それくらい僕もやらせてくれてもいいのに。」

 

 そう提案した僕に、彼女は即答だった。

 

 「何かしてないと不安になるってのは、もう完全にワーカーホリック。ダーメ。」

 

 ……ピシャリ。

 あまりに一刀両断で、僕は机の端をトントン叩いて時間を潰すしかなかった。

 

 (……僕がこういう風になった要因の一つは君でもあるんだよ?)

 

 皮肉まじりの思考を浮かべながら、つい隣にいるアルゴの髪先へと指を伸ばしてしまった。

 

 「んにゃっ!?!?」

 

 ピクッと肩を震わせたアルゴが振り向く。顔はみるみる赤く染まっていく。

 

 (……あ、やっちゃった)

 

 何も考えずにやったとはいえ、これは確かに無神経だった。

 

 「ご、ごめん。不躾だったね。」

 

 「……起きてから、なんか距離感おかしくない?」

 

 ジト目で睨まれ、僕は小さく首を傾げた。

 言われてみれば確かに、最近は妙に距離が近くなっていた気がする。意識してではなく――ただ、自然と。

 

 「本当に、ごめん。特に意味があったわけじゃないんだ。」

 

 頭を下げると、アルゴは困ったように、でもどこか安心したように微笑んだ。

 

 「まったく……女性の髪を勝手に触るのは減点って言ったでしょ?」

 

 その口調に叱る響きはあっても、瞳にはどこか心配の色が混ざっていた。

 その気遣いに、余計に胸の奥が締めつけられる。

 

 (……困った人って感じで見るね)

 

 そう思った瞬間、アルゴはふわりと僕の手を取った。

 少しだけ照れたような顔を見せながら。

 

 「そんなに、私の髪触るの好き?」

 

 からかうようでいて――ほんの少しだけ、期待がにじむ声色だった。

 

 僕は静かに息を吐き、感じたままの気持ちを伝える。

 

 「……髪というよりは――アルゴに触れてると、安心するんだ。」

 

 それだけなのに、アルゴはぱっと視線を逸らし、頬を赤らめた。

 

 「……そっか……――ズルいヤツメ。」

 

 最後は照れ隠しなのか、いつものロールプレイ調で返してくる。

 とはいえ、親しき中にも礼儀ありだ。無意識に触るのは気をつけなきゃ。

 

 そう意識を切り替えた、その時。僕の手を、アルゴがそっと掴んだ。

 

 「……別に。触っても……いいから。」

 

 呆れと照れの入り混じった、けれどどこか優しい声。

 頬をうっすらと赤く染めた彼女の眼差しに、僕の胸が小さく揺れた。

 

 

 * * *

 

 

 気を許した表情で、私の髪に触れてくるカイトを横目に――私は心臓の音を必死に誤魔化しながら、冷静を装っていた。

 

 ……元々、距離の近い人だ。

 カイトは、誰にでも自然に歩み寄れる天才。

 

 でも――最近は、違う。

 まるで距離感そのものを見失って、無意識に「触れ合い」を求めているように見える。

 何かに、すがるように。

 

 その顔をじっと見直して、気づけば言葉が口をついていた。

 

 「……不安?」

 

 カイトは驚いたように目を見開き、困ったように頬をかいた。

 

 「……不安、なのかな。僕の中に渦巻いてるものを……うまく言葉にできないんだ。」

 

 それを聞き、アウラの話が蘇る。

 カイトの中に残る、バグやAIDAの影。――今回の眠りは“浄化”のための休息でもある、と。

 

 でも、それで全部が消えるなら。きっとカイトは、ここまで苦しまない。

 

 だったら――

 

 私は思い切って、カイトの手を引いた。

 そのまま自分の胸元へ抱き寄せる。

 

 私より大きな彼を、小さな腕でぎゅっと抱きしめる。

 正直ぎこちなくて、抱き心地なんて褒められたものじゃない。

 

 それでも。

 “人と触れ合う”ことで、少しでも彼の心が軽くなるなら。

 

 「アルゴ……?あの……。」

 

 不意の行動に戸惑うカイトの声。

 けれど、無言で彼を抱きしめ続けると――彼の腕が、そっと私の背に回る。

 

 (……うん、それでいい)

 

 言葉はない。ただ互いに、静かに寄り添う。

 

 結局――そのまま、誰かが部屋をノックしてくるまで。

 私達は、互いを抱きしめ合っていた。

 

 

 




カイトの独白多めと少しの甘目。
実際は甘いわけではなく追い詰められているカイト…なのですが。

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