.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第三十五話

 

 

 PoHの事件が解決してから、数日が経った。

 アウラが用意していたメンタルケア用のNPCのおかげで、AIDAに感染していたプレイヤー達も落ち着きを取り戻している。

 

 安全圏そのものの復旧は叶わなかったけれど――これを機にプレイヤー達が団結したことで、これまで漂っていた不安や負の空気は、以前よりも和らいでいる。

 

 さらに今回の一件をきっかけに、《黄昏の騎士団》への入団希望者が一気に増え、今のギルドはてんてこ舞いの状態だった。

 まさに「嬉しい悲鳴」ってやつ。

 

 そんな折、新人達に任せるにはちょうど良さそうな案件が舞い込んできた。

 ただ、噂が妙な方向に広がりつつあり、その鎮火に僕が必要だ――と、アルゴから直々のご指名。

 

 結局、大規模な調査はディアベルの先導で新人研修を兼ねた大所帯に任せ、僕とアルゴはそこから派生した問題の対処に回ることになった。

 

 

 

 ――そんな日々を過ごしていた、ある日の午後。

 一連の対応も落ち着き、ようやくのんびりと休憩を取れるようになった僕達は、以前オープンの手伝いをしたハンバーガーショップへ足を運んだ。

 

 「よう!カイト!! やっと来てくれたな!!」

 

 店に入った途端、繁盛する喧騒の中からでも僕達を見つけて声をかけてきたのは、店主のサーロイだ。

 

 分厚い胸板と無駄に主張の強い筋肉――とても飲食店の店主には見えない風貌の彼は、屈託のない笑みを浮かべながら奥の席へ案内してくれた。

 

 「おかげさまで繁盛してるぜ! カイトの助力がなければ今頃どうなっていたか……いや、何も言わなくていい。今日は俺のおごりだ、好きなだけ食べろ!まずはオススメを持ってくる。その間にメニューを見ておけ!」

 

 僕が口を開くより先に、サーロイは矢継ぎ早にまくし立て、ガハハと豪快に笑いながら厨房へ消えていった。

 

 「……相変わらずダナ。」

 

 呆れ顔で手を挙げるアルゴ。

 そんな彼女はいつもの“全身を覆うフード付きマント姿”ではなく、シンプルでラフな私服姿だ。

 

 肩に軽くかかる金褐色の髪を隠すものもなく、両頬の三本線もそのまま。

 ――ただ、それを包み隠すことなく見せる自然体の彼女は、プライベートでもあまり見せない姿。

 だからこそ、今こうして隣に座り、その格好を見せてくれているのは――僕に気を許してくれているからなのだろう。

 

 そう思うと、胸の奥がほんのり温かくなる。

 と同時にちょっとドギマギもする。ドギマギしつつも満足する感覚を覚える自分に、思わず苦笑を漏らしてしまった。

 

 

 そんなことを考えていると、アルゴは無造作にメニューへと目を落とし、品定めを始めていた。

 ……と、ふと、“あること”が引っかかって、僕は改めて最近の自分自身の行動を振り返ってみた。

 

 (うーん・・・全体的に余裕はなかったよね。やけに独りで解決することにこだわってたし。

 ――でもなんでだろ?強い感情や想いに影響するのがAIDAの認識なんだけどなぁ?てかだいぶ直情的だな?僕。

 ――しかも悪いと思えてない。これもAIDAの影響・・・なのかな?どうなんだろ???

 なんせ日常のつもりだけど今は日常じゃないしなぁ・・・。

 それとも脳の電気信号で動いてる仮想の身体だからレスポンスがいいのかな?うーん・・・リアルに帰ったら調べてみたいかも。)

 

 そんな考えに行き着いたところで、僕はアルゴに視線を向けた。

 

 「ね、アルゴ。」

 

 「ん?」

 

 「……もしかしてさ、僕の行動って――けっこう“ライン超え”してること、多い?」

 

 その問いに、アルゴはぴたりと手を止めた。

 じっと僕の顔を見つめたあと、呆れたように――けれどどこか優しい声で言う。

 

 「……今、このタイミングで気づくんだ。」

 

 「えっ!?やっぱりまずいことしてるの!?!」

 

 思わず目を丸くして、両手をバタバタさせる。その反応に、アルゴは小さく吹き出した。

 

 「……ううん。」

 

 驚いた僕の目を見つめ返し、ふっと表情を和らげて言った。

 

 「それが、カイトらしさだと思うから。」

 

 「……?」

 

 「きっとね、今さら態度を改めたら――みんな、“距離取られた”って思って、逆に傷つくと思うよ。」

 

 「あー……なるほど。」

 

 言われて納得しつつも、どこか複雑な気持ちが残り、僕は頬をかいた。

 

 「……僕の心情としては、ちょっと複雑だなぁ。」

 

 そんな僕を、アルゴは他では見せないような柔らかい笑顔で見てくれていた。

 

 

 * * *

 

 

 「……幽霊を見た?」

 

 ハンバーガーにかぶりつこうとしていたカイトが、大きな口を開けたまま俺の言葉をオウム返しする。

 そのまま齧りついて、もぐもぐと噛みしめてから――

 

 「ん!美味しい!」

 

 無邪気にそんなことを言いながら、店主――あのやたら筋肉質なサーロイに指先でちょっかいを出し始める。

 からかわれて困惑している店主と楽しそうにやり取りするカイトを見て、アスナが少しだけ苦笑いを浮かべた。

 

 その横で、飲み物を片手にしたアルゴが――珍しくマント姿ではなく、軽装の――無言でウィンドウを開く動作をした。

 恐らく、情報を洗い直しているんだろう。俺とアスナは顔を見合わせて、席に腰を下ろした。

 

 

 数分後。

 アルゴが手を止めると、まるでその合図を待っていたかのように、カイトはサーロイとの会話を切り上げ、軽い足取りで席に戻ってきた。

 

 「キリト達の口から出るってことは……最前線でも確認されたんだね。――アルゴ、報告がまだ上がってない層は?」

 

 「片手で足りるくらいダ。」

 

 端的に返すアルゴ。その端折った会話に、俺とアスナは同時に首を傾げる。

 

 「……見たのは最前線なんだよね? 転移の光も見えず、壁の中へ消えた。調べても痕跡はなし。」

 

 やはりこれについて知っているのか、カイトは俺達が見た内容そのままを言う。俺達は同意するように頷いた。

 

 「正直なところコレについては何の情報も得られてないんだ。――見たことがない装備、SAOではないと思われるような格好をしたプレイヤーを見た。装備内容を知りたいから調べてほしい、て依頼が始まりでね。」

 

 アルゴも言葉を挟む。

 

 「今まで見たことがない装備、ていう点にはオイラたちも気になってナ。 色々調べていく内に――といってもオイラ達はまだ現場には立ち合えてないんダ――幽霊騒ぎが下位層で話題になってタ。」

 

 「私達が見たのはすでに下位層で目撃されていたのね。――もしかして一週間も最前線に戻ってこないのって!!」

 

 アスナが問いかける。

 

 「ただの幽霊騒ぎ程度で収まっていたなら僕達もこんなに時間をかけるつもりはなかったんだ。――ギルド新人の研修にしようとしていたくらいだしね。」

 

 カイトは肩をすくめ、淡々と続ける。

 

 「でもいつかの時みたいに【隠しログアウトスポット】みたいな憶測が飛び交ってね。キリト達が知らないなら噂はある程度で止められたみたいだけど。」

 

 「……っ!」

 

 俺は思わず息を呑む。

 

 「――ただそれを探すんだって無茶な攻略を行ったパーティーがいくつかあったんだ。僕達、攻略組がここら辺の階層を無茶な行軍したところで大してリスクにはならないけど、中堅組がやるとリスクは計り知れないから。」

 

 その言葉の重さに、俺もアスナも押し黙った。

 カイトはアルゴと視線を交わし、同時に深いため息をつく。

 

 「……流石に疲れたね。」

 

 その顔には、ここ数日のハードワークの痕跡が色濃く浮かんでいた。

 

 「今はディアベル達が各層を飛び回って、“ログアウトスポットなんて存在しない”って触れ回ってもらってる。第一層に関してはキバオウに頼んである。」

 

 カイトが始まりに、らしくもなく内容をちゃんと聞かず、しかも端折った回答をしたのは”流石にうんざりしている”という思いの現れらしい。或いは最近少し感じている雑な扱い――信頼されていることは確か――も含まれているのか。

 

 「でも、最前線でも確認されたのか……。今までは攻略済みの層だけの話題だったから、それを手掛かりに考えてたんだけどな。」

 

 「振り出しに戻ったナ。」

 

 頭を抱えた2人は、「一週間も最前線から離れているから流石に戻るか」と話を持ち出し、それにアスナが反応して、戻ってくるならここ一週間の最前線の情報とレベリングも含めて手伝うと持ちかけ始めた。

 何故か俺も含めて――カイト達の手伝いは元々しているから頼まれればやるけど。

 

 結局、その後は最前線の話で持ち切りになり、≪黄昏の騎士団≫は明日から最前線に戻ることを決め、解散しようとした時、店の扉が勢い良く開けられた。

 

 「カイトォ!!」

 

 飛び込んできたのは、クライン率いる≪風林火山≫のメンバー達。

 

 「キリトも……うぉ!?アスナさんまで!?いやいや、今はそれどころじゃねぇ!!カイト!!俺達、見ちまったんだ!!」

 

 「……クラインも幽霊か?」

 

 その典型的な“幽霊を見た男”みたいな様子に、つい俺は茶化すように返した。

 だがクラインは、血相を変えて叫ぶ。

 

 「ああ!幽霊だ!!けど問題はそこじゃねぇ!!“幽霊の格好”だ!!」

 

 「格好……?」

 

 俺もアスナも、思わず眉をひそめる。

 見たことのない装備――それがこれまでの情報だったはずだ。

 

 「――あれは間違いなく、≪The World≫のPCボディと装備だ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 カイトの眉間に、深い皺が刻まれた。

 

 「……カイト、一通り周り終えたぞ。――これは、どういう状況だい?」

 

 続けて店の扉を開けて入ってきたディアベルが、漂う緊張に眉をひそめた。

 

 「お疲れ様、ディアベル。状況が変わった。――詳しいことは、ギルドに戻ってから話そう。」

 

 カイトはそう言って立ち上がり、店主に丁寧に挨拶を済ませると俺達へ振り向いた。

 

 「キリトとアスナも手伝ってくれる?……もちろん、クラインは来るよね。」

 

 首を横に振る理由なんて、誰にもなかった。

 

 

 

 

 

 ――数十分後。

 

 ≪黄昏の騎士団≫の主要メンバーと、俺達、外部協力者が会議室に集まっていた。

 張り詰めた空気の中、カイトは静かに全員を見渡し、口を開く。

 

 「……クライン達の報告で、幽霊の正体が《The World》のPCボディだと判明した。」

 

 その一言に、会議室がざわめいた。

 

 「これが偶然の産物なのか、それとも意図的に仕組まれたものなのか……。その答えを探るために、しばらくは僕が主導で動く。」

 

 

 * * *

 

 

 言い終えた直後、ふと天井を仰ぎ、心の中で呟く。

 

 (……そういえば、最近バグの出現がない)

 

 思い返せば、このところバグモンスターもAIDAも姿を見せていない。

 

 (アウラが抑えてくれている……?)

 

 けれど――もしそうだとしても。

 アウラなら、わざわざ“幽霊”なんて他のユーザが知覚できる方法を取るわけがない。

 

 「……いや、違う。アウラの仕業じゃない。」

 

 小さく首を振り、考えを打ち消す。

 

 「結局、実物を見ないと分からないか。」

 

 呟いた瞬間、隣のアルゴが顔を覗き込んできた。

 

 「カーくん、方針は決まったカ?」

 

 「うん。――アルゴ、ディアベル。長期フィールド探索の準備をお願い。」

 

 「了解ダ!」「任せろ。」

 

 即座に頷き、ギルドメンバーへ指示を飛ばし始める2人。

 その頼もしい2人の姿を見つめながら、僕はそっと右手に視線を落とした。

 

 (……何が待っていようとも、僕は――独りじゃない)

 

 胸の奥に静かに決意を固め、ギルドホームの窓越しに広がるアインクラッドの空を仰いだ。

 

 

 





一難去ってまた一難?
とは言え、そこまでシリアスでもなく、少しコミカルに。のつもりです。

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