.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第三十六話

 

 

 ――最前線、第七十三層。

 

 調査メンバーがアルゴを除き――レベルだけで言えばアルゴも攻略組同等だけど――全員攻略組、ということもあり一番手付かずの最前線の調査を行うことにした僕達。

 

 「これなら攻略の足も止めないし、ちょうどいいでしょ!」

 

 そう笑顔で言うと、アスナが小さくため息をついて肩を竦める。

 

 「……別に、一週間も空けてたことを責めてるわけじゃないわよ。」

 

 その言葉に場が和み、自然と笑いが広がった。

 

 

 編成は、盾役のディアベルと機動力のあるキリトが先頭。

 後衛には≪風林火山≫のメンバーを配置し、中央には戦闘向きビルドじゃないアルゴを守る形で僕とアスナが並ぶ。

 慎重に――とはいえ、最前線トッププレイヤーの集団だけあって、ダンジョン攻略は驚くほど順調に進んでいった。

 

 「いやぁ、このメンバーだと最前線でも楽勝だな。」

 

 後方からクラインの軽口が飛ぶ。

 

 「油断は禁物よ?」

 

 アスナが釘を刺すものの、その声音にはどこか楽しげな色が混じっていた。

 

 「そういえばカイト。」

 

 クラインが僕のコートの裾をつまみながら声をかけてきた。

 

 「今さらだが、その格好……どれくらい性能が変わったんだ?」

 

 ああ――そういえば、詳しく説明してなかったっけ。

 

 「……まあ、このメンバーなら言ってもいいか。」

 

 僕は少しだけ自信ありげに胸を張る。

 

 「実はこの防具、凄いんだ。僕のレベルに合わせて性能が変化する。」

 

 「「「はぁ!?!?」」」

 

 アルゴ以外、全員の声が見事に揃った。

 

 「しかも、前に装備していたものよりワンランク上の装備でねー。装備更新をしないのは楽だけど、ちょっとズルすぎるかもね。」

 

 苦笑交じりにそう言うと、アルゴが肩を竦めてフォローしてくれた。

 

 「女神様からのご褒美なんだからいいダロ?《The World》でもユニーク用のぶっ飛んだアイテムはあったシナ。」

 

 「ありがと、アルゴ。」

 

 そんな彼女にお礼を言うと漸く皆が事態の読み込みを完了したのか、凄い形相で僕へと接近してきた。

 

 「めちゃくちゃじゃないか!!」「てか、もっと早く教えろよ!!」「さすが俺達の勇者!!」

 

 ワイワイ騒ぎながらも、湧いてくるモンスターは当然のように捌いていく。

 ……やっぱり、なんだかんだ言っても、彼らは最前線を駆けるプレイヤー達だ。

 

 

 

 

 そんな笑い交じりの道中で――ふと、僕は違和感を覚えて足を止めた。

 

 「わぷっ……ど、どうしタ? カーくん。」

 

 唐突に立ち止まったせいで、背中に突っ込む形になったアルゴが慌てて後退する。

 後ろの彼女に微かに目線だけを動かし、その視線を横の壁に向ける。――明らかに揺らいでるそれ。

 

 「みんな……この壁、普通に見える?」

 

 問いかけに、キリト、アスナ、ディアベル、クライン達が顔を見合わせる。

 

 「ただの岩壁だな。」

 

 「ええ、特に変わった様子は……。」

 

 次々と返される答えに、僕は小さく息を吐いた。

 

 「……やっぱり、僕だけに見えてるのか。」

 

 そう呟いて、皆へ振り返る。

 

 「少し下がってて。」

 

 仲間達を下がらせ、一歩壁へと近づく。

 ゆっくりと右腕を掲げると――黄昏の腕輪が出現して淡く光り、瞬く間に巨大な幾何学模様が空間に展開される。

 

 「っ……!」

 

 キリトの息を呑む声が後ろから聞こえる。

 

 「こんなに……大きかったかしら。」

 

 アスナの声に僕自身も少しだけ違和感を感じつつ――。

 

 「――あ、嘘。」

 

 ぽつりと呟いたその瞬間――世界から音が消え、蒼き光が解き放たれる。

 

 

 

 

 世界を大きく揺らしたような、そんな感覚を覚えつつも、やがて蒼い光が収束した時――そこには、先ほどまで“ただの壁”だった場所に、奥へと続く道が口を開けていた。

 

 「……やっちゃったな。」

 

 困ったように頭を掻きながら振り返る。

 

 「PoHの一件以降、データドレインを使ってなかったけど――……どうやら、めちゃくちゃ強化されてるみたい。」

 

 僕は苦笑いを浮かべながら、右手を見下ろす。

 

 「いやいやいや!! 笑いごとじゃねぇだろ!?」

 

 真っ先にクラインがツッコミを入れてきて、キリトも苦笑を漏らす。

 僕は手をグーパーしながら、それでも、不思議と危険な感じを覚えていない。

 

 「今回のは場所的に問題なかったけど……これ、変に貫いたらまずいやつだね。」

 

 その言葉に、ディアベルが壁の先を覗きながら振り返る。

 

 「前に言ってた、システムそのものが壊れるって話か?」

 

 「うん、そうそう。」

 

 にこやかに答える。

 

 「今回みたいに、この道自体がバグで歪んでたなら、あの威力でも丁度よかったんだけど……。」

 

 そう言って、ディアベルに並んで壁の先を覗き、軽く叩く。

 

 「――ただのバグモンスターに撃ったら、後ろの壁とか、そのまま吹き飛んじゃうかもね。」

 

 「……おいおい、軽く言うなよ。」

 

 キリトの言葉に同意するように皆が不安そうな顔をしていたけど、僕はどこか楽観的に、コントロールの自信がどこかにあった。

 だから僕は極めて明るく「大丈夫」と伝え、アルゴが「カーくんのことは信用してるサ」と賛同してくれたので、その話はここで終わり。僕は切り開いた道を先頭に歩いていく。

 

 

 

 隠されていたはずの通路は、見た目も構造も他と変わらず、出現するモンスターも通常通り。

 

 (……なんで、この場所を隠していたんだろう?)

 

 そんな疑念を抱き始めた矢先――視界が開け、大きな広間に辿り着いた。

 そして、その中央に――人影。

 

 「……っ。」

 

 それは、あまりにも見覚えのある存在。

 朱を纏い、双刃を腰に下げた男――“蒼炎のカイト”が鎮座していた。

 

 「カイト!……あれ……!」

 

 アルゴが震え声で僕の袖を掴む。彼女が危惧するのも分かる。けれど――

 

 「落ち着いて、アルゴ。――あれは動かない。ただの“器”だ。」

 

 彼女の肩にそっと手を置き、静かに首を振った。

 確信めいた感覚が胸にあった。

 

 (……あれはAIDAが作ったものじゃないね。でも……AIDAの気配はある感じがする)

 

 どこから漂っているのか、確かにAIDAの気配が広間に渦巻いている。

 

 「みんな、少し下がって。」

 

 仲間へ短く指示を出したその時――。

 

 ズ……ン、と大広間の壁が静かに歪んだ。

 

 「……!」

 

 キリトが剣を抜き、ディアベルも即座に盾を構える。

 

 そこから現れたのは――《The World》のPCボディを持つ、無言の人々だった。

 感情の色を一切見せない、意志の抜け殻のような人形たち。

 

 彼らはよろめくこともなく歩み寄り、次々と“蒼炎のカイト”へ手を伸ばす。

 そして触れた瞬間――ひとり、またひとりと光に変わり、器へと吸い込まれるように消えていった。

 

 「……そういうことか!」

 

 僕の中で、思考が繋がる。

 

 ――目の前の“蒼炎のカイト”。

 これはおそらく、アウラが設計したAIDA対策プログラム。

 しかし何らかの理由で未完成のまま放置され、“ただの器”になっていた。

 

 そこにAIDAが目をつけた。

 《The World》のPCボディを模擬プレイヤーとして操り、接触によってAIDAを増殖させる。

 そのすべてを、この“器”に流し込んでいる……!

 

 (もしこれが完成してしまったら――PoHどころじゃない!)

 

 背筋に氷のような寒気が走る。

 希望の象徴として作られたはずの器が、真逆の存在へと変貌しようとしているのだ。

 

 「みんな!!“蒼炎のカイト”に近づくPCボディを排除して!!」

 

 僕は全力で叫んだ。

 

 「――“蒼炎のカイト”は、僕がケリをつける!」

 

 宣言と同時に、その“器”が突如として目を見開き、双剣を構えた。

 広間に緊張が走る。仲間たちの息も詰まるのがわかった。

 

 けれど僕は――安心させるように笑ってみせた。

 

 「大丈夫。もう“あのときの僕”じゃない。――こいつは僕に任せて!」

 

 ピースサインを掲げ、双剣を逆手に握る。

 

 次の瞬間、鋭い金属音が広間に響き渡った。互いの双剣が激突し、火花を散らす。

 

 「“蒼炎のカイト”――そろそろその名前を僕のところに返上してもらわないとね!」

 

 衝撃波のような音を残し、僕と“蒼炎のカイト”は互いに距離を取る。

 仲間達はPCボディたちの接近を阻んでくれている――ここは、純然たる一騎打ちだ。

 

 刃を交えた瞬間、わかった。

 相手の技は《The World》基準。

 けど僕の技は、SAOで磨き直され、より洗練されたものになっている。

 

 同じ技を繰り出しても、練度の差は歴然。

 “蒼炎のカイト”は押し込まれ、次第に形勢を失っていった。

 

 それに今の僕には恐怖も迷いもない。

 背中では仲間達が戦い、そして相棒が僕を見守ってくれている。

 ――僕は、独りじゃない。”独り”でないことが僕の一番の力。

 

 「一気に決める!」

 

 ≪蒼炎≫の最大の特性――技と技を連続して繋げる速さ。

 その力を余すことなく発揮し、刃を舞わせる。

 

 「炎舞!」――「疾風双刃!」――「一双燕返し!」

 

 蒼き残光を伴った連撃が連なり、相手を押し込んでいく。

 

 「――とどめだ!三爪炎痕!!」

 

 双剣を振り抜き、空中に打ち上げられた“蒼炎のカイト”の身体へ、三角形を描く三連の爪痕を刻む。

 赤い爪痕がその軌跡を残し、最後の一撃が深々と突き刺さった。

 

 そして――僕は双剣の柄を合わせ、形を変える。

 湾曲した弓。そこに黄昏の腕輪の光を纏わせる。

 

 「……さようなら。“蒼炎のカイト”。」

 

 弦に掛けた光の矢を、迷いなく放った。

 

 

 データドレインの光が収束し、蒼い粒子が静かに降り注ぐ。

 その中で、ゆっくりと落ちてきた“蒼炎のカイト”を、僕は両腕で抱きとめた。

 

 穏やかに瞼を閉じたその顔――かつての僕自身。

 やがて“彼”の身体は小さな粒子となり、すべて僕の中へと溶けていく。

 

 同時に、周囲にいたPCボディ達も崩れ、光の欠片となって消えていった。

 

 「……。」

 

 握りしめた手を静かに下ろすと、仲間達が次々と駆け寄ってくる。

 

 「カイト……?」

 

 アルゴが心配そうに僕の名を呼ぶ。

 

 僕は皆を安心させるように微笑んで答えた。

 

 「大丈夫。これで――きっとAIDAとの戦いは終わり。……バグの処理は、これからも必要かもしれないけどね。」

 

 僕は自分の感じている感覚を皆に正直に伝える。その言葉に、皆の顔から一斉に緊張が解け、安堵の色が広がっていった。

 

 「問題になってた幽霊騒ぎも、これで収束しそうだな。――だが、どう報告する?」

 

 ディアベルが問いかけ、他のメンバーも頷く。

 僕は肩の力を抜き、気楽に答えた。

 

 「簡単でいいよ。僕が解決しました――それだけで十分。もし詳しく知りたい人がいたら、僕のところに来てもらえばいい。」

 

 「おい……。いや、まあ問題はないんだろうけどさ。」

 

 ディアベルは苦笑し、キリトやアスナ、クラインも同じように困った顔を浮かべる。

 

 「詳細のまとめはアルゴに任せるよ。攻略組には僕の事情をすでに話してある。深入りしてくる人も、そう多くはないだろうし。」

 

 「マー、カーくんがそう言うなら異存はないけどナ。」

 

 アルゴは、まるで“困った人”を見るような目をしてくる。

 でも僕は気にせず、彼女に笑顔を返した。

 目線を合わせられたアルゴは、頬をわずかに赤らめながら――

 

 「ハイハイ、わかったヨ、団長サマ。」

 

 と、いつもの調子でからかって返してくれる。

 

 「よし!じゃあ残りのダンジョン攻略もサクサク進めよう!」

 

 僕の合図に、皆が「おー!」と声を揃える。

 

 

 そして広間を後にした僕達。 最後に広間を出た僕には、後ろから「お疲れ様、カイト」とアウラの声が聞こえた気がした。

 

 

 




AIDAとの対決もひと段落です。
そろそろこのお話も終わりが近いです。次回からは本編軸に戻ります。
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