.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第三十七話も閲覧ありがとうございます。



第三十七話

 

 

 第七十三層のボス攻略も、大きな問題なく終わった。

 そして――僕達はついに、アインクラッド全体の4分の3を間近に控えた。

 

 それでも、この2年近い年月は、人々に“慣れ”を与えていた。

 本来なら絶望に直結するデスゲームも、ここまで来ると「日常」に溶け込んでしまう。

 それは、この世界があまりに現実に近くなったせいもあるかもしれない。

 

 攻略ペースこそ落ちてはいない。

 けれど――以前のような焦りも、もう誰の顔にも見えなかった。

 

 (……悪いことじゃない。だけど、どこか気が抜けてしまってる気がする)

 

 そんな不安を拭いきれず、僕はアルゴを誘って各層の街を見て回ることにした。

 

 「心配しすぎ、って言われればそうかも。でも……カイトの言いたいこともわかるよ。」

 

 街の石畳を歩きながら、隣の彼女は肩をすくめる。

 今日はフィールドに出る予定がないからか、いつものフード付きマントではなく、女性らしい軽やかな服装だった。

 僕も少しは身なりを整えて来るべきだったかな……と後悔していると――

 

 「カイトは、そのコートが似合ってる。だから、そのままでいいんだよ。」

 

 不意に、そんな言葉をかけられた。

 まるで内心を読まれたみたいで、思わず頬をかく。

 

 「……まったく。ほんとにアルゴには敵わないな。」

 

 冗談めかして返すと、彼女は小さく笑った。

 

 

 

 

 街を巡ってみて――特に危険や不穏は感じなかった。

 ただ、“良い状態”とも言えない。妙に緩んでいるような、そんな空気だった。

 

 「少しずつ、緩くなってきてるのかもしれないね。」

 

 「そうね。今はまだ攻略の速度が落ちていないから大丈夫だろうけど……もし支障をきたすようなことがあれば、気を引き締め直さないとね。」

 

 そんな結論を出した僕達は、その足でエギルの店に向かった。

 生産職とも繋がりの深い彼なら、また違う視点で意見をくれるはずだ。

 

 「や、エギル。」

 

 「よう、カイト、アルゴ。――ん? 今日は随分と軽装じゃないか。」

 

 店に入ると、ちょうどお客さんはいなかった。

 エギルは笑みを浮かべて、アルゴの服装に視線を送る。

 

 「今日はフィールドワークが目的じゃないからナ!」

 

 アルゴはむっとして言い返す。

 だが、エギルはどこか含みのある笑みを浮かべていた。

 その視線に気づいたアルゴは、頬を赤らめて声を荒げる。

 

 「オイラのことはいいんだヨ!ホラ!早く本題に入る!」

 

 ――そんなやり取りに、思わず笑いが漏れた。

 

 

 

 エギルに最近の状況を尋ねると、彼は腕を組みながら低い声で答えた。

 

 「工房の稼働率は落ちてるな。まぁ大きくは単純に“依頼が減ってる”。特に中層ゾーンの連中――新しい装備を求める数が明らかに少なくなってる。」

 

 「そっか……。」

 

 思わず唸る。

 

 「無理に上層へ来いなんて言えないし、仕方ない部分もあるんだけど……。」

 

 エギルは苦々しげに眉をひそめる。

 

 「問題はそこだけじゃない。物流の回転も悪くなってる。料理用の食材や、消耗品の素材は中層の連中が大半を担ってたからな。」

 

 「なるほど……それは厄介だね。」

 

 少し考えてから、僕は頷いた。

 

 「よし、黄昏の騎士団でフォローしよう。中層の人数も増えたし、素材集めはレベル上げを兼ねて回せるはずだ。」

 

 「それは助かる。」

 

 エギルは大きな手で肩を叩き、笑ってくれた。

 

 

 そこまで話していると、店にお客さんが入ってきた。買取取引の邪魔にならないようにと僕とアルゴは奥の席を借りて、そのまま昼食を取ることにする。

 

 昼食はアルゴの手作り。

 料理スキルを上げきった彼女は多種多様の料理を作ることができる。今日は外でも食べやすいようにと、サンドイッチを用意してくれていた。

 

 「いただきます!」

 

 手を合わせ、一口頬張る。

 

 ――美味しい。やっぱり、アルゴの料理は安定して僕の心を和ませてくれる。

 

 「いつもありがとう。」

 

 結構な頻度で用意してくれる彼女に礼を言いつつ、僕達は先程の話の続きを始める。

 

 「難しいところね。中層の作業は強制じゃないけど、やってもらわないと回らない部分が多いもの。」

 

 「うん。でも――まだ巻き返せると思う。刺激があれば、また活気が戻るはずさ。」

 

 「……それもそうかもしれないわね。」

 

 アルゴは少しだけ柔らかな笑みを見せた。

 

 「いざとなれば、カイトが先導すれば皆ついてくるでしょ?」

 

 冗談めかして言うその顔が、ほんの少し意地悪そうに見えて、僕は苦笑しながらサンドイッチをもう一口かじった。

 

 「そこまでカリスマ性があるつもりはないんだけどね……。」

 

 困り顔でさらにもう一口、サンドイッチを頬張る。

 ふと、入口の方で見知った顔――キリトの姿が見えて僕はサンドイッチを頬張りながらそちらに足を向けた。

 

 

 

 僕がキリトとエギルのもとへ歩み寄ると、エギルが目をひん剥いていた。

 

 「どうしたの? エギル。――やほ、キリト。」

 

 まだ口にサンドイッチを入れたまま、モゴモゴと挨拶を返す。ついでにエギルの開いたウィンドウを覗き込むと――

 

 「おっ、ラグー・ラビットじゃん。S級食材なんて、また珍しいの取ったねキリト。……ここに持ち込んでるってことは、売っちゃうの?」

 

 「よう、カイト。――ああ、俺には調理できないからな。」

 

 肩をすくめる黒衣の少年。

 

 「ははっ。片手剣メインなんだから他の武器スキル捨てて、料理取ればいいじゃん。”ここ”でなら食材腐らないし。」

 

 「料理スキル習熟するのにどれだけ時間かかるんだよ。」

 

 「だいたい三食きっちり作って、半年くらいダナ。」

 

 横からアルゴが口を挟み、ストローを咥えながら当然のように補足する。

 

 「マ、あくまでもコンプリートまでの時間ダゾ、キー坊。S級食材なら8割習熟くらいで調理可能ダ。」

 

 「それでも一、二ヶ月先だろ。それだったら売ってお金にするさ。」

 

 キリトはうんざりした顔でため息をついた。

 僕が苦笑していると、彼の背後に見慣れた人影――アスナを先頭にした《血盟騎士団》の一行がこちらへ向かってくるのが見えた。

 

 「あ、アスナだ。」

 

 そう呟いた瞬間、キリトがくるりと振り返り、アスナの手を取っていた。

 

 「皆、こんにちは――「シェフ確保」」

 

 「えっ……?」

 

 唐突な宣言に、アスナの榛色の瞳がまん丸になる。慌ててキリトは手を放した。

 

 「あ、悪い……つい。――珍しいな、こんなところに来るなんて。」

 

 「こんなところで悪かったな。」

 

 むすっとした声でエギルが返す。

 

 「カイトさんやアルゴさんと違って、キリトくんはソロでしょう?そろそろボス攻略だし、無事なのか顔を見に来たのよ。」

 

 アスナは胸を張って答えた。

 本来はフレンド欄を確認すれば無事かどうかなんて確認できるんだけど――まぁ会いに来る口実だよね。

 

 「それで、“シェフ確保”って何?」

 

 「ああ、その……アスナ、今の料理スキルってどのくらいだ?」

 

 問いかけに、彼女は自慢げに胸を張った。

 

 「聞いて驚きなさい。この前、コンプリートしたの!」

 

 「おー、アーちゃんもコンプリートしたか。」

 

 「……コンプリート!? “も”って何だ、“も”って!?」

 

 驚愕するキリトとエギルの声が見事にハモった。

 

 「アルゴもコンプリートしてるよ。料理スキル。」

 

 僕がさらりと暴露すると、二人の首がカクンと揃ってアルゴに向く。

 

 「だから、習熟まで半年って言ったダロ?」

 

 「実体験かよ!!」

 

 「S級食材も美味しかったね。」

 

 「食ってんのかよ!?!?」

 

 テンポの良い、2人の突っ込みを楽しく聞きながら僕は残りサンドイッチを飲み込む。

 会話のテンポに少し置いてけぼり気味なアスナを見て、僕はふと一つの提案を思いついた。

 

 「アスナ。 キリト、ラグー・ラビットゲットしたんだって。で、もしよかったら――キリトからそのラグー・ラビットを受け取って、料理してあげればどうかな? 一度は食べておいて損はない味だよ。」

 

 僕の言葉に、アスナの肩が小さく跳ねる。

 

 「ラグーって名前からして煮込みがオススメだゾ。」

 

 アルゴが補足するように入れる。

 

 「……じゃあ、半分ね。それなら作ってあげるわ。」

 

 「ま……そうだな。場所や準備を考えても、半分で妥当か。」

 

 キリトは少しだけ考え込む素振りを見せたが、すぐに頷いた。

 

 「お、俺の分は……少しでも……。」

 

 エギルが控えめに口を挟んだ瞬間――

 

 「はいはい、エギルは料理スキルコンプリートのアルゴのサンドイッチで我慢しようね。」

 

 「子どもをあやすみたいに言うな!」

 

 大柄な体でむくれるエギルに、場の空気がどっと笑いに包まれる。

 

 そんな中、アスナは同行していた《血盟騎士団》の団員たちに帰還の指示を出していた。

 しかし彼らは「ソロのキリトとアスナが一緒にいること」を快く思っていないらしく、不満げな声を漏らす。

 

 「アスナにも、ずいぶん“熱心なファン”がつくようになったね。」

 

 僕が苦笑混じりに呟くと、アルゴが肩をすくめて応じる。

 

 「アーちゃんは数少ない女性攻略組プレイヤーだからナ。容姿も性格もヨシ、当然の結果ダ。」

 

 「そうだね。最初の頃(第一層)から知ってるけど……本当にいい子だから。――でも、これ以上キリトを悪く言われるのは気分がよくないな。」

 

 僕はアスナの前に一歩出て、団員2人の前に立つ。

 

 「彼の身分は僕が保証する。レベル、装備、人間性、どれを取っても問題ない。……それとも、“僕”の言葉は信用できない?」

 

 笑顔でそう威圧すると、団員たちは思わず一歩下がり、渋々ながら頭を下げ、去っていった。

 

 「カイトさん、ごめんなさい。身内のことで迷惑を……。」

 

 アスナが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 「気にしないで。僕の顔で役に立つならいくらでも前に立つよ。――大切な妹分に弟分だしね。」

 

 そう言って笑いかけると、キリトもアスナも、困ったように照れ笑いを浮かべながら視線を逸らした。

 

 「でも……血盟騎士団も大所帯になったせいか、いろんな人が増えたね。」

 

 「ええ。設立当初は私と団長で直接スカウトや面談もしていたんだけど……今は規模が大きくなって、そういうことも減っちゃって。」

 

 「ヒースクリフは最近どう? ボス攻略の場でしか顔を見ないけど。」

 

 「相変わらずよ。必要な会議にだけ顔を出して、あとは姿を消す。たまに新しい装備を持ってくるから、どこかのダンジョンに潜ってるんでしょうけど。」

 

 彼女の答えを聞きながら、僕はふと考える。

 ――ダンジョンを回っていても、偶然ヒースクリフに会ったことは一度もない。どこにいるのか、何をしているのか……妙に引っかかる。

 

 (……ま、今は考えても仕方ないか)

 

 頭を振り、2人に向き直る。

 

 「さ、うるさいのがいないうちに行っておいで。……また2人一緒のところを見られたら、“熱心な人たち”がうるさいからね。」

 

 そうしてキリトとアスナの背中を軽く押して、仲良く並んで歩いていく2人――キリトとアスナの背中を眺めながら、ぽつりと呟く。

 

 「……うまくいくかなぁ。」

 

 「どうだろうナー。まぁ最近はサっちゃんがアーちゃんの相談に乗ってたみたいだけド。」

 

 隣のアルゴが肩をすくめる。

 

 エギルは顎を撫でながら、ふむと唸った。

 

 「キリトは、意外とそういうとこ鈍いからな。」

 

 「っていうか、苦手なんだと思うよ。人との距離感を掴むのが下手なんだ。……ここ2年でだいぶマシになったみたいだけど。」

 

 「第一層からの付き合いだから、逆に距離感を測れなくなってるのかもしれないな。」

 

 「だね。アスナからの好意は外から見れば明確なんだけど。」

 

 「……仲が良すぎるのも考えものか。」

 

 エギルが溜息まじりにそう言ったかと思えば、今度はニヤリと笑って僕達を見た。

 

 「そういえば――お前らはどうなんだ?」

 

 少し弄るような声音に、僕はわざと乗っかるようにさらりと返す。

 

 「――僕達? 実は“結婚”してるんだよね。」

 

 「……は?」

 

 エギルの口が開いたまま固まる。

 声にならない叫びを上げたあと、顎が外れるんじゃないかってほど開いたまま、僕とアルゴを交互に指差す。

 

 「あー……そうだヨ。」

 

 アルゴも涼しい顔で続ける。

 

 「“結婚システム”を調査するために、ネ。」

 

 「結婚して離婚して、また結婚して……システム検証してたら、結局そのまま。」

 

 「オイラ達的にはストレージ共有できるのが便利でナ。アイテムの運搬も楽になるシ。」

 

 そこまで説明して、ようやくエギルが再起動した。

 

 「な、なんだよ……そういうことかよ!本気かと思っただろ!」

 

 「ふふふ……僕を誂おうなんて、まだまだ甘いね。」

 

 ガックリと肩を落としたエギルの背中を、僕は楽しげにバシバシ叩いた。

 

 

 * * *

 

 

 店を後にするカイトとアルゴを見送る。

 並んで歩くその背中は、さっきのキリトとアスナにも負けないくらい仲睦まじく――そして同じくらい、アルゴの想いは分かりやすいほどに滲んでいた。

 

 (……現実の既婚者舐めんなよ。女の変化には割と敏感なんだぜ)

 

 もっとも、アスナのように「関係を変えよう」とか「想いを伝えよう」とか、そういう野心はアルゴには感じられない。

 ただ――カイトの隣に立ち、歩くだけで、彼女は心の底から幸せそうだった。

 

 ただ、それは間違いなく、“乙女の顔”だった。

 

 

 




本編話。ほのぼのとした内容となりました。

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