珍しいことに――キバオウからの依頼を受けることになった。
そのため僕とディアベル、そしてアルゴの3人で転送門に立ち、彼を待っていた。
依頼の内容はアインクラッド解放軍の中で、攻略組に参加しようとしている一団の観察。
彼らはアインクラッド解放軍の唯一攻略組であったキバオウの指導のもと、レベル上げなど活動をこれまでしてきたらしい。
指導者であるキバオウ自身も「もう一度攻略組に復帰する」という目標と第二十五層の失敗を踏まえて、部下達に厳しい訓練を課していた。けれどその厳しさが裏目に出たのか、融通の効かない空気が隊内に根づき、気づけば勝手に階級を決めて統率を取るようになっていたらしい。
そんな彼らが昨日になって突然、「最前線のダンジョンに入り、ボス部屋を探す」と言い出した。
レベルや装備には問題はない。
けれど、キバオウ以外のアインクラッド解放軍が最前線に立つのは――あの第二十五層の失敗以来。
当然、キバオウも同行を申し出た。
だが彼らは「いつまでもキバオウに頼っていては未熟なまま」と言い、ついに取りつく島もなく断られてしまった。
とはいえ、放置するわけにはいかない。
そこで、遠くから様子を見届けるために、最前線でダンジョン攻略ができる僕とディアベル。さらに、彼らに近づいた際に様子を伺ってもらうためにハイドスキルがおそらくプレイヤートップのアルゴに依頼が来た形だ。
やがて転送門から現れたキバオウは、僕たちの顔を見るなり深々と頭を下げた。
「すまん!!身内の面倒事に手ぇ貸してもらう形になってもうて!!」
「気にしないで、キバオウ。君と一緒にパーティー組むのは、もう“いつものこと”だろ? 今回もその延長でしかないよ。」
そう返すと、彼は今度はアルゴへ向き直った。
「アルゴはんも、すまん!最前線のダンジョンにまで連れ出してしもて……!どうしても、アイツらの考えを確かめたいんや!!」
「マー気にすンナ。今回の件でキバさんが心配するのも無理はナイ。」
アルゴは肩を竦めながらも、どこか優しい声音で返した。
「彼らはもう三十分前にダンジョンへ入っている。急ごう、足を止めている時間はない。」
ディアベルがそう言って場を締めくくる。
僕達は頷き合い――最前線のダンジョンへと足を踏み入れた。
「……おかしい。」
モンスターを斬り捨てながら、胸の奥に広がる違和感を口にした。
「ああ、そうだな。いくら俺達が少数とはいえ、こんなにも追いつけないのは不自然だ。」
ディアベルも険しい表情で頷く。
「道に迷ったんやないんか?」
不安げにキバオウが口を開くが、すぐさまアルゴが首を振った。
「イヤ、MAPを見れば分かるケド、今回のダンジョンはそんな複雑じゃナイ。」
彼女がウィンドウを展開し、全員に見えるようにマッピング情報を示す。
嫌な予感が、さらに強まる。
「……攻略組の誰かにMAP情報をもらって、ボス部屋に一直線に向かった可能性がある。」
最悪の想定を口にすると、キバオウが声を荒げた。
「無謀や!!どれだけボス戦から遠ざかっとったと思っとるんや!? 七十層を超えたあたりから、モンスターのルーチンは大きく変わっとるんやぞ!!ボスなんて尚更や!!」
「アルゴ、想定されるボス部屋までの最短ルートを指示して!僕が先頭に立つ、一気に駆け抜けるよ!」
「了解ダ!」
僕達は一斉に駆け出した。速度を最大まで上げ、ただ一直線に――。
―――――最悪の想定は、往々にして当たるものだ。
「……ボス部屋の扉が開いてる!」
視界に広がる光景に、奥歯を強く噛みしめる。
「アホどもがぁぁ!!」
キバオウの怒号が響く。
「どうする!? カイト!!」
ディアベルの問いに答えようとした、その時。
「待って!中にキリトやアスナ!!それに風林火山の連中もいる!!」
索敵スキルが一番高いアルゴが叫ぶ。
「ッ……!! 中に入る!!」
迷う暇はない。即断し、仲間達と共にボス部屋へ飛び込んだ。
――そこでは。
風林火山のメンバーがアインクラッド解放軍を庇い、キリト、アスナ、そしてクラインの3人が必死にボスを押しとどめていた。
第七十四層フロアボス――《ザ・グリームアイズ》。
その巨体が振り下ろした拳で、アスナの身体が宙を舞う。
「アスナッ!」
反射的に駆け寄り、彼女を抱きとめる。その直後、迫る大剣をキリトと連携して受け止め、同時に後方へと跳んだ。
「カイト!」「カイトさん!!」
驚きと希望に目を見開く彼らの声を無視し、僕は状況確認を急ぐ。
「なんで撤退しない!?」
「……結晶無効化エリアだッ!!」
内心、舌打ちをする。
ボス部屋の結晶無効化――クォーター、ハーフといった特殊条件下でなら過去にもあった。
けれど――まさか、この段階でボス部屋がそれに覆われているなんて。
「……ッ!」
再び振られた大剣を打ち上げ、ディアベルと共にステップで距離を取る。
緊張感の中、僕は周囲を見渡す。
アインクラッド解放軍の多くが、すでにHPバーを半分以下まで削られ、イエローゾーンに沈んでいて戦意も喪失しているようだった。
少人数ではあるものの”彼ら”が居ないのであれば堅実に、ゆっくりとボスを攻略することはできるかもしれない。リスクは高いけど。
けれど現実は”彼ら”のフォローしながら戦わなければならない。
そうなったとき、戦力は大幅に減少。
最低限でも、キバオウ、ディアベル、クライン、風林火山の面々は「守り」に徹するしかない。戦闘参加はほぼ望めない。
そして――ボスのHPは、まだ3分の2以上も残っている。
そもそもアルゴは戦闘に加われない。
つまり、ここで削り切れる可能性があるのは――僕と、アスナ、そしてキリトの3人だけ。
(……正直、二十五層の攻略より厳しい)
あのときはまだ良かった。全員が正真正銘の攻略組。
最前線を長く渡り歩いてきた猛者たちばかりで、立て直す余地があった。
でも今は――。
僕は考えを切り上げ、視線をキリトへ向ける。
「キリト――。」
声に乗せたのは賭けの覚悟だった。
その一瞬で、彼もまた僕の意図を読み取ったのだろう。わずかに頷き、静かに一歩、後方へと下がった。
「ディアベル!!一時的に前へ! ボスを仰け反らせたい!!」
「了解ッ!合わせろ、カイト!」
アスナとスイッチしたディアベルが盾を高く掲げ、迫る大剣を受け止める。
タンクビルドでない彼のHPが減るのを目撃しながら――だとしてもボスの攻撃力が高い――僕はその大剣を双剣で大きく弾いた。
「いいぞ!カイト!スイッチ!!」
それと同時にキリトが後方から飛び出してくる。
二本の剣を携えて――。
エクストラスキル《二刀流》――その存在を知っているのは、僕とアルゴ、そしてディアベルだけ。
さらに言えば、その詳細を理解しているのは僕だけだ。
キリトが二本の剣を構えた瞬間、周囲から一斉に息を呑む音が響く。
見たことのない構え。空気が一変した。
「――合わせて見せる!キリトは何も気にせず全力で!」
以前、考えて、編み出したキリトの二刀流と僕の双剣”蒼炎”のコンビネーション。
キリトを攻撃に全振りし、僕が合間に挟まってキリトの動きを阻害する攻撃を防ぐ。攻撃力が高い代わりに長いソードスキルモーションで固定されてしまう二刀流のデメリット対策。
けれど、これの練習はそこそこの、いきなりボスでのぶっつけ本番。
リスクはかなりでかい。でも――活路はもうこれしかない!!
「――っ!」
キリトが踏み込み、二刀でボスの大剣を受け止め、弾き返す。
その瞳は揺らがない。
「――《スターバースト・ストリーム》!!」
二刀流最上位技――脅威の16連撃。
閃光のような剣が舞う。
同時に、僕も動き出した。
燃え上がる蒼炎が双剣を包み、キリトの動きに寸分違わず寄り添う。
「いくぞッ!」
彼が一閃するたび、僕はその隙を埋める。
怯まず反撃してくるボスの斬撃を、双剣で弾き飛ばす。
キリトが踏み込み、僕が身を低くして回避し、その刹那に横合いから斬撃を重ねる。
加速する。さらに加速する。
キリトの剣舞と、僕の蒼炎が交差するたび、閃光と轟音が広間を埋め尽くす。
ボスの凶悪な攻撃力――一度でも噛み合いを誤れば即全滅だ。けど、恐怖はなかった。
最後の――16撃目。
《二刀流》最大の弱点、技発動後の長い硬直。
それを補うために、僕は全力の大技を叩き込む。
「――《三爪炎痕》!!!」
蒼炎を纏った双剣が赤い爪痕の三角を描くように閃き、ボスを切り裂いた。
轟音と共に、巨体が仰け反る。
そのHPバーは一気に三分の一を削られ、残りはわずか三分の一。
さすがの二刀流の攻撃力に僕も思わず舌を巻いてしまいそうだ。
「カイト!もう一度だ!!」
「任せてッ!!」
多分、このとき僕とキリトは所謂”ゾーン”に入っていたんだろう。 皆の声なんて全然聞こえてこなくて、そのままボスのHPを削り切ってみせた。
キリトの最後の一撃がボスのHPを削り切り、巨体が断末魔の咆哮を上げながらポリゴン片となって霧散していく。
『Congratulation!!』
祝福の文字と大音量のファンファーレが響いた瞬間、張り詰めていた耳に世界の音が一気に戻ってきた。
僕とキリトのHPゲージは、どちらもイエローゾーン。
完全には防ぎきれず、削られていたのだと改めて気づき、胸の奥が冷える。
(……改善点はいくらでもあるな)
キリトも集中力が切れたようで剣を転がしながら座り込んでいた。
僕は笑って拳を差し出す。
「おつかれ、キリト。――すごい攻撃力だったね。」
「ああ……おつかれ。フォロー、マジで最高だった。ぶっつけ本番だったけど、うまくいったな。」
拳がぶつかり合う乾いた音が、勝利の実感を確かに伝えてくれる。
その直後、アスナが駆け寄り、座り込むキリトに飛び込んだ。
「キリトくん……っ!」
その胸に顔を埋め、声を詰まらせるアスナ。
突然のことに、どうしていいかわからずあたふたするキリトの姿に、思わず口元が緩む。
アルゴとディアベルも僕の傍へ駆け寄り、心配そうに様子を窺ってきた。
彼らの気遣いに、僕は「大丈夫」と頷いてみせる。
戦闘中ずっと気を揉んでいただろうアスナの泣き声を背に、僕はキバオウへ視線を移した。
「……何人、やられた?」
「……3人や。指揮を取ってたやつと……。」
言葉を絞り出すような声に、胸が痛んだ。
「そうか……。」
キバオウは、顔を歪めながらも仲間たちに撤退を指示し、一人ひとりに謝罪と感謝を述べていった。
そして最後に僕の前へとやってきて、深く頭を下げる。
「すまん。少しでも攻略の力になれば、と思ってたんやけどな……。やっぱり、しばらくはワイ以外、参加は難しそうや。」
僕は黙って彼の肩に手を置き、静かに告げる。
「――今は休もう。それでいい。」
彼は苦々しい顔をしながら、それに頷き仲間と共にボス部屋を後にした。
「キバオウには、辛い結果になったな。」
隣でディアベルが重い声を落とす。
「そうだね。“軍”は規模だけで言えば最大ギルドだ。キバオウの立場的にも責任を背負うことは多い。でも――今回の件を彼一人のせいだなんて、僕は思わない。」
アルゴも小さく頷き、肩をすくめる。
「自分が育ててきた部下たちダ。……ショックは大きいダロナ。」
僕は考え、ディアベルに声をかけた。
「ディアベル、シンカーさんに連絡を取って。――いつでも協力するから必要なら声をかけてって伝えて。」
「ああ、わかった。必ず伝える。」
そう返したディアベルの表情は、どこか決意を帯びていた。
僕はまだ座り込んだままのキリトとアスナの頭を軽く撫で、微笑んで言う。
「今日は……早めに休むんだよ。」
2人は照れたように頷き、視線を逸らした。
その様子を見届けてから、僕はクラインたちと共に、再びアクティベートへと歩き出した。
蒼炎×二刀流はSAO本編でHPをレッドゾーンまで削ってたキリトを見て思いついたネタです。
そのために蒼炎は硬直がほぼない、という設定にしました。
SAO本編と違って一回のスキルで倒せないようにしたのは敢えてですね。三分の二を削りきるはオーバーパワーすぎると思ったので。