話がぐっと進みます。
――あれから、一ヶ月が経った。
デスゲームが始まってからの一ヶ月で、犠牲者はすでに2000人を超えた。これは、全体の約5分の1に相当する。
その死者の中には、モンスターに倒された者だけでなく、自ら命を絶った者も少なくなかった。けれど、一部の死者に歯止めが効かなかった要因は、それだけじゃない。
それは、デマ。
「隠しログアウトスポットがある」「外壁の外へ降りればログアウトできる」
希望に縋るような噂は、ゲーム開始直後の一週間で急速に広まり、多くのプレイヤーを死地へと誘った。
「外壁の外」に関しては僕達では検証しようがなかった。
けれど「隠しログアウトスポット」については、僕達が徹底的に調査し、存在しないと確認ができた。だからその事実を広めるため、僕とアルゴは火消しに走り回った。
場所は≪はじまりの街≫の西部にある森、その奥に噂の洞窟がある。
適正レベル3。安全に踏破するなら最低でもレベル4、できれば5は欲しい難易度。つまりはレベル上げもしていない≪はじまりの街≫にいる初心者たちだけでは到達することはほぼ不可能。
――事実、2人の命を救うことはできなかった。
僕達は唯一助けることのできた初心者――アスナと、火消しの手伝いをしてくれた人達――クライン達と共に≪はじまりの街≫へ戻ろうとした時、知りたくもなかった現実を突きつけられた。
道端に落ちていた、一人分の遺留品。
プレイヤーが死亡した時に残す、当たり前の光景。けど、その中身に目を落とした瞬間、僕達は息を呑んだ。
中にあったのは、一人分ではなく、複数人の初期装備品。
……意味は、明白だった。言葉にならない。
隣で確認したアルゴも同じ結論に至ったんだろう。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
――この噂は、自然発生したものじゃない。
誰かが意図的に広め、そして、噂に踊らされたプレイヤーが死ぬことで、落ちた遺留品を奪い、自分の利益に変えている者がいた。それを、この遺留品が雄弁に物語っていた。
僕達は複雑な感情を抱きながらも、アスナ達と共に無事≪はじまりの街≫へ戻って来ることができた。
そこから話の発端などを含めて、唯一の生存者であるアスナの話を聞き始めると、少し話がチグハグに感じた。よくよく聞けば、彼女はゲーム全般が全く経験の無い初心者で、文字通り右も左もわからない状態で噂を元にフィールドに出たらしい。
そんな完全初心者であるアスナのことをどうしようか、とアルゴと顔を見合わせてると意外にも彼女の意欲は高く、それならば、とアスナに戦闘を初めてとした基本的なことのレクチャーを行うことにした。
「私も……戦えるようにならなきゃ。」
そう言うアスナの声は震えていた。けれど、その奥には確かな決意が宿っていた。
彼女もまた、このデスゲームの中で“生き抜く”と腹を括ったのだろう。
そうしてレクチャーを終えた後、僕達は彼女にあるものを渡した。
アルゴの提案で作成していた【攻略本】――βテストの経験を基に調査を重ね、初心者向けに情報をまとめた冊子だった。
「ショップに行けば無料で手に入るようにしたんだ。街の初心者たちに配って、少しでも役に立てばと思ってね。」
「攻略本……。」
アスナは両手で本を受け取り、慎重にページをめくり始めた。
そしてその瞳が次第に驚きで見開かれていく。
「……すごい。モンスターのデータ、スキルの特性、街の施設まで……こんなに情報がまとまっているなんて。」
「僕達が調査して、確定した情報だけを載せてあるから。」
「……ありがとう。私、しっかり読んでおく。」
彼女が大切そうに攻略本を抱きしめるのを見て、僕は胸の奥が少しだけ温かくなる。
これで彼女の生存率が、ほんの少しでも上がるなら――作った意味はある。
こうして攻略本の第一版目を発行した僕達は拠点にしていた≪はじまりの街≫から離れることを決断した。
これまでは情報収集と≪はじまりの街≫で攻略に意欲のある初心者に声をかけてはレクチャーを行っていたけど――クライン達とはそれで知り合った――考えれば僕達だけで全てを見て回るのは現実的じゃない。
さらに言えば今回の一件で情報の重要性を僕達は再認識していた。不確かな情報が初心者たちを惑わし、死へと誘う。
情報の収集と検証に専念するためにも、ここから先は、もっと遠くへ行かなくてはならない。
幸い、この周辺の調査は終わり、攻略本の第一版も完成している。
「決まりだナ。カーくん、いよいよ本格的に動くときダ。」
「そうだね。僕達はもっと遠くへ行かないと。」
それから、さらに二週間が過ぎて。
≪はじまりの街≫から離れる。あの時の状況を整理し、その必要性と現実を受け止めた。にもかかわらず僕の心の奥には、いまだ拭えないしこりが残っていた。そんな、いまだどこか悩んでいる自分に、思わずため息を漏らす。
その小さな音を、少し離れた場所にいた2人が聞き取ったらしい。アルゴと、彼女の話し相手――アスナが、不思議そうにこちらを見てくる。
「なんでもないよ」手を振ってやり過ごし、僕は視線をそらした。
オンラインゲームすら初めてで、右も左も分からなかった彼女――アスナ。
けれど彼女は僕達が渡した【攻略本】を手に、独りでここまで――最前線へ辿り着いてきたのだ。
再会したときは、アルゴと2人して驚愕した。センス、覚悟、そして何より努力。それらを短期間で形にしてしまったのだから。
そんな彼女や僕達が此処に居るのはただ雑談をするためではなく、≪ボス攻略会議≫がこれからこの場所で行われるからだ。予定の時間にはまだあるものの多くのプレイヤー達がすでに広場に集まってきている。
最前線で戦い、情報屋としての側面もある僕達は、最前線を行く者たちの顔ぶれ半数近くは知り合いか、取引相手だ。
彼らは僕を見つけると軽く挨拶を交わし、「新しい情報はないか」と尋ねてくる。
いつも通りのやり取りに応じていると、不意に1人のプレイヤーが遠慮がちに近づいてきた。
「……隣、いいか?」
「もちろん。三日ぶりだね、キリト。」
まだ少年の面影を残す顔立ち。けれど、その実力は僕達が把握する中でも五指に入る。
彼――キリトは、僕達が【攻略本】を出す以前からソロで、しかも最速で攻略を進めていた。ダンジョンの情報を仕入れるときは、彼から買うことも多い。
「目新しい話ある?買うよ?」
「いや。ここ数日はレベル上げしてただけだったから、新しい話はない。」
「了解。――あ、始まるみたいだ。」
僕達が言葉を交わす中、広場の中央に1人のプレイヤーが立った。
彼の名はディアベル。複数人でパーティを組み、役割をうまく回して堅実な戦略を取るトッププレイヤーの一人。
彼は≪ジョブクラス≫なんて冗談を混ぜながらボス部屋が見つかったことを報告してくれた。
「一ヶ月もかかったけど、このゲームだってクリアできる!
俺達が道を切り開けば、≪はじまりの街≫に残っているプレイヤーたちにも希望を与えられる!!それが俺達トッププレイヤーの義務――そうだろ!?」
ディアベルの力強い演説に、広場のあちこちから拍手が起こる。僕も同調して手を叩きながら思う。これからが本当の戦いだ――と。
けど、その空気を裂くように、鋭い関西弁の声が飛んだ。
「ちょぉ待てやぁ!!」
サボテンのような髪型の男が前に出る。その声に、広場のざわめきが一瞬で変わる。
「ワイはキバオウっちゅうもんや!仲間ごっこする前に、どうしても言いたいことがあるんや!!」
彼の言葉は怒気を帯びていた。
「今日までに死んだ2000人!無責任なβテスターどもが情報を独占して見捨てたせいや!ほんまなら、もっと多くの人間がここにおったはずや!!
せやからβテスターは死んだ仲間らに、そして生きとるやつらに謝罪と賠償をせぇ!!」
広場がざわめきに包まれる。怯えたように顔を伏せる者、賛同するように頷く者――βテスターたちの顔色は一様に悪かった。
……そうだ。僕が心の中に抱え続けていた“しこり”は、きっとこの瞬間を予感していたからだ。
僕は、”僕だけでは無理と
けれど――それが全てじゃない。
ざわめく広場で、僕は静かに手を上げ、立ち上がる。その瞬間、周囲が一斉に僕を見た。
「僕は――カイト。……βテスターだ。」
場の空気が凍り付く。名乗れと言ったキバオウですら、言葉を失っている。まさか、本当に名乗り出る者がいるとは思わなかったんだろう。
全員の視線を受け止めながら、僕はアイテム欄から一冊の本を取り出し、オブジェクト化する。
「皆、これを持っていると思う。」
掲げたのは【攻略本】。その表紙を見て、どよめきが聞こえる。
「この本は、僕を含め、多くのβテスターが協力して作った。」
僕の言葉に、さらに視線が集まる。キバオウが憎々しげに睨みつける中、僕は続けた。
「確かに、初心者を助けられなかったβテスターもいる。……でも、皆が皆、見捨てたわけじゃない。」
「……ッ、なんや!!自分はそないなことしてるからって、命乞いか!!」
キバオウが吠える。僕は首を振り、冷静に言葉を返す。
「そんなつもりはないよ。僕がこの
僕は深く頭を下げつつも、敢えて口にした言葉に少しだけ罪悪感を覚える。僕の言葉に気が付く人がどれくらい居るかはわからないけど、気まずい雰囲気が漂っていることからある程度は理解しているんだと思いたい。
僕達は全員≪はじまりの街≫のプレイヤー達を置いて此処にいるのだ、と。
その事実から、逃げるつもりはなかった。
「亡くなった人たちに報いるためにも――僕は攻略を続けていく。……けれど、賠償を払うことはできない。」
きっぱりと告げる。一度でもそれを認めてしまえば、βテスターは永遠に食い物にされ、新たな軋轢を生む。皆が仲良くできれば、それが一番だ。でも――それは到底叶わない。
それでも、誠意を尽くして続ければ、きっと伝わるものもある。僕は、そのことを知っている。
だから僕の立場が悪くなろうと、逃げない。初心者にも、βテスターにも、誰に対しても。隔てなく向き合う。
僕の言葉で広場の空気は重く沈んだ。そんな空気の中、場を救ったのはディアベルだった。
「――いがみ合うのはやめよう!俺達はボス攻略のために集まったはずだ!」
彼が手を叩き、力強く声を上げると、張り詰めていた空気がわずかに和らぐ。その一言で、議論は終わった。
ただ、結果として、僕は誰ともパーティを組めなかった。
知り合いの中にも僕を気にかけてくれる人はいたけど……あの場であれだけのことを言った後だから、声をかけるのが難しいのは仕方ない。
作戦の総括をしていたディアベルも、困った顔をしていた。けれど僕が「遊撃として動く」と伝えると、彼は深々と頭を下げた。
「……こんなことになって、本当にすまない。」
「気にしないで。これは僕自身の意思で選んだことだから。」
広場を離れる僕に向けられた視線は、怒りや嫉妬ではなかった。驚き、戸惑い、そしてわずかな敬意――そんな色を含んでいた。
だから、これでいい。僕の選んだ道は、間違いじゃない。
何事にも真摯に対応する力、そしてそれを伝える力がカイトにはあると思ってます。
うまく表現できていたか、少し不安ですが。