ユイの出来事から3日が経って。
第七十五層の攻略も順調に進み、そろそろボス部屋が見つかるだろう――そんな話が広まっていた日。
僕は武器のメンテナンスのため、リズベット工房へ足を運んでいた。
「ボス前だっていうのに、なんでこんなに消耗してんのよ。」
差し出した二本のダガーを見たリズベットは、呆れと心配が入り混じった顔をした。
「ほら、ついこないだの《黒鉄宮》の地下のボス戦――ま、戦いにすらならなかったんだけど――。あれで消耗しちゃってさ。本当に壊れなくてよかったよ。」
「あー、めちゃくちゃ強いボスが出現したってやつ? 良かったわよ、ちゃんと生きて帰ってこれて。」
あのときの出来事は、ユイのことは伏せてボスの情報だけを公表した。
「討伐できずに撤退した」という事実だけを伝え、危険であることを強調する形で。
「ま、無事で何よりだわ。……知り合い4人が死んだ、なんて聞かされたら、私だって穏やかじゃいられないもの。」
冗談めかしてそう言った彼女の瞳には、ほんの少しだけ本気の色が滲んでいた。
後から話を聞いただけでも、相当気を揉んだみたいだ。
やがてリズベットは言葉を切り、目の前のダガーの修理に集中し始める。
そのまましばらく彼女が叩く金槌の音が響く工房の空気を感じながら、ぼんやり眺めていると――カラン、と扉のベルが鳴った。
「お、僕がお客さんの相手してるね。」
聞こえているのかいないのか、リズベットは返事代わりに少し強めの金槌の音を響かせる。
苦笑しつつ僕はカウンターへと歩み寄った。
店先に顔を出すと、そこに立っていたのは見知った少女だった。
「カイトさん!!」
ぱっと表情を明るくして駆け寄ってきたのは――シリカだった。
「シリカ、久しぶり――って言うほどでもないか。元気にしてた?」
「はい!おかげさまで元気です!今日はリズさんに武器を作ってもらおうと思って来たんですけど――。」
つい最近出会ったばかりの2人だけどすっかり仲良くなっているようだ。
「リズなら今、僕の武器を見てもらってる最中だね。少し時間もらえるかな? それまで僕とおしゃべりしてよう。」
近くの椅子を引き寄せてシリカの前に置き、僕はカウンター席に腰を下ろした。
ピナが甘えるように喉を鳴らすのを撫でながら、シリカと他愛もない話をする。
最近見た景色の話や、些細な出来事のこと――楽しそうに語る彼女の明るい笑顔に癒される時間を感じていると、工房の奥からリズベットの声が飛んできた。
「カイトー、終わったわよー。……あら、シリカじゃない。――っていうか、ずいぶん自分家宜しく寛いでいるわね。」
「うん、修理ありがとう。――いつだったか、居ないときはのんびりお茶でも飲んでろって言ったのリズじゃない。」
ダガーを受け取りながら、わざとニヤリと笑って返す。
リズベットは、どうやら微妙に言った覚えがあるらしく、気まずそうに苦い顔をした。
「シリカは新しい武器を作ってほしいらしいよ。――僕はもう行かないといけないから、あとは任せるね。」
2人の少女に見送られながら、僕はリズベット工房を後にした。
向かう先は――『月夜の黒猫団』のギルドホーム。
攻略組を目指して懸命に努力してきた彼らは、ついにその目標の目前にまで迫っていた。レベル、プレイヤースキルも共に、着実に積み上げてきた成果がある。
つい先日、ディアベルからも「主観として、ボス攻略に参加しても問題ない」と太鼓判を押す連絡をもらった。そのうえで最後の仕上げとして――パーティーを組んで、最前線ダンジョンで僕に判断してほしい。そう、ギルドマスターのケイタから依頼があった。
ずっと目をかけてきた彼らが、こうして肩を並べるところまで成長した。その事実に、僕の足取りは自然と軽くなり、胸の奥には嬉しさが溢れている。
ギルドホーム――ログハウスのような温もりある家の扉をノックすると、サチが笑顔で出迎えてくれる。
「カイトさん!!ようこそ!」
「うん、元気にしてた?」
「はい!おかげさまで!」
すっかり笑顔が板についたサチの表情を見て、僕も思わず頬が緩む。かつて影を落としていた面影は、もうどこにもない。
サチの後ろから、ケイタを先頭に『月夜の黒猫団』の面々がぞろぞろと顔を出す。
「もう!みんなで出入口に集まったら、カイトさんが中に入れないでしょ!」
サチが窘める声に、仲間たちは慌てて笑いながら身を引いた。
アットホームな空気に包まれたその光景に、僕の表情も自然と柔らかくなる。
そんな僕の顔を見て、ケイタは少し照れくさそうに頭をかきながら席へと案内してくれた。
「改めて――カイトさん!ここまで支援や指導、本当にありがとうございました!!」
全員が深々と頭を下げる。
「それは君達の頑張りがあったからだよ。」
そう返すと、ケイタはなおも首を振り、言葉を続けた。
「そんなことないです。あのまま僕達だけで進んでいたら……全滅していたかもしれない。サチに負担をかけ続けたかもしれない。だから――。」
再び深く頭を下げるケイタ。その頭に、僕はそっと手を置いて撫でる。
「ここまで、本当によく頑張ったね。――さあ、ダンジョンに行こうか!」
これは彼らにとって最後の試験。
僕自身、ディアベルの判断で十分だと思ってはいる。けれど――彼らに必要な、大切な区切りだ。それなら僕はそれに答える必要がある。
「いってらっしゃい!」
サチの見送りの言葉を背に最前線へ。
状況に適したケイタの指示、スイッチのタイミング、立ち回り。皆の動きをひとつひとつ確認しながら、胸が熱くなるのを感じる。
中層ギルドとして、当初は実力も足りず不安定だった彼らが――今や僕と肩を並べて戦えるほどになった。
その事実が、胸の奥で熱く滾る感情を呼び起こす。思わず涙が零れそうになるけれど、今はそれを悟られたくなかった。
だからこそ、僕は自分の動きをさらに強め、全力を見せる。
”これ”がゴールじゃない。だから気を抜かないように、抜けないように、まだ先があるんだと示そう。
皆で――現実世界へ帰るために。
そうしてダンジョン内の安全圏に到着すると、そこには意外な顔ぶれが揃っていた。
ディアベル、エギル、キバオウ、そしてクライン――。
とくに珍しいのは、クラインが『風林火山』のメンバーではなく単独で来ていることだ。
「珍しい組み合わせだね?」
MAPを広げて相談していた彼らに、僕は軽く手を上げながら声をかける。
「ん、ああ。――俺とキバオウ、クラインはエギルとで、レベル上げがてらここに来てたんだ。それで顔見知り同士だし、即席でパーティーを組んだんだよ。」
ディアベルが説明をしながら、月夜の黒猫団の面々に目を向けて笑った。
「――こないだぶりだね、月夜の黒猫団の皆。」
クラインが興味津々と言わんばかりに顔を向けてくる。
「――ここまで来てるってことは、月夜の黒猫団もついに攻略組入りか?」
「うん。今日の動きを見ていても、十分実力があると僕は思ってる。」
「ウチは置いてかれてばっかりやなあ。」
僕の言葉にキバオウが苦笑しながら頭をかく。
「カイト達が手塩にかけて育てたメンバーだろ? そりゃ仕方ないってもんだろうよ。」
エギルが冗談めかしてキバオウの肩を叩くと、その場が少し和やかになる。
「そんな――みんなの頑張りがあっただけだよ。」
少し照れくさくなって、僕は手を振って否定した。
「あ、そうだ。みんなよければ、このまま全員でパーティーを組まない? 月夜の黒猫団も他のギルドと組む経験はまだ少ないし、いい機会になると思うんだ。」
僕の提案に、全員が即座に賛成してくれた。
こうして思いつきから始まった即席の合同パーティーが結成される。
初めての相手と共闘することに不慣れな『月夜の黒猫団』も、僕達のアドバイスを素直に吸収し、目に見えて上達していった。
まるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、次々と成長していく。
その様子に、キバオウやクラインも驚きを隠せないでいる。
こうしてダンジョンの切りの良いところまで進み、彼らの実力を十分に確かめたところで攻略を切り上げ、街へと戻った。
「改めてだけど――皆、ここまで本当によく頑張ってきたね。」
ディアベル達が帰るのを見送ったあと、僕は月夜の黒猫団に向き直って声をかける。
「装備、実力、レベル――すべてにおいて攻略組としての水準を満たしてる。これから同じ攻略組の仲間として、よろしくね。」
差し出した僕の手を、ギルドマスターのケイタが両手でしっかりと握り返した。
月夜の黒猫団の面々も次々と涙を浮かべ、感謝の言葉を口にする。
「これから仲間としてよろしくやるんだからそんなにかしこまらないでいいんだよ。まだまだ先もある。」
僕はそう何度も念を押したけど、彼らは何度も、何度も頭を下げている。切りがなくなりそうだな、と感じた僕は手を叩いて、区切りを作ると皆に戻るように促して彼らを背中を見送った。
「まるで卒業式みたいなワンシーンね。」
後ろから相棒の声が聞こえた。振り返ろうとすると彼女――アルゴは僕の隣に立つ。
「少し大げさだよ。僕はただ機会を与えただけ。頑張ると決めたのも、実際に頑張ったのも彼らだから。」
「謙虚ね。少しぐらい自慢しても、罰は当たらないと思うけど?」
「本心だよ。――皆の力が合わさったからこそ、ここまで来られたんだ。」
そう言うと、アルゴは僕の両手を取った。
驚いて彼女を見ると、アルゴは柔らかく、満開の花が咲いたような笑みを浮かべていた。
「じゃあ、わたしが褒めてあげる。頑張ってる君を――偉い、頑張ってるカイト。……とても素敵だよ。」
満開の花を咲かせたように微笑んだアルゴ。――きっとこれは他には絶対に見せない――そもそも素の彼女自体が僕にしかみせてないんだけど――熱を帯びた顔を隠すように、僕はただ微笑み返した。
――ああ、本当に顔が熱い。
最後に向けてラストスパートです。