.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第四十三話

 

 

 第七十五層のボス部屋が見つかった――その報告を受け取った僕は、すぐに調査隊の編成を依頼した。

 ついに残り4分の1となったアインクラッド。強敵が待ち受けているのは想像に難くない。

 故に僕とヒースクリフを中心に、ボス攻略会議を開催。過去の第二十五層、第五十層での激戦を振り返りつつ、調査隊の帰還を待っていた。

 

 けれど――僕達は最悪の報告を受け取ることになる。

 

 「全滅!?」

 

 思わず声が荒くなる。

 報告に来たメンバーは、重苦しい顔でうなずいた。

 

 「調査隊がボス部屋に入った直後、扉が閉まりました。少しして扉が再び開いたとき――そこには、誰も残っていませんでした。」

 

 しかも、転移結晶を持っていたはずの彼らが、誰一人帰還していない。

 つまり――。

 

 「結晶無効化エリア……。七十四層でもそうだったし、これから先の層は全部そうだと考えるのが妥当、かな。」

 

 拳に力がこもる。

 これからの攻略は、事前調査すら許されない“ぶっつけ本番”。

 これまで積み上げてきた安全策を否定する、危険度の高い戦いになる。

 

 「――全戦力をもって挑むしかあるまい。」

 

 ヒースクリフはいつもの冷静な声音で言い切った。

 

 「……そう、だね。キリトとアスナには、僕から声をかけるよ。」

 

 沈みかけた気持ちを無理やり押し上げ、努めて明るい声で答える。

 今は不安を広げている場合じゃない。僕は深呼吸をひとつして、皆にボス攻略の準備を指示した。

 

 

 

 街の道を歩く足取りは、少し重い。

 

 キリトとアスナが休養を取り始めて、まだ2週間も経っていない。ユイの件で心を痛めていた2人が、ようやく落ち着き始めたところだ。

 

 ――そんな2人を呼び出さなければならない。

 

 気が引ける。

 けれど、彼らの力なくして今回の攻略は不可能だろう。

 攻略組としてトップクラスの実力者である2人を除外する選択肢は、ない。

 

 僕は意を決して頬を軽く叩き、深呼吸をしてからログハウスの扉をノックした。

 

 

 

 

 

 「全滅!?」

 

 開口一番、キリトが放った言葉は、僕が先ほど口にしたものと同じだった。

 

 「うん。しかも……結晶無効化エリアの可能性が高い。」

 

 驚きに目を見開く2人に、僕は胸の内を正直に打ち明ける。

 

 「強制はしない。2人には、まだまだ休んでいてほしいとも思ってる。せっかく掴んだ生活に水を差したくはないんだ。」

 

 攻略を指揮する立場としては、あまりに甘い言葉。

 それでも――僕には2人を無理やり連れ出すことなんて、できなかった。

 

 そんな僕の想いを察したのか、2人は顔を見合わせ、そっと僕の手を取った。

 

 「何言ってるんだ、カイト。――あんたからのお願いを、俺達が断るわけないだろ。」

 

 「キリトくんの言う通りです。ずっとカイトさんは私達のために動いてくれたんですから。私たちが応えないなんて、そんな不義理なことありません。」

 

 「それに……ほら、あれだ。」

 

 キリトが頬をかきながら、言葉を濁したので僕は首を傾げる。そんなキリトを見て、アスナがくすりと笑ってその言葉を引き取った。

 

 「”お兄さん”からのお願いだもの、ね。」

 

 胸が熱くなる。

 僕が2人を妹や弟のように想っていたように、2人も僕を兄のように見てくれていたのだ。

 

 ――ああ。ちょっと見ないうちに凄く成長しちゃって。

 

 

 

 

 キリトとアスナの攻略参加が決まり、ログハウスを後にした僕はヒースクリフへその旨の連絡を入れた。

 

 ボス攻略は明日。それまでに各人が武器のメンテナンス、アイテム確認、消耗品の補充――ありとあらゆる準備を整えるよう伝えてある。

 

 僕はというと、早々に準備を終えて《グリーマ・レーヴ大聖堂》の再現エリアを訪れていた。

 

 この場所を選んだのは”カイト”の始まりの場所だから。そしてSAOでの”僕”のリスタートの場所だから。

 

 今までのバグやAIDAとの対峙による緊張感とは別の緊張感――この胸の奥にあるざわつきの感覚に僕はできるだけ冷静になろうと深呼吸を繰り返していた。

 第一層のボス攻略で感じた”死の恐怖”を、僕は前日だと言うのに強く感じている。それだけ今回が危険であることを感じているのだと思いつつも、同時にそれと同じくらいの不安であると自己分析できた。

 

 「七十四層のボスはそんなこと感じもしないで飛び込んだのに……。」

 

 苦笑気味に独り言が溢れる。背もたれに大きく寄りかかり天井を見上げると一瞬だけノイズが走った。

 

 「……久しぶりだね。」

 

 バグ対応は久しくやっていない。こんなタイミングにとは思うけど――いい気分転換にはなる……なんてずいぶんと余裕があることを思ってしまった。

 

 けど――僕の予想とは裏腹に、空間に穴が空くとそこからは鎌を持った巨人が出てくる。

 

 そのシルエットを目にした瞬間、心臓が跳ねる。僕は知っている――いや、忘れられるはずがない存在だ。

 

 「……スケィス。」

 

 おそらくはR:2の姿の彼。――そして彼からはバグやAIDAの存在を感じない。つまりこの存在は――。

 

 「……はは。腑抜けてるくらいなら鍛錬してやるって? ハセヲはとことんゲーマだなぁ。」

 

 僕は誰に言うでもなく、そう呟くと双剣を構えた。

 

 じゃ、僕の鍛錬相手をしっかりと務めてよね。

 

 

 * * *

 

 

 カイトに言わなきゃいけないこと――直接伝えないといけないことがあった私は彼の位置をフレンド追跡した。

 表示された居場所は――《グリーマ・レーヴ大聖堂》再現エリア。

 

 第七十五層ボス攻略前。カイトもきっと、思うところがあってここに来たのだろう。

 胸の奥に小さな不安を抱えながら、私は足を速める。

 

 近づくにつれて、耳に戦闘音が届いた。思わず駆け足になる。

 

 

 

 大聖堂の扉を押し開けると――そこではカイトが、鎌を振るう巨人と渡り合っていた。

 

 今まで見たことのない存在。

 それは以前ここでカイトを狙ったスケィスに似ている――そう思いかけたとき、私はカイトの表情に目が行った。

 

 そこには焦りも、怯えも、苛立ちも、何一つ浮かんでいない。むしろ――楽しそうだった。

 まるで普通の少年が、ただゲームを楽しんでいるように。

 

 対峙する巨人も、これまで見てきた禍々しいバグとは違い、ただのモンスターのように見えた。

 そんな彼の表情に危険はない――そう感じてしまった私は、思わず気が緩み、長椅子の脚に足をぶつけた。

 

 音にカイトが振り向き、私と目が合う。

 そして――ふっと笑った。

 

 「迎えが来たから、そろそろ終わりにしよう。」

 

 そう言うと、彼は蒼炎をまとって一気に踏み込み、双剣が鮮やかに軌跡を描く。

 

 「――三爪炎痕!」

 

 爪痕が宙を裂き、巨人は光の粒子となって消滅する。

 ポリゴンが砕け散るのを一度も振り返らず、カイトはコートの裾を払ってこちらへ歩いてくる。その姿は、不思議と神聖な儀式の後のように、静かで美しかった。

 

 

 * * *

 

 

 コートの裾を払って整え、双剣を納めると、僕はアルゴの元へ歩み寄った。

 

 ――いい気分転換だったよ、ハセヲ。

 

 内心でそう呟いてから、アルゴに声をかける。

 

 「さっきのは心配いらないよ。……何かあった?」

 

 アルゴは軽く頷き、少しの沈黙のあと、まっすぐに僕の目を見据えた。

 その瞳には、確固たる覚悟が宿っていた。

 

 「――七十五層のボス攻略。わたしも行く。」

 

 即答しかけたけれど、慌てて言葉を飲み込み、理由を尋ねる。

 

 「待って。それは――。」

 

 「今回のボス戦は、事前情報が何も手に入ってない。だからこそ――観察に特化した人間が必要でしょ?」

 

 「それは……僕達が戦いながら把握するしか――。」

 

 「戦いに集中しながら、同時に観察までするの? 今回の場合はリスクが高いでしょ。だから戦闘に参加せず、観察と記録だけに専念する人がいるべきよ。それに――わたしのビルドなら逃げ続けられる。」

 

 アルゴのレベルだけ言えば攻略組でも上位。ビルドはメイン武器の攻撃系スキル以外はすべてが探索や調査系の補助スキル特化。

 だから彼女の提案は理に適っている気はするけど……。

 

 そうして考えている内に、僕の頭の中で同意する理屈が並んでいく。確かに、情報収集に専念するプレイヤーがいるのは心強い。

 けれど――と不安を口にしようとしたけど彼女の顔を見た瞬間、反対する気持ちは薄れた。

 

 その目に宿る意志は、揺るぎない。

 彼女の決断を変えることは、おそらく僕にはできない。

 

 だから、念を押すようにもう一度だけ確認する。

 

 「今までで一番危険だよ。……覚悟は、本当にできてる?」

 

 「当然。覚悟なんて、とっくの昔に決まってる。」

 

 今さら何を聞くの、と言いたげな顔。僕は困ったように頬をかき、苦笑した。

 

 ―――明日はますます負けられなくなってきたね。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 最前線の街の転移門周辺は、早くから多くの攻略組で溢れていた。いつものボス戦前よりも明らかに人が多く、空気が張りつめている。

 

 「いつもは僕達が早い方なのに……今日は皆、集合が早いね。」

 

 僕が呟くと、隣のディアベルが苦い笑みを浮かべて頷いた。

 

 「それだけ重く受け止めてるってことさ。何せ――七十五層だ。しかも、事前情報ゼロ。誰だって緊張してる。」

 

 「マ、そこでオイラの出番ダナ。すぐに情報ぜんぶ吸い上げてやるサ。」

 

 そう言って肩をすくめるアルゴ。

 今日の彼女は隠密用の軽装ではなく、珍しく戦闘用の装備に身を包んでいた。

 

 初めてその姿を見る者も多いらしく、あちこちから驚きの声が上がる。

 

 「少し気恥ずかしいナ。視線が集まりすぎダゾ……。」

 

 「まあ、珍しい格好してるから仕方ないよ。」

 

 僕が苦笑混じりに言うと――

 

 「ア、アルゴ!?お前なんでそんな格好――っていうか意外とチンチクリンじゃ――。」

 

 「――天誅!!!」

 

 「ぐぼぁっ!」

 

 クラインが言いかけた瞬間、アルゴの見事なアッパーが炸裂。

 派手に吹き飛んだクラインに、周囲からどっと笑いが起きる。重苦しい空気が、ほんの少し和んだ。

 

 とはいえ、情報屋として名高いアルゴがボス戦に参加すること自体が、皆に衝撃を与えているのは確かだった。月夜の黒猫団や風林火山の面々、そして少し遅れてやってきたアスナまでもが、心配そうに彼女の元へ駆け寄る。

 

 「アルゴがボス戦に出るなんて……いつぶりだ?」

 

 「七十四層ぶりだよ。一応ね。」

 

 キリトが後ろから現れたので、冗談交じりに僕は応えた。

 

 「前回は――参加してたとは言えないだろ。」

 

 「あはは……下位層の頃以来だね。でも大丈夫。アルゴは俊敏値なら僕達の中でもトップクラスだ。――それに僕が死なせない。」

 

 そんな和やかな会話をしている中、空気がピリッとなり、ヒースクリフ率いる血盟騎士団の面々がやってきた。これで全員だ。

 

 「欠員はなし。素晴らしい。」

 

 ヒースクリフが全員を見渡す。

 その声音は冷静だが、どこか誇らしげだった。

 

 「ボス部屋までは回廊結晶を使う。道中での消耗はない――安心して全力で戦いに臨んでほしい。」

 

 そう言ってから、彼は視線をこちらへ向けた。

 

 「コリドー・オープン。――さて、カイト君。号令を。」

 

 僕はヒースクリフの隣に立ち、集まった仲間達を一人一人見渡した。緊張した顔。決意に満ちた顔。どれも見慣れた仲間の顔だ。

 

 「ついに4分の3まで来た。皆のここまでの努力と協力に――心から感謝する。そして、これからも一緒に戦ってほしい。」

 

 大きく息を吸い、声を張る。

 

 「――行こう!!皆!!」

 

 僕が高く手を掲げると、仲間たちも一斉に手を上げ、雄叫びが広場に響き渡った。

 

 戦意、気力は十分。

 よし――必ず、生きて帰ろう。

 

 





このスケィスは、欠片ですが本人です。ハセヲが色濃く残った残滓です。

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