「良い話と悪い話がある」そう言って入室したヘルバに僕はまず、椅子に座るように促すと彼女は品のある所作で椅子に座った。
僕より高身長で何処かの令嬢を思わせるほどの品と美貌を持つ彼女――ヘルバのリアルの姿は唯一、僕と晶良の前にだけ見せてくれた。ずっとAIか何かと疑ったりしてたんだけどね。
「良い話から聞きたいかな」
「では良い話から。貴方から依頼されていたAIプログラムのサルベージ目処がたったわ。後は入れ物を用意するだけ」
彼女の言葉に思わず少し身を乗り出した。
「ほんと!?」
「ええ。破損もなく、無事そのもの。ユイ、と言ったかしら。彼女とはコンソール経由で会話もしたわ」
安堵で胸を下ろす。当時、ある程度の確証があったもののデータドレインで無理やり取り込んだユイが完全に無事であるかどうかは不安要素ではあったから。
「よかった・・・。入れ物って何を用意すればいいかな?」
「彼女が演算できるだけの能力がある入れ物ね」
「え?それってSAOサーバーの演算能力が必要になるってこと?」
「絶対ではないけれど、せっかくの彼女の能力が発揮できないわ。通常会話程度なら海人のPCでも問題はないのでしょうけど」
「うーん・・・とは言え僕も先立つものがなぁ・・・」
僕が頭をかくとヘルバはクスリっとだけ笑い、「その問題は後にしましょう」と話題を切り替えてきた。
「悪い話の方ね。直にニュースとかでも取り上げられるでしょうけど、事件収束から2週間たった今でも、SAOの未帰還者のおよそ300人がまだ意識を取り戻してないわ」
彼女の言葉が一瞬理解できず、思わず呆けてしまう。が直ぐに脳が理解し、立ち上がる。
「なん・・・で!?」
勢い良く立ち上がった僕は、頭がふらつき、そのまま、またベッドに腰掛ける。
「落ち着きなさい」
「でも!あの時正規の手続きでログアウトしてるって!」
「ええ。ログアウト処理については正常だった。それについてはモニターしていた私が保証するわ」
僕は息を整えて少し落ち着くと彼女の言葉を待った。
「言ってしまえば横槍があった。終了シークエンスが完了するその瞬間にデータを書き換え、再びプレイヤーを幽閉する横槍がね」
「・・・いったいどこの誰が・・・」
「書き換え先は、SAO事件が発端となって経営が急速に悪化した《アーガス》を買収した企業、《レクト》のサーバーよ。――はっきり言っておきましょう。私が貴方以外のログアウト情報をしっかりと追っていれば、これは未然に防げていたでしょうね。」
「なん・・・!」
なんで、という言葉が少し出かけて僕は口を閉じた。
忘れてはいけない。彼女は正義の味方では決して無く、善人でもない。たまたま僕と意見が一致し、僕を慕ってくれているだけで、彼女の根本はハッカーであり、犯罪者だ。
「言ってしまえば、私は貴方のログアウト以外は興味がなかった。貴方が安全に帰ることだけを監視していたから」
はっきりと告げられた彼女の言葉を飲み込むように大きく深呼吸する。ここで責めることはお門違いだ。
それにわざわざこうして僕に話してきたのは理由があるはず。
「わかった。それで・・・僕にできることは?」
僕がそう返事をするとヘルバは困ったような顔で微笑みながら言葉を続ける。
「書き換え先はさっき言った通り、アーガスを買収した企業、レクト。そして今、そのレクトはあるゲームを運営している」
「ゲーム?」
「そう。SAOとは違い安全性を謳ったVRMMORPG《アルヴヘイムオンライン》、通称《ALO》。貴方達が寝ている間にサービスを開始したゲームよ。そして書き換え先がこのメインサーバーになるわ。つまり――」
「ゲーム内部に直接アクセスして、何かを掴むことができる、てことだね」
「ええ。それに表面を洗ったところを見たところ、このALOは限りなくSAOに似ているわ。まぁ未帰還者のデータを書き換えて中に閉じ込めて置くくらいだから当然と言えば当然なのでしょうけど」
不思議そうに彼女は言いつつも、彼女はタブレットを操作して一覧を見せてくれた。
「これが政府が把握している未帰還者のプレイヤー一覧。今回は非公式だとしても政府の協力は得られてないから無理に踏み込んでないわ。あとは地道に調査するしかない。けど、それは”初仕事”として申し分ないでしょう?」
やはり彼女にはすでに耳に入っているらしい。僕の就職先が。
「まぁでも今回の事態を呼び込んだ一旦は私にもある。貴方がALOにログインすることを含めて、周辺のサポートはするわ。案内役もすでに見繕ってある」
失態のリカバリーについても用意周到なのに、さっき悪者風に立ち回ったのは僕に釘を指すためだろうか。
「わかったよ。いつ行ける?」
「こちらも万全の準備はするわ。間違ってまた貴方が帰ってこれなくなったら元も子もないもの。今から一ヶ月後。それまでに海人は体力を戻すのと、世間についての情報収集をしておきなさい」
そういって彼女は持っていたタブレットを操作し、ネットワークに接続してくれた。
「電子機器、情報取集の解禁よ。ただし、まだ家には帰れないわ」
「え?歩けるようにもなったし、自分でもご飯食べれるから自宅でリハビリかと思ってたんだけど」
「これに関しては別件・・・ではないわね。だけど、少なくとも残り300人の未帰還者が戻るまでは”ここ”から出すわけにはいかないわ」
えらく深刻な顔で言う彼女に僕は思わず気圧されてしまい肯く。
少なくとも家族や友人にはこの場ではあるけど会えている。電子機器も解禁された今、生活に不満はないけれど、いったいなんでなんだろう。
「それじゃ1ヶ月後。リハビリ頑張ってね」
ヘルバはそう言うと軽く手を振りながら部屋を出ていった。
独りになって僕は少しだけ逸る気持ちを大きく深呼吸して落ち着かせる。さっきの一覧には、恐らく知り合いだと思う名前があった。
できることなら今すぐに助けに行きたい。でもヘルバの言う通り準備は大事だ。
だから1ヶ月後。準備が終わったらすぐ駆けつけるから。待っていて。
箱庭に閉じ込められているカイト。
理由は追々・・・。
ヘルバとはこういう関係だといいな、という妄想。