カイトがいることによる変化はこれから始まります。
「聞いてくれ、皆。オレからは一つだ。」
翌日――第一層ボス部屋の前。ディアベルが剣を掲げ、振り返った。
「勝とうぜ!!」
短い言葉だった。けど、それに込められた熱は十分だ。
「おおおっ!」
仲間たちの声が響き合い、僕も自然と声を上げる。
ディアベルが両腕で押し開いた大扉の向こうへ――。
薄暗い空間に、次々と灯りがともる。
そして、姿を現す巨影。第一層の守護者――【イルファング・ザ・コボルド・ロード】。鈍い鎧を纏い、唸り声を上げるその姿に、全員の喉がごくりと鳴った。
「作戦通りに行くぞ!」
ディアベルの声を合図に、初めてのボス攻略戦が始まった。
「すまんな。」
タンク隊をフォローしていた時、不意に隣から声がかかる。大柄な斧使いの男が前を向いたまま、低く名乗った。
「俺はエギル。……会議のことだ。カイト一人に色々押し付ける形になっちまった。」
「……気にしないで、エギル。」
スイッチして下がりながら、僕は首を振る。
「僕がβテスターであることも、≪はじまりの街≫に残る人たちを置いてきたことも事実だよ。そしてそうすると決めたのも僕の意思。それに多少の妬み嫉みが出るのは仕方ないことだよ。」
「……おまえさんは顔に似合わず大人なんだな。」
「顔のことは言わないでよ。童顔なの、気にしてるんだから。」
軽口を叩きながらも、胸の奥が少し温かくなった。
「でも、一人でもエギルのように思ってくれる人がいるのは嬉しい。――じゃあ、別の隊のフォローに行くね。」
それを皮切りに、他のプレイヤーからも謝罪の言葉を受け取る。
「庇えなくて悪かった。」「助けてもらったのに、疑ってすまない。」
たった一ヶ月。けれど、“良いと思えることをやる”――その積み重ねは、小さいけれど確かに形になっていた。胸に込み上げてくるものを感じながら、僕はさらに足を速める。
――だから、僕はこれからも僕のできることを続けていこう。
――――――――――――――――――
そうしているうちに長く続いたボス戦も、ついにHPバーは最後の一本に迫る。
全員の連携もあり、犠牲者は出ていない。――ここからが本当の正念場だ。
最後のバーに入ると、このボスは武器を変える。これはβテストでも確認されていた仕様だ。緊張を高めながら、僕はその瞬間を見逃すまいと目を凝らす。
そして。
取り出された武器を見た瞬間、胸が冷たくなる。違う。これは――βで見たタルワールじゃない。
その違和感に気づいたのは、僕だけじゃなくて、周囲の何人かも動きが鈍る。けど、ただ一人。
「――行くぞッ!!」
ディアベルだけが、躊躇なく前へ飛び出した。
「危ないッ!!」
体が勝手に動いた。彼を突き飛ばすと同時に、巨大な衝撃が襲い、僕の体は宙へと弾き飛ばされる。
落下するのを遅くに感じながらコボルドロードの武器をしっかりと見れば持っているのはカタナ――【ノダチ】だった。
やっぱりβと仕様が違う。正式版では多く変更点があったことを踏まえてボスもその可能性が高いのは考慮してた。だから僕は一人、というリスクを持ちながら、結果論ではあるけど
考慮できていなかったのは全体のリーダーであるディアベルが単独行動にでること。
地面を転がりながら、必死に首を上げ、ディアベルの無事を確認する。驚いた顔でこちらを見ていたが、HPは減っていない。――大丈夫、まだ立て直せる。
そう思った瞬間。
「逃げろッ!!」
切羽詰まった声に、胸を冷たいものが走る。
正面を見ると、コボルドロードが一直線に僕へと突進してきていた。
スタン状態の今、回避は不可能。このHPで直撃を受ければ――死ぬ。
「っ……!」
次の瞬間、巨体の左手が僕を掴み上げ、壁へと叩きつけた。
「ぐっ……!!」
これもβで見たことのないモーション。しかもそれで終わりじゃなかった。
――そして。
右腕が、喰い千切られた。骨が砕けるような音。肉が裂ける鈍い感覚。
経験したことの無い感覚に――触覚による痛みが薄いはずなのに、激痛を全身を焼くような激痛が脳を支配する。
喉の奥から絶叫が迸った。
「う、うあああああああ!!」
コボルドロードは叫んだ僕を鬱陶しそうに放り捨てた。
転がりながら、僕は残った腕で必死に断面を押さえ、自分のHPバーを確認する。
――レッドゾーン。けど、まだ残っている。生きてる。
震える視界に【部位欠損】のアラートが点滅し、危機感を煽る。
迫りくる“死の恐怖”が視界を滲ませる。
――落ち着け。深呼吸だ。大丈夫、まだ死んでいない。まだ戦える。大丈夫、大丈夫だ……!
何度も心に叩き込み、ようやく呼吸を整える。
ポーションを流し込み、HPの回復を確認してから、左手に代わりのダガーをオブジェクト化する。右腕は……五分は戻らない。それでも、戦うしかない。
視界を広げれば、そこには陣形が乱れ、皆が恐怖に呑まれている光景が広がっていた。
奥歯を強く噛む。間違いなく恐怖が伝染したのは僕の叫び声が原因だ。アレで忘れていた”死の恐怖”をぶり返し――再認識したが正しいかもしれない――陣形が乱れ、逃げ腰になっている。忘れかけていた“死の恐怖”を、呼び戻して士気が砕けた。
唯一踏みとどまっていたのは、後方にいたはずのキリトとアスナ。2人は必死にボスへ挑み、タゲを取っていた。けど、2人だけでは持ちこたえられない。
その懸念を裏付けるように、コボルドロードは突如としてタゲを無視し、陣形を立て直そうとしている本隊へ向きを変えた。
「……っ!」
キリトとアスナの顔に驚愕が浮かぶ。
――これを危惧していたのは、僕とアルゴだけだ。
正式サービスのモンスターは、HPが一定以下になると“システムに縛られない”動きを見せる。
それはまるで、生き物のような行動。
僕達は偶然その現象を知り、検証した。けど、発生条件は掴めなかった。そして――脅威にはならないと判断し、公表しなかった。
けれど今。HPがラスト一本となったコボルドロードは、明らかに基本ルーチンを外れた動きを見せている。あの牙で僕を喰い千切ったときのように。
この現象を知り、対応できるのは僕だけだ。――”だから右手に感じる痛みを忘れろ。”
無くなった右腕を見ないようにしながら、足に力を込め、前へと駆け出した。
大丈夫――。
この、生き物のように変質した動きにも、“弱点”はある。
そう言い聞かせながら、僕は背後から飛び掛かり、手にしたダガーをコボルドロードの片目へと突き立てた。
「ギャアアアアアアアアアッ!!!」
甲高い絶叫が、フロア全体に木霊する。
明確な弱点。それは――システムを逸脱し、生物的に動くがゆえに、攻撃を受けた部位に“痛み”を感じる挙動を取ること。
頭部を殴れば大きく怯み、目や口を狙えば過敏な反応を示す。
「カイトッ!?」
「ディアベル!時間稼ぐから陣形を整えて!!」
未だ腰を抜かすように座り込んでいたディアベルへ喝を飛ばして、僕はコボルドロードへ再び突進する。
あえて視線を合わせ、存在を誇示するように駆けた。
荒々しく振り下ろされた【ノダチ】を紙一重で回避し、その腕を足場に駆け上がる。狙うは再び顔面。けれど――振り払うように首を振られ、刃は虚空を裂いた。
着地と同時に声を張り上げる。
「こっちだッ!!」
僕の声に、コボルドロードがギョロリと振り向く。その瞬間、駆け寄ってきた2人が並び立った。
「カイト!」「カイトさん!」
「キリト!アスナ!詳しい説明は後で!――今、こいつは知っているシステムの枠組みから外れてる!」
短く要点をまとめ、僕の知る限りの情報を叩き込む。
一つ、通常のモーションは一切あてにならない。
一つ、視界から外れるとターゲットが外れやすく、攻撃だけではタゲが安定しない。
一つ、動きは自然だが、その分、連続攻撃はぎこちなく大振り。
一つ、音に敏感で、声や足音にも反応する。
一つ、頭部は怯みやすいが、他の部位には攻撃がほとんど通らない。
一つ、そして――タゲを持つ者の攻撃が、最も大きなダメージを与えられる。
「くッ!攻撃が全然通らないッ!」
「頭以外なら……関節を狙って!そこなら通るはず!」
僕は敵の視線を自分に釘付けにしながら、あえて挑発的に立ち回る。
狙いは単純――タゲを集め、攻撃はキリトとアスナに任せる。
それでも、生物の本能を得たかのように俊敏に動くコボルドロードは、矢のような2人の攻撃を次々と回避し、なかなかHPが削れない。
「まずい……。」
次第に僕達の動きに慣れたのか、コボルドロードはさっきまで通用していた視界外からの攻撃にすら反応し、アスナを弾き飛ばした。
「キャァッ!!」
「アスナッ!!――うわぁッ!」
アスナを庇おうと飛び込んだキリトも、その反応速度に阻まれて阻止される。振り抜かれた凶刃が軌跡を描き、彼の身体をも吹き飛ばした。
そのまま、コボルドロードは無防備なアスナへと迫る。
「――行かせるかッ!!」
喉が裂けそうなほど叫びながら、僕はソードスキル【ラピッドバイト】を構え、全身を矢のように飛ばした。
刃は一直線に奴の頭部へ。衝撃と共に鈍い手応えが走り、コボルドロードのHPゲージが大きく削られる。けど、同時に反動で僕の身体も宙を舞った。
「っ……!」
無様に床を転がり、手からダガーが離れる。
起き上がる前に、怒り狂った咆哮をあげたコボルドロードが突進してきた。速度は圧倒的。――間に合わない。
(……ここまでか――)
一瞬、目を瞑ろうとしたその時。
「守れぇぇぇぇッ!!!」
轟く怒号と共に、視界の端から鋼の壁が飛び出した。ディアベルを先頭にした盾持ちのプレイヤーたちが、僕を庇うように立ちはだかる。
「ぐぅッ!?」「押し返せぇっ!」
けど、コボルドロードの一撃は凄まじく、盾ごと全員を弾き飛ばす。僕も巻き込まれ、後方へ吹き飛んだ。
床を転がり、揉みくちゃになりながらも、なんとか立ち上がる。見れば、後衛を守る別の隊がすでに陣形を立て直し、攻撃を受け止めていた。
「攻撃力が桁違いに上がってる!絶対一人で受けるな!必ず複数で対応しろ!」
ディアベルが怒鳴り、全隊に指示を飛ばす。僕へ向ける視線は真剣そのものだった。
「すまない……全隊を纏め直すのに時間がかかった!それに、俺のせいでごめん!」
まだ再生しない僕の右腕を気にしながら、彼は悔しそうに頭を下げた。
「いいんだ。――今は時間がない。あの攻撃力、長引けば被害が広がるだけだ。」
「……ッ!わかった!だけどどうする?!頭部以外のダメージはほとんど入っていない!しかも多対一に慣れ始めている!」
ディアベルの叫びに、僕は短く息を整え、口の端を上げた。
「僕に考えがある。……頭が低ければ、皆も攻撃できるよね?」
「なっ――あ、ああ? それはそうだが……。」
僕は作戦を伝えきると同時に駆け出し、コボルドロードの視線を引きつけた。
巨体が唸りを上げ、振り下ろされる一撃。――1回、2回。身を翻して避け、振られた腕に短く刃を走らせる。
わずかな傷。それだけで奴の怒りを煽るには十分。
「――来るッ!」
咆哮と共に大振りの構え。狙い通りだ。チャンスは一瞬。
「今だッ!!スイッチッ!!!」
――ガキィィィィィィィィィィン!!!!
ボス部屋に反響する、耳をつんざくような金属音。
即座に盾持ちたちが僕の前に飛び出し、コボルドロードの斬撃を見事に受け止める。全員の防御が噛み合った瞬間、僕はその【ノダチ】を上へと弾き飛ばした。
巨躯が仰け反る。大きく体勢を崩した。
「キリトッ!アスナッ!両足首を!!」
作戦の説明などしていない。それでも2人は、すぐに理解してくれて、黒と白の影が風のように駆け抜け、閃光のごとく両足を斬り抜ける。
「ギャアアアアアアアッ!!!」
巨体が悲鳴をあげ、よろめく。しかし倒れない。最後の踏ん張りで、なおも立ち続けようとする。
「――まだだ!」
僕は踏み込み、隣にいたディアベルの肩を踏み台に跳んだ。
「倒れろぉぉぉぉぉおぉぉッ!!!!」
渾身の一撃を頭部に叩き込み、そのままボスの身体ごと床へ倒れ込む。
「ソードスキルをッ!!」
転がりながら叫んだ僕の声に、ディアベルが即座に号令を重ねた。
「全員で、一斉に叩き込めッ!!!」
剣戟が重なり、青白い閃光が炸裂する。
無数のソードスキルが頭部を穿ち、コボルドロードのHPゲージは一気に削り切られ――粉々に砕けた。
『Congratulation!!』
部屋の空中いっぱいに大きな文字が踊り、刹那の静寂の後、爆発するような歓声が広がる。
「うおおおおおおおおおおお!!!!」「やったああああああああああ!!!!」「第一層突破だあああああ!!!!」
僕は、その声を聞きながら――ただ仰向けに倒れ込んでいた。
この世界に肉体的な疲労はないはずなのに、胸の奥から込み上げる安堵感が全身を重くする。
……もう、動きたくない。
そんな僕に気づいた仲間たちが駆け寄ってくる。
キリト、アスナ、エギル――心配そうに声をかけてきた。
「カイト、大丈夫か?」
「……大丈夫、大丈夫だよ。欠損部も治ってきたし。ただ、ちょっと気力が残ってないだけ。」
そう言いつつ、差し伸べられたエギルの大きな手を取る。力強く引き上げられ、なんとか立ち上がると――祝勝の声は、いつしか落ち着き。
視線は、ディアベル、そして僕に集まっていた。
「すまない!!」
誰かが声を発するよりも早く、ディアベルは剣を置くと深く頭を下げていた。彼の仲間も、他のプレイヤーたちも、思わず息を呑む。
「俺は……リーダーという立場を利用して、ラストアタックボーナスを狙った。皆の期待を、カイトの努力を踏みにじる行いだ。本当に申し訳ない!!この罪に対して、如何なる罰も受ける!!」
頭を垂れたまま、声を震わせるディアベル。重苦しい沈黙が広がる――その中で、僕は一歩前に出た。知らないアスナとかにラストアタックボーナスについて説明もしてあげないと。
「ラストアタックボーナスっていうのは、ボスに最後の一撃を入れた者に与えられる報酬だよ。レアアイテムが手に入る。……ディアベルは、それを取りに行こうとした。」
補足を加えつつ、彼に向き直る。
「でもね、ディアベル。罪とか罰とか、そんな大げさなことじゃないと思う。」
驚いたように顔を上げるディアベル。
「君がやったのは……隊列を乱して、自分の命を危険に晒した。それだけだよ。誰も欠けることなく、こうしてボスを倒したんだから。」
「だがッ!そのせいでカイトや皆に負担を――!」
「庇ったことを言ってるなら、僕は気にしてない。むしろ、あの初動がなければ”特殊行動”にも気づけなかったかもしれない。それに、すぐに立て直しをしたのは……ディアベル、君じゃないか。」
ディアベルの拳が震えた。声もまた、掠れていた。
「……いいのか。俺は……。」
「ズルいことをした、って思う人はいるだろう、ね。でも――心の底から君を裁きたい人なんていないよ。すぐに謝れる誠実さを、誰も疑いなんてしないさ?」
そうだろう?
僕はそう言い、周囲を見渡す。すると――
「そうだぜ、ディアベル!」「ドンマイだ!」「……ズルしたのは怒るけどな!」「ラストアタック失敗野郎~。」
茶化す声が飛び、重苦しい空気がようやく解ける。
笑い声も混じり始めたその時――視線の先で、キバオウと目が合った。
彼は腕を組み、難しい顔をしている。
「言いたいことは、ちゃんと伝えないと。そうじゃなきゃ、何も伝わらないよ。」
「言われんでもわかっとるわッ!!」
憤ったように返し、彼はディアベルに歩み寄る。
「……ディアベルはん、あんたβテスターやったんやな。」
「ああ。君が昨日言った通りの身勝手なやつは俺だ。すまない。」
再び深く頭を下げたディアベルにキバオウは目の前まで近づく。
「……確かにあんたはズルをした。それはワイも怒ってるし、許せん。」
空気が張り詰める。
「――でも、それでもワイらを見捨てず、率いて、ボスに挑んだのはあんたや。恐怖で足がすくんだワイらを鼓舞したのは、あんたや。……だからこれで手打ちや。」
「……え?」
手打ちと聞いて皆に緊張が走った。けど――
「なにズルしとんねんッ!!!」
パシン、と乾いた音。
キバオウがディアベルの頭を関西流のツッコミよろしく叩いた。
一瞬の静寂、次いで――爆笑が起こる。ディアベルも目を丸くし、次第に苦笑した。
笑いに包まれるボス部屋。そこには妬みも僻みもなく、ただ達成感と温かさが広がっていた。
キバオウはディアベルの肩を軽く叩き、言葉を添える。
「――第一層ボス攻略。お疲れさんでした。」
討伐報酬の分配を終え――ズルをしたとディアベルは何一つ受け取らなかった――第二層のアクティベートを確認した僕は、休息を求める身体に鞭を打ちながらアルゴへ連絡を入れた。
しばらくして、第二層の転移門広場に現れたのは、フードの下の金褐色の髪を揺らす情報屋。
「ン?アーちゃんにキー坊、ディアさんまでいるじゃねぇカ。……で、アンタは初めましてダナ。」
両頬の線を覗かせて笑ったアルゴは、エギルに目を向ける。
「オイラはアルゴ。ヨロシク。」
「カイト一人に押し付けるのも、と思ってな。――エギルだ。」
大柄な彼が短く応じると、アルゴは満足げに頷いた。
僕達はボス攻略の一部始終を報告しながら、アルゴに事態を説明した。彼女は話を聞きながら、打ち込むようにキーをたたき、記事に仕立てる準備を始めていた。
開示する情報は二つ。
一つは、第一層が攻略されたこと。
もう一つは「特殊行動を取る個体」が存在すること。
前者はシステムから通達があるため本来は不要だが、アルゴ曰く――
「記事ってのァ目を引いてナンボだからナ。見出しがいるんだヨ。」
――情報屋というより、まるで新聞社。思わず僕は苦笑を洩らした。
「いずれは発信を専属でやる組織ができるカモな。」
そう言う彼女の横顔は、冗談だけではない気配を帯びていた。
そして本題の二つ目。
ディアベルの件の後、あの場の雰囲気で黙っていたことを切り出すのは僕でも勇気が必要だったけれど、ボス戦で起きた以上、最前線のプレイヤーたちに伝える必要があった。
「……おいおい。まさかとは思ってたが、やっぱそうなのかよ。」「俺も……どこか”生きてる”みたいで気味悪いと思ってたんだ。」
そういう彼らは意外にも僕から開示された情報に、秘匿されていたことに対する弾叫する声は上がらなかった――最前線で戦っているプレイヤーだけもあるせいか思い当たる節があったみたい――けれど内容の衝撃は大きかったみたいだった。
そんなこんなで詳細を詰めていく最中――
「ところで、アルゴさん。」
ふと、アスナが小さく呟いた。文章を走らせていたアルゴは、手を止めずに視線だけを彼女へ向ける。
「ン?」
「カイトさん、また勝手に無茶な行動したのよ。」
「は?」
アスナの”告げ口”に、アルゴがジロリとこちらを振り向いた。
「ディアベルさんを庇ったり、右腕無いのに単独でタゲを取りに行ったり。」
「いや、ほら……ねぇ?」
「事実を伝えてるだけよ。」
……やばい。アルゴの目が細められた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「……カァーくん?攻略会議の時も言ったよナァ?」
「こ、今回は仕方ないでしょ?!僕だって狙ってやったわけじゃないし!」
「ウルセー!バカ相棒!!ハラハラする身にもなれってんダ!!」
――ゴンッ!!
額にクリーンヒット。痛みに思わず声が漏れた。……ボスの攻撃より効いたかもしれない。
そんな冗談を言い合える空気が、むしろ心地よかった。
ひとしきり情報を聞き終えると、アルゴは小さく伸びをして僕に背を向けた。
「ここからは攻略に参加してなかった側の仕事だ」と言わんばかりに。手伝わせる気配なんて一切なく、むしろ「早く休め」と小突いて駆けていく。
その後は自然と解散の流れになった。
キリト、アスナ、エギル、ディアベルの順に別れの挨拶をして去っていく。ディアベルは最後まで残り、再び深く頭を下げて謝罪してから姿を消した。
……彼が見えなくなるまで、僕はただ黙って椅子に座っていた。
やがて、転移ゲートが次々と光を放ち、第一層から移動してくるプレイヤーたちの姿が目に入る。
(……僕も、そろそろ行かなきゃ)
情報屋の相棒としては、βでの知識を活かして第二層の情報を集めたいところ。
でも正直――疲労が重くのしかかり限界だ。
きっとアルゴはそれに気づいていたから「休め」と言ってくれたんだろう。
本来なら安宿を探して休む。
けれど今回は本能に従って、転移ゲート近くの宿をそのまま取り、宿名だけアルゴにメッセージで送った。
そして――装備も外さぬまま、ベッドに倒れ込む。
柔らかな感触に全身を預けた瞬間、意識はあっという間に遠のいていった。
……再生した右腕が、じんわりと熱を帯びているのを感じながら。
ディアベル生存!!
彼の活躍は今後もあります。
カイトは童顔、というイメージがなぜか私の中にあるんですよね。声のせいですかね。