第五話も閲覧いただきありがとうございます。
「一緒にギルドを設立しないか?」
そう提案されたのは、年を越して第六層の攻略を終えたある日のことだった。
その日の僕は第三層で情報収集をしていて、たまたまそこに初心者の指導でやってきていたディアベルが、ふいに切り出してきた。
「設立?……ドラゴンナイツ・ブリゲードは?」
思わず聞き返すと、彼は少し気まずそうに笑う。
「実はな。ギルドの方針で揉めてね。何人かは俺に付いてきてくれるって言ってくれたけど……。」
「……初心者支援の活動のことで?」
僕が察すると、ディアベルは困ったように頭をかいた。
「ははっ。さすが耳が早いな。――そうだ、その話だ。」
彼は苦笑しつつも、すぐに真剣な眼差しに変わる。
「他の連中の言い分もわかるんだ。≪
でも――俺は
その眼差しに押され、僕も胸の内を吐き出す。
「良いと思えることを、僕にできることをやっていく。……デスゲームが始まった日に、そう決めたんだ。」
言葉にした瞬間、ディアベルはアルゴの時と同じように面食らった顔をして、次にふっと笑った。
「――俺も同じようにできること、良いと思えることをやっていきたい。協力させてくれ!」
律儀に頭を下げるディアベルの姿に、断る理由なんてどこにもない。
「
「もちろんだ。……俺も仲間に声をかけてみる。きっと賛同してくれるやつがいる。」
そうして――≪黄昏の騎士団≫は誕生した。
僕を団長、ディアベルを副団長。メンバーにはアルゴ、以前から僕たちを手伝ってくれていた最前線のソロたち、そしてディアベルに賛同した元≪DKB≫の仲間を加えて。
活動内容は、最前線の攻略、情報屋および下位層のプレイヤー支援。
とは言え、最前線攻略、情報屋を主目的にしている≪黄昏の騎士団≫が下位層へ出向きつつ初心者サポートというのはあまり現実的ではなくて、設立当初は二足の草鞋に振り回される事がしばらく続いた。
それでも、第十層を超えたあたりから――プレイヤー層がはっきり分かれ始めたことで、僕達の活動は一気にスムーズになっていった。
プレイヤー層は大きく三つ。
ひとつは、最前線で経験値稼ぎや迷宮区の探索を行い、率先してボス討伐に挑む僕達攻略組。
つぎに、前線よりも下の階層で“死なない程度に豊かな生活”を楽しむ中堅組。
そして最後に、≪はじまりの町≫でクリアか外部からの救出をただ待つ居残り組。
この住み分けのおかげで、≪黄昏の騎士団≫は中堅組――とくに攻略組入りを目指して奮闘しているチーム――を支援する方針へと切り替えていった。
もちろん、それは僕達だけの力じゃない。
キリトを始めとしたソロプレイヤーが、ギルドに所属しないものの支援に協力してくれることも増えたこと。
さらに、同じ時期に活発化した生産職のプレイヤーたち――物の加工や販売を専門にする、いわゆる“商人”たちによる組織が設立したこと。その発足に僕達が関わったことで、中堅組との繋がりが一気に強まった。
さらには、僕の思想に共感してくれた中堅組の有志が、自分たちで一部居残り組への支援を始めてくれた。おかげで≪黄昏の騎士団≫だけが担う活動範囲は狭まり、役割分担が自然に広がっていった。
こうして僕達攻略組から中堅組へ、そして中堅組から居残り組へ――まったく≪はじまりの町≫からでないプレイヤーは含まれないけど――繋がりが
そんなこともありながらも、2大ギルドの牽引もあって攻略は驚くほどのハイペースで進み、第二十五層へと到達していた。
ボス部屋もすでに発見されていたけれど、全体の4分の1ということもあり、慎重に行こうと話し合いで決まった。そうしてできた隙間時間に僕は、手伝い役のキリトと一緒に中位ギルド≪月夜の黒猫団≫との顔合わせに向かっていた。
内容としては、彼らの考えや方針を聞き、実際のプレイスタイルを見たうえで、それに合わせたレクチャーを行うこと。戦闘面での技術はキリトが、方針やメンバーの精神面は僕が担当だ。
彼らは総勢5人。男性4人、女性1人の組み合わせに、きっと彼らは現実世界でも知り合いなんだろうと想像できる。
まずは彼らの意思から確認だ。話を聞けば――ギルドマスターのケイタは「攻略組への参加を目指している」と言い切り、メンバーもそれに同調して頷いていた。
ただ、1人だけ視線を伏せ、迷いを隠しきれていない子がいた。
「じゃあ、まずは君たちの戦闘を見せてもらおうかな。」
僕はその違和感を覚えながらも、そのまま迷宮へと向かい、戦闘内容を確認することにした。
戦闘内容は他の中位ギルドと比べると少し劣る。それにこの人数であれば1人はタンク……まではいかなくても盾役は欲しいところ。
改善点はいくらでもあるから伸びしろたくさんだ――なんて思いながら、さきほど感じた違和感を再び感じ、戦闘を見たキリトもまた、同じように何かに気付いた様子だった。
ただ、その場で指摘はしない。――圏外で激しく動揺すれば、それは即ち死に直結する。だからあえて触れず、軽いレクチャーに収めたうえで迷宮から戻ることにした。
けれど――火種は、突然にやってきた。
「「カイトっ!!!」」
迷宮から戻った僕達を迎えたのは、駆け込んできたアルゴとディアベルだった。その険しい表情に、僕とキリトの背筋に緊張が走る。
「どうしたの?」
「≪ALS≫が……!単独でボス攻略に向かったってッ!!キバオウからッ!!」
「ッ!?なんで……ッ!!?まだボスの情報も集まりきってないのに!!」
ディアベルの言葉に、キリトも声を荒げる。
「≪DKB≫を出し抜くためにだって!――キバオウが止めに向かったけど、このままじゃ……!」
奥歯を強く噛みしめる。上手くいけばそれでいい。
けど第二十五層はクォーターボス。通常より高難易度になることが予想されていた。だからこそ、今回の攻略は意図的に遅らせると会議で決めたはずなのに――!
「アルゴ、連絡できる攻略組全員に声をかけて!キリト、ディアベルと僕はキバオウを追う!――≪月夜の黒猫団≫のみんな、ごめん!!今日はここまでだ!!」
言い終えるや否や、僕達は転移門へと駆け出した。
――最前線、第二十五層。
結局、僕達はボス部屋までの道中に≪ALS≫に追いつくことはなく部屋の前まで着ていた。
ボス部屋の扉は開かれ、そこは地獄とも言える光景が広がっている。
部屋の中央では双頭四腕の巨人が、四種の武器を嵐のように振り回し、≪ALS≫を蹂躙している。前衛の盾役はすでにいなく、不向きな装備のプレイヤーが血反吐を吐くような思いで前線を支えているが、回復は追いつかず、絶望的な均衡が崩れかけていた。
「キバオウ……!」
彼もすでに部屋の中に居て、声を枯らして必死に指揮を飛ばしている。けど、その声に呼応する者は次々と膝を折り、状況は悪化の一途を辿っていた。
僕は今、決断を迫られている。このままでは間違いなく≪ALS≫は全滅するだろう。ボスの残りHPバーは2本。これまでのボスがそうだったように5層ごとに起きたHPバーラスト1本で特殊個体への変貌は間違いなくこのボスでも発生する。僕達と中にいるメンバーを含め、僅か10人で残りHPを削り切ることはできるのか。
いや、今こうして思案している時間すら無駄だ。こうしている間にもボスの攻撃はキバオウ達を襲っている。僕は結論を出しボス部屋の中へと駆ける。驚きながらも遅れてキリト達もボス部屋についてきてくれる。
振られた左腕二振りを弾いて、キバオウ達の前に立つと冗談交じりに言葉をかけた。
「大丈夫?!キバオウ!いつものいかつい顔がしょげてるよッ!!」
続けざまに右腕の剣が振るわれるが、背後から駆け込んだ2人が割って入った。
「そうだぞ、いつものやかましいくらいの関西弁はどうした!」
「声が小さいぞ!会議中みたいに耳が痛くなるくらい吠えてみろよ!」
キリトが剣で、ディアベルは盾で弾き返して声を響かせる。
「真っ黒――キリトにディアベルはんまでっ!!ッ――やかましいとか五月蠅いとか好き勝手言いおってっ!!余計なお世話やッ!!」
キバオウは僕達の突然な乱入に驚きつつも文句で返して虚勢を張るように吠えた。
「ッ!……すまんッ!」
謝罪も込めて。
「僕達で倒しきるよ。」
「ああ。あとHP2本くらい楽勝だぜ。」
「”ナイト”の本領、お見せしよう!!」
「野郎どもッ!!考えるのは後やッ!!気張れッ!!」
僕達3人が前に並び立ち、剣を構える。絶望的な状況でも、誰一人諦めてはいない。なら、残された可能性に全てを賭けるだけだ――。
僕の奥の手を――コイツに見せつけてやろう。
アルゴ風に言うならば、それは≪The World≫流の剣術。
僕は2本目のダガーをオブジェクト化すると、両手に、逆手に持ち構えた。≪The World≫での【ジョブ:双剣士】の構え。そして僕の分身≪カイト≫の構え。
もちろん、SAOのシステム上存在しない構えだ。この形ではソードスキルもアシストも発動しない。けれどそれを引き換えにしても、この構えには意味があった。
――システムに縛られない自由な動作。そして2本の刃がもたらす、圧倒的な手数の防御力。
このシステム外な動きを取得するには自分の身体をスムーズかつ俊敏に動かせる――明確に動く自分をイメージできる――必要はあったけれど僕に限ってはそれの練習が苦にはならなかった。
その反面、攻撃力での貢献は難しい。けど盾持ちがディアベル一人しかいないこの状況で、システムに頼る戦い方よりも遥かに役立つはずだ。
それに、攻撃力だけならキリト、ディアベル、キバオウの3人で十二分に足りることは、これまで一緒に戦ってきてるから知ってる。なら僕の役目は――皆の生存率を1%でも高めることだ。
「僕とディアベルで防御を担当する!キバオウ、今までのボスのパターンを教えて!」
刃を交える中、僕はディアベルと並んでボスの猛攻を受け止め、その合間にキバオウの声を聞き取っていく。
――たった10人で挑む、【アスラ・ザ・エクスキューショナー】攻略戦が始まった。
攻撃は必ず片側二本の腕を使ってくる。
左右の連打は最大で八回。
四本腕による同時攻撃と蹴りは、防御ではなく回避を優先――キバオウが共有してくれた情報をもとに、態勢を整えてからすでに十分以上が経過していた。
ある程度パターン化の目処が立ったアスラの連撃を、今度はディアベルと交代する形で僕が受ける。
一振り目を弾き、二振り目に備えようとした瞬間――アスラの動きが止まった。
そのまま、巨体が足を振り上げる。
――蹴りが来る!
「全員、回避行動!!」
僕とディアベルが左右に飛び散るのと同時に、仲間たちも一斉に散開。直後、僕達が立っていた床に振り下ろされた蹴りが突き刺さり、ステージ全体を揺らした。
「ディアベルは回復を挟んで!もう一度、僕が受ける!」
指示を飛ばすと、後方のキリトがタイミングよく斬りかかり、ボスのヘイトをこちらに誘導する。その間に僕が二本腕の連撃を正面から受け止める。
最初こそ焦りに呑まれていた攻略だったけど――キリトの攻撃力、そしてキバオウが全体指揮から自分の部隊に専念してくれたおかげで、戦況は目に見えて安定し始めていた。
少しずつ、確実に。アスラのHPゲージが削られていく。
とはいえ、あと一、二回の猛攻を凌げば最終HPバー。――本番は、ここからだ。
「集合!」
僕はキバオウの攻撃がアスラに命中したのを確認し、全員を再び集結させるように声を張り上げる。
前衛は僕とディアベルが盾となり、防御態勢を崩さない。
最後のHPバーへ突入したアスラは、一瞬動きを止めたかと思うと――苛立ちを爆発させるかのようにその巨体を回転させた。
次の瞬間、握っていた武器を無造作に――いや、怒りに任せて――こちらへと投げつけてきた。
「「っ!!」」
突然の投擲攻撃に、阿吽の呼吸で――同じことをもう一度やれと言われたらできないと思う――飛んでくる4つの武器を交互にディアベルと横へと逸らした。
アスラを見やれば、双頭を振り乱し、四本の腕で頭を掻き毟りながら苛立ちを露わにしている。
隙だらけにも見えるその仕草――でも、これまでの経験が「不用意に動くな」と告げていた。
やがて、掻き終わったアスラは腕を下げ……大きく息を吸い込む。
「っ――耳を塞げッ!!」
全員が即座にその意図を察し、慌てて耳を塞いだ。
『ぐぉあああああああああああ!!!』
両耳を押さえているにも関わらず、脳を揺さぶるほどの咆哮が鼓膜を突き抜ける。思わず片膝をつきそうになるほどの圧。
「うっさいわっ!!――っ!」
悪態を吐いたキバオウめがけ、アスラの拳が振り下ろされる。しかも、二本の腕をわざと“遅らせて”ディレイ攻撃を仕掛けてきた。
「ッ!散ってッ!」
咄嗟の指示に従い、全員が散開する。
アスラはさらに踏みつけ、振り下ろし、平手打ちと――まるで駄々をこねる子供のように暴れ回った。
その攻撃は、先ほどまでの緻密さとは打って変わって単調。統率の取れていない僕達ですら、損害を出さずに避けられる。
「……攻撃はやめて。一旦様子を見る。」
無理に仕掛けず、避けながら観察。やがて「これ以上はない」と判断した僕は手で合図を送り、全員を再び集合させた。
「まるで癇癪を起こした子供だな。」
「うん。しかも、二つの頭が噛み合ってない感じ。」
「腕の動きもおかしな動きしてるし。」
「せやったら、散らして攻めた方がええな。」
ターゲットが固定されず、それぞれの目に映った相手へ無差別に攻撃を繰り出す――それがアスラの特徴だと見抜いた僕たちは、四方に散る作戦を再確認。
僕とディアベルは定位置を維持。
一番俊敏値が高いキリトを中心にヒット&アウェイを繰り返して、キリト達が狙われれば僕かディアベルのいる位置のメンバーが攻撃してかく乱させる。発動後に硬直するソードスキルを打てない都合上、攻撃力には難がある戦法だったけれどこれが今とれる確実にHPを削れる方法だ。
それでもどんどん加速しながら攻撃を続けるキリトを見て、僕は「うまいことかみ合ってるね」と先ほどより早くHPが削れていくのを確認したその時。
翻弄されるように動いていたアスラの四肢が、不意にぴたりと止まる。次の瞬間、獣じみた咆哮と共に、全身の視線を一気にキリトへと向け――駆け出した。
「「「キリト!!」」」
咆哮に射すくめられ、一瞬だけ動きを止めたキリト。僕達は反射的に横から身体をねじ込み、その前に立ち塞がった。
「こなくそっ!!」
キバオウが怒鳴りながら剣を振るい、ディアベルは冷静に盾を構える。僕も覚悟を決め、迫り来る両手両足の猛攻を正面から受け止めた。
拳。平手。チョップ。蹴り。薙ぎ払い。
四本の腕と二本の脚から、途切れることなく放たれる嵐のような連撃。
「くっ――!」「ぐぅ……!」
硬直から立ち直ったキリトも加わり、4人で必死に耐え続ける。呼吸を合わせる暇もない。ただ、己の直感と仲間の動きを信じて防ぎ続ける。
それでも――限界は、思ったよりも早く訪れた。
アスラの蹴りをディアベルと共に受け止めた、その瞬間。右手のダガーが悲鳴を上げるように軋み――乾いた音を立てて砕け散った。
「っ……!!」
大きく仰け反った僕の姿を見て、仲間の声が悲鳴のように響く。
「カイトッ!!?」
後ろへと下がる僕の視界に、驚愕の色を浮かべたディアベルの顔がゆっくりと映る。
まるで走馬灯のように、全ての出来事が水の中で再生される映像のようにスローモーションで見えた。猛攻を途中で切り替え、こちらへと追撃しようとするアスラ。それを止めるために飛び出そうとしているキリトとキバオウ。
――わかっていたことだった。この“システム外の動き”には、必ず代償が伴うことを。
武具を本来の用途以外で扱えば、システムは罰則を強要する。
一つ、性能を削ぎ落とし耐久値は据え置く。
一つ、性能を維持する代わりに耐久値を激減させる。
これのどちらかを選ぶ必要があった僕が選んだのは後者――防御性能を維持し、耐久値を五分の一に削る選択肢。そのツケが、これだ。
アスラのHPはもう数ミリ。ダガーが壊れてさっきの攻撃の半分も防げなかった僕のHPは少ないけど、僕が攻撃を受けている間にキリトたちが後ろから攻撃を与えれば削り切ることができるだろう。
不思議なほど冷静だった。第一層の時の混乱と恐怖は、ここにはない。迫る二本の腕を見ながら、まるで他人事のように思う。――死が来る。なぜか怖くない。
でも、その“死”は訪れなかった。
背後から飛び出した赤と白の大盾が、僕とアスラの間を断ち割る。衝撃に尻餅をついた瞬間、ゆっくりと感じていた時間が一気に流れ始めた。
「なっ……!」
巨大な盾を構える騎士風の男が、初見のはずの四本腕の猛撃を軽々と受け止め、逆にアスラを弾き返す。そして短く言い放った。
「スイッチ。」
次の瞬間、白を基調とした衣装を纏う栗色の髪の見覚えのある女性が高く跳躍。鋭く輝く細剣のソードスキルが、アスラの双頭へ突き刺さった。
残り僅かだったHPが一気に削り切られ、アスラは甲高い断末魔を上げながら青いポリゴンとなって砕け散った。
『Congratulation!!』
いつもなら祝福のように受け取れるはずの文字列は、今回は虚しく戦場に浮かぶだけだった。
歓声はなく、ただ荒い呼吸と心臓の鼓動が耳に残る。
キリトはその場に腰を落とし、剣を杖代わりにしながら、途切れ途切れの声を絞り出す。
「……助かった、な……。」
ディアベルは震える指先で視界の仲間を数えるように見渡し、呟いた。
「俺達……生きてるんだよな……?」
「……当たり前やろ。」
キバオウは低く吐き捨てるように言いながらも、膝をつき、握った拳を震わせていた。
僕も同じだった。放心した頭で、砕け散ったダガーがポリゴンとなって霧散していく様を、ただ呆然と見つめていた。
――そのとき。
差し出された影が僕の視界を遮る。
「立てるか?」
顔を上げると、そこには先ほど命を賭して僕を庇ってくれた男性プレイヤーの姿があった。右手がまっすぐこちらに差し伸べられている。
「……さっきは助けてくれて、ありがとう。命拾いしたよ。」
僕は言葉を選ぶ余裕もなく、ただ真っ直ぐに感謝を伝え、その手へと自分の手を伸ばした。
手と手が触れ合う、その刹那。
僕の右腕に、かつて幾度となく使った――あの≪腕輪≫が確かに浮かび上がった。淡い光を放ち、存在を主張するように。
「……っ!」
思わず息を呑み、僕は反射的に手を引っ込めてしまう。無いはずのイリーガルな力――データドレイン――人に向けたことなどないあの力がそこにある気がして。
慌てて視線を腕へ落とすと、そこには何もない。ただの幻覚……?
動揺を悟られまいと顔を上げると、目の前の男――彼もまた、ほんの一瞬だけ驚いたような目をしていた。まるで僕の見たものを、彼自身も知っているかのように。
けれど次の瞬間には、不自然なほど穏やかな微笑を浮かべ、再び手を差し出してくる。
「ヒースクリフだ。……あの“カイト”に会えるのを、ずっと楽しみにしていた。本当なら、こんな場ではなく、会議の場で会いたかったのだがね。」
言葉の端々に何かを含ませるその調子に、胸の奥がざらつく。けど≪黄昏の騎士団≫が知られているのも事実。僕は取り繕うように礼を言い、その手を握り返した。
周囲に目をやると、白地に赤のラインを基調とした装備のプレイヤー達が、整然とヒースクリフの周りに集まっている。その中には――見覚えのある栗色の髪、アスナの姿も。
それと同じくして、いつも見る最前線のプレイヤー達がボス部屋に入ってきて、気が付けば最前線のプレイヤーやアルゴ――この短時間でこれだけの人数を集めてくれたアルゴの手腕に感心する――が僕の周りに集まっている。
やがて空気と視線は自然とヒースクリフに収束し、彼は一歩前へと進み出た。威厳と統率力を帯びた声が、静まり返ったボス部屋に響き渡る――。
「こんな形で自己紹介をするのは些か不本意ではあるが――我々は≪血盟騎士団≫。そして私は団長のヒースクリフ、彼女は副団長のアスナ。本日より最前線の攻略組へ加わる。……よろしく頼む。」
ボス攻略戦での鮮烈な登場、そして攻略組への参画表明。そのタイミングもあってか、場に満ちた空気は必ずしも歓迎一色ではなかった。
「いきなり横からやってきて、ボスを横取りして攻略組に加わるだぁ!!?攻略組なめてんじゃねーぞッ!!」
鋭い反発の声を上げたのは、≪ALS≫の一人。
――ラストアタックボーナスを奪われたことへの苛立ちかもしれない。
「やめいッ!!」
その場を裂くような怒声が響いた。鋭い関西弁――キバオウだ。
「今回のボス攻略は、どう考えてもワイらの過失やろがッ!!それを助けてもろてんやッ!!ボス攻略について、ワイらに何かを言う権利は……ないッ!」
言い切ったキバオウは一歩前へ。そして――膝をつき、額を地面に叩きつけるように土下座した。
「本当に……すまんかったッ!!」
その瞬間、空気が凍りついた。誰もが驚愕し、ざわめきが広がる。
プライドの高いキバオウが人前で謝罪――しかも土下座をするとは誰も思ってなかったから。
「ワイがちゃんと手綱を握らなきゃならんのに、勝手に部隊を動かされ、ほぼ壊滅させてもうた。しかも後からやってきたカイトやキリト、ディアベルにも危ない目に合わせて。
……ヒースクリフってゆうたか。おおきに、カイトや皆を助けてくれて。他の皆もすまん。勝手な行動で迷惑をかけた。」
そう言って一度頭を上げたかと思えば、キバオウは再び地面に額を擦りつけた。
キバオウの謝罪に皆がどうするべきなのか、悩んでいる雰囲気が漂いだして――これ以上責めるようなことはしたくないと僕はキバオウの肩に手を置いて頭を上げさせた。
「……。」
彼がこちらを見上げた瞬間、首を横に振る。――もういい。そう伝えるために。
言葉はいらなかった。キバオウは目を見開いたあと、力なく頷き、立ち上がって仲間の元へ戻っていった。
残された背を見送る空気は重く、誰もが息を詰めていた。
その沈黙を断ち切るように、僕は再びヒースクリフへと向き直った。
「さっきも言ったけど、助けてくれてありがとう。――攻略組に加わることは理解したよ。ヒースクリフの腕前は今見せてもらったし、アスナの実力もよく知ってる。けど、それ以外のメンバーは僕達はまだ知らない。だから……次のボス攻略の前に、一度腕前を確認させてほしい。」
僕の言葉に続くように、ディアベルも一歩前に出た。
「俺もカイトの意見に賛成だ。迷宮区での戦いは自由にすればいい。だが――ボス戦だけは別だ。今回の件で思い知らされた。勝手な行動は全体の命を危険に晒す。犠牲者を出すなんて、絶対に許されない。」
はっきりとした口調で言い切るディアベルに、攻略組の面々は次々と頷きを返した。後日、改めて会議を開くことを決め、この場は解散となった。
「あとはボス報酬の分配なんだが……。」
各々が解散していく中、ディアベルが少し慎重に言葉を選びながら切り出す。
「我々は外してもらって構わない。――横やりを入れたのはこちらだ。」
先に口を開いたのはヒースクリフだった。淡々と、しかし一切の迷いを感じさせない声音で。
「すまない。」
その一言もまた重く響き、場の緊張を解く。ディアベルは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。
「カイトさん。はい、これ。」
アスナが操作したウィンドウが僕の前に開く。
「これは?」
「ラストアタックボーナスで出た武器です。……ちょうど、ダガー壊れてたでしょ?」
「ああ、そうだったね。ありがとう。」
受け取ったのは【哭竜牙】と名付けられたダガー。黒鉄の刃に淡く赤い紋様が浮かぶその姿は、いかにも血を吸った竜の牙を思わせる。手にした瞬間、刃の冷たい重みが掌に馴染むのを感じた。
ふと前からの疑問を口にする。
「前から思ってたけど……ボスのラストアタックボーナスって、ボスが使ってた武器そのものって出ないんだね。」
周囲の皆も同じ疑問を抱いていたのか、首を傾げて同意する声が上がる。
「ラストアタックボーナスは“ボス”への最終攻撃に対するボーナスであり、今回の場合は【アスラ・ザ・エクスキューショナー】の武器とは直接関係ない。代わりに討伐報酬の中に、そのモチーフを踏襲した装備が含まれる仕様だ。」
ヒースクリフがそう静かに答えると皆から感嘆の声が上がった。聞けばあの分厚い取扱説明書――僕は要点だけ読んで辞めた――を暗記している、という。確かにラストアタックボーナスについても記載があった気もする。
それに対して皆が褒める中、本人はというと「ただの知識に過ぎない」と淡泊に答え、≪KoB≫を率いてボス部屋を去っていった。
去っていく背中を見送りながら、誰もが感じていたと思う。――彼らの参入は、この先の攻略に大きな意味を持つだろうと。
場の空気が少しだけ沸き立つ中、僕達は新たな階層のアクティベートへと足を向けた。
ただ――ヒースクリフのまるで設計した側のセリフにも聞こえた言葉。それでもその時の僕はそれを気にもならなかった。
独自設定のオンパレードでしたね。
色々なことができるSAOがどこまでのことを許容していたのか、わからないので勝手に肉付けしてます。
最初はACをオマージュして「不明な装備が確認されました。」みたいなアナウンスも面白いな、と思ったりもしてました。
今後もゲーム「SAO」の設定はいろいろ変化ありますのでお楽しみに。