正直なところ、今日は休暇としてのんびり過ごしたかった。――いや、正確に言えばギルドとしては休暇で活動はなし。
今、僕が向かっているのは昨日、≪月夜の黒猫団≫の件を中途半端にしてしまったからだ。
「キリト、連日でごめんね。」
「いや、構わない。」
短く答える彼の声色には疲れも滲んでいたけど、迷いはなかった。
「そう言ってもらえると助かるよ。――アルゴも付き添いしなくていいんだよ? ギルドとしては活動ないんだし。」
「オー? ずっと一緒にやってきた相棒に冷たい言い分じゃないカ、カーくん。
――ナニ、意欲がある中堅組がどんな風なのか、オイラも興味があるだけサ。数少ない女性プレイヤーもいるらしいシ。」
アルゴは肩をすくめてみせ、冗談めかして答えた。その仕草の裏には、それなりの理由が透けて見える。……少しだけ含みがある気もするけど。
「それにナ、最近のカーくんは働きすぎだ。もう少しギルドマスターらしくどっしりと構えたらどうダ?」
「んー、言っても便宜上僕がギルドマスターであるだけで、偉くありたいとかそういうのじゃないから。」
「ソイツはわかってる。だとしても、もう少し分配してもいいと思うゾ。」
「大丈夫、無茶をしてるつもりはないよ。大変なのは僕だけじゃないし。」
「いや、昨日のは割と無茶だっただろ。正直、よくあそこから上手くいったと思ってるぞ、俺は。……というか、ヒースクリフが来なかったらどうなっていたか。」
ジト目で言ってくるキリト。アルゴまで同じ視線を向けてきて、僕は思わず乾いた笑いで誤魔化した。
「ハ、ハハハ……(苦笑)。――でも僕の判断を信じてくれたから、一緒にボス部屋に入ってくれたんでしょう?」
「そりゃ、信頼はしてるし……あんた一人行かせるわけにもいかないし……その……。」
反撃のつもりで問いかけると、キリトは視線を逸らしながらゴニョゴニョ言葉を濁す。妙に照れているその姿に、こちらも思わず笑いを浮かべた。
「アルゴも僕に”働きすぎ”って言うけど、そういうアルゴだってギルド休みの日に、あっちこっち回って情報の裏取りや不足分集めてるじゃん。――相棒なのに僕、声かけてもらってないなー?」
「う、うギッ!?」
僕の指摘にアルゴは露骨にたじろぎ、頬を引きつらせる。
「ほらね? 結局、みんながそれぞれ“自分にできること”をやってるんだよ。」
僕は少し笑いながら、2人を見回す。
「だから大丈夫だよ。みんなが協力してくれてる。――みんなが……キリトやアルゴがいる。独りじゃないなら、僕は大丈夫だよ。」
2人は何か言いたそうに口を開きかけて――結局、呆れたように肩をすくめるだけだった。
≪月夜の黒猫団≫が集う酒場に足を運び、僕は昨日のことを謝罪することから話を始めた。
「昨日は……ごめんなさい。急に居なくなるようなことになっちゃって。」
リーダーのケイタは、慌てて首を振った。
「大丈夫です。むしろカイトさんたちの方が大変だったのに、連日付き合わせてすみません……。」
お互いに頭を下げ合う形になりそうだったので、僕はすぐに本題へと切り替える。
改めて一人ずつ言葉を交わし、最後に視線を向けたのは――サチさん。昨日からずっと気になっていたことを、思い切って口にする。
「ね、サチさん……サチさんは――戦うのが怖くて嫌なんだよね?」
その問いに、彼女はびくりと肩を震わせ、言葉を失った。小さく息を呑み、顔を伏せる。その様子に、他のメンバーは驚きの眼差しを向ける。
「ほんとう、なのか?」「だとしたら、どうして……?」
矢継ぎ早に飛ぶ声。驚きと戸惑いが混ざった言葉の数々に、サチさんは追い詰められるように身を縮めていった。
「――ちょっと待って。」
僕は手を挙げて制した。みんなの視線が、僕に集まる。
「そんな風に一度に責められたら、答えられないよ。……ね、サチさん。」
ゆっくりと顔を上げる彼女。怯えと迷いが混じった瞳が、こちらを見つめていた。
「怖いって思うのは、正しいことなんだ。この世界で戦うことを怖いって感じるのは、当然のことだよ。」
静かに告げると、その言葉が彼女の瞳に少しずつ映り込んでいく。
「……負い目を感じているのかもしれない。でも、無理を続けて苦しくなるのは、サチさん自身なんだ。」
柔らかく微笑みながら、彼女の目をしっかりと見つめる。
「大丈夫。誰も君を責めたりなんてしない。」
サチさんは小さく唇を噛み、瞳を揺らした。やがて、意を決したように小さく頷く。
「……怖い、です。」
震えながらも、確かに届いた告白。
「戦うのが、怖い。モンスターを前にすると……いつか死んじゃうんじゃないかって、足がすくんでしまって……本当は戦いたくないのに、皆と一緒にいるためには、戦わなきゃいけないから……。」
途切れ途切れに紡がれながらも、胸の奥から絞り出した本音。そう言う彼女の目には、どこか“諦め”にも似た感情も宿っていた。
「みんなは戦ってるし……わたしだけ逃げるなんて、そんなこと……できないよ……。」
声は震え、俯いた肩が小さく震えている。
「……皆と一緒にいたい。でも、戦いたくない。だけど、戦わなきゃ置いていかれる。だから、頑張らなきゃって思って……でも、怖いの。どうしたら、いいのかわからないの……。」
零れてきた言葉には、まるで迷子になった子供のような不安があった。それが痛いほどに伝わってきたからこそ――僕は、慎重に言葉を選びながら、静かに口を開く。
「サチさん。」
できる限り優しい声音で呼びかける。
「戦わなきゃ、生きていけない。……もしそう思っているなら――それは、違うよ。」
「え……?」
驚いたように、サチさんが顔を上げた。
「確かに、この世界ではモンスターを倒してレベルを上げないと、生存率は低くなる。でも、生きるための術は“戦うこと”だけじゃない。」
僕は一呼吸置いて、言葉を続ける。
「今の僕達には、たくさんの役割がある。攻略の先頭に立って戦う人もいれば、アイテムや装備を作って支える人もいる。情報を集めて仲間に伝える人、物資の流通を管理する人だっているんだ。」
具体例を示すように、僕は自分のギルドを引き合いに出した。
「僕達≪黄昏の騎士団≫だって、戦うことだけが目的じゃない。情報の共有や、今こうして≪月夜の黒猫団≫のみんなにしている支援もそうだし、商人との取引や調整……すべてが大事な仕事のひとつなんだ。だから、サチさんにも必ずできることがある。戦闘だけじゃなくて、他の道だって――ここで“生きる方法”はある。」
サチさんは、まるで信じられないものを見たように僕を見つめていた。
「でも……私は、戦えないのに、そんな役割を任せてもらえるの……?」
「もちろん。」
僕は迷いなく頷いて≪月夜の黒猫団≫のみんなを見る。ケイタ達も突然の事に少し遅れたものの首をブンブンと縦に振っている。
「サチさんは、皆のことをよく見ている。戦闘中も全体の動きを気にしていたし、迷宮区にいた時も細かいところに気が付いていた。だから前に出て戦うよりも”サポート”に向いているかもしれないね。」
僕は彼女の行動をひとつずつ挙げながら、「できていたこと」を強調するように語った。
「職人系スキルを伸ばして後方で支えるのもいいし、情報収集でギルドを助けるのもいい。――戦わなきゃ生きられないなんてことはない。むしろ”戦うことしかできない”って思い込む方が、選択肢を狭めてしまう。」
その言葉に、サチさんの瞳にかすかな光が宿った。
「……そんな生き方も、できるのかな……?」
「できるよ。」
僕は笑って頷き、仲間たちの方へ視線を向ける。
「もし不安なら、僕達が手伝う。キリトやアルゴだって、きっと協力してくれる。」
「そ、そうなの……?」
戸惑うように尋ねるサチに、キリトは少しむず痒そうに目を逸らしながら答える。
「まあ……その、俺もソロだけど、戦うのがすべてじゃないってのは、わかる。」
「――あとはオイラの出番カ?」
アルゴは腕を組み、ニヤリと笑った。
「カーくんの言う通りダ。ナニ、オイラがその役割を仕込んでやったってイイ。戦えなくたって、やれることはたくさんアルさ。」
仲間たちの声に押されるように、サチさんの表情は次第に柔らかくなっていった。
「……ありがとう。私、皆と一緒にいるために、戦うしかないって思ってた。でも……戦わなくても、皆の役に立てるんだね……。」
「うん。大事なのは”どう生きたいか”だよ。」
サチさんは、涙ぐんだ瞳で微笑む。
「……なんだか、少しだけ、楽になった気がする。」
その言葉に僕も安堵し、微笑みを返した。
「それなら、よかった。――まずは、サチさんができることを一緒に考えてみよう。」
「うん……!」
それからしばらくして、サチは戦闘職ではなく、生産職としての道を選んだ。
最初は慣れない手つきでハンマーを振るうのに苦労していたけど、コツコツと努力を重ねた結果、今ではギルドの装備や道具を任されるまでになっていた。
「サチ、最近調子はどう?」
第二十層の共同工房に顔を出すと、サチは少し煤で汚れた頬に笑みを浮かべ、胸を張った。
「うん、だいぶ慣れてきたよ。皆の武器や防具を直せるのが、今は楽しい。」
彼女は手にしていた布でハンマーを丁寧に拭いながら、カウンター越しに微笑んだ。
「それに……戦わなくても役に立てるって実感できる。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。彼女が居場所を見つけてくれたのだと、心から「よかった」と思えた。
「そういえば、気になることがあって。」
一拍置いて告げられた彼女その言葉に、工房の空気がわずかに冷え込むのを感じた。
「気になること?」
「うん。最近、下層で”変なモンスター”が出るって話をよく聞くの。」
僕は眉をひそめる。
「”変なモンスター”って……?」
「強くはないんだけど、妙にしぶといの。攻撃をどれだけ重ねても、まるで”削れていない”みたいに立ち続けるんだって。長く戦うから、逆にプレイヤーの方が疲れて消耗しちゃうみたいで……。」
彼女の声がわずかに震えているのに気づいた。
「それに……そのモンスターが出た場所では、他のモンスターが急に湧かなくなるらしいの。まるで……そのモンスターが周囲を”押さえ込んでいる”みたいに。」
言葉にできない不気味さが背筋を這い上がってくる。
僕はサチから聞ける限りの情報を聞き出すと、胸の中のざわめきを抑えきれず、すぐに≪黄昏の騎士団≫を招集することに決めた。
会議室には、ディアベル、アルゴ、外部協力者のキリト、エギル、そして数名のメンバーが集まっていた。
長机の中央には、各層のモンスター出現データや目撃情報を記したメモが散らばっている。
「サて――。」
アルゴが腕を組み、ペンで資料をトントンと叩く。
「集めてもらった情報をオイラがまとめた報告ダ。」
彼女は皆の視線を受け止め、ゆっくりと話し始めた。
「下層のいくつかのエリアで、”高耐久のモンスター”の目撃報告が相次いでる。場所は主に第十層から第二十層の間ダナ。……特徴は――――知っての通り”HPが他のモンスターと比べるとはるかに高い”ってコトダ。
軽くこっちで聞き取りした限り、普通のモンスターとHPゲージの減り方と違う。ダメージは通るが、減りが妙に鈍化すル。」
「減りが鈍化する……?」
エギルが顎を撫でながら首を傾げる。
「何かのバフがかかってるのか?」
「少なくとも目撃情報からは、バフやスキルによる耐久上昇とは違う感じダったらしいゾ。……それに、コイツらが現れると周囲のモンスターが減るって話もある。まるでエリアの”制御権”を握ってるみたいナ。」
「……制御権、か。」
キリトが腕を組み、険しい表情を浮かべる。
「単なる耐久モンスターならいいけど……もし”新たなギミック”の一部だとしたら厄介だ。」
僕もその懸念には頷かざるを得なかった。
「ひとまず、直接確認するしかないね。」
ディアベルが椅子から立ち上がり、皆を見渡す。
「カイト、どうする? 調査隊を組むか?」
僕は少し考え、資料の上に手を置いた。
「うん。調査隊を編成しよう。不測の事態にも対応できるように、レベルの高い僕、ディアベル、キリト、エギルで行く。それからアルゴは……引き続き情報収集を頼める?」
「オーケー。オイラは下層での目撃者を当たってくル。」
アルゴが頷き、椅子から立ち上がる。
「気をつけてね。」
「そっちこそ、死ぬナヨ?」
冗談めかした口調で笑うアルゴ。けど、その瞳には冗談ではない鋭さが宿っていた。
――気を引き締めていこう。
まずは目撃報告の多かった第十三層を調査するため、エギルの伝手を使って生産職プレイヤーから話を聞くことになった。
準備のために一度解散して、転移門前で待ち合わせをしていると、エギルとキリトがすぐにやって来る。
「そういえば、今日は急に呼び出しちゃったのに、すぐ来てくれてありがとう。」
僕がそう言うと、エギルは豪快に笑いながら肩を叩いてきた。
「気にすんなよ、カイト。このくらいの呼び出し、今さらだろ?」
「まあな。俺もちょうどヒマだったし。」
キリトも、素っ気ない調子で言う。
「でも、こうやってギルドに所属してないのにすぐ来てくれるの、本当に助かるよ。」
「お前がそういうヤツだからだろ。」
エギルがニヤリと笑う。
「お人好しのカイトに頼られると、なんだかんだ断れないんだよな。」
「……それってどういう意味?」
「深い意味はないさ。」
肩をすくめたエギルは「行くぞ」とだけ言い、転移門へと向かっていった。
第十三層の街は、攻略組の影響が少ない分、比較的落ち着いた雰囲気だ。けれど、ここで活動する生産職プレイヤー達にとっては、この異変は切実な問題となる。
エギルの伝手で話を聞けたのは、鍛冶屋のオーナーと数名の生産ギルド所属のプレイヤー達だった。
「よう、エギル! 今日は何の用だ?」
鍛冶ハンマーを担いだオーナーが、鍛冶場から顔を出す。
「ちょっと聞きたいことがあってな。最近、妙なモンスターを見たって話を耳にしたんだが?」
「……ああ、そのことか。」
渋い顔をしたオーナーはウィンドウを可視化し、目撃情報の記録を表示する。
「最初は月に一回くらいだったが、今じゃ週に一回は見かけるようになった。」
「週一……?そんなに頻繁に……。」
僕達は思わず顔を見合わせる。
「おかげで周辺での素材集めがやりにくくてな。」
「やっぱり他のモンスター出現が?」
「ああ。他のモンスターがほとんど出てこなくなるんだよ。」
「……サチが言ってた話と同じだ。」
僕はつい口に出す。
すると、生産ギルドの若いプレイヤーが補足した。
「最初は偶然かと思ったけど、何度か目撃するうちに気づいたんだ。”そいつがいる間”はモンスターの出現が明らかに減る。」
「それで素材集めに支障が出てるわけか。」
「ああ。特定のモンスターを狩らないと取れない素材なんかは、手に入らなくなる。」
「結構厄介な話だな……。」
ディアベルは顎に手を当て、考え込むような仕草をする。
「耐久力が異常に高いってもやっかいでな。倒せないわけじゃねぇが、戦闘時間が長引くってのは対処法が要るぜ。」
「なるほど……。」
僕は話をまとめながら考えを巡らせた。
――今までのモンスターはエリアごとに決まったパターンで出現し、ルーチン行動を繰り返すだけだった。ポップ率の増減はあっても、”出現数がごっそり減る”なんてことは一度もなかった。
それが意味することは――。
「とにかく、一度実際に戦ってみるしかないな。」
キリトが腰に手を当て、不敵に言い放つ。
「……そうだね。目撃情報をもとに、出現地点へ行こう。」
けれど、意気込んでフィールドへ出てから早くも二時間がたって。
「……見つからないな。」
「本当に出るのか?」
キリトがため息混じりに呟く。
「ここら辺に出やすいって話だったよな?」
MAPを確認するエギルが眉をひそめる。
「情報自体は確かだと思う。でも、出現条件が不明なんだ。……ただ待ってるだけじゃ出てこないのかもしれない。」
周囲を見回しながら答える。
このフィールドの通常モンスターは、今の僕達にとっては脅威ではない。けれど二時間も成果なしとなれば、集中力も気力も削がれていく。
「……一旦撤退しようか。」
「カイト?」
キリトが少し驚いたようにこちらを見た。
「成果のない探索に時間を費やすのは得策じゃないよ。」
「……そうだな。」
エギルも同意するように頷く。
「長時間の張り付きってのは意外と消耗する。余裕ある時に切り上げるのが正解だ。」
「じゃあ、一度戻――。」
言いかけたその時、ディアベルがピタリと足を止めた。
「……ッ!」
「ディアベル?」
僕が名を呼ぶより早く、彼は鋭く剣を抜き、前方の茂みに構えた。
「――いる!」
短い声に反応し、僕たちも即座に武器を構える。視線の先。茂みを押し分けて現れたのは――
「……なんだ、あれ……。」
エギルが呆然と呟いた。
形だけ見れば、この層で見かけるモンスターの系統に近い。
けど何かが違う。輪郭が揺らぎ、影が滲むように不安定な姿。皮膚の表面は砂嵐のノイズのようにザラつき、青白い光を宿した瞳が知性めいた視線をこちらに向けていた。
「気をつけろ……普通じゃない。」
キリトが慎重に声を落とす。
「……来るぞ!」
ディアベルの声と同時に、異形が跳ねた。
「――ッ!遅い!」
反射的に僕達も動く。ディアベルが正面で受け止め、僕とキリトが左右から斬撃を叩き込み、エギルが巨斧を振るって援護に回る。
本来なら、この4人の攻撃で、この階層のモンスターは瞬時に沈むはずだった。だけど――
「……あれ?」
「ダメージが……全然入ってねぇ!?」
確かに剣も斧も命中している。それでもHPバーはわずかに削れる程度で、まるで鋼の壁に爪を立てているかのように減りが遅い。
「ふざけんな、こいつ……!」
キリトが奥歯を噛みしめながら連撃を浴びせ続ける。
結局、僕達が変異モンスターを倒すのに――二十分を要した。
攻略組3人と、実力者のエギルを加えて4人で挑んだにもかかわらず、だ。
「……俺達で二十分は、どう考えても異常だろ……。」
肩で息をするディアベルが、消えゆく青い光の残滓を睨みながら言う。
「これは、ちょっとヤバいな……。」
エギルも額の汗を乱暴に拭い、低く唸った。
「通常モンスターの枠じゃねぇ。耐久力は……ボス並み。いや――。」
「それ以上かもしれない。」
僕は戦闘ログを開き、目を細めた。
「攻撃は確かに通ってるのに、減りが異常に悪い。……まるで、食らったダメージを”瞬時に回復してる”みたいな感じがある。」
「……!?」
キリトが目を見開く。
「HPが回復するモンスター……?そんな仕様、聞いたことないぞ。」
「俺もだ。」
ディアベルが険しい表情で首を振る。
「少なくとも、今までの階層じゃ存在しなかった。」
「しかも途中から回復するならまだしもなんだけど、僕達の攻撃力から考えると全損できているにも関わず回復しているかもしれない。」
そういうとエギルはぎょっとしたような顔をする。
「フィールドを支配して、異常な耐久を誇る存在……。」
僕が呟くと、キリトがぽつりと漏らした。
「……まるで”レイドボスの前座”みたいだな。」
胸の奥に冷たいものが走る。嫌な予感は、僕だけじゃなかった。
「……何かの前兆かもしれない。もっと調べる必要があるはずだ。」
僕達は互いに頷き合い、一抹の不安を抱えながらもギルドホームへと戻ることにした。
扉を開けると、すでにアルゴをはじめ仲間達が揃っていた。
「オカエリ。で――どうだったンダ、カーくん?」
アルゴの声音はいつもより低く、ふざけたロールプレイも控えめだった。彼女も、この件の重大さを悟っているのだろう。
「簡単に言えば……”異常”だね。」
僕は息を整え、戦闘の詳細を報告した。
――異常な耐久。
――削り切るまで二十分を要したこと。
――まるでHPが回復しているかのようなHPの動き。
言葉を重ねるたびに、ギルド内の空気が硬直していく。
「……俺達、最前線クラス三人で二十分。普通のフィールドにそんな怪物が徘徊してるってことになるんだよな。」
ディアベルが額に手をやり、深いため息を吐いた。
「しかも、出現報告がここ最近で急増してるってのが気になるナ。」
アルゴが僕の戦闘ログをスクロールしながら言う。
「サチ達生産職の活動に支障をきたしてるのも問題だし……。」
「下手をすれば、本当に”レイド級”の存在が隠れてる可能性もある。」
不安を抱える皆を見回しながら、僕は決断を下す。
「よし――まずは出現条件に絞って調査をしよう。」
その言葉に、全員の視線が僕へ集まる。
「条件さえわかれば避けられるし、情報を周知すれば生産職の被害も防げる。それに……もしレイド級の布石なら、対応もしやすい。」
「……確かにナ。」
アルゴが小さく頷いた。
「探索と並行して、情報の整理も必要だな。」
キリトが加える。
「なら役割を分けよう。」
ディアベルが前に出た。
「フィールド探索チーム、情報整理チーム、生産職との接触チーム。この三つだ。」
「いいね。」
僕は頷く。
「探索は僕とディアベル、キリト。情報整理はアルゴを中心に。……生産職にはエギル、頼める?――僕たちはあくまでも出現条件の確認。無理に倒す必要はないことを忘れないでね。」
「任せとけ。顔は利くからな。」
全員の同意を確認し、方針は決まった。
――けれどこの先に何が待ち受けているのか。それは、まだ誰にも分からない。
月夜の黒猫団生存!!
いい話と不穏な話の2つでした。ここから原作との変化が訪れ始めます。