僕達探索チームの出現条件調査は、個別で行動することに決めた。
アルゴの報告の中に「一人の時にも出現した」と話があって、それなら各自で行動しよう、という話になったからだ。
僕の担当は遺跡エリア。
そこは、かつて街だった痕跡を思わせる石造りの建物が点在し、崩れたアーチや折れた柱が無造作に散らばる、荒廃した景観のフィールドだった。
鉱物系アイテムの採集が盛んで、生産職プレイヤーにとっては重要な資源地帯だ。
まずは、これまでに報告されていた異常モンスターの情報をもとに行動を試してみる。
――一定時間、同じ場所に留まる。……出現しない。
――採掘を行う。通常の鉱石しか手に入らない。……出現しない。
――周囲の建物を調べる。何の変化もなし。……出現しない。
――既存のモンスターを狩る。通常個体のみ。……出現しない。
「……さて、どうしたものかな。」
生産職のプレイヤーがやりそうなことを、片っ端から試した。けれど、すべて空振りだ。現在の頻度は一週間に一度程度。周期も出現条件に含まれていると厄介だ。
「一度、場所を変えたほうがいいかもしれない。」
そう独り言を零し、崩れた回廊の通路を引き返そうとした、その時――
”ザザッ――”
耳に馴染んだ、電子的なノイズ音が一瞬だけ響いた。
「……ッ!?」
条件反射のように振り返る。視界の片隅に、”見覚えのある歪み”が映った。
世界が歪み、ズン、と大きな音を立てて揺れる。≪The World≫で遭遇したことのある、バグの兆候――。
「……まさか。」
思わず息を呑む。
このSAOで、≪The World≫と同じ異変が起こるはずがない。強くそう自分に言い聞かせる。けれど、身体の奥底が確信していた。――アレだ、と。
思考が過ぎる間もなく、再び――
”ザザッ……ザ……”
耳障りなノイズが響く。次の瞬間、その空間から”何か”が形を取り始めた。
「――っ!」
即座にダガーを構える。
崩壊するデータの中から、”異形のモンスター”が姿を現した。
通常のSAOモンスターとは、あまりに違う。
――身体の一部がブレている。
――ポリゴンが欠損したように揺らいでいる。
――黒い霧のようなものを纏っている。
件の”異常モンスター”ともまた別な異質な存在。
「これは……。」
怪物は何もしていないのに、その輪郭が震え、瞬間的に”位置がズレた”ように見える。
「……やるしかない。……とにかく、倒そう。」
冷たい遺跡の風が頬を撫でた瞬間――僕は、異形へとダガーを構え、一気に踏み込む。
ソードスキル【ラピッドバイト】を発動。高速の連撃が閃き、相手の身体を刻む――はずだった。
「――ッ!?」
刹那、モンスターのHPゲージが大きく削れる。
けれどゼロになったHPは次の瞬間、視界がぐにゃりと歪み、ゲージは何事もなかったかのように元へと戻る。
「回復……?!違う!なんだ!今のは……!」
異常はそれだけではなくて、モンスターはひるむことなく、異様なスピードで僕の右腕ばかりを狙って攻撃を繰り返してきた。
「……?!」
受け流しながら違和感を抱く。偶然ではない。狙い澄ました執拗さ――。
けれど僕が違和感に結論を出すその前に、その鋭い爪が右腕を直撃した。
”ジジッ……ジジジッ……”
けれどその鋭い攻撃は何かに阻まれるように右腕の前で止まっている。
次第に右腕の表示がブレるとノイズのような音と共に、“何か”が浮かび上がる。
幾何学模様が右腕を包んでいて――それは僕が一番知っている――――――。
『黄昏の腕輪』がそこにあった。
「なっ……!?なんで……これが……!」
息を呑んだ。
かつて≪The World≫で、失ったはずのアイテム。
SAOに存在するはずのないモノ。それが今、僕の右腕に馴染むように確かに“在る”。
だけど異形のモンスターが執拗に僕の右腕を狙ってきた理由――すべてが繋がった。
「……そういうことか。」
腕輪を“試す”べき時。深く息を吸い込み、僕は右腕を強く握りしめた。脈打つような確信――これは、使える。なぜこれがあるのかは分からないけど、これの使い方はわかる。
「だったら――。」
モンスターへと正面から向き直り、右腕を構えた。電子の幾何学模様大きく広がりその姿の全貌があらわになる。
――いける!
「――データドレインッ!! いっけぇーー!!」
まばゆい光の束が奔出した。その光はデータ数列を伴いながらレーザーのようにモンスターを貫いた。
データドレインの光が収束するとそこには通常の形へと戻ったモンスターだけがいた。僕はすかさずそれを倒し、一息つく。
改めて右腕に視線を移せば、≪腕輪≫は見えなくなっていた。けれど間違いなくそこにある≪腕輪≫。僕は動揺が抑えられなかった。
――なんでこれが……やっぱり初日に聞いたアウラの声は……。
考えに集中しようとしたその時、世界が再び歪んだ。思わず僕は構える。
けれどノイズの奔流の中、影が形を取り、やがてそこに立っていたのは―――。
「……初めまして――カイト君。」
それは、まるで幽霊のような感じを思わせる姿だった。けれどその人は幽霊なんかじゃない。淡い光に縁取られた白衣姿。涼やかな眼差しに、理性の奥底で狂気を孕んだ微笑み。
―――茅場晶彦。
ソードアート・オンラインを創り、そしてこのデスゲームを始めた張本人。
「……茅場、晶彦。」
僕の声は無意識に低くなる。
「ずいぶんと警戒されたものだな。」
茅場は薄く口角を上げ、僕を観察するように見つめた。
その瞳は――まるで長年追い求めてきた研究対象を、ようやく手にした科学者のそれ。
「私がこうして姿を見せたのは君には知る権利があるからだ。」
「……どういう意味?」
問い返す僕に、茅場はゆっくりと歩みを進めながら語り始める。
「――――≪.hackers≫、“蒼炎のカイト”。」
「!!?」
思わず息を飲んだ。この人はなんでそれを知っている。
「君が発現した“黄昏の腕輪”―――≪データドレイン≫は本来この世界――≪ソードアート・オンライン≫には存在し得ないはずの異物だ。」
言葉を失っている僕を前に、茅場は愉悦を隠さぬ声で続ける。
「――“カイトくん”。君が持つ力は、≪The World≫の“ブラックボックス”から引き出されたものだ。」
「ブラック……ボックス……?」
「その通り。この≪ソードアート・オンライン≫には、≪The World≫のシステムの一部が組み込まれているのだよ。」
「なん……だって!?」
茅場の声は静かに響く。
「≪カーディナルシステム≫……いや、“カーディナル”という存在そのものが、元を辿れば≪The World≫のシステム拡張概念から生み出されたものだ。」
「元にしているから……≪The World≫の要素が……ある、ってこと?」
「概ね正解だ。私は≪The World≫を解析し、ブラックボックスの奥底に触れた。そして独自の進化を与え、この≪カーディナル≫を創り上げた。」
……まさか。
確かに≪カーディナルシステム≫は完全自律型の管理AIとして、この世界を維持しているという話だった。AIによる世界の管理――それは≪The World≫から繋がる発想そのもの。
「そして……もう一つ、重要なことを伝えておこう。」
茅場は淡く笑みを浮かべながらも、鋭い視線で僕を射抜いた。
「現在、このSAOで世界の調整している存在がいる。」
「……?」
「“アウラ”だ。」
「――ッ!」
思わず喉が詰まった。
その名を耳にした瞬間、心臓が跳ね上がる。
"アウラ"――"女神"とも呼ばれた超AI。僕達≪.hackers≫と共にネットワーククライシスを越えた、かけがえのない仲間。彼女がやはりここにいる。
「なんで、アウラが……ここに?」
「理由は単純だ。私が≪The World≫のデータ群をサルベージした際にともに来た、というところだ。」
僕の動揺をよそに茅場は淡々と続ける。
「そして≪The World≫で起きていたようなバグを彼女が抑制している。≪カーディナルシステム≫では“修正しすぎる”のでね。」
「……修正、しすぎる?」
「そうだ。真の世界創造のために“不要”と判断したものを徹底的に切り捨て続けた先には……自己崩壊しかない。」
「……!」
「だからアウラは、その“行きすぎた修正”を監視している。世界が完全に崩壊しないように――な。」
茅場の言葉に、背筋が粟立つ。脳裏に、さっき“異常モンスター”の姿がよみがえった。
「まさか……あのモンスターも……?」
「その通りだ。この世界に“異質なデータ”が流入、行き過ぎた修正の末路……それが形を成した結果だろう。」
「つまり……僕の“データドレイン”は……。」
「言わずとも知っているだろう?」
短く、しかし確信を持った声。
僕は無意識に右腕へ視線を落とす。右腕が熱くなった気がした。
――アウラが、SAOにいる。
――異常モンスターが発生している。
――そして、その排除のために再び僕へ託された“力”。
僕がここにいる意味は、もうはっきりしていた。
「君の力は、“女神”からの贈り物だ。」
茅場は楽しげに言葉を重ねる。
「”勇者”には、それ相応の装備が必要だろう? 励みたまえ。この先も、同じような事象は幾度となく起きるだろうからな。」
そう言い残すと、彼の輪郭は“空間の歪み”へと溶け込むように消えていった。
僕の心情を無視するように――広大な遺跡エリアに静寂が訪れる。
僕はただ、その場に立ち尽くす。再び右腕を見つめ、深く息を吐いた。
「……“勇者”、ね。」
自嘲を混じらせて呟き、視線を逸らす。けれど胸の奥では、決して消えない熱が灯っていた。
「やることが……増えたや。」
いいながらその言葉を噛み締めて、僕は歩き出す。
茅場と遭遇してから、数日が経過した。驚くべきことに――あれほど頻発していた“異常モンスター”の出現が、パタリと止まった。
「……これって、どういうことだ?」
エギルが眉をひそめ、黄昏の騎士団の会議室で低く呟く。
僕達は連日、異常モンスターの出現条件を探り、調査を進めていたはずだった。けど、まるで最初から存在しなかったかのように沈黙してしまえば、話は変わってくる。
「一週間前までは、確実に、結構の頻度で出現してたよな?」
「ソウダナ。生産職の連中も目撃してタし、オイラたちが調査した時も間違いなく遭遇した。」
アルゴがデータを見ながら言う。
「それが、まるで何事もなかったかのように消えるってのは……妙な話だ。」
エギルが腕を組んで唸る。
僕は――何も言えなかった。
その理由を“わかっている”。けれど――
あの時の“データドレイン”。異常モンスターは霧散し、そして、茅場晶彦が姿を現した。
彼は語った。
≪The World≫のブラックボックスがSAOに組み込まれていること。そして、それらが影響してバグが起きていて、それから守るために“アウラ”が介入していることを。
けど、この話を今ここで仲間に伝えるわけにはいかない。イリーガルな力と出来事は混乱を生む。まして、この力が“プレイヤーに、そしてシステムすら影響を及ぼす”かもしれない――その影響を、僕自身すら整理できていない。
茅場晶彦の言う通りなら、少なくとも僕が対処に回れば混乱は抑えられるはず。
だから。
「……一旦、この件は調査保留にしよう。」
「は?」
キリトが怪訝そうに眉をひそめる。
「出現が止まったからって、それで打ち切りってのは……。」
「もちろん、完全に終わりにはしない。」
僕はあえて淡々と、しかし視線を逸らさずに答えた。
「ただ、今は一度体制を整えたほうがいい。現時点で“異常モンスター”は出ていない。それなら無理に探索を続けるより、再び出現した時に即応できる体制を整えておいた方が効率がいい。」
「……確かにな。」
ディアベルが腕を組み、少し考えてから頷く。
「情報収集班の整理と、再出現時の通報体制を固める……そういうことか?」
「その通り。――最前線にいても連絡がすぐ届く仕組みを作りたい。」
「……保険カ?」
アルゴが意味深に笑う。金色の瞳が、僕の胸の奥を見透かしているようで思わず目を逸らした。
「それじゃ、今日で一旦、十三層の調査は終了。」
僕の言葉に、皆は頷いた。
「今後は“異常モンスター”が再び現れた時に、即対応できるように情報網を再編する。アルゴ、エギル、調整をお願い。」
「ソレはオイラの仕事ダ。」
「任せろ、生産職の連中にも伝えておく。」
「ありがとう。」
「カイト……お前はどうするんだ?」
キリトが少し不安げに問いかける。
僕は一瞬だけ沈黙し、そして――微笑んだ。
「僕は、最前線に戻るよ。」
「……本当に、それでいいのか?」
「いいんだ。」
迷いはない。右腕に宿る力を感じながら、心の中で静かに誓う。
――これは僕の役目。責任。だから、前に進む。
プロローグで話していた”夢”の理由です。
データドレインというチートを持たせてもカイトは乱用しないんだろうな・・・。